防衛線の襲撃は不定期だが続いている。丸一日来ない時もあれば、一日で何度も来る時もある。時間もまちまち。夜間部隊の話も少し聞いたが、日が昇っているときと同様に襲撃を受けるそうだ。今でこそ防衛線は守られているが、それこそ何があるかわからない。北の攻略は急を要する。
私、朝潮はまだまだ『未来予知』の訓練中。約束通り、霞がいる時にしかやっていないものの、必ずあの没入感を感じるくらい深く思考するようにしている。
初めて訓練として始めた日、その最後の訓練で感じた、自分が電探になった感覚に少しずつ慣れている。ただし、その度に鈍器で殴られたような頭痛がした。緩和はされているものの、消耗があまりにも激しい。
「では……始めます」
今も訓練中。まとめて3人を相手にするのは辛いということで、1対1を支援する形から慣れていくことにしている。今は白黒時雨さん運命の演習中。私が黒側。
話す思考と動く思考を先読みに使い、他の思考は全て電探の反応の確認。何度も何度も同じことを繰り返したおかげで、思考の整理は容易にできるようになっていた。
「5時移動、2時攻撃」
言葉も勝手に出る。いい流れだ。当然今回のルールもいつも通り、白時雨さんは何でもあり、黒時雨さんは武器破壊のみの、深海艦娘救出ルール。私は方向しか言えないので、正しい照準は本人任せになる。だが、1秒以上の未来を視ているおかげで、照準を合わせる余裕はあるはずだ。
「すごいね、そこに来るって感じだ」
まず手に持つ主砲を破壊。
「11時攻撃、少し上」
撃った瞬間に艦載機が発生。移動する間もなく即座に破壊される。
「2時移動、9時攻撃」
進むことを予知し、すれ違いざまに撃つことでバックパックを破壊。
「以上」
目を開ける。白時雨さんも黒時雨さんも無傷。白時雨さんの武器にのみペイントがべったりこびりつき、艦載機も墜ちていた。理想的な状態だ。
頭痛もしたが、以前までの鈍器で殴られたような頭痛ではなく、大分緩和された痛み。それでも息が詰まるくらいは痛いが、電探を切ればすぐに頭痛は治っていく。
「っく……ふぅ。やっとここまで来た……」
「始めてからまだ5日目よ。充分でしょ」
毎日寝る前や、朝起きてからなど、霞がいるときには必ず訓練をしていた甲斐があるというものだ。元々電探を使っていたことで
「君は本当に僕にだけは容赦ないよね」
「君は僕だからね。手加減なんてしている余裕が無いんだよ」
「同族嫌悪かな」
「そうかもしれないね」
時雨さん同士の戦いは実際何度もやっている。今回は私が黒時雨さん側についたが、基本は私無しでの私闘のような個人演習だ。黒時雨さんは援軍のため、白時雨さんは深海艦娘のため、どちらも
「で、今はどっちの時雨が強いのよ?」
「勿論僕、白しぐだよ。オーバースペックだからね」
「悔しいけど、個人のスペック差は簡単には覆せないよ。やっといい勝負にはなってきたんだけどね」
個体差がここにも出ており、白時雨さんは黒時雨さんよりも少しだけテンションが高い。物静かでクールなイメージの黒時雨さんに対し、少しおちゃらけてくる白時雨さんはその2つのイメージを意図的に崩している感じ。
深海艦娘となった影響なのか、悪態をついた記憶が残っている影響なのか、時雨さん含めて深海艦娘の3人は割と思ったことを口に出してくれる。電さんや五月雨さんも、私の訓練の時にダメ出しをしてくれるので、スムーズに成長できている気がした。
「さ、朝潮、まだやるかい?」
「そうですね。頭痛も治ったのでもう一度」
「はあ……何言っても聞かないのよねこうなると」
頭痛もすっかり引いたので、呆れる霞を尻目に電探を再起動する。場合にもよるが、再起動で頭痛がぶり返すことも最近はそこまでない。訓練がしやすくて助かる。
改めて反応を確認していると、ふと気になる反応が見つかった。
「あれ、神通さんと北上さんが……」
「ここに来てからは無かったけど、
「おそらく」
あまりいいことでは無いが、あの2人は喧嘩を通して研鑽している節もあるので止めることも躊躇いが出る。実際、実弾で喧嘩をするようなことはなく、個人演習の延長線上だ。
「大井さんが見ているので大丈夫だと思いますけど……」
「大丈夫なのかい? 僕らと違って許可を取ってない演習なんじゃ」
「いや、多分取ってます。あの2人はそういうところ抜かりないので。いや、多分大井さんが前以て司令官に話してますね」
反応が周りに集まっている。援軍2人の大喧嘩だからだろう。知っている援軍組はともかく、この鎮守府の艦娘には何事かと思えるような事態だ。
「どんどん人が集まってますね」
「なら僕らも見に行こう。朝潮も気になって訓練にならないだろう?」
気になっているのは白時雨さんの方なのでは。
「というか頭を休憩させなさいな。息抜きに他人様の喧嘩を見に行くってのもアレだけど」
「霞が見に行きたいだけなんじゃないの?」
「そんなことないわよ」
確かに休憩は必要である。ということで、2人の
現場は訓練中だった艦娘で人だかりが出来ていた。神通さんの実力は天龍さんとの演習で知らしめられており、北上さんの実力は戦艦水鬼との戦闘の際に痛いほど理解させられている。その2人の演習だ。どちらが勝つのかは誰もが興味を持つところ。
「あら朝潮、さすがに勘付いたみたいね」
「大井さん、今の2人の戦績は」
「113戦、北上さんが48勝47敗18分で勝ち越してる」
あの後からもうそんなに喧嘩しているのかと思うと少し呆れてしまうが、あの2人を知っているのならそうなのかもと納得できてしまう。
王道を突き詰めた神通さんと、邪道を突き詰めた北上さん。戦い方は正反対だが、互角に戦っているのだから、どちらもやり方が間違っていないというのがわかる。
特に北上さんは何から何までおかしい。よく言えば臨機応変、悪く言えば手段を選ばない。
「何あの戦い方……あの場で考えてるの?」
「戦艦水鬼との戦いの時からあんな感じだったじゃない。あの人その場その場で対応してるの」
神通さんもたまにそれに引き摺られそうになる時があった。一度見た行動は自分でも出来るようにするのか、ついには手に持つ主砲で北上さんの砲撃を払う、天龍さんの回避方法をマスターしていた。刀と主砲ではまったく勝手が違うので、どちらかといえば山城さんに近いか。
「すごいねあの2人。僕も見習おう」
「白い僕、あれは見習っちゃいけない」
黒時雨さんは神通さんタイプ。王道を突き詰めている。だからか、白時雨さんは邪道に行こうとしているようだ。
同じ顔が2人いると、こういうことが起こるのだなと、改めて思う。私も自分と出会う機会があったが、私とは別の方向に進んでほしいと思えた。これも一種の同族嫌悪かもしれない。
「うわ、マジかぁ……」
「これで48勝。勝ち越されているのがどうにも許せませんでしたから」
「龍田の訓練するようになったからかねぇ。妙な動きが入ってきてるんだよなぁ。よし、次は対応できる」
北上さんの主砲が弾き飛ばされ、容赦なく顔面にペイント弾を撃ち込んでいた。今回は神通さんの勝ち。終わってからも駄目押しで一発入れていたのは、私怨が入っている。
でも今回の喧嘩の原因は何だったのだろう。私が見た前回は、煽り合いの末に北上さんのサボりグセを正す為だった。大井さんが言うには、結構くだらない理由の時もあるそうだ。目玉焼きにかけるのがソースか醤油かとか、私にはよくわからないがキノコかタケノコかとか。
「では私が勝ったので、北上さんには仕事をしてもらいます」
「ったく、しゃあないなぁ。で、何させるつもりなんよ」
「訓練の教官を。警護任務がないときにやってください。特に雷撃訓練」
「うえ、めんどくせ」
今回も仕事をさせるためだったらしい。北上さんの雷撃訓練、これは参考になるのだろうか。直感と対応力でその場を乗り切る北上さんは、正直教官には向いていない気がする。
「大丈夫。北上さんは教えるの上手な方よ。むしろ神通より成長できるわ」
「どういうことです?」
「だって、神通はできるまで扱き続けるタイプだもの。うまく気が抜ける北上さんの方が頭に入るわよ。身体に無理矢理刻み込むか、段階踏んで頭に刻んでいくか、どっちがいい?」
「なるほど……」
即効性なら神通さん、確実性なら北上さん、というところか。私は神通さんタイプで訓練をしているので何とも言えない。同じことをしている人がいないので、無理矢理自分に刻み込むしか手段がない。
「北上さんが教官をするなら、私も手伝うわ。特に霞、アンタ雷撃特化だったわよね。訓練来なさいな」
「そうね……北上さんの動きがモノにできるなら、是非とも参加したいわ。姉さんを守りやすくなるでしょ」
北上さんと大井さんの訓練なら霞にはいい刺激になりそうだ。重雷装巡洋艦レベルの雷撃が可能になったら、どれほど頼もしいことか。
「じゃあ僕も北上さんの訓練を受けよう。黒い僕は神通さんの訓練を受けているんだろう?」
「元の鎮守府の方でね」
「僕はここでしか出来ないし、このチャンスを使わせてもらおうかな」
北上さんは大人気。単純に強いというのもあるが、あの緩い感じが思った以上に人を引き寄せる。駆逐艦嫌いは、それでまとわりつかれるのを嫌っているだけなのだろう。皆が北上さんの魅力に気付いていくのを、大井さんは喜んでいた。
「あ、そうでした。もう一つ。朝潮さん、少しいいですか?」
「私ですか? な、なんでしょう」
急に神通さんに呼び出されて不安しかない私。北上さんに勝って上機嫌なのはわかるが、その流れで私となると、もう演習の相手をしろくらいしか思い浮かばない。
「朝潮さんに攻撃を当てることは一つの課題です。なので、一度演習をお願いします」
「やっぱり……。私攻撃できないんですけど」
「一定時間避け続けてくれればそれでいいです。5分、いや、3分でいいので」
私の訓練の成果を確認することも出来るので、この訓練はアリといえばアリ。ただ、これを容認すると、今後私を的にする訓練が当たり前のように行われそうで怖くもある。
神通さんの攻撃が全て避けられるのなら、『未来予知』はさらに完成に近付くだろう。頭痛の克服だけとなれば御の字。
「わかりました。神通さんも意固地な人ですし、断ってもまた頼まれると思いますから。ここで一度やっておきます」
「ありがとうございます」
こういう形での演習は初めてなので少し緊張する。回避訓練は幾度となくしてきたが、それは他にも人がいた。私のみが集中砲火を受ける状況ではない。それも、相手があの神通さん。天龍さんとほぼ互角、軽巡でもトップクラスの実力。
「……開始します。どうぞ」
思考への没入までの時間は、使うたびに早まっていた。今では即座に沈むことができる。
反応は私と神通さんのみを意識。視覚も、聴覚も、全て先読みに回す。考える前に、身体を動かす。1秒、もっと先を見据え、次の行動、次の次の行動を視る。
「左へ……構え……フェイント……足元……」
自分への攻撃しか考えていないため、勝手に口から出るのは神通さんが次にするであろう行動。見ていないのでその通りにやっているかは反応からしか判断できないが、私に痛みが無いのなら、それは正解であり、キチンと避けられているということだろう。
「直進……頭……旋回……」
先へ。もっと先へ。神通さんが行うであろう行動を全て読み、神通さんが考えるであろう最善の手を紐解き、それを回避する。
「急停止……胴……」
当てやすいように至近距離に来ている。避けづらいであろう胴体を狙ってくる。そうすることは読めている。急に撃つ方向を変えてくるのもわかる。私の身体がついていければそれでいい。
「接近……格闘……旋回……肩……」
一旦白兵戦まで挟んできた。天龍さんや龍田さんと戦っているのだから、それくらいはしてくるだろう。予測に入れておいて正解だった。まだ慣れていない白兵戦故に躱すのも簡単だ。
しばらくそれを続けても、自分に痛みを感じることは無かった。痛覚も先読みに回す、なんてことはまだやっていないつもりだ。
「……時間経ちましたよね。以上」
目を開く。自分が無傷であることを確認し、来るであろう頭痛に備える。後頭部を殴られたかのような頭痛が一発。最初の鈍器で殴られたかのような頭痛よりは格段に軽くなっているため、自分が成長したと確信できた。すぐに電探を切り、頭痛を止める。少しはクールダウンした方がいいだろう。
「ありがとうございました。自分が成長できたことがわかりました」
「本当に当てられないなんて……」
北上さんとの
「よくやってくれたよ朝潮ー。あたしに勝って上機嫌な神通を折ってくれたのは偉いね」
「そんなつもりは無いんですけど」
「いやいや、大したもんだ。五感のいくつかを先読みに使うなんて、もう何か違うところ行ってるよ」
ここで驕ってはいけないのだが、やりたいことができたというのはとても気分がいい。だが、まだ相手は1人、コントロールする対象も自分だ。これを複数の相手に対し、味方複数をコントロールできるようになれば完璧。
「次は当てますから」
「勘弁してください。ただでさえまだ完璧とは言えないのに、神通さん相手は負担が大きすぎます」
「二水戦旗艦様が子供虐めとは、堕ちたもんだねぇ」
「北上さん、2戦目です。減らず口を叩けなくしてあげます」
また
成果が確認できたのは良かった。自信に繋がるし、間違ってなかったと自分を納得させられる。この力をもっと鍛えていけば、皆を守ることができるだろう。
攻撃できない私が選んだ、最良の道。全員のサポート、背中の目、その全てに繋がる。これが私の、誰にでも自慢ができる生き方だ。
ここの神通は無駄に喧嘩っぱやくなってしまってますが、史実を性格に反映させると、神通は割と乱暴でもいいくらいなはず。