叢雲さんの救出に成功できた代わりに、潮さんと皐月さんが鎖に囚われてしまった。次に出会うときは敵、そして救出対象となる。そうなってしまった原因の1つが、私、朝潮の読み間違い。『未来予知』を使っての敗北。初見への対応が課題ではあったが、それが敗北に直結してしまった。
私は立ち上がれないほどショックを受けていた。鎮守府に戻るまで、フィフの手のひらの上で泣きじゃくった。今までの敗北で、一番ダメージが大きかった。私が傷付くよりも、仲間が傷付くよりも辛い。最後の潮さんの敵意に満ちた目は、一生忘れないだろう。お前のせいでこうなったんだぞと言われているように感じてしまった。
「潮さんも皐月さんも……絶対に助けます……」
「おう、その意気だ。あいつらは絶対助けてやる」
天龍さんに手を取ってもらって、フィフの手のひらから降りる。少し足元が覚束なかったが、何とか立つことが出来た。疲れがドッと押し寄せてくる。
鎮守府に辿り着くまでにある程度は落ち着いていた。失敗を糧に成長しなくてはいけないという気持ちも大きい。泣いてばかりでは2人を助けられない。
「吹雪君、敷波君、救出した叢雲君は入渠だね。特に叢雲君は小型艤装の切除まで済んでいるのか。轟沈ギリギリの大破だよ」
「龍田。お前ちょっとやりすぎ」
「これくらいしないと止まらなかったわ〜。行動予測でこちらの攻撃全部避けたんだもの。本気でやらないとこっちがやられるわよ〜」
最後は私怨が大分混ざっていたように思えたが、余計なことは言わないことにした。
叢雲さんは死は免れたものの、ダメージがあまりにも大きかった。本来なら高速修復材を即座に使う小型艤装の切除を、何もない状態でやられている。さらには代償に長い髪も切られてしまった。立ち直れるかわからない。
「潮君と皐月君の話は聞いた。深海艦娘にされてしまったということは、こちらの情報が全部漏れたと考えていい」
「作戦がバレたってことね。こちらの戦力も全て知られたでしょう」
殺さずに無傷で救出する作戦や、こちらにどんな艦娘がどれだけいるかは完全に筒抜けになっただろう。敵もこちらに有利な動きをしてくるはずだ。ただでさえ、あの戦場では潮さんの助言により、漣さんのターゲットが私になったくらいだし。
「できることならスタンスは変えたくない。全員が無傷で帰ってくることを望むさ」
「でも、そのスタンスが敵にバレたのよね。自分は傷付けられないってことがわかってるから、めちゃくちゃな作戦で来るわよ。水母棲姫のときの自分を人質にする戦法もあるんだから」
睦月さんの戦い方がまさにそれだ。燃料の詰まったドラム缶を振り回し、何かあったら自分諸共爆破する。自分を人質にしつつ、敵を蹴散らす効率的な戦い方。
「まずは叢雲君が目を覚ますのを待とう。何か知っているかもしれない」
「ええ。ショックで壊れてなければいいけど」
あちら側の情報が手に入る可能性はある。叢雲さんの入渠を待つしかなかった。
帰投から数時間で叢雲さんの入渠は完了。駆逐艦なだけあって完治は早い。小型艤装切除の施術が不要になってはいるが、入渠しても髪が伸びることは無かった。ショートカットの叢雲さんもなかなかどうして似合っている。
「救出、感謝するわ」
「悪いな叢雲。うちの龍田が」
「仕方ないことだから。代償は大きかったけど、助かったなら全部チャラよ」
あっけらかんと言ってのける叢雲さん。どの個体も豪胆な性格のようだ。ちゃんと切り揃えられた髪を撫で、自嘲気味に笑う。
死んでいないのだからやり直せる。そういう考えでいられるなら、壊れることは無いだろう。
「私が知ってることを話すのよね。作戦指示は全部漣よ。あのときの戦闘は、ここの鎮守府の艦娘をこちら側に引き込むことが第一目的だった。半分に減らされたんだもの。人員補充をしようって作戦だったわね」
その結果が潮さんと皐月さんだ。物の見事にその作戦に引っかかり、2人を奪われてしまった。
「まだ狙ってるわよ。8人になるまでは奪うつもりでいるみたいだから」
「8人……最初の鎖の数か。鎖が増えていることはないのかね」
「無いわね。私が見ていた中では、あっちの艦娘は8人が限度。増えもしないし、減りもしない。理由はわからないけど」
現在、あちら側の深海艦娘は5人。最初に戦場に顔を見せてからずっと出てこない吹雪さんと、先程の戦闘に出てきた2人。そして、奪われた2人。
「叢雲さんもそうですが、何か改造を受けているように思えましたが」
「大潮がこっちに助けられた辺りの時に改造されたわ。手に入れたデータで私達を強化するって言ってたわね。私は水母棲姫の力をそのまま与えられた」
これは想定通り。龍田さんから余裕を取り払うほどの戦闘技術を急に手に入れたのだ。それくらいしか考えられないだろう。
他が手に入れた力も概ね予想通りだった。漣さんは北端上陸姫の鎖のコントロール、睦月さんは戦艦棲姫の怪力。それに加えて今までの戦闘データがぎっしり。
「あっちの姉さんは、最終兵器にされてる。手に入れたデータ全部突っ込んで、あの中で最強の存在にされてた」
「だからなかなか出てこなかったんですね。扶桑さんと吹雪さんが陣地破壊の最大の難関というわけですか」
「データを手に入れる度に改造を受けているもの。あれはもう艦娘の姿した別の何かよ」
深海艦娘でも、半深海棲艦でも、ましてや深海棲艦でも無い別の何か。下手をしたら扶桑さんより強い。
「叢雲、扶桑姉様はそっちでどうしてるの」
「扶桑さんはお姫様の護衛。もう改造もされてない。私達と違って自由に動けるんだけど、陣地から出ようとはしてなかったわね」
「そう……待ってるのかしらね」
あくまでも協力者という立ち位置なのだろう。自分の意思で北端上陸姫についてはいるが、北端上陸姫も扶桑さんを手足のように使うつもりはない。
北端上陸姫を倒したところで、扶桑さんがこちらに投降してくれる可能性も薄い。倒したら独断でこちらを襲い始めるだろう。
「思い当たるところはこれで全部だと思う。何かあったらまた聞いてちょうだい」
「ああ、ありがとう叢雲君。ところで、君は改二ではないようだが」
「練度は足りてるんだけど、改二になると武器を失うのよ。だから、私はこのままで据え置きにされてたの。そちらに武器持ちがいるでしょ? それにぶつけるためにって。結局負けたけどね」
なるほど、そういう理由が。浦城司令官の秘書艦である叢雲さんは改二だったが、あんな武器を持っていなかった。あれは改二になると失われるものだったのか。
「アンタはそのままでいなさい。白兵戦担当は多いに越したことは無いわ。むしろもっと必要よ」
「そのつもりよ。主砲も魚雷もあるけど、私は白兵戦担当としてこの鎮守府にお世話になるわ」
こうして、叢雲さんも鎮守府に配属されることとなった。白兵戦担当が増えたことで山城さんは気取られない程度にテンションを上げ、特型の妹が増えたことで吹雪さんは大喜びだった。
だが、2人減ったという事実は拭えない。今、この瞬間でも、こちらの情報は漏洩し続けている。さらにはあの2人すら改造されている可能性だってあるのだ。早急に救出しなくては。
私は次の戦いのために、最悪のケースを全て洗い出すことに専念していた。動揺から行動予測が出来なくなるなんて、自分の中では最も酷い失態。水母棲姫に説教したのに、なんてザマだ。
私に足りないのは、あの状況になっても冷静でいられる胆力。何が起きても、例え誰かが目の前で死んでも、冷静に状況判断が出来るようにならなくては。
「アサネエチャン、ムズカシイカオシテルゾ」
「また眉間に皺が。御姉様、良くない兆候です」
レキさんと春風に言われて頭を抱える。レキさんに言われてしまうとなると、今の私は相当酷い顔をしているのだろう。
「というわけで、お茶です」
「え、あ、ありがとう……」
春風が紅茶を置いてくれた。金剛さんのお茶会に参加してからというもの、頻繁にお茶を淹れてくれるようになった春風。時には煎茶、時には紅茶。その時々で欲しいものを出してくれる。今なら疲れているからだろうということで紅茶。
「……美味しい」
「ウマイカ! ヨカッタ!」
「レキさんが淹れたんですよ。御姉様に飲んでいただきたいと」
これをレキさんが。春風の淹れたものと寸分違わぬ逸品だ。とても美味しかった。曇った心が晴れ渡るような、そんな気分。
「ありがとう、レキさん。元気出ました」
「マタイレテヤルカラナ!」
「はい、お願いしますね」
抱きついてきたレキさんを撫でながら、この時間を幸せに過ごすことにした。考えることはまだまだ多い。省みることも沢山ある。それでも、焦り過ぎていては何もうまくいかない。何度も何度もその考えにはぶつかっているのだ。私はまだまだだなと、改めて実感した。
「アサネエチャンガゲンキダト、レキモウレシイゾ!」
「ありがとうございます。もっと元気になるためには、潮さんと皐月さんもお茶会に参加してもらわないといけませんね」
「ええ。次回の戦闘で救出するのですよね。わたくし達はそこへは行けませんが、鎮守府で成功を祈っております」
春風やレキさんが一緒に行けたら百人力なのだが、さすがに危険すぎる。一瞬触れられるだけでもあちら側に倒れてしまうだろう。艦娘とは訳が違った。
「テキニコウゲキアテチャダメナノカ?」
「はい。今度の敵は元々仲間なんです。だから、無傷で助けてあげたくて」
「ジャア、ミズデッポウハ? キズツカナイゾ」
水鉄砲で出来ることなんて、行動を一時的に封じることくらいだ。
いや、行動が封じられるじゃないか。隙が作れる。鎖を破壊するタイミングを無理矢理作れる。
あちらは自分が攻撃されないことを理解しているのだから、銃口を突きつけられても、引鉄は引かれないと思っているはずだ。それだけでも不意打ちは可能。瞬間さえあれば、天龍さんや龍田さんなら鎖を破壊できる。
「レキさん! すごい!」
「ワワッ、アサネエチャンドウシタ! レキ、ナンカスゴイコトシタカ!」
「なんでそのアイディアに辿り着けなかったんでしょう。レキさんのおかげで糸口が掴めました! 一発勝負の不意打ちですけど、全員無傷で助けられるかも!」
特に戦艦の水鉄砲は、私が浮き上がり吹き飛ばされるほどの衝撃が来るほどだ。いざとなればそこまで総動員して、容赦なく全員を撃ち抜く。
あとは、これに気付かれていたときのことを考えるだけだ。あちらの漣さんなら勘付く可能性がある。陣頭指揮を執るほどなのだから、警戒するに越したことはない。
「御姉様、元気になりましたね」
「春風も本当にありがとう。これならやれるわ。司令官に話をしなくちゃ」
紅茶を貰う前より身体が軽く思えた。1人で悩むと何もいいことはない。
執務室。レキさんの何気ない一言から思い付いた作戦を司令官に話す。
「そうか、水鉄砲。訓練と同じ攻撃で怯ませれば、隙が出来ると」
「はい。これなら無傷で助けられる可能性が高いです」
「今回限りになりそうだが、実弾と混ぜて使えば翻弄はできるね。うん、いいアイディアだ」
大淀さんも加え、簡易の作戦会議に。スタンスは変えないが、今までよりも攻撃的な作戦だ。何しろ、深海艦娘の救出に火力の高い戦艦が使えるようになる。
「初めてだね。深海艦娘救出を火力特化で組むことになるのは」
「とはいえ、鎖の破壊は出来ませんから。あとは、姉妹艦は連れていってあげたいのでしょう?」
「大淀君にはバレバレだね」
「どれだけ長く付き合ってると思ってるんですか。で、吹雪さん、敷波さんは確定として、あとはどうしましょう」
救出任務は私と山城さんという固定メンバーが出来ているので、残り10人を選出する。
今回は特型救出の延長線上なので、吹雪さんと敷波さんは確定。睦月型は奪われてしまっているが、皐月さん救出には天龍さんが最も適任。そこに龍田さんを置いてさらに確実なものとする。残り6人。
「戦艦が2人は欲しいと思います。随伴処理をより確実なものにできますから」
「なら、いつも通りウォースパイト君と、もう1人はビスマルク君で行こうか」
さらには北上さんと大井さんで随伴処理は完璧だろう。あとは深海艦娘の救出。姉妹艦だけでは厳しいということは、前回の戦いでよくわかった。特に漣さん。やりたいことをやるために、とにかく周りにイロハ級を置いている。それを突破でき、さらには確実に安全に相手の動きを封じることができる人。
「長良さんですかね」
「長良君だね」
「え、大丈夫ですか? 乱戦しか無いような場にいると」
「そうか、朝潮君は訓練と夜戦でしか長良君の戦闘は見ていないからね。この戦場は都合がいい」
紙装甲という
その長良さんの実戦。夜戦の時は逃げ回りながらの砲撃だったが、それが今回の乱戦に通用するのかは気になるところだ。
「残り1人は……霞君にしようか。今回は朝潮君も大きく消耗する戦いになる。あの子は必要だろう」
「そうですね……あの鎖を全て監視し続ける必要がありますから」
海中を常に監視する必要があるだろう。そのため、今は電探眼鏡のソナー機能を強化してもらっている。ぶっつけ本番ではあるが、さらに視野が広がった力で、全員を危険から遠ざけるつもりだ。
「また霞に怒られちゃいますね」
「それなら私も一緒に怒られようかな。君の無理を容認してしまったんだからね」
2人で怒られるなら諦めがつく。それだけ、今回は無理をしなくちゃいけない。仲間を奪われたのだ。絶対に取り返してみせる。
叢雲はショートカットも似合うと思うんです。流れで首筋から下の髪が全部切られてしまいましたが、いろんな叢雲との差別化と可能になるという裏ワザ。