対潜訓練を開始し、より一層艦娘としての取り組みに励む私、朝潮。
対潜ばかりに集中すると、今度は対空が疎かになってしまう。どちらも重要な役割だ。私にできることは限られているのだから、できることは全てやっていきたいと思っている。
今日は非番。私は非番の時も自主練をすることがよくある。基本はジムに行くのだが、今日は珍しく山城さんがいなかった。いつも行けば必ずと言っていいほど何らかの筋トレをしつつ、今の私に適した筋トレのプランをくれる。そして筋肉の良さを語る。
少し気になったので探してみたら工廠にいた。だが制服ではなくいつものスポーツウェア。
「山城さん、ジムにいないなんて珍しいですね」
「今日はあいつの訓練なのよ。天龍が最初に出した課題がまだクリアできないの」
指差す先にはガングートさん。艤装を装備した状態だが海上ではなく工廠の隅だ。
「最初に出したのにまだ、ですか」
「ええ。私は筋肉さえあれば何とかなるって言ってるんだけど、天龍は器用さも必要だって言ってね」
ガングートさんがやっているのは、艤装のアームを使っての細かい作業だった。私達でいえば、箸で豆を摘んで皿を移動させるような作業である。
「ぐ……ぐぐぐ……」
「もうちょいだぞガンさん、最初より大分良くなってる」
大型の腕のため、私の機関部艤装程度の大きさでもかなり繊細な操作が必要なようだ。格闘訓練よりも力が入っているように見える。見ているこちらにも力が入ってしまう。
確かにガングートさんの攻撃方法はあの大きな腕を使った力業だ。殴りつけるだけでも敵を粉砕するレベルの威力があるだろう。だが、そこに器用さも加われば、やれることが格段に増える。戦闘以外にも使えるだろう。例えば、龍驤さんや蒼龍さんの曳航や、那珂ちゃんさんのブレーキとか。
「よしっ、潰さずに運んだぞ! 見たか天龍!」
「えらい時間かかったけどクリアだな! これ、毎日やろうな」
「一度出来てしまえば造作もない。さぁ格闘訓練だ! 山城ぉ!」
勢い勇んで海上で呼びつけるガングートさん。それに対し、溜息をつきながら付き合う山城さん。心なしか楽しそうに見える。相変わらず制服じゃない状態で艤装を装備しているが、そういうのはどうなんだろう。
「アンタの艤装に殴られたら私だってキツイってことちゃんと覚えておいてもらえる?」
「そもそも貴様には当たらないだろ! 当てるまでやるぞ! カカッテコイヨォ!」
ちょくちょく北方水姫が出ているのは大丈夫だろうか。
「大丈夫大丈夫。なんだかんだガンさんが先に音を上げる」
「そうなんですか?」
「山城姐さんの方が三枚くらい上手だ」
言うが早いか、すでにガングートさんが1発殴られている。
素人の私でもわかった。ガングートさんは大振りなのに対し、山城さんは鋭い。柔よく剛を制すとはまさにこのことだろう。攻撃を軽くいなし、その反動も使って攻撃している。
北方水姫時代の格闘能力はほぼそのまま持っているらしいが、あの時よりも勢いがない。浄化の影響だろうか。
「ほらほらもっと頑張んなさい」
「
「……ガン子、訓練一回ストップ。今艤装が重いって言った?」
突然訓練を止める山城さん。ガングートさんは不服そう。
「アンタその艤装合ってるの? 艤装が重いなんて聞いたことが無いわよ」
「当たり前だろ。合ってなければ装備などできん」
「……艦娘は追加で装備してもその重さを感じないわ。妖精さんのおかげでね。筋トレでもそれだけは解消できないのよ」
雲行きが怪しくなってきた。山城さんがすぐに明石さんを呼ぶ。
「ガン子の艤装、改めて調べてくれないかしら。重いって言い出したわ。あと、ガン子自体も追加で」
「わかりました、すぐに調べます」
そのまま格闘訓練は終わってしまった。山城さんに掴まれ嫌々ながら明石さんの調査を受けることになったガングートさん。私と天龍さんは結局置いてけぼりを食らうことに。
「なんかえらい事になりそうだな」
「ですね……。格闘訓練始めてもうそれなりに経ちますよね」
「ああ、ガンさんが来た翌日から始めてる」
元深海棲艦なだけあり、ガングートさんには私のような海上移動の訓練が必要無かった。その分早くから即戦闘訓練に移している。その時からバルジは装備した状態でやっていたらしいが、重いと言ったのは今日が初めてだそうだ。
先程山城さんが言った通り、私達艦娘はどんな装備をしたとしても、それが適応している装備なら重さを感じない。逆に、装備できない、適応していない武器は持ち上げる事すら出来ない。そのため、『重い』ということ自体が存在しないのだ。
もしかしたら、元深海棲艦というのが鍵なのかもしれない。
明石さんの調査が終わったようで、工廠には司令官も来ていた。山城さんが呼び出したらしい。思った以上に大事になっている。
「ガングートさんを再調査しました。結果、ほんの少しですが深海棲艦の要素が戻ってきています」
「ふむ……それはこれ以上進行するのかな?」
「その心配はおそらくありません。身体は完全に艦娘です。ですが、艤装に深海棲艦の要素があるんです」
そもそも腕のある艤装は艦娘に存在しない。クレーンやちょっとしたアームならあるが、ガングートさんに関しては五本の指がある手まで存在している。最初から直接攻撃するための艤装だ。
「戦闘訓練をするにつれ、艤装の深海棲艦要素が徐々に活性化したんだと思います。だから、深海棲艦には無い装備……今の場合ですとバルジですね、それを重く感じたんでしょう」
「なるほど。ガングート君、艤装が重く感じたのは今日が初めてかい?」
「ああ、昨日まではそこまで感じなかった。今日は明らかに違う」
司令官も明石さんの説明に納得し、その場で考える。
艦娘としてのガングートさんが深海棲艦に戻る事はないだろう。だが、艤装が使えないとなると話は別だ。戦う事ができない。
「ガングート君、北方水姫と同じ状態の装備になって訓練してみてくれないかい。申し訳ないが、装備無しという事になるかもしれないが」
「うむ、記憶を辿って装備をしてみよう。普通の戦艦ではないことは確かだ」
結果、本当に普通の戦艦では無くなってしまった。
主砲が装備できないのは
「しっくりくる。これが北方水姫の装備だ。無論
「アンタあの時魚雷なんて撃ってこなかったじゃない」
「お前とは殴り合いがしたかった。だから置いてきただけだ」
バルジを外し、魚雷を装備したガングートさん。海上に立ち、装備を振るう。
「うむ、重くない。これならば十全な力が発揮できるだろう」
「何か不調があったらすぐに言ってほしい。特に君は生まれが生まれだ。私も心配している」
「Спасибо. 感謝する」
何事もなく、私も安心した。ガングートさんが司令官の手にすら追えない存在だったらと考えると、少し怖くなってしまう。だが、それでも救おうとするのが司令官だ。それだけは確信できる。
「さぁ訓練再開だ! 山城ぉ!」
「忘れてなかったのね……仕方ないわね」
そのまま格闘訓練に戻っていったガングートさんと山城さん。天龍さんもそれに加わるそうなので、私は司令官と工廠を離れた。
その後聞いた話では、山城さんが完膚なきまでにガングートさんを叩き伏せた後、筋トレに誘ったのだそうだ。本当にブレない。
翌日、朝食の場を使って、ガングートさんの艤装の異変について全員に公表された。
再調査の結果、これ以上の深海棲艦要素の活性化は無さそうという判断になった。格闘訓練後に何かが変化したようなところはないらしい。だが、経過観察は必要なようで、ガングートさんはうんざり顔だった。
それでも即座に受け入れるのが我が鎮守府の長所。ガングートさんのこれは、私達と同じ
「私は艤装がどうこうよりも、山城に勝てないことの方が気に食わん」
「勝てるように訓練なさい。まずは筋トレよ、筋トレ。筋肉をつければ深海棲艦の要素なんて関係なくなるわ」
ガングートさんもブレない。余程強い因縁だったのだろう。山城さんの根拠のない筋肉理論もそろそろ聞き慣れてきた。
だが、今回ばかりは筋トレもいいかもしれない。深海棲艦に近い艤装で戦闘訓練ばかりやっていたから深海棲艦要素の活性化があった可能性もある。戦闘から離れた趣味を作れば、そういった部分から切り離される。
「ふむ、ガングート君、戦闘訓練で勝てないのなら、筋トレで勝ってみてはどうかな」
「む、貴様それはどういう意味だ」
「例えば……腕相撲なんてどうだい。艤装の差などない、単純な腕っ節だけでの勝負だ」
ガングートさんの戦闘訓練はどうしてもあの艤装を使う。山城さんだからそれでも怪我なくできているが、直撃したら普通ならひとたまりも無い。万が一のことがあっては困る。
そこで司令官が提案したのが、怪我をしない勝負だ。確かに安全。場所も取らず、誰が見ていても勝負がつく。
「ほう、面白い。山城、腕相撲で勝負だ」
「構わないわよ。私の鍛え上げた腕を見せてあげる」
面白い事になってきた。
山城さんとガングートさんの勝負は戦闘訓練のみ。その結果は限られた人しか見ていない。だが、これは本当にどこででもやれる。それこそ、この場でもできる。
早速2人が準備を始めた。手頃な机を使い、腕を組んで向かい合う。
「では僭越ながら審判は私が務めよう。準備はいいかい2人とも」
「いつでもいいわ」
「構わん。来い」
静まり返る食堂。ほぼ全艦娘が揃っている場での一戦。確実にこれ以降も何度も行われるだろうけど、最初が肝心だ。
「レディ……ゴー!」
司令官の合図が出た瞬間、空気が張り詰めたような感じがした。山城さんもガングートも動いていない。いや、動けていないのだろう。お互いの膂力はほぼ互角だという事だろうか。
山城さんはほぼ毎日筋トレをしている猛者。全身を隈なく鍛えている。それに比べ、ガングートさんは筋トレをしているところは見たことがない。元々のスペックか、元深海棲艦の身体能力なのかはわからない。それでも、見ている限りでは互角だ。
「なっ、なかなかやるな、山城ぉ!」
「アンタもね……鍛えればもっといいものになるわ……!」
ジリジリと山城さんが押している。お互いに筋肉が震えているのがわかる。周りの皆も息を呑んで見守っている。
「っくっ、ぬぁぁぁ!」
勝負に出たガングートさん。徐々に押し返し、優勢を取った。このまま行けばガングートさんの勝ちだろう。皆がそう思ったその時、
「っあああっ!」
山城さんが渾身の力を込めて押し返し、そのまま勝負を決めた。お互い息を切らしながらも、山城さんは腕を天高く上げ、勝利を噛み締めた。歓声も上がる。
見ていた司令官は満足気だ。勝敗が明確になったもののガングートさんはこれで諦めるような人ではない。むしろさらにやる気を出すだろう。山城さんも毎日の筋トレの成果が確認できてご満悦な様子。
「くっ……次こそは勝つ!」
「これならまた付き合ってあげるわ。筋トレして出直してきなさい」
無事筋トレ仲間の勧誘に成功した山城さん。腕相撲に勝った時よりも満足しているような気がする。
この後からガングートさんもジムの常連になるのは言うまでもないだろう。第二の山城さんとして、制服を着ている姿すら稀になるかもしれない。
戦艦=脳筋みたいなイメージになってきてますけど、出てる戦艦がみんな格闘戦特化になっちゃってるのが原因です。アニメの長門だって深海棲艦殴ってたから……。