物語の片隅で   作:カササギパルフェ

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ヤブ医者会えず

「『ドラム王国がサクラ王国に改名』…?」

 

 新聞の一面に掲載されている一文を読んで、リミゼは首を傾げた。

 

「どうしたのリミゼ。そんな腑に落ちていないような声出して。…って何私の飴玉勝手に食ってくれてんだよ妖怪男!」

「1個食ったくらいでギャーギャーギャーギャー喚くんじゃねェよコノヤロー」

 

 シエルとハロルドの言い争いをBGMにリミゼは思案する。

 ドラム王国の改名及び王の交代。その部分だけ見れば、暗愚の国王を追い出した国民たちが心機一転の意味を込めて変えたのだろうと想像がつく。

 しかし何故、〝桜〟なのだろうか。

 

「ハルさん、ドラム王国って確か〝冬島〟ですよね?」

 

 年がら年中雪が降る島で桜とはどういうことなのか。リミゼが尋ねるのと、ハロルドの顔面にシエルの拳が入るのは同時だった。しかし相手していたのは幻だったようで、形を保てなくなった体が消えたかと思うと、リミゼの手から新聞がなくなった。

 さっとドラムに関する記事に目を通し、呟く。

 

「――随分時間がかかったな」

 

 その時の表情は、シエルが跳びかかろうとした足を、リミゼが不満を言おうとした口を止めてしまうほどに、衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *     *     *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今から22年前の話である。

 ドラム王国の森の中で、ハロルドは死にかけていた。

 不幸の連鎖によるものだった。

 〝一礼〟をしなかったことによりハイキングベアを怒らせ1時間の正座。痺れすぎて感覚のなくなった足で何とか歩いていたら誤ってラパーンの子供を踏んでしまい、親を筆頭とした怒れる群れに襲われたのだ。逃げようとするも雪に足を取られてしまい、その隙に胸と腹を大きく切り裂かれてしまった。

 覇気で気絶させたためそれ以上の追撃は受けなかったものの出血は酷く、しばらく歩いた先で木を背に座り込んだ。

 雪で白く染まる光景をぼんやりとした視界で眺める。

 

 幻想的な空間だ。静寂で、清澄で、自然の神秘さを感じる。

 

 キセルに火をつけて、一気に吸い込む。肺を満たす煙をついぞ「美味い」と思うことのないまま最後の一口を吐き―――――目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 

 

 

 

 沈みかけていた意識が浮上する。

 

 煩わし気に首を動かして向けば、黒ずくめの男がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

 

「こりゃヒデェ怪我だ。だが心配するな。おれが手当てしてやる」

 

 座り込んで黒い鞄を漁る男はどうやら医者らしい。げんなりした気持ちが抑えられず、溜息を吐いた。

 

「…いい。放っておいてくれ」

「何言ってやがる!このままじゃ…!!?」

 

 中途半端に途切れた言葉。目を見開く男の視線を辿り、見ているものを察する。

 思い出した、自分の〝立場〟を。思い出して、嘲笑が零れた。

 

「そうだよなァ、治したいよなァ。…一生遊んで暮らせる金が手に入るもんなァ」

 

 自分の手にあるキセルは世界でただ一つのみ。特注で作らせたのもあるが、これと同じデザインの作成は世界政府によって禁じられている。

 何故ならこのキセルだけが、世界最低の大犯罪者・〝神殺し〟の唯一の手掛かりなのだから。

 

 ハロルドは生きたまま捕らわれなくてはならない。死んでしまえば得られる謝礼を失くしてしまう。だからこそ、男は自分の手当てをしようとするのだろう。

 だが男は、首を横に振った。

 

 

「違う!そんなの関係ねェ!俺は医者だ!怪我人を手当てするのは当然のことだ!たとえそれが、犯罪者だとしてもだ!」

 

 

 男の返答に目を丸くする。そして降参といわんばかりに震える両手を上げた。

 

「じゃあ好きにしろ。もう何も言わねェよ」

「ああ、任せろ!」

 

 この後、内側から治りを早くするという薬を飲まされたのだが、身の危険を感じて吐き出した。その材料がトカゲのエキスと知ると無言で男を蹴り飛ばし、その影響で傷口が開いたため倒れたのだった。

 

 

 

 

 

「ヒーッヒッヒッヒッヒッ。あんたハッピーだねェ。あんなヤブ医者に会えて」

「いやどこらへんがハッピー?アンハッピーでしかねェんだけど」

 

 Dr.くれはの言葉にハロルドは軽く睨む。

 体を冷やしてはならないという医者の判断のもと、近くの知り合いの家に運び込まれたのだ。家主であるくれはとしてはたまったものではなく、告げ口された無茶苦茶な治療法も相まってあの男は家の外までぶっ飛ばされた。

 

「しっかしあの〝神殺し〟がこんな若い男だったとはね…。世の中わからないもんだ」

「おれも冬島でババアのへそ出しを見るとは思わなかったブブゥ!」

「誰がババアだい!私ァまだピチピチの110代だよ!」

 

 すさまじい威力の拳を顔面に叩きこまれる。痛む鼻を擦れば、生理的な涙で視界が滲んだ。

 

「なぁ。聞きたいことあんだけど」

「若さの秘訣かい?」

「いや違う。あの男のことだ」

「アイツかい?奴はヒルルク。知っての通りヤブ医者さ」

「心意気と知識が伴っていないってか。性質わりぃな」

 

 治療と称した拷問を受けた気分だとごちれば、「わかっているじゃないか」と返される。

 

「アンタが医学を教えてやれば万事解決じゃねーの?」

「嫌だよ。そんな一銭の価値もないこと、誰がするもんか」

 

 取り付く島もない態度である。そんなに嫌なのか。

 

「ところで、アンタの治療費なんだが―――」

 

 ガチャリ、と扉が開く音がする。嫌な予感のままにベッドに視線を向ければ―――そこに誰もいなかった。

 

「あの野郎…いい度胸だねェ…」

 

 そう呟くくれはの表情はとても恐ろしく、まさに〝魔女〟であった。

 

 

 

 

 

「おーい。生きてるかー」

 

 くれはにぶっ飛ばされた後雪道を転がり落ちたらしく、ヒルルクは家からだいぶ離れた場所で目を回していた。

 近づいて声をかければ、ハロルドに気付いたヒルルクは目に見えて焦った。

 

「な、お前何動いているんだ!傷に障るだろ!」

 

 ヒルルクがハロルドを見つけた時、彼はひどい怪我を負っていた。腹を大きく裂かれ、胸に至ってはあと数センチで心臓に届いていたという。真っ赤に染まった服とは対照的に顔色は非常に青白かった。

 不意にハロルドはコートを脱いで、シャツをまくる。

 

 露わとなる肢体に―――――傷はどこにもなかった。

 

 ヒルルクは信じられない、といわんばかりに目を見開く。そして感極まったように呟いた。

 

「やっぱり…トカゲのエキスには怪我の治りを促進する効果があったんだな!」

「違うわバカ」

 

 間髪入れずに否定する。こんな間違った知識は残してはいけない。

 

「おれは怪我の治りが異常に早いんだよ。だから放っておけっつったんだ」

 

 本心だった。しかしヒルルクの表情は晴れない。何か引っかかっているような表情だ。

 

「いいや。あのまま放っておけばお前は死んでた。間違いなく、絶対だ」

「…根拠は」

「ない。医者の勘だ!」

 

 ―――侮れない。思わず息を飲んだ。

 

 確かにハロルドは怪我の治りが早い。おそらく悪魔の実の恩恵によるものなのだろう。腹に穴が開いても、切り裂かれても、異常な早さで傷は塞がった。

 ただ、失血は別だった。失った血はすぐには復活しないし、その分治癒速度も下がる。今回のラパーンの攻撃はかなりの深手で、一度に大量の血を失くした。もしあのまま放っておけば―――――死んでいたのだ。間違いなく。

 

 思い返せば、らしくない行動ばかりだった。

 

 ハイキングベアの正座に一時間馬鹿正直に従った。―――能力を使えば簡単に逃げられたのに。

 ラパーンから足で逃げようとした。―――痺れて感覚のない脚は歩くことすらままならないとわかっていたのに。そもそも最初から覇気を使っていれば、怪我をしないですんだ。

 

 もしかしたら、自分でも気がつかないうちに。

 

「死にたかったのかもな…」

 

 ぽつりと零れた呟きは、どこまでも無機質だった。

 

 悪魔の実を食べ『妖怪人間』となったはハロルドは、〝ぬらりひょん〟固有の能力の他に悠久とも思える寿命を手に入れた。その結果、周りの〝時間〟に取り残されるようになったのだ。

 

 自分より小さかった者が、いつの間にか自分に追いついて、そして置いて逝く。

 

 真っ直ぐに生きたバカ共は悔し気にしながらも、どこか楽しそうに終わりを受け入れていた。

 

 数多くの〝生〟と〝死〟を見届けているうちに、自らもまた生きていては到達しえない『何か』を感じてみたいと、無意識下で思うようになっていたのだろうか。もしかしたら、天竜人の殺害も破滅願望によるものなのか――――…違う。アレはただイライラしてやったことだ。関係ない。

 

 ハロルドの呟きを聞いたヒルルクはニッカリ笑った。

 

「何だお前〝病気〟なのか!」

「仮にも医者名乗ってる奴が意気揚々と病気宣言してんじゃねぇよ。つーか誰が病気だ」

 

 人に絶望を与える言葉を何故こうも嬉しそうに言えるのか。くれはも「ハッピー」と称していたし。どういう意味だ、あれ。

 怪訝そうな表情のハロルドに、ヒルルクは指をさす。その指は、心臓部分をさし示していた。

 

「お前は心の病気だ。この国の奴等と同じだ。だが安心しろ!俺の医学で治してやる!この世に治せない病気はないんだ!」

 

 この男に医術の心得などなく、怪我人にトカゲのエキスを飲ませるようなヤブ医者だ。そんな奴に〝病〟を治せるとは到底思えない。

―――――だが。

 

 ハロルドは知っている。こういうバカみたいな事を言うバカは〝奇跡〟を起こす。

 

 数ヶ月前に自らの死と共に時代を作り上げた知り合いを思い浮かべ、笑みが零れた。

 

「じゃあお医者さま?具体的な治療内容をお聞かせ願います?」

「おういいぞ!それはな―――」

 

 

 

 

 この後2人は包丁を持ったくれはにめちゃくちゃ追いかけられたとか。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *     *     *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルさん」「ハルちゃん」

 

 2人の呼びかけにより、意識が現実に戻される。にやにやした表情の2人に、片眉を上げた。

 

「…何だお前ら、気持ち悪ブブッ!!」

 

 言い切る前にシエルから平手打ち(覇気あり)を喰らい、甲板に叩きつけられる。

 

「テメッ何すんだクソガキ!」

「可愛い女の子に『気持ち悪い』何て言うからよ。二度と言うなクズ野郎」

「クラムチャウダー、船引っ張って。ハルさん、ドラム、いえサクラ王国のエターナルポース出してください」

「…え?何であるの知ってんの?ちょ、リミゼくーん?」  

 


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