物語の片隅で   作:カササギパルフェ

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ここからはがっつり原作と関わります。


シャボンディ諸島編
シャボンディ・デイズ


「あーもう。どこ行ったんだよあの人…」

 

 シャボンディ諸島のとあるグローブで、リミゼは恨めし気な声で呟いた。

 丁度、ヤルキマン・マングローブから生み出されたシャボン玉がふわふわと目の前を通り過ぎる。その様は自分とは正反対で、溜息が零れた。リミゼは今、とある理由によりハロルドを捜していた。ビブルカードを辿れば早い話なのだが、いつの間にかただの紙にすり替えられていたので、こうして心当たりのある場所―主に賭場だが―を巡ることしか方法がないのだ。

 鬱々とした気分で歩いていれば、ポケットに入れていた電伝虫が「ぷるぷるぷる」と着信を告げる声を上げる。建物と建物の間に体を滑り込ませ取り出すと、電伝虫はにやにやした笑顔を浮かべた。

 

『キーキキキキキッ!!』

 

 瞬間、大きく響く鳴き声に体が震えた。リミゼは一つ息を吐くと、ひそやかな声を出す。

 

「何、シエルちゃん。イタズラ電話?」

『違う。クラムチャウダーが勝手にしただけ』

 

 シエルが「めっ」と叱っているのがわかる。それにクラムチャウダーが全然応えていないことも。遠くの方で聞こえる声が楽しそうだからだ。

 

『ハルちゃん、見つけたかも』

「ホント!?」

 

 突然の吉報に思わず大きな声を出してしまった。そのせいで『叫ぶなダメガネ』と電伝虫のジト目を喰らい、苦笑いを浮かべる。

 

「ごめん…。それで、どこにいるの?」

『多分なんだけど、』

 

 内容を伝えられるより先に、「待って」と制止する。

 道行く人が、地に頭を伏しているのだ。

 この現象が起こりうる要因は、たった一つ。

 

「天竜人がやって来る…。また後でいい?」

『!?…わかった、いなくなったら電話して』

「うん。じゃあね」

 

 電伝虫をポケットに入れると、リミゼもまた他の人と同様に地に頭を伏せる。

 そうしてやってきた天竜人は例に漏れず横暴で、聞いていて不愉快だった。

 額に青筋が浮かぶ。唇を強く噛みしめる。

 早く通り過ぎろと願っていれば、周囲のざわめきを感じ取りこっそり顔を上げた。

 瞬間、目を疑う光景が飛び込んできた。

 

「(あれは…〝海賊狩りのゾロ〟?)」

 

 今諸島内にいる11人の〝超新星〟がいることに若干の感動を覚えるが、すぐに焦燥の念に塗り潰される。

 

「(何やってんのあの人!?この島を戦場にする気かよ!!)」

 

 天竜人のため開けられた道を堂々と、酒を飲みながら歩くゾロの姿にリミゼのみならずその場にいた全員が呆気に取られる。

 ついに天竜人の前にまで来てしまったゾロはというと。

 

「……?何だよ。道でも聞きてェのか?」

 

「(あ。ダメだ。終わった)」

 

 自分の目が死んだ魚のようになるのがわかる。脳裏に無表情ダブルピースをするハロルドの姿が浮かんだので、殴って消した。

 脳内で不毛な想像をしているうちに状況はさらに悪化していた。

 天竜人がゾロに向かって発砲したのだ。しかし流石というべきか、ゾロはあっさり銃弾を躱した。それのみならず、刀に手をかけて――――。

 

「(これ以上はヤバイ!)」

 

 リミゼが血糊とナイフを手に飛び出そうとするより早く、動く影があった。

 随分と小さいが―――あの顔は間違いなく超新星の1人、〝大食らい〟のジュエリー・ボニーだ。

 

「え~ん。お兄ちゃんどうして死んじゃったの?天竜人様に逆らったの?それなら死んでもしょうがない!え~ん」

 

 頭から赤い液体を流すゾロと、泣きわめく少女の姿に天竜人は不思議そうにしながらも去って行った。

 最悪の事態が回避された事実に、リミゼの肩から力が抜ける。

 

「(〝大食らい〟のおかげで助かった…。さて、連絡…ん?)」

 

 ジュエリー・ボニーと会話していたゾロが、先程天竜人に撃たれた一般人抱えていたのだ。

 病院に連れて行くらしいが―――その足は全くの反対方向に向かっていた。

 

「ゾロさん、そっちじゃないですよ!」

 

 あ、と口を塞いでももう遅い。ゾロはじっとこちらを見ている。仕方ない、と腹をくくった。

 

「病院はあっちです」

「そうか。わかった」

 

 …何故か指をさしている方と違うところに行かれた。おかしいな、すぐそこに見えているのに。

 

 

 

 ゾロの姿が病院内に入っていたのを見届けて、リミゼは溜息を吐いた。

 びっくりした。こんな神がかった方向音痴が存在することに。何で案内している方向と逆方向に行こうとするのかわからない。本気で。

 電伝虫をダイヤルすれば、シエルとすぐに繋がった。

 

『遅かったわね、グズメガネ』

「うん、ちょっと変なことに巻き込まれて」

 

 不満そうな表情の電伝虫に、げんなりした表情を返す。

 

『ふーん。ところでハルちゃんがいる場所だけど…1番グローブ。ヒューマンショップにいる』

 

 ビキリと硬直する。最悪の展開が頭から離れない。

 

「……何で?」

『ギャンブルで大負けしたから代金替わりで身売りしたって。レイちゃんと一緒に』

 

 『じゃあまた後で』と言ってシエルは電伝虫を切った。

 何も言わなくなった電伝虫を数秒見つめたのち、天を仰ぐ。

 何者として売りに出されたのだろうか、あの野郎は。まさかと思うが〝神殺し〟として出品されたのか。

 

 ―――――だとしたら、最悪だ。

 

「何だ?お前も1番グローブに用があるのか?」

「おわぁ!?」

 

 逸る心臓のままに振り向けば、いつの間に戻ってきていたのか背後にゾロが立っていた。

 

「おれもそこに用があんだよ」

「え?あ、はあ…?」

 

 ニヤリと笑うゾロに、嫌な予感がする。 

 

「案内してくれ」

 

「(何か今日、厄日なのかな…)」

 

 妙に悟ってしまい、乾いた笑顔を浮かべるしかできないリミゼなのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *     *     *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、賞金稼ぎか?」

 

 目を離さないことに集中している最中にそう尋ねられ、一瞬言葉に詰まってしまった。

 

「え?あ、はい…一応…」

「そうか」

「…あの、何でわかったんですか?」

 

 リミゼは平均的な身長で、平凡な雰囲気を纏うためかよく舐められる。シエル曰く「もやしメガネ」とのことだ。

 だというのにゾロの口調は確信的だ。一体どのようにしてその発想に至ったのか気になった。

 

「最初はわからなかったけどな。よく見りゃ隙がねェ。俺のことも知っているだろうに全然怯えてねェしな」

 

 意外に観察力あるんだな、とひそかに感心する。…そんな観察力があるのに何故迷子になるのかと疑問に思う。

 

「…あ、でも狩りませんよ?ぼく達〝麦わら〟のこと好きですから」

 

 『エニエス・ロビー』の一件以来、リミゼとシエルは〝麦わらの一味〟のことを気に入っている。特にシエルはファンと言ってもいい程に入れ込んでおり、過去の麦わらの新聞を求めてハロルドと喧嘩したことは余談である。

 

「……そうかよ」

 

 そっぽむくゾロの表情を見ることは、できなかった。

 

 

 

 

 時々あらぬ方向へ向かいそうになるゾロの軌道修正をしながら歩いていれば、ガラの悪い集団に囲まれた。

 

「見ろ!〝海賊狩りのゾロ〟だ!!」

「1億2千万ベリーの男ォ~!!」

「ガキ連れだぞ!チャンスだ!」

 

 数はざっと5、6人ほどだ。リミゼは柄に手をかけるゾロに近づくと、耳元に囁く。

 

「ゾロさん。ぼく連れを待たせているんです。早く終わらせてください」

「あ?お前戦わねェつもりか?」

「ぼくはヘタレなんです。相手したくないです」

 

 本当にヘタレた一般人はこんな時にそんな図々しい事を言わない。そして無視されたと思った賞金稼ぎたちは雄叫びを上げながら襲いかかっていき―――――。

 

 

 

「うーん。やっぱりそんなに持ってないなぁ」

 

 死屍累々の中心で紙幣を銀行員並みの手捌きで数えながら、リミゼはごちる。

 

「だから相手したくなかったのに…。大して儲からないのに時間取られるから」

 

 放ってほしいという願いは叶えられることはなく、何名かはリミゼの手により地に倒れ伏している。とはいえ今回はゾロと一緒だったため、そんなに時間がかかることはなかったが。―――そこで、はたと気づく。

 

「あれ…ゾロさん?」

 

 略奪行為に夢中になっていたために気づかなかった。ゾロがいない。リミゼの胸中に焦りが奔るが―――――。

 

「まぁいいか。いなくなったの向こうの方だし」

 

 思考をあっさり切り替えて、リミゼは歩きだす。

 ヒューマンショップはもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *     *     *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒューマンショップの外にシエルの姿はなかった。辺りを見回したところで、何者かに肩を叩かれる。

 

「キーキキキキキッ!!」

 

 振り向いた先はクラムチャウダーの顔面ドアップだった。何故か逆さまである。

 

「…あぁ。クラムチャウダー、シエルちゃんは?」

 

 呆けたもののそれは一瞬で。

 少しつまらなさそうな表情を浮かべるクラムチャウダーが建物に手を向ける。どうやらすでに中にいるらしい。

 

 

 瞬間―――――轟音が響き、会場が大きく揺れた。

 

 

「な、何事!!?」

「キキッ!?」

 

 突然の事態に急いでオークションが行われている場所に向かう。

 そこでリミゼが見たのは―――――。

 

 

 〝麦わらのルフィ〟が、天竜人を殴り飛ばす様だった。

 

 

 いったい何がどうしてこうなったのだろうか。まさかのことに開いた口が塞がらなかった。

 天竜人を害せば海軍から〝大将〟がくることを知っていてなお殴る船長も船長だが、それを「仕方ない」で済ませる仲間も仲間だ。

 これが〝麦わらの一味〟。噂通りのイカレた海賊団である。

 呆れを通り越して感心すらしていると、誰かに腕を引かれる。そちらへ顔を向ければ、シエルがいた。

 

「見逃さなかった?」

「うん。バッチリ見たよ」

「そう」

 

 無表情に目を輝かせるシエルに対し、リミゼは乾いた笑い声をあげる。

 

「やっぱり今日は、厄日なんだなァ……」

 

 平和で平穏な日などシャボン玉の様だ。

 

 リミゼがそう思うのと、会場外で1つのシャボン玉が弾けるのが同時だったことを知る者は誰もいない。

 


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