大潮の救出に加え、
今後の戦いは、今までより激化していくだろう。こちらの警護部隊のデータが扶桑さんに書き込まれているところを見る限り、残り4人の深海艦娘にも同じことがされていてもおかしくないからだ。
扶桑さんの最初の状態は知らないが、少なくとも山城さんに対応でき、さらには山城さんと同等の力を持っている。最初からあの力があるとは到底思えないし、水母棲姫が『完成』というのだから、後付けであるのは明らか。
出来れば真相が知りたかったが、それを知るであろう瑞穂さんに聞くことは不可能。
「瑞穂君に無理に聞くことはやめるべきだろう。余計なことを思い出させるのは、彼女にも酷だ」
「ですね。瑞穂さんは瑞穂さんのままでいてもらったほうが良いです。戦場に出すのも出来ることならやめたいくらいです」
その記憶を持っていたであろう瑞穂さんは、記憶を失い、新たな生を謳歌している。あの頃に戻すわけにはいかない。
瑞穂さんは鎮守府に配属されはしたものの、出撃はなるべく控えてもらう方向になっている。あの戦場に出て、万が一鎖に触れた場合、消えたはずの水母棲姫の記憶が戻ってきかねない。
「でも私が出撃するとついてきそうなんですよね……」
「うむ……そこはうまくやるしかない。私が止めても無断で出撃しそうだ。そこにもいるのだろう?」
「当然のように。瑞穂さん」
「お呼びですか朝潮様」
少し食い気味に私の側に。
今の私は執務室の中だ。ちゃんと扉も閉めていた。瑞穂さんが執務室の外で待っていたのもわかっている。なのに、呼んだ時点でここにいる。怖い。
「私が出撃するとき、許可を出さない限りついてこないでほしいんです」
「朝潮様が危険を犯すのならば、この瑞穂が代わりに危険を犯しましょう。朝潮様が手を下す必要はないのです。いや、ですが敵となった仲間を救いたい気持ちはわかります。朝潮様は全ての救済を望むお方。その手で救いたいのでしょう。でしたら瑞穂にお手伝いさせてくださいませ。朝潮様の手となり足となり、朝潮様の救済を確実なものに致します」
私が訳を話す前に捲し立ててくる。春風とは違う困ったタイプ。あちら側に倒れた春風でも、まず私の話を聞いてくれるのだが、瑞穂さんはまず思いの丈を全てぶつけてくるところから始まる。光の灯っていない瞳の中では、やっぱりグルグル渦を巻いていた。
「話を聞いてください。私の今後向かう戦場は、私より瑞穂さんに害があるんです。下手をしたら、瑞穂さんはまた罪を増やすことになりますよ。私はもう貴女を裁きたくありません」
なるべく瑞穂さんに理解しやすく話す。水母棲姫に関わる言葉は全て省いた。鎖のことも話さない。深海艦娘は大潮と触れ合っている時点で知ってはいるものの、それで記憶が刺激されることもないのでまだセーフ。
「朝潮様……そこまで瑞穂のことをお考えになっていただけているのですね。承知いたしました。瑞穂は朝潮様の無事のお帰りをここでお待ちしております」
「ありがとうございます。できればその間は大潮を守ってあげてください。あの子も瑞穂さんと似たような理由でその戦場に出られないんです」
私の関係者はあの戦場に出られない人が多い。実の妹である大潮を筆頭に、春風、レキさん、そして瑞穂さん。一緒に行けるのは霞だけ。
「お任せ下さい。この瑞穂、粉骨砕身の覚悟で、大潮様をお守りいたします。万が一大潮様にほんの少しでも傷が付こうものなら
ば、瑞穂は腹を切りその罪を」
「そこまでしなくていいですから」
大袈裟だが、それくらいの気でいてくれるなら心配は無いだろう。とはいえ、今の瑞穂さんがどれだけ戦えるのかはわからない。これは一度確認するべきかもしれない。
「一度戦闘訓練をしてみようか。何か不調が出るかもしれないしね。危険がありそうなら瑞穂君の処遇はまた考えよう」
司令官に話す前に提案された。同じ考えに至っていた様子。万が一戦闘行為だけでも何かしらの記憶が戻ってしまったらと思っていたが、そこを怖がっていたら前には進めない。
連携演習の時間を使い、瑞穂さんが艦娘としてどれくらいの戦闘が出来るかを見ることとなった。何ができるかの確認も含まれている。
本人曰く、主砲も魚雷も艦載機も使えるというが、明石さんがさらに調べたところ、主砲は駆逐主砲、魚雷は甲標的のみ、艦載機は瑞雲を筆頭とした水上機のみであることがわかった。逆に高角砲や爆雷なども装備できることもわかり、万能故に若干火力が低い器用貧乏なイメージとなる。
「なるほど、完全な補助艦娘ですね。なんでも出来る代わりに特化された部分が少ないと」
「どのような御命令でもこなしてみせましょう」
「これは本当に出来そうな気がしますね」
元深海棲艦故に艤装にも影響があるかと思ったが、水母棲姫は下半身がそのまま艤装になるシンさん形式であるため、艦娘である瑞穂さんには引き継がれなかった。今の瑞穂さんは、水上機母艦瑞穂となんら変わりない姿だ。そこはガングートさんやウォースパイトさんとは違う。
「まずはシンプルに個人演習で見せてください」
「了解いたしました。お相手はどなたが」
「協力してくれる方は結構いましたよ」
その全員が、瑞穂さんを不安視している人達。この戦闘訓練でそれが杞憂であることを確認したがっている。
「いきなり最強クラスを相手するのは辛いと思います。なので、神通さんはパス」
「そんな……」
「神通さんは容赦なさすぎるんです。御理解を」
結果的に駆逐艦と戦うことで落ち着く。
いの一番に挙手したのは春風。あの戦場に出ることはできないからこういうところで役に立ちたいと躍起になっていた。だが、これはどう考えても私怨。私は春風の呟きを聞き逃さなかった。
「御姉様の従者はわたくしのお役目なのに……」
「春風、聞こえたわよ」
「お、御姉様、な、なんのことやら……」
目が泳いでいる。
私は春風のことを従者だと思ったことは一度もないし、今後もそんなことは無いと確信できている。むしろ春風のことはしっかりと妹分と見ている。最初は頼まれたからというのもあったが、今では本心から。霞よりも下の子、11番艦くらいの気持ちで接している。
瑞穂さんを見て、その距離感に一番嫉妬しているのはおそらく春風だろう。レキさんにも嫉妬したくらいだ。瑞穂さんはもう怨敵と言えるほどかもしれない。立ち位置としては同じものである。今回の演習で仲良くなってもらいたい。
「霞、大潮、ちょっといい?」
「何よ。なんか嫌な予感するんだけど」
「大潮はオッケーです! なんとなくわかりました!」
姉妹の許可を貰わないとこれは出来ない。特に霞。絶対反対する。
話したところ、案の定、霞は拒否した。が、これはどうしても必要なこと。あの2人が力を抜いて戦うことはないだろうが、より真剣に戦わせる一番簡単な手段だ。説き伏せて、しぶしぶ納得させる。
「大潮と霞から許可を貰いました。2人に本気で戦ってもらいます。瑞穂さんの実力を一番引き出せる手段だと思いますので」
「瑞穂は朝潮様が戦えと仰るならば、相手が誰であろうと全力を尽くすつもりですが……」
「勝った方、今晩私の部屋へ。今日だけ添い寝を許可します」
明らかに2人の空気が変わった。春風の瞳からは炎が燃え上がり、瑞穂さんの瞳は
「瑞穂さん、申し訳ありませんがこれは譲れません。わたくしでも1度しかしていただけていない添い寝の権利、ここで手に入れなくては名誉朝潮型の名が廃ります」
即座に艤装を展開した。本気であることが伺える。
確かに添い寝したのは浦城司令官の鎮守府で過ごした一晩くらい。あとは叢雲さんと揉めたときに慰めてそのまま眠ってしまったときがあるが、あれは添い寝とは言いづらい。
「夜に朝潮様の部屋ということは、朝潮型3人に囲まれて、尚且つ朝潮様と接近した状態で一晩を明かすということですか。瑞穂でもこれはわかります。これはこれまでの償いが報われた結果なのだと。まだまだ罪は償いきれていませんが、この機会を逃すわけにはいかないのです。春風さんはなんでも周囲から名誉朝潮型と認められ、制服すらも許されたお方。なんて羨ま、いえ、なんでもありません。申し訳ありませんが春風さん、ここは勝たせていただきます。ええ、勝たせていただきますとも」
今回は小型主砲と水上機、そして爆雷を装備した瑞穂さん。器用貧乏であるが故に、どのような戦術でも取れることを証明してくれるようだ。
春風はここに来てからそれなりに経つ。実戦経験は大分積んであり、警護任務も主力として参加するほどだ。戦艦の次に火力のある深海艦娘と同等の力を持っているだけあり、本当に重宝する。
それに対し、瑞穂さんは初めての実戦。何処まで出来るだろうか。
「それでは、演習開始」
データの確保のためにも、合図は私が出す。『未来予知』ほどの観察はしないが、電探からの情報も含めて2人の現状を記憶する。
「行かセテモラウヨ!」
「なるほど、春風さんは
ゆらりと動く。あの動き方は水母棲姫に似ている。記憶は無くとも、戦い方は身体が覚えているのだろう。春風の攻撃は行動予測により回避される。
「ソノ動キ、雪風ト同ジダナ」
「どなた様かは知りませんが、瑞穂と同じことが出来るお方もいるのですね。世界は広いです」
春風の足元に爆雷を投射しつつ、後ろから回り込むように水上機を飛ばす。水飛沫に巻き込まれた春風は前から主砲、後ろから水上機と挟まれ、絶体絶命。
だが、今の春風は駆逐古姫が入った状態だ。私と戦った初めての連携訓練でも、何も気にせず突っ込んできた。今回も勿論同じ。爆雷が自分にダメージを与えないことを承知で、水浸しになりながらも主砲を瑞穂さんに突き付ける。
「怯まないのですか。『理解』しました」
即座に対応。春風の主砲は回避し、水上機による攻撃をメインに攻める。合間合間に爆雷を挟み、目くらましと進路妨害を兼用しながら、自分の戦いやすい状況を作っていた。
あの爆雷の使い方、参考になる。私もちょくちょく似たような使い方をするが、あそこまでしっかり使っていくことはしていなかった。戦場でも機会があればやってみよう。幸い私はデフォルトで簡易爆雷を装備していることだし。
「邪魔ァ! ソレハワタクシモ知ッテルンダヨ!」
「そうでしたか。『理解』しました。では、こちらをどうぞ」
水飛沫に合わせてその何歩分か先を撃っていく。回避だけでなく、攻撃にも行動予測を使っている。艦娘としての初陣だというのにここまで戦えるのは、やはり元深海棲艦だからだろう。
「ッハハ! イイナァソウイウノ!」
急ブレーキ後、足元を主砲で撃ち爆雷と同様の水飛沫を作り上げた。爆雷以外の目くらましでタイミングを変え、一気に距離を詰める。瑞穂さんは行動予測はできるが、電探を装備しているわけではない。想定外が来ると、回避が途端に普通になる。
「面白イ! 瑞穂、オ前面白イナ!」
「お褒めの言葉、感謝いたします。行動が予測しづらいですが『理解』しました」
度々瑞穂さんが口に出す『理解』。おそらくあれが行動予測のデータ更新のタイミング。覚えたことを口に出して、脳に深く刻んでいる。あれだと、一度やった行動は二度と効かないと考えてもいいだろう。
「ですが、終わりにしましょう。朝潮様との添い寝は瑞穂にも魅力的なのです。勝たせていただきます」
「簡単ニ勝タセルワケ、無イダロォ!」
同時に砲撃。お互いに読んでいたようで、同じ方向に避けた。同時に肩を掠める結果に。瑞穂さんの行動予測に春風が追い付いた形になる。
「モウ一度ダ!」
「追いついてこられましたか。では水上機も」
「隙、アルジャンカヨォ!」
水上機の爆撃と同時に広範囲の魚雷。ほぼ同時の爆発により、両者同時に轟沈判定。
春風は真後ろからの爆撃が回避しきれず。主砲との同時攻撃で逃げ場を消された。
瑞穂さんは深海棲艦の魚雷はまだデータに入っていなかったらしく、回避しきれずに直撃。咄嗟の判断がまだ少し甘いようだ。
「同時に轟沈なので引き分けとします。2人とも、添い寝はまた後日」
「残念です……逃げ場を無くされました」
「轟沈……瑞穂轟沈なのですか。こんなことでは朝潮様は愚か、大潮様も守れません。瑞穂、もっと鍛えます。鍛えて、朝潮様の期待に応えられるよう精進いたします」
初陣だというのになかなかの戦闘だった。卑劣な手段しか使ってこなかった水母棲姫は、実力もあったらしい。空母からの攻撃を全て回避していた実績もあるのだから当然か。
その能力を持ったまま艦娘として浄化されたのだから、身体が覚えているのならこれくらいはできるということだろう。パターンさえ全て掴めているのなら、瑞穂さんに攻撃を当てるのは至難の業かもしれない。『未来予知』のいい練習相手になってもらえるかも。
「瑞穂さん、さすがですね。行動予測を超えることは簡単ではないことがよくわかりました。また相手をしてください」
「瑞穂でよければいくらでも。瑞穂もより強くならねばなりません。この力で朝潮様をお守りするためにも、名誉朝潮型の称号を持つ春風さんの力も貸していただけたら幸いです」
演習を通して友情も育めたようで何よりである。この2人は仲良くなれるとは思っていたのだ。春風も瑞穂さんも今の性格、思考になった原因が私にある。似た者同士なのだから、共通点も多い。同族嫌悪より、仲間意識が先立ちそうな2人だ。
「これからは2人で朝潮様をお守りしましょう」
「そうですね。御姉様の安全はわたくし達が」
気付かぬ内に意気投合していた。私の意思は関係ないらしい。
演習により瑞穂さんには今のところ不安要素が無いことがわかった。結果、ここで私が見ていること前提ではあるものの、他の人達も瑞穂さんとの演習を希望するようになった。行動予測をしてくる演習相手というのは貴重であり、今後の戦闘でも最重要課題となり得る訓練だ。
この事に一番喜んだのは、実は長良さんだったりする。この鎮守府で行動予測に一番長けているため、今後の訓練では引っ張りだこになる予定だったが、1人で全員捌くのは無理。
「正直、瑞穂さんのは長良と同じくらい……かな?」
「なら訓練相手として優秀ですね」
「低速ってだけだからね。うん、分散できてよかったよ。長良だけじゃ絶対保たないと思ってたからね」
これをきっかけに、行動予測を覚える人も増えるだろう。私も行動予測を超えた『未来予知』を極めていかなくては。
瑞穂の瞳は通常だと薄暗い黄色のような色なんですが、水着グラのときに明るい黄色、金色のようになっていました。今回はそれを使っています。