この世界に生まれ落ちた時、私は海の上にいた。
世界の知識は殆どない。頭の中もぼんやりしている。今の自分が何者であるか、元々の自分が
海に浸かった身体は動かない。動かし方もわからない。
「おい、大丈夫か?」
「う……」
誰かに声をかけられた。それに反応したが、言葉もまともに出せなかった。産まれたばかりの私は、言葉の使い方もわからなかった。
「お、意識はあるか。……こりゃドロップ艦だな」
声のする方、声をかけてくれた人の顔へ目をやる。犬や猫の耳のような形状の何かを頭に浮かべた、眼帯の女性。何を言っているかは今の私には理解できなかったが、直感的に、この人は私と同じ
「このままにしてたらマズいな。よし、なるべく揺れないように運んでやるから、ちょっと我慢してろよ」
海から引き上げられ、抱きかかえられた。ほんの少しだけ動いた手が女性の身体に触れたら、一際強く抱きしめてくれた。女性の温もりがとても強く感じられる。安心して身を任せられた。
スピードが出ているものの、周りの風景があまり変わらない。私は相当沖にいたらしい。女性の向かう先に辿り着くまで、少し時間がありそうだ。
その間に、頭の中が少しずつ鮮明になってきた。この世界に馴染んできたのだろうか。自分が何者であるか、元々何物であったか思い出して来た。
私は元々は
その戦いの最中、私は……戦死した。物である私が死ぬというのは間違っているかもしれないが、あれは艦としての死。爆撃を受け、海の底へと沈んだのだ。二度と上がれない、深い深い底へ。
だが今、私はここにいる。
この世界がどのように構築されているかはわからないが、どうやら艦が人間の形で第二の生を受ける場合があるようだ。
今の私は
「あの……」
今度はちゃんと言葉が出た。時間が経つにつれ、私は人間としての極一般的な能力を身につけてきている。少しだけ、手にも力が入った。
「なんだ、どうかしたか?」
女性は笑顔で目を見てくれる。今度は何を言っているかも理解できた。
「ありが……とう……ございます……」
「すごいな、もう言葉が出せるのか。目覚めて間もないからもっと意識が朦朧としてるもんだと思ってたぜ。オレもそうだったしな」
そういうものなのか、と1人納得する。考えてみれば、今まで無機物で意思もない艦が、人間となっているのだ。そもそも、
「あなたは……」
「オレか? オレは天龍。天龍型軽巡洋艦、一番艦の天龍だ」
私の手に力が入ったことに気付くと、女性……天龍さんは一気にスピードを上げた。今までは私を気遣ってくれていたのだろう。このスピードは朦朧とした意識では少し辛い。今ならこちらからも抱きついていられる。振り落とされることは無いだろう。
風景が目まぐるしく変わり、遠くに島が見えた。あそこが天龍さんの向かう先なのだろう。
「こちら天龍、ドロップ艦を保護した。開けてくれ」
誰かに声をかけ、スピードを落とす。そろそろ到着なのだろう。そこで安心したのか、私はそのまま眠りについた。
次に目を覚ました時には、身体の動かし方を理解していた。
しっかりと足で地を踏みしめ、2本の脚で歩く。艦であった時には絶対に出来ないことを私はしている。生まれ変わったことを、改めて実感した。
「お疲れ様でした。ドックで艦娘としての在り方がしっかりと身に付いたようですね」
「はい、不思議な感覚ですけど、ちゃんと歩けます。この調子なら、戦闘も大丈夫です」
「……それはよかった。では、提督の元へと参りましょう」
歩く私の姿を見ながら、眼鏡の女性、大淀さんが書類を片手に付き添ってくれている。
私は海上に突然現れる艦娘、通称『ドロップ艦』と呼ばれるモノであり、鎮守府が意図的に建造した艦娘ではない。そのため、鎮守府に保護された後、休息中に現代の知識をインプットされ、戦力としての基礎、人間としての基礎を身体に覚えさせられた。睡眠学習というものらしいが、眠っている内にそれが終わっているのだから、現代の技術というのはすごい。私が艦の時代ではありえない技術だ。
「大淀です。朝潮、面会に参りました」
「あいよー。入ってくれ」
大淀さんの言葉に返す声を聞き、少し拍子抜けした。司令官なのだから威厳のある声が返ってくるものだと思っていたが、何処にでもいそうな中年男性の声。いや、声から相手を判断してはいけない。その姿を見たら、慄いてしまうかもしれない。
意を決して、執務室へと入った。
「君がドロップ艦の朝潮君だね。私がこの鎮守府の司令官、
やはり判断しないで正解だった。声の通り中年男性だが、現れたのは、筋骨隆々な中年男性。司令官としての正装をしているのだろうが、サイズが合っていないのではと思うほど、筋肉を主張していた。
立ち上がるとその身長にも驚かされた。私自身、おそらく普通より小さい背格好だと思うが、その私が見上げるほどの大男だった。
「く、駆逐艦、朝潮ですっ」
「提督、朝潮さんが怖がってますよ」
「そうかい? ただ緊張してるだけなんじゃないの?」
声が上擦ってしまったのがとても恥ずかしい。
加藤司令官と大淀さんの言うことは、どちらも正解だった。初めて司令官と会うと言うことで緊張もしていたし、出てきた人が想定外の大男だったことで恐怖を感じたのも事実だった。艦としての装備、艤装を持たない自分など、この人にとっては虫を潰すのも同然なのではなかろうか。
「大淀君、例の件はもう話してあるのかな?」
「いえ、まだ。提督の口から伝えるのが良いかと思いまして」
例の件?
私の進退に影響する事なのだろうか。配属先が決まったとか、そういったことだと嬉しい。
「まずは悪い知らせからにしよう。朝潮君、君は艦娘発生行程において、
「……え?」
言っている意味がわからなかった。
私に欠陥がある?
艦娘として第二の生を受け、艦娘としての在り方を教えられ、今まさに道を歩こうとしたところに、この知らせ。一瞬、頭が真っ白になった。
「ど、どういう……ことでしょうか」
「艦娘はどのように発生するかは、わかるかい?」
「私達のようなドロップ艦は……海上に突如として現れるとしか……」
「ならそこからだね。落ち着いて聞いてほしい」
ここから、加藤司令官は話してくれた。私を落ち着かせるように、穏やかに、時間をかけて。
艦娘というのは、海に眠る艦の魂から一部を譲渡され、それを
魂というものは変わらない。そのため、いくら譲渡されても本質は変わらず、何人もの同じ艦娘が発生しても、思考に関しては
問題は
鎮守府で建造された艦娘は、
しかし、今回の私のようなドロップ艦に妖精さんはいない。力を借りることができず、
正直、気が気でないので正確に聞けているかもわからない。
「君に発生した
「主砲と魚雷を……ですか」
「ああ。本来なら君は12.7cm連装砲と61cm四連装魚雷を持ってきているはずだったが、それを持っていなかった。手ぶらだったね」
言われてみればそうである。艦娘は発生した直後から何らかの装備をしているらしいが、私にはそれが無かった。主砲を持っていないことに違和感が無かった。魚雷を装填していないことに違和感が無かった。
「しかし、だ。主砲と魚雷が装備できない程度なら、問題なく君は戦える。高角砲で敵艦載機を撃墜することだってできるし、爆雷で潜水艦を倒すことだってできるんだ。それはいいかな?」
「はい……」
「ただ、お偉方というものは、一部の欠陥すら許さない。その欠陥が敗北に繋がる可能性が少しでもあると考えている。本来ならば、欠陥が見つかった艦娘は即解体だろう」
解体。
言葉を聞いただけで身体が竦み上がった。戦場で散るよりも辛い、味方側からの死刑宣告。終戦後ならば仕方ないと割り切れる。だが戦時中ならば話は別だ。まだ戦えるのに、未練を残し、志半ばで味方に討たれる。ただでさえ産まれたばかりだ。それだけは嫌だと、艦の魂が叫ぶようだった。
「せっかく産まれた艦娘達を、己が都合で即解体なぞ、国が許しても私は許さん。命をなんだと思っとるんだお偉方は。こんなに可愛い子供達を兵器としか見られないなんて、荒んでると思わないかね」
「提督、話が逸れています。それに、朝潮さんが解体という言葉で怯え始めています」
おそらく今の私は泣きそうな顔をしているだろう。こんなに早く、涙を知りたくは無かった。
「っと、すまない、話を戻そう。ここで今度はいい知らせだ。ここは、欠陥持ちの艦娘
「……へ?」
今度は素っ頓狂な声が出てしまった。上擦るより恥ずかしい。
「私はそういう欠陥持ちの艦娘を引き取っている。何が
「代わりに
「一向に構わん! 私の艦娘達はそれ以上の戦果を挙げているし、皆健やかに育っている! 私の宝だ! 絶対に死なせんぞ!」
巨体を震わせながら熱弁する加藤司令官。外見は恐ろしい部分もあるが、とても優しい人物であることが手に取るようにわかる。
「ここまで言えばわかると思うが、朝潮君、君をこの鎮守府に迎え入れたい。どうだろうか」
加藤司令官は私に問いかけて来た。
考えるまでも無かった。
「是非、この鎮守府に置いてください」
「そうかいそうかい! ではよろしく頼むよ朝潮君!」
豪快な笑顔で私の配属を喜んでくれている。欠陥があるという私を快く受け入れてくれたことは、私も嬉しい。
「提督……今のは殆ど脅しですよ。配属しなければ解体と言っているようなものです」
「私にそんな気はさらさら無いんだが」
「はぁ……相変わらず言葉選びが悪い」
……思い返してみれば、逃げ道のない問いかけだった。あの状況下で、配属を拒む艦娘がいるのだろうか。余程戦いたくないか、欠陥を持っているという現状に絶望したか。
だが、私が首を縦に振ったのは、脅されたからでも死を恐怖したからでもない。ここでなら戦っていけると確信できたから。そして、加藤司令官の人柄に惚れたからだ。部下である艦娘を宝とまで言った人だ。本当に大切にしてくれるのだろう。
「私は生きたいから配属を志願したわけではありません。私は、司令官の下でなら戦えると思ったから志願しました。これから、よろしくお願いします」
「聞いたかね大淀君。この娘は自分の意思で配属を決めたんだ。これは祝い事の準備をせねば!」
「……わかりました、わかりましたよ。朝潮さん、配属を心より感謝します」
ため息を吐く大淀さんも、言葉とは裏腹に笑顔だった。私を拾ってくれた天龍さんも、同じように笑顔だったことを思い出す。
この鎮守府は皆こんな感じなんだろうか。それなら……私はここでやっていけそうだ。
私、欠陥艦娘の朝潮の人生は、ここから始まったのだ。
1話目では、独自設定の半分を設定させていただきました。まだ鎮守府がどういうところかを書けていませんね。そちらは次回で。それでは。