白ひげと妖精
グランドラインを航海している時に稀に起こる、1つの不思議な現象。
船に積んだ食料、金品、日用品が少しずつ姿を消していき、最後には何も残らない。そんな現象が海賊、海軍、一般人の船問わず確認された。
人々はこれをイタズラな船の妖精〝ブルーマン・オブ・ザ・グランド〟の仕業とし、天候と同列に気を付ければならないものとして恐れてた。
―――――その正体とは、はたして。
* * *
グランドライン後半の海〝新世界〟。
めちゃくちゃな海域にもかかわらず、今日は穏やかな風と波だった。
時刻は昼。朝に食べたものを消化し、空腹になる時間帯。
最強と名高い〝白ひげ海賊団〟の船員もまた、空になった腹を満たすべく昼食をとっていた。
コックはひたすら料理を作り、他のクルーはひたすら食べる。
「なぁ、ここにあった肉知らねぇ?」
談笑を楽しむ声で賑わう中、あがった1つの疑問。これがきっかけだった。
声をあげたのは最近白ひげの〝息子〟になったエースである。―――――その言葉に、ピタッと全員動きを止めた。
「…聞くよいみんな。誰か食ったか?」
マルコの言葉に全員が首を横に振る。やはりか、と思わず顔をしかめた。
「誰か貯蔵庫の物がなくなってないか確認してこい!おれはオヤジに言ってくるよい」
尋常ではない空気にエースは目を白黒させる。何がどうなっているかわからなかった。
「みんな!急にどうしたんだよ!?」
「エース。お前〝ブルーマン・オブ・ザ・グランド〟って知ってっか?」
戸惑うエースにサッチがにやにや笑いながら聞いてきた。
「ブルーマンって確か、イタズラ好きな船の妖精だろ?それがどうかしたのか?」
その存在なら、エースがまだスペード海賊団の船長だった時に聞いたことがあった。
あらゆるものを取っていってしまうイタズラな船の妖精。同じ船の妖精である〝クラバウターマン〟と違い船乗りに嫌われている存在だ。ここ数年は出没したという話は聞かないが。
エースの「会ってみたい」という発言に仲間からツッコミを貰ったのは良い思い出である。
「まさか、いるのか!ブルーマン!」
「多分な。もしかしたらもう逃げてるか―――いや、そんなことないな」
サッチは近くにあった何も乗っていない皿を持ち上げる。その皿の上にはさっきまで確かに料理が乗っていたはずなのに、いつの間にかなくなっていた。
「いい機会だ。お前も知っとけ。―――ブルーマンは妖精じゃなくて妖怪だってことをな」
マルコからの話を聞き、白ひげ海賊団船長―――エドワード・ニューゲートは愛用の薙刀を手に、甲板で仁王立ちしていた。
背中に息子たちの視線を受けながら大きく息を吸い、叫ぶ。
「コソコソしてないで出てこい、アホンダラァ!!」
それはまさしく咆哮だった。
白ひげの声は大気を震わせ辺り一面に大きく響いていく。グラグラの実の能力を使ったのではないか、と思わせるくらいの迫力だった。
しん、とした中で―――――気だるげな声があがる。
「いい歳こいてギャーギャーギャーギャー喧しいな、白ひげ」
いつの間にか、船首に一人の男が立っていた。
声に違わず気だるげな雰囲気を纏う男は意外と若く、20代後半といったところか。白ひげに睨みつけられてなお酒を煽る姿はどこまでも緊張感がない。
「久しぶりだなァ…アホンダラァ!」
男の登場に白ひげは笑みを浮かべると、覇気を纏わせた武器を横薙ぎに払う。
迫り来る凶刃に―――――男の体は真っ二つに分かれてしまった。
「はぁ!?」
思わずエースの口から驚いた声が零れる。
覇気は実体を捉える力だ。仮に相手がロギアの能力者だとしても、覇気を纏った攻撃は通る。白ひげの一刀は確かに男を2つに分けた。だが、男の体からは血も臓物も出ず、分かれた上半身がいまだに空中に浮遊している。
考えられることは、白ひげの攻撃を見切りタイミング良く『能力』で躱したということ。
とにかく男は、世界最強の海賊の一撃を難なく受け流したのだ。
「そう驚くな。幻に攻撃したところで意味がないことくらいわかるだろ」
真っ二つになった体が消えたかと思うと、横から気だるげな声があがる。見ると、船の縁に男は腰掛けており、何食わぬ顔で酒を飲んでいた。
再度振るわれた薙刀が男の体を貫くが、またもや紙を破るかのように体は崩れ、消えていく。
次に現れた場所は白ひげの真後ろだった。大上段に構えられ振り下ろされた薙刀に、ニヤリと笑った男は腰に差していた木刀で受け止めた。
瞬間。大気が震え、波が荒れる。空を浮遊していた雲が割れた。
「うぉおおおおお!?」
見えない力で押されたかのように、傍で見ていた船員たちが吹き飛ぶ。気絶する者も何名かいた。空を飛んでいた鳥が海に落ちる音が遠くから聞こえる。
「〝覇王色〟同士のぶつかり合いだよい…」
持って行かれそうになる意識を引き止めながら、マルコは呟く。
王者同士の戦いに、辺り一面は支配される。
どのくらいそうしていただろうか。不意に男が口を開く。
「…白ひげェおれ達がやり合うにはここじゃ狭すぎる。もうやめとこーぜ」
「グララララ…そうだな。よし、引け」
「いやお前が引け、クソガキ」
「お前が引け、アホンダラァ」
「何ガキみてーなこと言ってんだ。いいから引け」
「誰がお前みてぇな奴の言うこと聞くか。さっさと引きやがれ」
「ふざけんな。大人になれ。おれはお前の言う通りに動くなんざ絶対嫌だ」
「いつまでやっているんだよい!もうやめてくれオヤジィ!」
愛する息子の要望により大人しく覇気を納める白ひげ。それにより男が放っていた覇気も霧散する。
重苦しい圧が消え、波が穏やかさを取り戻していく。
「なぁオヤジ…何者なんだ、その人」
呆然とした口調のエースに白ひげ笑って男のことを話す。
「こいつはハロルド。おれの古いダチだ。ハロルド、あいつはエース。おれの新しい息子だ」
「あぁ。そういやそんな話あったな。マジだったのか」
流れるような動作で男―――ハロルドは取り出したキセルに火をつけて吸い始めた。
火皿に止まる蝶の模型を見た時、エースは既視感に襲われた。
記憶は幼少期にまで遡る。
あれはまだ、ルフィがコルボ山にやってくる前の話だ。
脇に除けられた手配書の一番上。その手配書は他のものと比べ違うことが2つあった。
1つは写真。手配書に載る写真は顔写真のはずだ。だが、その手配書に載っている写真はキセルと、キセルを持つ手のみだった。
もう1つは賞金額。懸賞金はその人物の実力、危険性を表す目安であり、どんな大物にもちゃんとした額が設定されている。しかし、手配書の数字が書いてある部分には『LEAVE DESIRE』の文字が書かれていた。
どういうことだと近くで新聞を読んでいたダダンに尋ねると、彼女は吐き捨てるように教えてくれた。
「そいつは昔天竜人っつー世界貴族を殺したイカレ野郎さ。世界は何よりもそいつの身柄を欲している」
世界貴族だの天竜人だの当時のエースはよくわからなかったが、自分と同じで世界に望まれていない存在だということは何となくわかった。
改めて手配書を見る。
火皿に蝶の模型が止まるキセル。
通り名は〝神殺し〟。
名前は―――――ランドワーカー・ハロルド。
あれから何年も経ったが今でも町で手配書を見かけるし、新聞にも一番上になるように挟まれている。
その手配書に載っているキセルと、目の前に立つ男の持つキセルがぴったりと重なった。
そして先ほど白ひげは男を「ハロルド」と呼んだ―――――。
「か、神殺しィイイイイイ!?」
思わず叫んだエースに、白ひげは声高らかに笑った。
「そうだ。こいつはランドワーカー・ハロルド。知っての通り天竜人を殺害した〝神殺し〟で―――ブルーマン・オブ・ザ・グランドの〝正体〟だ」
「は…はぁああああああ!?」
キャラクターの口調って難しい…。