水母棲姫が浄化されたであろう女性の入渠が終わると聞き、私、朝潮は工廠にやってきた。私自身の入渠は本当にすぐ終わり、一番怪我を負っていたガングートさんの入渠も先程終わった状態。戦闘終了後からその日中に全ての入渠が終わったことになる。
この場にいるのは私の他には山城さんと春風。司令官も当然来たがったものの、入渠後の女性は全裸である件があるので、山城さんが追い出した。
何があるかわからないと山城さんは艤装を装備して先頭に立ち、春風は私の護衛として側に付き従う形に。心がどちら側かにより処遇が決まるため、今までの浄化組とは緊張感が違った。
「入渠終了。ドック開きます」
明石さんの言葉と同時に、女性の入るドックが開いた。見れば見るほど、綺麗になった水母棲姫である。
「ここは……」
「私達の鎮守府よ。貴女は何者? 何処まで覚えてる?」
身体を起こしキョロキョロと見回す。山城さんの言葉も耳に入っていないような雰囲気。寝ぼけ眼の焦点が徐々にあっていき、私と目があったその時だった。
「あ……あ、あぁああアアアああっ!?」
頭を押さえて叫び出した。こんな事は今までにない。
理由は何となくわかってしまった。今までの浄化された深海棲艦に共通するところは、戦闘の記憶、そして命を落とした時の記憶だけは鮮明に覚えていること。私の顔を見て、あの時のことを思い出したのだろう。
これは水母棲姫の思考であろうが無かろうが関係ない。私は壊れるほどのトラウマを植え付けている。錯乱しても仕方ない。
「明石!」
「もう一度入渠させます! 押さえつけて蓋を閉めて!」
「いやあああっ!? あっ、アアアアアッ!?」
山城さんの膂力で強引に押さえつける。その間も叫び続け、ドックの中で暴れている。これはどちらの暴走だろう。私に殺されたことへの怒りか、私達にしたことへの悔恨か。
蓋が閉められた後も中から激しい音が聞こえ、そのうち静かになった。再び眠りについたようだ。
「死んだ時の記憶はあるものね……。私は姉様で忙しかったけど、朝潮相当だったらしいわね」
「もしや、わたくしを止めてくださった時と同じようなことを?」
「……アレより酷いことをしたわ。あの人は私が殺したんだもの」
今更ながら物凄い罪悪感。あの時の私は理性が焼き切れていたと思う。
その後、1時間も経たずにまた入渠終了の報せ。身体は治っているので早いものである。だが、心はどうだろう。私はいない方がいいのでは。
「出来ればいてほしいかな。アレがまたあるようなら、今後の扱いを考えないといけないから」
「私の罪悪感がどんどん膨れ上がりますが」
「割り切りなさい。アンタは間違ってないんだから」
ドックが開き、先程と同じように寝ぼけ眼の女性が身体を起こす。先程のことは忘れてしまったかのような振る舞い。
だが、少しだけ様子が違った。先程と違い、目が虚ろだった。あの目は見たことがある。自分に絶望していた時の春風やゴーヤさんと同じ、
「改めて聞くわ。貴女は何者?」
「瑞穂……水上機母艦、瑞穂です」
ニヘラと笑う女性、瑞穂さん。柔らかいが、奥に闇を抱えているような笑顔。まだどちら側かがわからない。
同じようにキョロキョロと周りを見回し、私と目が合った。先程はここで狂乱し叫んだが、果たして。
「あ……」
「えっと……」
見つめ合う状態で固まってしまった。叫ばれないので何かが変わったようだが、何がどう変わったかは見た目だけではわからない。
「朝潮様!」
「はい?」
ドックから飛び出して抱きつかれた。ちょっと訳がわからなかった。いつも限界までフル稼働している思考が、この時ばかりは停止しそうだった。
「お会いしとうございました。瑞穂、朝潮様に仕えるために彼岸より舞い戻りました!」
「えっ、な、なになになに!?」
「瑞穂は朝潮様の所有物、好きに扱ってくれて構いません。おはようからおやすみまで、この瑞穂にお任せくださいませ」
助けを求める視線を山城さんに投げかけるが、予測していたのか即座に目を逸らされた。
「はい、ちょっと離れてくださいね。御姉様が困っています」
こういう時の春風は本当に心強い。強引に引き剥がし、私を助けてくれた。ついでに春風に抱きしめられながら距離を取らされる。
「少々興奮してしまいました」
「貴女は一体なんなのです。初対面みたいなものでしょう」
「あ、その前に服を着させていただいていいでしょうか。寒くなってきました」
マイペース過ぎやしないだろうか。元深海棲艦、ましてや黒側であるにも関わらずだ。
焦点はあっても虚ろな目は変わらなかった。あれだけのことをこの目でやられていたと思うと、少し怖い。
「お待たせいたしました。水上機母艦、瑞穂と申します。以後、よろしくお願いいたします」
ウォースパイトさんに負けず劣らずややこしい服を着てきた瑞穂さん。和装ではあるが、ところどころ洋装。こういう部分は水母棲姫とはまるで違う。
「瑞穂、アンタ何処まで覚えているの?」
率直に聞く山城さん。言動からして瑞穂さんが何をどう覚えているかは気になるところ。北端上陸姫のことを何か覚えているのなら、攻略に役立つ情報が手に入るかもしれない。
「覚えている、とは?」
「水母棲姫だった頃のことよ。元深海棲艦はある程度記憶が残っているはずだけど」
「……?」
可愛らしく首をかしげる。嫌な予感がした。
「え、一切記憶なし?」
「えっと、山城さん、でしたか。山城さんが何を仰っているかさっぱりでして。瑞穂は朝潮様に罪を裁いていただき、朝潮様に報いるために、朝潮様の前に馳せ参じたのです。それ以外に何もありません」
「このパターンは初めてだわ……」
どう考えていいのか全くわからない。理解の範疇を超えている。ひとまずわかったのは、瑞穂さんは自分が元深海棲艦であるということを理解していないということ。水母棲姫であった記憶が1つも無いようである。
「あー、もしかして、防衛本能が過剰に働いちゃったのかも」
「明石、わかるの?」
「ほら、水母棲姫ってあんまりにもあんまりだったわけですよね。本人とあまりにも違いすぎて、やってきたことも卑劣で、こっちにめちゃくちゃ迷惑かけたじゃないですか。この子、それに耐えられなかったんじゃないかなと」
つまり、明石さんの解析ではこうなる。
瑞穂さんは最初、水母棲姫の頃の記憶をフワッと持っている状態で目を覚ました。記憶がフワフワしているのも防衛本能の表れ。だが、その状態で最期の記憶であろう私の姿を見てしまったことで、死ぬ直前に私が与えた恐怖や屈辱と、大潮救出の時の狡猾で卑劣な自分を鮮明に思い出してしまったのだろう。
その瞬間、心が完膚なきまでに壊れた。
粉々に砕け散った心は入渠により修復はされたが、その際に思い出したくない水母棲姫だった頃の記憶は防衛本能により消滅。だが、死の直前だけは消えないほど深く刻まれていたため、
「その結果が、水母棲姫にトドメを刺した朝潮を神聖視するよくわからない記憶になった、と」
「壊れ方は人それぞれですし」
いろいろ見ているのでそれはわかる。春風はその筆頭。本来の姉妹ではない私を姉として見ることで心に安寧を得ている。瑞穂さんも同じように心の安寧を求めた結果、現状を作った原因である私を、恨むのではなく敬うことで落ち着いた。
「まーた朝潮親衛隊が増えたわね」
「朝潮様にはそのような方々がいらっしゃるのですか。さすがは朝潮様です」
山城さんのいう朝潮親衛隊とは、私に妙に過保護に動いてくれる人達の通称。春風もそこに含まれ、他には私基準で刷り込みされたレキさんと、罪悪感から過保護になってくれているウォースパイトさんが所属している。ちなみに隊長は満場一致で霞。
「目が覚めたわけだし、安定もしたんだから、提督に話をしておかないと。朝潮、よろしく」
「はい……私が連れていくことになりますよね」
「瑞穂は常に朝潮様と共にありますので」
いちいち言い方が重いのがすごく気になる。いつもなら機嫌が悪くなりそうな春風すら、そんな余裕がないレベルで引いていた。最初の春風はこれくらいだったのだが。
瑞穂さんは私にべったり引っ付いた状態。歩き難い。執務室に入った後もずっとなので、司令官も大淀さんも目を丸くしていた。レキさんのような
「では瑞穂君、君は
「はい、問題ありません。朝潮様の側に立つことが瑞穂の生きる意味であり、この世に舞い戻った理由ですもの。ここから離れろと言われても、瑞穂は朝潮様と共に在り続ける所存ですので」
今までにないタイプで司令官すら困惑気味。妹分となった直後の春風ですらここまででは無かった。首輪を欲しがったりしたあの頃が少し懐かしいくらいである。
多分、私は今ものすごく苦い顔をしているだろう。
「部屋だが、今は空き部屋が無いんだ。援軍の子達で埋まっていてね」
「では朝潮様の部屋で」
「大潮と相部屋なので、入る余地はもうありません」
絶対言うと思ったので即刻却下。救出した大潮は私と相部屋になることが決まっているので、部屋にもう1人は難しい。相部屋になったことでベッドが2つ入るようにはなったものの、さすがに瑞穂さんと添い寝は抵抗がある。
「増設の予定はあるから、それまでは医務室を使ってもらえないかな」
「わかりました。今はそれで」
少し不服そうではあったが、瑞穂さんは折れてくれた。
「山城君も聞いたと思うが、本当に何も覚えていないんだね?」
「皆様が何を仰っているかがわかりませんが、提督の知りたいことは瑞穂の記憶には無いかと」
頭を悩ませる司令官。浄化された深海棲艦というもの自体が前例のほとんどないものだが、ここまでのものは本当に無い。初めての事例。
「ちなみに聞いておきたいんだが、瑞穂君の記憶は今どうなってるんだい?」
この質問が間違いだったと気付いた時には、瑞穂さんから堰を切ったように言葉が溢れ出していた。
「瑞穂は生前、償いきれない罪を持っていました。それを裁いてくれたのが他ならぬ朝潮様です。その腕を傷めながらも瑞穂に償うための痛みを与え、浄化の炎で瑞穂を彼岸へと送ってくださいました。瑞穂は感服いたしました。瑞穂のような罪深きものにその身を投げ打ってくれた朝潮様を、心から尊敬いたしました。瑞穂は生まれ変わることができたら、その全てを朝潮様に捧げようと心に誓いました。そして今、その機会を頂けたのだと考えております。瑞穂は未だ全ての罪を償いきれておりません。償うためにも、瑞穂を朝潮様の側に置いていただきたく存じます。瑞穂の全ては朝潮様のものであり、朝潮様の意思は瑞穂の意思です。殺せと言われれば何だって殺してみせましょう。死ねと言われれば喜んで死にましょう。なんでもこちらの朝潮様は武器が装備できないとのこと。ならば瑞穂が朝潮様の武器となり、朝潮様の敵を全て八つ裂きにして差し上げます。朝潮様が手を汚すことはございません。全て瑞穂にお任せください。大丈夫です。瑞穂は水上機母艦という艦種の都合上、主砲も、魚雷も、艦載機も使えます。甲標的だって勿論使えますとも。瑞穂は便利な道具なのです。朝潮様の好きに使ってくれて構いません。瑞穂は朝潮様のために働ける時間が至上の幸福なのです」
すごい、ずっと喋りっぱなし。物凄い早口。防衛本能による記憶の改竄が凄まじい。
償うための痛みというのが私の拳、浄化の炎は爆雷のことだろう。怒り任せの攻撃がここまで美化されていると、私としては複雑な気分である。
だが、そろそろ私も口を出したいことが出てきた。
「少なくとも私は貴女に死ねとは言いませんし、ただ武器として扱うこともありませんよ。貴女だって艦娘、生きてるんですから」
それだけでパァーッと表情が明るくなる。
「罪深い瑞穂をそのような扱っていただけるなんて、恐悦至極にございます。戦場に出る際には是非ともこの瑞穂をお使いください。朝潮様の手足となり、必ずやお守りいたします。朝潮様が生きろと仰るのなら、瑞穂は死ぬことなく全てをやり遂げましょう。それが朝潮様のためとなるのなら、瑞穂は本望にございます。朝潮様の望みはもしや全生命の救済なのでは? とても素晴らしいです! 瑞穂、改めて感服いたしました。この新たな生の全てを賭けて朝潮様の望みを叶えていこうと思う所存です」
思い込みが激しいというのはよくわかった。言ってないことまで勝手に解釈している。全生命の救済なんて大それたことは望んだことはないが、せめて鎮守府の皆と一緒にこの場所を守っていきたいとは望んでいる。勿論、瑞穂さんも一緒に。
「つまり、瑞穂君は過去に罪を犯したということのみを覚えているということだね」
「何を仕出かしたかは皆目見当がつきませんが、重い、とても重い罪を犯したとだけ」
「そうか……わかったよ。瑞穂君、君を歓迎しよう」
無理に思い出させる必要はないという結論に達した。瑞穂さんとしては思い出したくないが故に心を壊し、強引な方法で生まれ変わったのだ。今この艦娘としての第2の、いや、水母棲姫だったころのことを入れて第3の人生を謳歌してもらいたい。
夕飯の時間を使って瑞穂さんのことが公表された。援軍の方々も、照月さんという浄化された元深海棲艦の前例を持っているため、一切の抵抗が無い。ただし、元が
浄化された原因に関しては未だ謎であり、鋭意調査中。ガングートさんやウォースパイトさんとは事情が違うため、明石さんも頭を悩ませているらしい。
「忠犬春風の対抗馬だ。朝潮も気苦労が絶えないねぇ」
「もう否定もしませんよ……」
「疲れた顔してるよホント」
白露さんと皐月さんに冷やかされるが、言い返す気力も無かった。司令官と話をしてから今まで、本当に付かず離れずの距離を維持して私に付きまとってきている。過保護もここまで来ると異常である。
今この夕飯の場でもこちらをチラチラと見ているが、霞と春風がどうにか引き剥がしてくれていた。
「ああなったのは私が原因でもあるので……」
「まぁ、うん、あそこまでやったら心も壊れるかな」
浄化されるなんて思ってもいなかったので、私は私ができる限りの恐怖と屈辱を与えている。それに対していい形に辻褄合わせが利いたようだが、その分が私への罪悪感に転化されたようだった。
「あの時の記憶が無いなら、それに越したことはないです。覚えていても仕方ないでしょう」
「まぁねぇ。ホント酷いことしかしてこなかったもんねぇ」
瑞穂さんは瑞穂さんであり、水母棲姫ではないのだ。この鎮守府は過去のことは見ず、仲間として受け入れるのが暗黙の了解。おかげで誰も引っ張らないし、本人がネタとして使うほどである。
覚えていないのなら誰も触れない方がいい。変に触れて、あの時のことを思い出してしまったら、おそらくまた壊れる。今度は再起不能になりかねない。
「気苦労といえば。大潮の件、明日の午前です」
「ああ、そっか。あれかぁ……」
大潮の首輪の小型艤装は、明日の午前に剥がすこととなった。今日は山城さんも入渠やら何やらで忙しく、施術できる人がいなかったため。私は全ての施術を、白露さんは妹2人の施術を見ているため、あの惨状が目に焼き付いている。
「ボクそのこと知らないんだよね。姉ちゃんの時にもやる事になるんだっけ」
「深海艦娘には必ず植えつけられていますので、おそらくは。睦月さんの意思は尊重されると思います」
「うえ……覚悟しておかなくちゃなぁ」
「辛いですよ……あの光景は」
血塗れの処置室は何度も見たくない光景だ。だが、目に焼き付けておく必要がある光景でもある。大潮はあの痛みに耐えられるだろうか。泣き叫ぶくらいで終わってくれればいいのだが。
「自分だけでなく他人の痛みすら自分のもののように受け入れられるとは、瑞穂は恐れ入りました。その慈悲深く清い心で瑞穂を救ってくださったのですね」
「うわぁっ!?」
不意に後ろに立っているので盛大に驚く皐月さん。電探の反応からして霞と春風を振り切ってここに来たのはわかっていたが、低速艦とは思えない早業だった。
「瑞穂さん、食事中はお静かに」
「大変申し訳ありません。また罪を重ねてしまいました。願わくば、この罪深い瑞穂に罰を与えていただきたく」
「元の場所に戻って、ご飯を食べてください」
その場から消えて元の場所に戻っていた。何事も無かったかのように食事を再開している。もう正直怖い。
「あー……うん、頑張ってね朝潮」
「何かあったら助けてくださいね。私だけで何とかできるような気がしません」
瑞穂の怪文書を書いているときが一番楽しかったです。