瑞穂さんが春風との演習を見せてから数日。皆が持っていた不安は今のところ消え、仲間として受け入れられるようになった。どれだけ戦っても水母棲姫の影響が出てくることはなく、演習も快諾しており、皆が水母棲姫並の行動予測に対して対策を講じるようになったのは大きい。
私、朝潮も瑞穂さんに頼んで演習をさせてもらうことがある。行動予測を上回るレベルで先を読まなくては、これからの戦いは厳しい。さらには想定外の対処も必要だ。敵は何をしでかすかわからない。
ある程度皆が行動予測への対策ができるようになってきたところで、4度目の救出任務が発令。深海艦娘にさらなる改造が施され、救出が難しくなることを防ぐため、前回から日にちをそこまで空けていない。
「今後は私も出撃する。深海艦娘の救出は手伝えないけど、もし戦場に姉様が現れたら、私が引き受けるわ」
今までは北の戦場に出ることを禁止されていた山城さんも、今後は出撃することとなる。山城さんでなくては対処できない扶桑さんの存在が大きい。また、深海艦娘にも同じようなスペックの付与が無いとは言い切れないからだ。
鎖に触れさえしなければ影響はない。そのため、扶桑さんがいないのなら、随伴の敵の処理をお願いすることとなる。
「今回は特型の救出だよね。ならお姉ちゃんが出ます。叢雲も、漣も、私が助けてあげるんだから」
第一部隊、救出部隊は、旗艦吹雪さん。残った深海艦娘に特型が多いことから、自ら立候補。随伴に潮さん、敷波さん、皐月さん。皐月さんは鎖の破壊に加え、睦月さんも同時に誘い出せればという考えもある。そこに天龍さんと龍田さん。前回の戦いで叢雲さんに因縁をつけたため、より誘い出しやすくなっているはず。
第二部隊、随伴処理部隊は、旗艦山城さん。随伴に鈴谷さん、熊野さん、古鷹さん、ウォースパイトさん、そして私。私の出撃はもう確約されたと言ってもよく、戦況の打破に状況把握と『未来予知』が必要であると認識された証拠。相変わらず盾役を買って出てくれるウォースパイトさんには感謝しかない。
「朝潮とスパ子の組み合わせも見慣れたわね」
「あの戦場でアサシオを守れるのは私くらいでしょう。ヤマシロが矛なら、私が盾よ」
「頼もしいわ。朝潮、いつも通り頼むわね」
皆からの信頼が厚い。やる気が出るというものだ。
「朝潮様。御命令通り、瑞穂は鎮守府で無事のお帰りをお待ちしております。朝潮様の帰る場所は、必ずやお守りいたしますので」
「よろしくお願いします。瑞穂さん」
ついてくると言って聞かない瑞穂さんも、抑え込むことができている。あの場に来られたらまずいことが多い。心配点はおおよそ取り除けている。
「第一艦隊旗艦、吹雪! 出撃します!」
「第二艦隊旗艦、山城。出撃します」
今回も当然、救出が目的だ。何人来るかはわからない。未知の敵がいる可能性だってある。それでも、私達は行かねばならない。
何事もなく赤い海へ到着。今回も、深海棲艦の気配が読めるウォースパイトさんが率先して先頭へ。フィフの手のひらで私も電探をフル稼働させる。2人で1つの索敵係だ。
「まだ気配は無いわ」
「索敵にもかかりません。海中にも何も無いです」
赤い海に入ったばかりでは何も来ない。だが近付き過ぎると敵の思う壺。今はとにかく扶桑さんとの交戦を避けたい。
「あの2人は相変わらず便利だねぇ」
「索敵が出来ない私には本当にありがたいんです」
「そっか、古鷹の
重巡組は仲良く周囲警戒。今回の古鷹さんは青葉さん程ではないにしろ、威力のある精度の高い射撃が欲しくての採用。随伴には雷撃、深海艦娘には主砲と使い分けができる分、青葉さんや高雄さんよりは今の戦場に適している。
「鈴谷さん、熊野さん、水上機をお願いします」
「承りましてよ」
「はいよー。瑞雲はっかーん」
この辺りから水上機での索敵も入れていく。
「気配を確認。深海棲艦が近付いてくるわ。アサシオ」
「索敵入りました。深海艦娘……3人です。姫が2体。戦艦水姫と空母棲姫です」
ついに戦艦水姫まで戦場に出てくるようになってしまった。あの時にとても苦戦した思い出が蘇る。扶桑さんがいないので、山城さんにはそちらに行ってもらうことになるだろう。
「艦載機はいつも通り私が受け持ちます。随伴処理部隊は真っ先に姫級を処理してください」
「私とスパ子が戦艦水鬼を受け持つ。アンタ達で空母棲姫をやりなさい。イロハは適当に処理」
「了解です。鈴谷さん、熊野さん、水上機で制空権を拮抗させてください」
「めちゃくちゃ言うね古鷹!?」
戦艦水鬼の恐ろしさは痛いほど知っている。私も中破になったくらいなのだから。だがこちらもあの時から大きく成長しているのだ。戦艦2人をぶつけて処理を優先する。
「会敵! 深海艦娘は……叢雲さん、漣さん、睦月さんです」
「私がいない! なら戦いやすい!」
叢雲さんは以前に見たまま。改二になっておらず、長柄の武器を構えている。漣さんも変わらず。電さんや大潮のような、特殊な技能を持たない深海艦娘の姿。
問題は睦月さん。おそらく改二で、この場にそぐわないものを持っている。鎖に繋がったドラム缶が2つ。まさか、あれを武器として使うのだろうか。
「アー、皐月チャンガイルニャシィ。睦月達旧式ナノニコンナトコニ来テ大丈夫ナノカニャ?」
「それは姉ちゃんも一緒でしょ」
「ウーン、チョット違ウンダヨネ。ジャア、ヤロッカ」
軽く腕を回しただけで、ドラム缶が唸りを上げて振り回される。やはりあれが武器。中に何が入っているかはわからないが、まともに受けるとガングートさんの艤装の腕ほどの威力があるだろう。
睦月さんに植え付けられた能力はおそらくそれ。ガングートさんをモチーフにした格闘戦。見た目が変わらず、膂力だけ戦艦並にされている。
「また煽ってくるのかしら〜」
「龍田……アンタダケハコノ手デ殺スワ」
「出来るかしらね〜」
あちらでは案の定、龍田さんが叢雲さんと相対している。以前の因縁から殺意増し増し。何らかの改造は受けていそうだが、見た目ではわからない。龍田さんのデータはまだあちらには行っていないはず。天龍さんは龍田さんに全てを任せて、空母棲姫撃破に向かった。
「漣ちゃん……絶対救うから」
「特型バッカリダ。ウッシーニ、敷波ノオ姉チャンニ、ウワ、ブッキーマデ。ハー、漣相手ニソンナニ使ッチャウ」
「悪いけど、アンタの事は地味に警戒してんの。冗談ばっか言いながらセンスだけは一流なんだからさ」
ここは特型3人を全員ぶつけている。敷波さん曰く、漣さんは絶対に厄介とのこと。それもあるからか、漣さんの周りにはイロハ級も多い。
「漣1人ニ3人トカ恥ズカシクナイノカナ。カナ?」
「恥ずかしくないよ。それだけ漣ちゃんを救いたいんだから」
潮さんが周りのイロハ級に雷撃を始めたことで、乱戦が始まった。私は空母棲姫の艦載機を着実に撃ち落としながら、深海艦娘の方を確認し続ける。あちらで何か問題があれば、即座に誰かを向かわせなければならない。
問題視しているのはやはり漣さんのところ。謎が多すぎる。戦闘スタイルは何も変わってないように見えるが、妙に艦載機の飛ばし方にクセがある。潮さんだけを離そうとしている。
「潮さん、離れてます。吹雪さんの方へ」
「わ、わかってるんだけど、イロハ級が!」
小さなイロハ級も連携して孤立させようとしているのがわかった。これは嫌な予感がする。
「古鷹さん、潮さんを救援!」
「潮ちゃんを!? ちょ、ちょっと今難しい!」
「仕方ない、開始します!」
潮さんをどうにかするため、『未来予知』開始。対象範囲は潮さんとその周り。視覚と聴覚を先読みに使用。吹雪さんに近付けるために道を切り開く。
「潮3時雷撃、敷波8時砲撃」
「潮を助けるんだね! 孤立は絶対まずい!」
攻撃をしている中でも、全方位に感覚を張り巡らせる。最悪を想定して、海中もある程度確認しながら計算し続ける。
「吹雪9時砲撃、敷波10時砲撃、潮4時移動」
「道が開いた! 抜けます!」
吹雪さんと潮さんの間に抜け出せる道が出来た。だが、これも誘いかもしれない。
「潮正面爆雷」
「ば、爆雷!?」
簡易爆雷は誰でも持っている。今はこれが重要だと判断した。私の発言に対応して爆雷を投げた瞬間、潮さんの足元に突然別の気配。あれは良くない。漣さんに植え付けられた能力も理解できた。
「潮バック!」
「うぇえっ!?」
爆雷の爆発と同時に、紙一重の場所から鎖が真上に飛び出してきた。バックを命令していなかったら潮さんは捕まっている。
漣さんの能力は鎖のコントロールだ。北端上陸姫の能力の一部を与えられている。そう考えれば、今までの行動も何が目的かわかる。潮さんを
「以上! 予知一回やめます!」
「チェッ、モウバレチッタ。デモサァ、
「なっ、潮さん!」
鎖を1本と誤認した。絡みついて1本のように動いていた2本の鎖だった。1本が回避できたことで終わりだと思ってしまった。絡みついていたもう1本が潮さんの脚に巻きつく。
「吹雪さん!」
「イロハが邪魔で射線が開かない!」
イロハ級がやたら多かったのもここまで見越してだった。私は攻撃できる手段がないから助けられない。一番近い吹雪さんと敷波さんは射線をイロハ級に邪魔されている。指示を出した古鷹さんも空母棲姫の艦載機とイロハ級で引き離されていた。
「アッハ、ウッシーキタコレ!」
「最悪だ……読み間違えた……!」
鎖を引き、潮さんを自分の近くに寄せる漣さん。時間が無い。このままだと……。
一番近いのは依然として吹雪さんだ。敷波さんと連携して強引に漣さんへの道を作っているが、小さな敵でも数が集まるとなかなか処理できない。
「やっと見えた! 潮ぉ!」
「……ウルサイヨ、吹雪チャン」
艦載機そのものの直撃で吹雪さんが吹き飛ばされた。漣さんの艦載機は2つ出たままだ。ならこの艦載機を出したのは……潮さんしかいない。
「スゴク気分ガイイノ。シガラミカラ解キ放タレタミタイ」
タイムオーバー。真っ白な髪になった潮さんが、見たことのない笑顔で艦載機を発生させていた。吹雪さんに攻撃した1つ以外にも3つ。深海艦娘の艦載機の数より多い。
「アリガトウ漣チャン。私、コッチノ方ガイイヤ」
「デショ? ウッシーハコッチノ方ガ似合ウンダオ」
魚雷の数も酷いことになっていた。元々装備していたものに追加して深海製の魚雷も発生している。
「まずい……まずいまずいまずい!」
「敷波さん、魚雷を撃って回避してください! 吹雪さん動けますか!」
「中破行ってないくらいだから、まだ行ける! これヤバイなぁ!」
一番動揺しているのは間違いなく私だ。行動予測ができなくなっている。最悪な状況を考えていたはずなのに、それ以上に酷い状況になってしまった。
こういうものは連鎖するものである。隅にあった皐月さんの反応が、こちらに向かってきている。睦月さんの攻撃を受けながら、徐々にこちらに押されている状態だ。
「やっべ……姉ちゃん強すぎる……!」
「ホラホラァ、皐月チャン受ケテルダケデ大丈夫? 斬ッテモイインダヨ? 爆発スルケドネェ!」
あのドラム缶、燃料が詰まっているのか。皐月さんの腕なら一刀両断も訳ないと思ったが、そういう事情から受け流すだけで何もできずにいる。
「ンフフ、漣チャン、オッケー」
「サッスガムッキーデスワー。完璧ダネ」
「えっ、なっ!?」
また海中から飛び出してきた鎖が、今度は皐月さんの腰に巻き付いた。さらに戦況が悪化する。
「敷波さん! 皐月さんの鎖を!」
「ダメニャシィ。睦月ノ妹ナンダカラ、睦月ト一緒ニイル方ガ幸セナンダヨ?」
ドラム缶を海面に叩きつけ、大きな水飛沫を上げた。その若干の隙で、また漣さんの近くまで引き寄せられる。イロハ級がいなくなった代わりに、今度は睦月さんが立ち塞がった。射線を邪魔されてどうにもできない。
「ウォースパイトさん! 天龍さんをこっちにください!」
「アサシオ!? お、OK! テンリュウ、来なさい!」
「なんかまずい事になってんのか! 投げてくれ!」
あちらは空母棲姫はどうにかできたものの、戦艦水鬼がまだ処理し切れていない。全員総出で対処しているが、こちらがもうそれどころでは無くなってしまった。
「オラァ! オレの相手は誰だぁ!」
「ボクダヨ、天サン」
天龍さんの突撃を受け止めたのは、皐月さん。こちらもタイムオーバー。救出がどうしても間に合わない。
あちら側のリーダーは完全に漣さんだ。全てが漣さん中心に動いている。潮さんを孤立させ、私に回避指示を出させるのも、睦月さんと皐月さんが戦い、最終的にここに寄せられたのも、全てこの状態を作るためだ。龍田さんが叢雲さんと戦っているのも、ここに横槍を入れさせないためだろう。
「マジかよ!?」
「天サントノ斬リ合イ、一度シテミタカッタンダヨネ。イイデショ、殺シ合オウヨ。天サン!」
深海艦娘化の影響で大幅にスペックアップしている。天龍さんでも捌き切るのがやっとに見えた。いや、あれは相手が皐月さんだから躊躇っている。本来の実力が全く出せていない。
「アト1人クライ欲シイカナー」
「朝潮チャン、オススメダヨ。ブレインダカラ、アッチカラ奪ッテオイタ方ガイイヨ」
「オ、イイネェ。サスガウッシー、何デモ知ッテマスナァ」
今度の狙いは私か。私まであちら側に行くわけにはいかない。現状を把握して、最善の手を見つけ出さなくてはいけない。
戦艦水鬼の方はもう終わる。一度戦ってるだけあって、山城さんが善戦できていた。鈴谷さんと熊野さんのサポートもいい具合に働いている。
古鷹さんはようやくイロハ級を引き剥がせた様子。これでこちらに参戦可能。
吹雪さんと敷波さんは若干厳しい。潮さんの艦載機に手こずり、ダメージが蓄積されていた。このまま全員の救出に参加させるのは難しいだろう。
ウォースパイトさんはこちらに向かってきている。私はフィフに乗せてもらった方が良さそうだ。
「アサシオ! Get ride!」
「すみません!」
戦線離脱するようにフィフに掴まれ、その場から移動。さらに現状を把握。
龍田さんは叢雲さんとまだ交戦中。お互いに一歩も譲らない攻防。以前と違い、龍田さんに余裕があまりない。叢雲さんに植え付けられた能力は、水母棲姫の行動予測だろう。
状況が状況だ。吹っかけてでも戦況を良くするしかない。
「龍田さん、天龍さんがピンチです!」
「天龍ちゃんが?」
戦闘中だというのに余所見をして天龍さんを確認。皐月さんから攻撃を受け、防戦一方である事を確認すると目の色が変わった。
「余所見シテル余裕アルワケ!?」
「ちょっと黙ってなさい」
あえて薙刀の柄で叢雲さんの顔面を殴った。行動予測を超えたスピード、また、自分は攻撃されないと高を括っていた慢心。
天龍さんが関わった瞬間にスペックが数倍に跳ね上がる龍田さんは、こうなったら一切容赦しない。下手をしたら皆殺しにしかねない。
「……面白いことになってるわね。朝潮ちゃん、
「皐月さんと漣さんが優先です! 次は潮さん!」
「はい、了解」
叢雲さんを放置して天龍さんの下へ。また屈辱を与えられ、真っ赤な顔で龍田さんを追いかける叢雲さん。
「待チナサイ! 待テェ!」
「黙っていろと言っているでしょう」
次の一振りで叢雲さんの武器を破壊してしまった。長柄の武器も、主砲も、艦載機すら全て破壊したが、鎖だけは破壊していない。
「殺してもいいのよ? でも天龍ちゃんがそれはダメって言うんだもの。だから、これで許してあげる」
柄で殴り倒した後、長い髪の毛ごと鎖の接続部分を斬り飛ばした。鎖と同時に首輪の小型艤装ごと破壊し、死ぬほどの痛みを与えながら救うことに。
そんな叢雲さんをその場に放置して、天龍さんの援軍として龍田さんが参戦。
「天龍ちゃん、助けに来たわ〜」
「おう、助かるぜ」
2対1、さらには鎮守府で揉まれ続けている2人だ。そして龍田さんの目が普通ではない。皐月さん相手でも、死ぬ寸前まで痛めつけるつもりでいる目。さすがの皐月さんも不利と判断したのだろう。小さく舌打ちした後、漣さんに指示。
「漣、撤退シヨウ。面倒」
「叢雲チャン失ッタケド、2人手ニ入ッタカライイカ。ハーイ、撤退シマスヨー」
即座に海中に沈んでいってしまった。こうなるともう追いかけられない。
最後にこちらを見ていた潮さんと皐月さんの視線は、敵意に、殺意に満ちていた。さっきまで仲間として一緒に戦っていたのに、今では敵。あちらはこちらを本気で殺しに来る。
叢雲さんは救出できたものの、失ったものがあまりにも大きい。こんな形で救出対象が増えるだなんて思わなかった。
初期艦の中でも、一番小技が上手いのが漣だと思っています。だからブレイン役に置くと面白い。冗談言っているようでいて的確。