IS~傷だらけの鋼~   作:F-N

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第七話

 午前授業が終わり昼食時間。一夏の誘いを断った隆道は一人購買に向かっていた。

 

「悪いことしちまったか……?」

 

 彼は一夏に嘘をついた。野暮用なんて最初から存在しない。今は昨日と比べて落ち着いてはいるが、周囲が敵にしか見えない彼にとっては昼食時間に密集するであろう食堂に行く事は勘弁なところであった。

 一夏には悪いと思ってるが、彼には幼馴染の箒がいる。心配する事は無いだろう。本当は購買に向かう事すら嫌気がさしていたが、流石に飲まず食わずのままにはいかない。

 彼は入学式の前日、つまり一昨日から何も口にしていない。一昨日はIS学園入学に怯え食べ物がのどを通らず、昨日は三時限目から放課後まで屋上で過ごし、夜は荷物整理で力尽きた。今日の朝は激痛と闘った後シャワーを浴びて着替えたりなんだりで、もちろん食事なんてしていない。空腹が限界近く来た隆道は、不本意だが購買に行くことを決めた。

 購買付近に差し掛かり辺りを見渡す。幸いにも生徒はいなく、隆道は一安心する。

余談だが、購買に生徒がいない理由として挙げられるのは一夏である。

 一夏は箒と一緒に食堂へ行った故に生徒達は一夏の方、つまり食堂に雪崩れ込んだからだ。知らずのうちに一夏がデコイとなった事を隆道は知らない。

 そんな事情を知らない彼は購買前まで行くと、不意に声を掛けられた。

 

「あら、あんたは二人目の……」

 

 その声を聞いて隆道は瞬時に警戒。声のする方へ向くと、そこには頭に三角巾を巻いた女性がいた。見た目からしてかなり若く、二十代前半に思える。

 

「…………」

 

「ああ、そんなに警戒しないでおくれ。私はここの購買の担当をしている者さ」

 

 両手を挙げながら弁解する彼女。様子からして隆道を恐がってるようには見えない。

 

「食べ物を買いに来たんだろう? ほら、何を買うんだい?」

 

 彼女はカウンターに入り、彼に品を選ばせる。そこにはコンビニと同等以上の品揃えだ。食堂に行かずともここでなら食べ物に困らないだろう。

 

「……保存食をいくつか」

 

「保存食? 買い溜めでもすんのかい?」

 

「あんたには関係無いだろ」

 

 初対面にも関わらず素っ気ない態度をぶつける彼。しかし、彼女はなんとも思ってないのか軽く受け答える。

 

「それもそうね。ちょっと待ってな」

 

 彼女は棚から色々と持ち出してくる。そこには缶詰やカンパンなど、明らかにIS学園で食べる物じゃない、保存食の数々。

 

「今うちで扱ってる保存食はこれくらいさ。でもほんとにいいのかい? 学園でこんなのを食べるなんて」

 

「それ全部貰う。いくらだ」

 

「……あいよ、今計算するから待ってな」

 

 これ以上は平行線かと、彼女は黙々と会計を行う。いつ他の生徒が来るか分からない。彼は一刻も早くここから立ち去りたかった。

 ようやく会計が終わり、二十キロ程もある保存食を担いで立ち去ろうとした矢先にまたしても声が掛かる。

 

「待ちな、これも持っていき」

 

 そう出されたのは大きな茶色の紙袋。いったいなんだこれはと隆道は目で訴えるが彼女は言葉を続ける。

 

「あんたのこと、織斑先生から聞いてるよ」

 

「…………」

 

「女とISが大の嫌いなんだってね。なるほど、よくよく考えてみれば食堂に行かずにこっちに来て保存食を買溜めしたのにも頷ける」

 

「……だったらなんなんだ。その紙袋となんの関係がある」

 

「そんなんじゃまともな食事も出来ないだろう?それでも食べてしっかりしな」

 

「…………」

 

 彼は黙って紙袋を取り財布を出そうとするが、彼女はそれに待ったをかける。

 

「お代は結構だよ。ほら、さっさと行かないと。他生徒がいつ来るか分からないからね」

 

「……どうも」

 

 そう一言行って彼は去る。その後ろ姿を見て彼女はなんとも言えない気持ちになった。

 

「一体何ををどうすればあんな風になるんだろうね……。あまりにも酷いじゃないかい……」

 

 

 

 

 

 保存食を自分の部屋に戻した後、紙袋とお茶のペットボトルを手に持ち屋上に着く隆道。

 周囲には誰もいなく、これなら安心して過ごせると彼は安堵しそのままベンチへ向かう。ベンチにもたれかかり紙袋の中身を見ると、そこには大きなおにぎりが三つと唐揚げが五つ。

 空腹状態でこれはありがたい。直ぐ様隆道はおにぎりを頬張り、続けて唐揚げを口に放り込み、飲み込んだ後お茶を勢いよく飲む。

 

「……うまいな」

 

 おにぎりの中身は梅という至って普通な物だが、今の隆道は特別に旨いと感じていた。唐揚げは多少しなってはいるが、まだ温かく別に気になるほどではない。味付けも濃く、男子が喜ぶであろう物になっている。

 

「…………」

 

 彼は、いつのまにか小粒の涙を流していた。

久しぶりの安心出来る場所での食事。拘束されて半月は監視されながらの気を張った食事であり、一昨日から先程まで食事すらしなかった。

 いったい自分がなにをしたのだと、何故自分がISを動かせたのかと、そう思わずにはいられない。

 

「……やめよう」

 

 気持ちが沈んでは飯も不味くなる。考えるのはやめて今はこの時を楽しもうと、そう思いながら隆道は昼食を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後となり生徒達は部活へ向かう頃。隆道は一夏に誘われ剣道場に来ていた。

 一夏の話を聞くと、昼休みに箒がISを教えてくれるというので付き添って欲しいというもの。ISを教えるのになぜ剣道場なのだと突っ込みたくなったが、彼女なりの考えがあるのだろう。隆道はあまり深く考えようとはしなかった。

 そう、深く考えようとはしなかったのだが──。

 

「どういうことだ」

 

「いや、どういうことって言われても……」

 

(俺の台詞だ。一体これはどういうことだ)

 

 ISを教えるといった本人は、現在剣道場で一夏と剣道の手合わせをしていた。IS要素は皆無。

 剣道場は生徒が混み合っており、至るところで騒ぎ立てている。世界初の男性IS操縦者と篠ノ之博士の実妹の試合ということを踏まえればこれほどのギャラリーがいても不思議ではないだろう。

 そんな中、付き添って欲しいと一夏に頼まれた彼は隅っこであぐらをかいて一夏と箒の試合を見ていた。

 久しぶりの食事のおかげで多少機嫌が良くなってはいたが、剣道場にこれだけの生徒が密集していると隆道にとっては敵に囲まれたようなものであり、段々と嫌悪感が滲み出てくる。おにぎり&唐揚げパワーをもってしても隆道の女嫌いは治らなかった。当たり前である。

 そんな隆道を余所に一夏と箒は十分ほど手合わせをし、一夏が負けた。面具を外した箒の目尻はつり上がっていて、まさに不機嫌といった感情が見て取れる。

 

「どうしてここまで弱くなっている!?」

 

「受験勉強してたから、かな」

 

「……中学では何部に所属していた」

 

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

 箒は一夏に対して怒りを覚えていた。昔──六年前は強く、そして何より格好良かったのにと。

 六年前の()()()()で幼馴染の一夏と離れ離れになり、もう会えないと、この間までそう思っていた。

しかし彼の名前がニュースに流れたときに写真を見て、直ぐ様幼馴染だと分かった。それが嬉しかったのだ。

 また会える。そしてまた一緒に剣道を続けることが出来る。

 そう思ってたのに──彼は弱くなっていた。

 話を聞く限り随分と剣道をしていないとの事。箒はそれが堪らなかった。昔はあれだけ打ち込んでいた剣道を廃れさせるなど男のすることではないと。

 剣の道は三日欠かせば七日を失う。箒が一夏に感じたものはまさにそれだった。

 故に──。

 

「……なおす」

 

「はい?」

 

「鍛え直す! IS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」

 

 ──箒が決意した事はISそっちのけで彼の強さを取り戻す事であった。剣道で。当然一夏はこれに抗議しようとする。

 

「え。それはちょっと長いような──ていうかISのことをだな」

 

「だからそれ以前の問題だと言っている!」

 

 いや、しようとしたが出来なかった。一夏は箒の凄まじい剣幕により、なに言っても聞いてくれない気がすると感じたのだ。

 そんな一夏を置いて彼女の怒濤は止まらない。

 

「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……恥ずかしくないのか、一夏!」

 

「そりゃ、まあ……格好悪いとは思うけど」

 

「格好? 格好を気にする事が出来る立場か! それとも、なんだ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」

 

 流石にこの言葉にカチンと来た一夏。なんだそれは、いくら何でもそこまで言われる筋合いはないと反撃に出る。

 

「楽しいわけあるか! 珍獣扱いじゃねえか! その上女子と同居までさせられてるんだぞ! 柳さんがいなかったら頭がどうにかなってるわ!何が悲しくてこんな──」

 

「わ、私と暮らすのが不服だというのかっ!」

 

 その言葉にカチンと来たのか、箒は防具を外してる一夏に向かって竹刀を振り下ろした。反射神経が良いのか、一夏は咄嗟にこれを手持ちの竹刀を使い片手で防御。間一髪であった。彼女は彼を殺すつもりなのだろうか。

 

「お、落ち着け箒。俺はまだ死にたくないし、お前もまだ殺人犯になりたい年頃でもないだろ?」

 

 一夏は箒にそんなことを言い出す。あいつ結構余裕あるんじゃないかと、彼は思ったそうな。

 

「箒、な?頼むから。今度なんか奢るから」

 

「……ふん、軟弱者め」

 

 そう一言だけ言葉を発し、箒は軽蔑の眼差しで一瞥して更衣室に向かう。命が助かったことにとりあえず安堵した一夏であった。

 

「織斑君てさあ」

 

「結構弱い?」

 

「ISほんとに動かせるのかなー」

 

 ひそひそと聞こえる周囲の落胆した声の数々。それが聞こえてしまった一夏は惨めこの上ないと、自分が許せないと思ってしまう。

 

(こんな有り様じゃ、何かに勝つなんて、それどころか──)

 

「織斑」

 

 そう考えに耽った矢先に一夏に声が掛かった。疲れきった顔でその方に向けると、タオルとペットボトルを持った彼が。

 

「随分とやられたな。とりあえず顔拭いてこれでも飲め」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 いつ頃用意したのか分からないが、気が滅入ってる今差し入れはありがたい。一夏は一言礼を言いタオルとペットボトルを受け取る。

 

「つーか篠ノ之は剣道全国大会で優勝してるんだっけか? 久々に竹刀握ったお前が勝ったらおかしいだろ」

 

「いや……、まあ、その」

 

「だいたい周囲の連中もそうだ、好き放題言いやがって。何様だっての」

 

 彼はそう愚痴りながら一夏に向けて手を伸ばす。

 

「立てよ、そんで着替えてこい。さっさと帰りたいんだ。今日も来るんだろ?茶菓子ぐらい出すぜ」

 

「や、柳さん………」

 

 昨日もそうだ。彼は決して一夏を軽蔑も失望もせず、こうやって気を遣ってくれる。それが一夏にとってはたまらないほど嬉しかった。彼がいなかったら今頃どうなってたか、そう考えると尚更嬉しく思う。

互いに支え合う男子二人。彼が一夏のおかげで踏ん張りをきかせてると同様に、一夏もまた彼のおかげで踏ん張りをきかせていた。

 彼の手を取り立ち上がる一夏。先程の惨めさはとうに無くなっていた

 

「んじゃ、外で待ってるわ」

 

 そう言って彼は剣道場を後にする。その後ろ姿は一夏にとって逞しく、強く見えた。

 

「……いつか、柳さんのこと話してくださいね」

 

 彼の背中を見て一夏は呟く。いつか彼の力になれる様に願いながら。

 しばらくして一夏は制服に着替え終わり、二人で寮に帰る際に彼が一言。

 

「織斑。お前、篠ノ之がISを教えるって話はどうなったんだよ」

 

「え? ……あ」

 

 

 

 

 

 

 

 生徒達が部活を終えてほぼ全員が寮に戻っているその頃、職員室に向かう千冬は先程購買の担当者からある報告を受けていた。

 

『二人目が購買にやってきたよ。アレは酷いなんてもんじゃない。一体なにをどうすればあんな風になるのさ』

 

「…………」

 

 女尊男卑の被害を受けた者は千冬本人も何度か目撃している。それを見るたびに胸が苦しくなるのも何度かあった。

 しかし、隆道程の敵意や警戒心はおろか、憎悪と殺意を宿した者は初めてだ。彼女が言った様になにをどうすればあんな風になるのかなど到底分からない。

 ()()()()()()()()だと思うと、今まで感じた事の無い苦痛に悩まされる。

 

「……なにをやってるんだろうな、私は。」

 

 ため息が止まらない千冬。彼を助けたい気持ちは本物だが、自分が未熟である為か、どうも空回りしてる気がする。そう思わずにはいられない。

 

「……どうすればいい」

 

 彼をこれ以上女尊男卑の悪意に晒すわけにはいかない。もしそうなったら取り返しのつかないことになる。

他の教師や他学年、他クラスにも伝えてはいるが、きっと通用しないだろう。何人かは面白くない顔をしていた。

 事態は非常に不味い。一刻も早く彼に降りかかる悪意を何とかしなければと、千冬は考察する。その為にはまず彼の過去を知ることが先決だが、現状は困難を極める。

 IS学園関係者が彼の通っていた学校で聞き込みをしようとしたが、学園関係者と知った途端態度を変えて追い出したのだ。

 近所の住人にも話を持ちかけようすると顔色を変えて決して話そうとしない。

 千冬はある人物に協力を仰ごうとしているが、その人物は現在多忙であり、望みは薄い。

 となれば、最後の頼みは彼の家政婦と名乗った根羽田のみになるのだが、応答してくれるかどうかは分からない、恐らく厳しいだろう。

 そう思考を巡らしつつ職員室手前まで来たその途端、勢いよく扉が開く。

 

「……?」

 

 そこから出てきたのは一人の教師。血相を変え口を押さえており、千冬に気づいていないのかそのまま全速力でトイレのある方へ走っていった。

 

「なんだ……?」

 

 千冬は訳も分からずそのまま職員室に入るが、人ひとりおらず、異様な雰囲気だけが残っていた。

そこで、千冬は気づく。職員室に隣接されてある給湯室に人の気配がしたのを。

 

「誰かいるのか?」

 

千冬は給湯室に足を運び中を覗くと、そこには恐怖に怯え、泣きじゃくり座り込む真耶の姿があった。

 

「……何があった」

 

「あ、お、お、織、斑せ、んせい」

 

 よっぽど恐ろしいものでも見たのか、真耶は呼吸が安定していなく、声もどもっている。

 

「落ち着け、深呼吸をしろ」

 

「は、は、はいぃ……」

 

 数回程の深呼吸をし多少マシになった所で再度千冬は真耶に訊く。

 

「いったい何があった、何を見たんだ」

 

「あ、あの、先程、モノレールの管理者から、……見て欲しいものがあると、渡された……ものがありまして」

 

「見て欲しいもの?」

 

「は、はい……。昨日のモノレール内、の録画……丁度、柳、君が乗った時間帯……です」

 

 真耶は一呼吸し、更に言葉を続ける。

 

「それを、もう一人の、先生と見てたんですが……そこに映ってた……のが」

 

 その言葉を最後に真耶は顔を埋めて黙ってしまう。もう一人の先生とは先程出ていった人のことだろう。

 いくらなんでもこれは異常だ。確める必要があると千冬は真耶の机に向かった。

 真耶の机に着きパソコンを見る。パソコンには小型のUSBが繋がっており、画面にはファイルが一つ。

 

「…………」

 

 いったい何が映ってるんだと、千冬は不安を隠せない。幽霊の類いかと一瞬思ったりはしたが、それにしたってあの怯え方はあり得ない。

 千冬はおそるおそるカーソルを動かし、ファイルをクリックする。

 映像が再生され、それを見た千冬は───。

 

 

 

「────」

 

 

 

 ──全力でトイレに駆け込み、勢いよく吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、場所は変わって警視庁本部の喫煙所。

そこでは男達は煙草を吹かしながら和気あいあいと談笑をしていた。

 

「しかしまぁ、IS学園に入る事になっちまったガキ二人は気の毒だねぇ」

 

「そうっすか? もしかしたら女好きかも知れませんよ。既に何人か食ってたりして」

 

「かもな。うははは」

 

 男子二人の現状を知る由もない彼等はあること無いことを口に出す。もしも男子二人がこれを聞いたのならば全力で彼等にグーパンすることだろう。

 

「あれ。そういえばお前、二人目の護衛に回ってたんだよな」

 

 そういって男は喫煙所の隅で黙りを決める、頬に湿布を貼った男に話し掛ける。

 

「…………」

 

「なんだよ、さっきから黙って。その二人目はどんな奴だったんだ?」

 

「……お前は、何も知らないからそんな軽口が叩けるんだ」

 

「あ? なんだよそれ」

 

 いったいなんのことだと男は詰め寄るが、喋る気が無いのか湿布を貼った男は沈黙してしまった。

 そんな空気の中で、一人の男が一喝する。

 

「そこまでにしとけ」

 

 一喝したのは一人の中年男性。その雰囲気と見た目からして、一番の上司であることが分かる。

 

「お前さん、ここで二人目の話はするな」

 

「……? どうしてですか?」

 

 当然の疑問が浮かぶ男だったが、上司はそれに応える。

 

「あの青年はな、IS学園に行くことを頑なに拒絶したんだ。そんな彼を無理矢理連れてった、それだけのことさ」

 

「…………」

 

「彼はな、この時代の……女尊男卑社会の被害に直接被っちまって、女とISを憎むようになった可哀想な奴さ。そんな奴がIS学園に監禁じみた目にあう。お前さんはそれをどう思う?」

 

「…………」

 

男は黙ってしまう。想像してしまったのだ。

 

「……彼をIS学園に連れてった時に俺もいてな。暴れ狂う彼を無理矢理モノレールに押し込んだんだ。その時彼はどんな顔をしてたと思う?」

 

「えっと……凄く、睨んでいた……でしょうか」

 

 男の答えに対し上司は首を振るう。彼は思い出したくないと言わんばかりに悲痛な顔でこう言った。

 

「……いいや違うな。……彼はな、俺達を見て、涙を流して顔を歪めながら──」

 

 

 

 

 

 ──狂ったように嗤っていたんだよ。

 

 

 

 

 

 誰も知らない、知るはずもない。

 

 

 

 『狂気』はすぐそこにあることを。

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