翌朝、潮さんと皐月さんの救出作戦について話す。仲間が奪われ敵となってしまった現状は早く打破したい。なるべく早くと考えると、午前中に準備を終えて午後から出撃が妥当と思われた。幸い作戦自体は昨日中に立てることはできたため、あとは準備だけである。
私、朝潮には準備は必要ない。必要なのは覚悟だけ。
「久しぶりだなぁ、お昼の出撃」
「長良は夜ばっかだもんな」
「敵が多いと被弾しやすくて困るでしょ。でも、司令官が長良を昼に出すっていうんだから、期待してんだよね。いいよいいよー、長良やっちゃうよ」
司令官と大淀さんが口を揃えて言うくらいだ。長良さんには私の知らない何かがあり、それは大量の敵と戦うときに真価を発揮するのだろう。それなりに長く居ても、まだ仲間の知らない部分はあるものだ。
「私も出撃か……雷撃特化は深海艦娘救出には向いてないと思ったけど」
「実弾とダミーの共用が一番やりやすいのが霞だもの。それに、私が確実に無理をすることになるから。頼りにしてるわ」
「無理すんなっての。とはいえ、今回はそれも難しいか……失敗するとまた誰かが持っていかれちゃうのよね」
鎖の感知を万全にしない限り、漣さんのいる戦場では堂々巡りになりかねない。最終的には深海艦娘だらけになり、誰も出撃させることが出来ず敗北……などという最悪なシナリオもある。それだけは避けたい。
私は鎖の動向を常に把握し、全員にその位置を伝える役目だ。そのためには戦場の反応全てを対象に取った『未来予知』が必要になる。壊れる覚悟も必要になってしまった。
「姉さん、お願いだから壊れないで」
「わかってる。置いていけない人がここには多すぎるもの。私が倒れたら終わりだと思って戦うわ」
春風に加え、瑞穂さんも危うい人である。後の追い方が確実に怖い。全員皆殺しにしてから自殺とかあり得る。
「私、姉さんに餞の花とか添えたくないから」
「こっちのセリフよ。お互い、生き残りましょう」
山城さんとやるように、拳を突き合わせる。一層絆が深まったように感じた。
「美しい姉妹愛ですね。瑞穂、感動いたしました」
「〜〜〜〜〜!?」
「だから急に出てこないでください」
台無しである。だが、自然と笑顔が溢れた。これなら戦場でも全力が出せる。相手が誰であろうとも、戦える。
緊張感が支配する午前の鎮守府。それは突然やってきた。鎮守府に鳴り響く警報。突然慌ただしくなる。
『全員出撃準備! もう一度言う!
切羽詰まった司令官の声。今までにない命令。全員が出撃準備を取らなくてはいけない状況といったら、もう1つしかない。鎮守府への襲撃だ。
大急ぎで工廠へ向かう。私は大分早かったらしく、スムーズに艤装を装備。攻撃できないことが功を奏し、ダミーの弾薬などの入れ替えは一切ない。電探は常備している。機関部さえあれば私は出撃可能だ。
「準備しながら聞いてほしい! 防衛線が突破された!」
「なっ、マジかよ!? 何が来たんだ!?」
「そんなの、姉様しかいないでしょ。迎撃準備よ」
今の警護任務の部隊にはガングートさんや長門さんも居たはずだ。そこを突破されたということは、扶桑さんしか考えられない。叢雲さんからの情報で陣地からは動いていないと聞いていたが、何か理由があって攻め込んできたということか。
「すまん! ミナトとヒメを運ぶので手一杯だった! 鎮守府で匿ってやってくれ!」
2人を抱きかかえた長門さんが工廠に飛び込んできた。その長門さんも頭から血を流している。扶桑さんから一撃貰って中破というところだろう。
「アレハ……アレハナンダ?」
「私の姉様よ」
ミナトさんにそれだけ言って、山城さんは天龍さんと出撃していった。ヒメさんはガタガタ震えてミナトさんに抱きついていた。恐怖で泣きそうな表情。
「ヒメ! ダイジョウブカ!」
「レキ……アレハダメダ……カテナイ……」
艦載機も主砲も全て弾き返され、おそらく目の前で仲間達がやられていくところを見ていたのだろう。完全に戦意を失っている。
「長門さん、敵は」
「扶桑1人だ……私は先行して2人を逃がすために戻ってきた。ガングート達が食い止めていたはずだが」
「突破されたと情報が入ってます……どうなったか……」
長門さんは静止も聞かずに再出撃してしまった。防衛線の仲間を救出しに行くようだ。
たった1人に防衛線が壊滅させられたとなると、本当に天変地異か何かになってしまう。生きている、意思を持つ厄災。最悪なことに、その意思は深海棲艦に味方している。
「電探に扶桑さんの反応入りました。山城さんと天龍さんが交戦中!」
「……朝潮君、扶桑君を私の下へ誘導してくれないか。話をする」
「無茶言わないでください!」
とんでもないことを言い出した司令官。立ち塞がるものを全て薙ぎ倒して鎮守府に向かっている扶桑さんと何を話すというのか。
「いいから、連れてきなさい。目的を聞かない限り、被害者を増やすだけだ」
工廠は危ないということで、いつも訓練に使っている岸まで移動した。司令官は断固たる態度だった。何を言っても聞かないだろう。私は部下だ。言われた通りにするしかない。
「ああもう! 瑞穂さんいますよね!」
「勿論。朝潮様が望むのなら何処からでも駆けつけましょう。話も聞いておりました。扶桑さんの誘導ですね。瑞穂が朝潮様の護衛を引き受けます」
「ありがとうございます! 行きますよ!」
こうなったらもう自棄だ。扶桑さんの目的はなんであれ、私達の目的はこれ以上の被害を出さずに司令官の下へ連れていくこと。山城さんと天龍さんは未だ交戦中だが、どうなるかわからない。
瑞穂さんと出撃し、大急ぎで山城さん達の下へ向かう。反応から、まだ大丈夫だと思うが、扶桑さんの動きは一切変わらず、ゆっくりと鎮守府に向かっている状態。
「見つけた! 山城さん!」
「なんでアンタ達が来てるの! 撤退しなさい!」
天龍さんは少し離れた場所で息も絶え絶え。山城さんも身体中傷だらけ。対する扶桑さんはまったくの無傷。ここまで何人もと交戦しており、ここで山城さんと天龍さんの2人を相手しているはずなのにこれでは、まったく歯が立たない。前に見た時より数段強くなっている。
「……山城……少し退きなさい」
「姉様、何をっ、あぁあっ!?」
強烈な回し蹴りで山城さんが飛んだ。ガードは出来ているため傷は浅いが、天龍さんと同じように距離を取らされる。
「扶桑さん、司令官がお話があるそうです」
「……手間が省けたわ……案内してもらえる?」
「そのつもりでここに来ました。ついてきてください」
瑞穂さんが間に入り、私が進む後についてくる扶桑さん。こんなに緊張する引率は初めてだ。いきなり後ろから攻撃されたら、為すすべなくやられる。それをやってこないというのとは、扶桑さんは司令官に用があるのかもしれない。
その後ろ、フラフラとだが山城さんと天龍さんもついてくる。万が一の時には頼るしかない。
「水母棲姫……綺麗になったのね……」
「貴女が何を仰っているか、瑞穂には何もわかりません。出来ればその口を塞いでいていただけると幸いです」
「そう……記憶を……。それがいいわ……」
不意に深海棲艦の要素が消えたような発言をする。扶桑さんは本当に深海棲艦の思考が混ざりこんでいるのだろうか。話し合えば手を取り合えるように思えてしまう。
「司令官……連れてきました」
「貴方がここの提督……?」
司令官と対面する扶桑さん。私は瑞穂さん護衛の下、司令官に付き従う形で陸に上がった。華奢な非戦闘員の私ではあるが、司令官の壁くらいにはなれるはず。私だって艦娘。ある程度は頑丈に出来ている。
「君は何のためにここに来た」
「私の目的は2つ……1つは貴方の殺害……もう1つは……朝潮の奪取」
私の奪取が目的とは。その言葉を聞いて、即座に瑞穂さんが私の前に立つ。
「潮と皐月に聞いたわ……ここの艦娘のモチベーションは貴方で保っていると……。お姫様がね、それを潰したがってるの……。だから、私はここに来た」
「私が死ねばこの鎮守府は壊滅。艦娘も路頭に迷うことになるだろうね。強ち間違いではない」
「朝潮のこともね……特に潮が話していたわ……。こちらに欲しいって……」
目的が2つとも達成出来てしまったら、この鎮守府はおしまいだ。私はさておき、司令官だけは守らなくてはいけない。この身に代えてもだ。
騒ぎを聞きつけ、周りに艦娘が集まってきている。これでどうにかなるとは思えないが、司令官を逃がす時間くらいは作れるだろう。何人犠牲になるかは考えたくもない。
「だから……死んでちょうだい」
「私がかね? お断りだが」
一触即発のムード。扶桑さんどころか、司令官も引かない。手も足も出ない相手と面と向かって話をしているだけでもヒヤヒヤしているのに、司令官にしては喧嘩腰の姿勢だ。
「帰ってくれたまえ。君の目的は達成させない」
「なら……実力行使……させてもらうわ」
一瞬で扶桑さんは司令官の目の前にいた。電探の反応も関係ない。一切目で追えなかった。叫ぶこともできない速さ。山城さんも間に合わない。
「人間に……耐えられるのかしら」
扶桑さんの強烈な蹴り。山城さんすら吹き飛ばされ、白時雨さんが一撃で轟沈寸前まで持っていかれた必殺級の威力を持つ攻撃。私も瑞穂さんも一切の反応が出来なかった。
司令官は人間だ。あんな攻撃、掠めただけでも大怪我必至。直撃したら死が確定する。
「
気付いたら扶桑さんが地面に組み伏せられていた。誰もが何が起きたかわからなかった。とりあえず、司令官は無傷。それは素直に喜ぶとして。
「君が私を殺す? どうやってかな。教えてもらえないか」
「なっ、こ、これは……一体……」
ピクリとも動かない扶桑さん。動かないじゃない、動けないのだ。艦娘を一撃で葬るレベルの攻撃を繰り出す扶桑さんですら、司令官の前では赤子同然だった。
そもそも司令官は海上に立つことが出来ないだけだったのだ。少し昔、自分が戦場に出るつもりだったと言っていたが、こういう事だったとは。
出撃できたら1人で深海棲艦を壊滅させられるほどの力を持っている。そうでもなければ艦娘を統率することなど出来ないのだろう。私達にそんな気はないが、クーデターを起こされてしまったらどうにもならない。艦娘に反乱を起こされても、1人でそれを食い止められるほどの力が無ければ司令官にはなれない。
「もう1つは朝潮君を攫うことだったかね。させるわけないだろう。朝潮君も私の愛する我が子であり伴侶だ。渡さないよ」
「そう……提督というものが何かわかったわ……」
諦めたように身動きをやめる。主砲を持たない敵には無敵なのだろう。扶桑さんに取って、司令官はまさに天敵だった。
「諦めて投降してくれないか。君のことを私はもっと知りたい。幸い、ここには君のような半深海棲艦もいる。話は出来ると思うんだがね」
「山城にも言ったのだけど……私は深海棲艦が完全に混ざりこんでいるの……貴方も恨みと憎しみの対象。これは変わることはないわ……」
悲しい目をしていた。2つの相反する思考を持つというのは本当に辛いことなのかもしれない。深海棲艦としての自分を受け入れたとしても、艦娘の思考が邪魔をしているようだ。
「同時に艦娘の愛情も持っているのだろう? なら、こちら側に来ることもできるはずだ」
「……できたら苦労しないわ。だから……私はお姫様に与したんだもの。人間は殺すわ……艦娘も滅ぼす……全部終わったら私も死ぬの」
一番辛そうな表情をしているのは山城さんだ。実の姉がここまでのことを言ってしまっているのだ。覚悟をしたつもりだったのに、こんなのを見たら揺らいでしまう。
「だったら何故防衛線の艦娘を沈めない。大破で止めているのは他ならぬ君だろう」
「……あの子達が強いのよ。私は……沈めるつもりで蹴ったわ」
「沈めるまで攻撃をしないで何を言う。やはり君は、割り切れていない」
初めて、扶桑さんの目に揺らぎが出た。図星を突かれて動揺している。司令官なら扶桑さんの説得が可能な気がしてきた。
ふと、ソナーに新たな反応が現れた。潜水艦が近付いてきている。これは水母棲姫の時の意趣返しか。
「ソナーに感あり! 潜水艦がいます!」
言った時には遅く、岸に向かって魚雷が撃ち込まれた。誰にも被害はないが、地面が揺れたせいで司令官の拘束が緩んでしまう。
「ごめんなさいね……やっぱり……私はここにはいられないの」
拘束から抜け出すと同時に瑞穂さんが吹き飛ばされた。私が無防備になってしまった。
「2つ目の目的は……果たさせてもらうわ」
「ナニヤッテンダオマエーッ!」
そこへレキさんの横槍。蛇のような艤装を振り回し、扶桑さんにぶつける。さすがに不意打ちには即座に対応は出来なかったようで、扶桑さんでも間合いを取ってくれた。
レキさんがいなければ私はダメだった。心臓がバクバクと音を立てている。
「イマ、アサネエチャンナグロウトシテタダロ」
「……そうね。連れていきたいもの……そうなるわ」
「ツレテイカセナイ! レキガアサネエチャンヲマモル!」
艤装を前に構え、主砲を突きつける。
「朝潮様を守る事が私の使命です。すぐにお側に舞い戻ります。損傷は激しいですが、壁くらいにはなりますよ」
「聞コエタゾ。御姉様ヲ連レテイクダッテ? サセルワケナイダロ」
瑞穂さんが立ち上がり私の側へ。春風も駆けつけてレキさんと並ぶ。その後から大潮と霞も追いついてきた。名誉朝潮型含めた私の妹達が全員勢ぞろいした状態となる。
「そう……朝潮……愛されてるのね……」
「はい。私だけでは何も出来ません。皆に守られて生きています。だから私も皆を守ります」
「……羨ましいわ……愛し愛される仲だなんて」
背後にも山城さんと天龍さん。これだけいても心許ないという絶望的な状況だが、追い返すことくらいは可能。だが、扶桑さんの様子が何処かおかしい。
「……貴女は……分け隔てなく愛しているの?」
「勿論。私はこの鎮守府の全員を愛していますよ。司令官と同じです。ここが好きですから。誰か1人とか選びません。扶桑さんがここの一員になってくれるのなら、仲間として一緒に生きてくれるのなら、私は貴女も愛します」
嘘偽りない言葉だ。司令官と同じで、私はこの鎮守府の皆が大好きだ。親愛、敬愛、友愛、博愛、いろんな意味で愛している。恋愛だけはまだイマイチわからないでいるが。
「私を……愛する……?」
「はい。仲間として」
「……そう」
扶桑さんの瞳が燃え上がった。
「なら一緒に来てちょうだい」
刹那、レキさんと春風が吹き飛ばされた。山城さんが後ろから攻撃するが、反動を利用した回し蹴りで飛ばされ、天龍さんに直撃。動きは止まらず、瑞穂さんが薙ぎ倒され、司令官にぶつけられた。瑞穂さんにこれ以上の怪我が無いように、司令官がクッションになった形。
大潮が艦載機を出し、霞もどうにか扶桑さんを止めようと地上から魚雷を放とうとするが、それを見越していたかのように武器だけを綺麗に破壊。横薙ぎに蹴りを入れ、2人ともダウン。
あっという間に私を守る人達は全滅。残されたのは私のみ。
「朝潮の言葉は上辺だけじゃないことがわかったわ……こんな私でも分け隔てなく愛してくれるのね……。嬉しい……とっても嬉しいわ……世界に捨てられた私を……愛してくれるなんて……」
詰め寄ってくる。得体の知れない恐怖で後ずさってしまう。初めて感じる悪寒。この人は正気じゃない。艦娘とか深海棲艦とか、そういうものとは違うところに心を置いてしまっている。変なスイッチが入ってしまっている。瑞穂さんが捲し立ててくるときに見せる、あのグルグル渦巻いた目が、燃え盛る中に見えた。
「愛してくれるのよね……? こんな混ざり物の……醜い私を……貴女は……。私を愛してくれないこんな世界は要らなかった……でも……貴女が愛してくれるなら……私は……」
鎮守府の壁まで追い詰められる。逃げ場がない。
私が扶桑さんを愛すると言ったばかりに、扶桑さんがあり得ない方向に暴走を始めてしまった。
「朝潮、貴女は私のものにするわ」
鳩尾に一撃。ぐらりと意識が暗転する。
最悪な状況だ。私達はたった1人の厄災に、何も出来ずに敗北する形となった。
艦娘より弱い提督が鎮守府を治めていたら、防衛一辺倒になって戦果が挙げられないか、嘗められて内部分解するか、何処よりも統率力がある最高の艦隊になるかの3つ。