欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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侵食

目を覚ますと、見慣れぬ土地。黒々とした岩礁帯が周りに乱立する、陸上型の陣地のような場所。私、朝潮は何者かの小脇に抱えられて、この場にいた。

 

「ここは……」

「目が……覚めたのね……」

 

扶桑さんの声。鎮守府で気絶させられた私は、この状態でここまで攫われてきたらしい。

為すすべもなかったことよりも、その後の扶桑さんへの恐怖の方が大きかった。最初はお姫様、北端上陸姫の頼みで私を攫おうとしたのだろうが、最終的には自分のために私を攫っている。愛の話で、おかしなスイッチが入った。あの時の扶桑さんの言葉は、嘘偽りない本心だったのだろう。愛してもらえたことをただただ喜んでいた。

 

「お姫様の陣地よ……貴女達の最後の目的地……」

「……こんな形で来たくなかったですよ」

 

以前に見た時よりも、陣地が拡がっているように思えた。ここまで岩礁帯が多かったようには思えない。仲間が増えたのか、力を増したのか、それは定かではない。

 

「オ、朝潮ジャン。ツイニコッチニ来ル気ニナッタ?」

 

岸で待ち受けていたのは皐月さん。すっかり染められてしまい、首輪まで付けている。変わり果てた姿に、目をそらすしか無かった。

 

「扶桑サン、朝潮ドウスンノ?」

「……私のものにするわ……この子ね……私を愛してくれるって言ったの……」

「ヒュー、オ熱イネェ。ジャアマズ改造シテアゲナイト」

 

ここに来たということは、そういうことなのだろう。当然だが助けは来ない。否が応でも私は深海艦娘にされる。水母棲姫のときとはわけが違う。

 

「……朝潮……貴女にはあの子達と同じになってもらうわ……それでも私を愛してくれるわよね……」

「さぁ、どうでしょうかね。私は屈するつもりは一切ありませんが」

 

強がりだけは言っておかないと、私の心が保たない。挫けるもんか。頭の中を弄られたとしても、私は絶対屈しない。

 

「漣を呼んできてちょうだい……お姫様には許可を貰ってるわ……朝潮を貴女達と同じにしてあげる」

「ハイヨー。ソウダ、潮モ呼ンデコヨウ。朝潮ノコト推シテタノ、潮ダシネ」

 

はしゃぐように皐月さんが奥への入っていった。私の支配は秒読み段階。絶望が心を支配し始める。だが屈しない。決して屈しない。私は私だ。

 

 

 

少し経ち、漣さんと潮さんがやってきた。ニヤニヤ笑う漣さんと、満面の笑みの潮さん。私が深海艦娘になることがそんなに嬉しいのか。

 

「朝潮チャンガコチラニツイテクレタラ百人力。艦娘ハ皆殺シ、ダヨ?」

「なんて荒い……潮さんともあろう人が」

「朝潮チャンモコウナルカラ、覚悟決メテネ」

 

漣さんが指を動かすと、鎖が伸びてきた。あれに触れたら最後。

 

「お姫様はまだ奥にいるの……?」

「吹雪チャンヲズット弄ッテマスネ」

「そう……私と朝潮の門出なのにね……」

 

何が門出だ、と文句を言おうと思ったその時、脚に鎖が巻き付いた。ビリッと電撃が走ったような感覚がした。ただただ鎖を握ったときとは雲泥の差。

 

「なに……これ……」

 

鎖に巻き付かれた脚から、どんどん何かを注入されるような不快感。同時に身体が変えられていくような嫌悪感。その効果からか身体を動かすことができず、言葉を出すこともできない。自分で脱出することができない。

耐えなくては。耐えなくては。飲まれてはいけない。

 

「イクラ朝潮デモ、コレハ無理ダヨ」

「ココカラガ凄イモンネ」

 

私の髪が白く染まっていく。長い髪だからこそ、染まっていくのが自分でもわかってしまう。別に外見が変わるくらい、どうということはない。髪が白かろうが、目が赤かろうが、角が生えてようが、私は私だ。

 

「ズット辛イダケダト思ウ? ソレダト耐エヨウトスルデショ。ダカラネ、()()()()()()()()()()

 

嫌悪感が一転、変化することへの幸福感にすり替えられた。まずい、これは呑まれる。

耐えなくては。耐えなくては。私が私であるために。

 

「壊れた貴女は私が受け入れてあげる……貴女が私を愛するように……私が貴女を愛してあげるわ……」

 

深海棲艦の感情が、私を飲み込もうとしているのがわかる。でも、耐えなくては。耐えて、耐えて、ここから抜け出す隙を探して、帰らなくては。

額の一部が伸びていく感触。ギリギリと音を立てているが、痛みはなく、不思議と心地良かった。

 

「おー、立派な角! ボクらより大きくない?」

「実力差とか出るのかな。朝潮ちゃん、姫級でも上の方なのかもね」

 

先程まで反響した深海棲艦のような声に聞こえていた皐月さんと潮さんの声が、はっきりとまともに聞こえるようになった。おそらく私の身体が完全に()()()()に倒れたということだろう。

だがまだ私は私だ。身体の改造を先にして、そこから心を堕としていこうという魂胆か。私は負けない。まだ負けていない。

 

「うっしー、首輪付けたげて。脚はさすがに可哀想っしょ」

「漣ちゃん、私しばらく脚だったよね。歩きづらかったんだから」

「ボクは腰だったからまだマシだったよね。漣、もう少しまともなところ選ぼうよ」

「脚はやりやすいんスよー」

 

3人の楽しそうな声。私を洗脳することを心底楽しんでいる。

潮さんに首輪を付けられる。癒着したわけではないが、完全に密着した金属製の首輪。そこに脚の鎖が改めて接続された。脚から離れた時に一瞬目の前が真っ暗になったように思えたが、すぐに今の感覚に戻る。

 

「完成かな?」

「結構かかったね。ボクは10秒くらいだったっけ」

「私もそれくらい。すごい耐えたね」

 

向こうでは私の支配が終わったと推測されていた。

 

あれ? 終わり?

 

口に出しそうになって飲み込む。私はまだ、ここの深海艦娘を敵として認識している。身体は完全に変質させられたようだが、思考の支配まで出来ていない。鎖は繋がったままだが、何かが流れ込んでくるような感覚は消えていた。

 

「扶桑氏、下ろして大丈夫ですぜ」

「そう……朝潮……立てる……?」

 

扶桑さんに立たせてもらう。急激な身体の変化でフラついたが、何とか2本の脚で立つことが出来た。

 

「これでまた仲間同士だね。朝潮、またボクらと一緒に戦おうね。相手が変わっちゃったけど」

 

ここは洗脳されたフリをしておいた方がいいだろう。まだ誰も私が完全に支配されていないとは気付いていない。

 

「そうですね。また仲間になれて嬉しいですよ」

「朝潮ちゃんがこっちに来れば、あとは山城さんだけっしょー。それは扶桑さんがやってくれるし、漣達の勝ち確なんじゃなーい?」

 

敵と話を合わせるというのは何て難しいんだろう。違和感なく接するには、自分が嫌なことも率先して言っていかなくてはいけない。その行動を先読みする。行動予測の出番だ。いつものように状況を把握し、パターンを解析、あらゆる可能性から一番あり得そうな次の行動を確認……

 

「……っ」

「どしたの朝潮?」

「何でもないです。まだ身体が慣れていないみたいで」

 

できなかった。今の状態だと私の演算能力が著しく低下している。若干の先読みはある程度出来ても、行動予測にまで至らない。私の中では異常事態だ。

そんな態度はおくびにも出さず、なるべく話を合わせ、あちらに有益な情報を重点だけ隠して伝える。

 

「扶桑さんが襲撃したので遅れると思いますが、救出作戦、本来なら今日の午後でした」

「ボクらがこっち来ちゃったから焦ってるのかな。簡単には元に戻せないのにね。馬鹿な司令官だよ」

「部隊もほとんど同じかな。だったら、私また吹雪ちゃんと戦いたいな。お姉さんぶってて鬱陶しいし」

 

仲間の顔で虫酸が走る会話をする。本心ではないことはわかっているが、聞いているだけでも辛い。どうにか顔にも出さないように。むしろ洗脳されているフリのために笑顔を貼り付ける。こんな時に春風説得のときに覚えたことが役に立つとは思わなかった。

 

「朝潮……お着替えしましょうか……。せっかく仲間になれたのだし……もう少しこちらに染まりましょう……」

「はい、わかりました。でも、大潮と同じ黒塗りの朝潮型制服ですか?」

「どうせなら……もう少し変えましょうか」

 

扶桑さんに連れられて別室へ。ちょうどいい、この陣地の地下施設の造りをある程度見ておこう。

漣さん達に見送られ、私は扶桑さんについていった。また来てねと笑顔で言ってきたところは洗脳も何もないただの艦娘なのだが、その中身が黒すぎる。私には嫌悪感しか無い。

 

 

 

岩場の陰から地下に通ずる階段を下り、暗いながらも整備された通路を通る。鎖は器用に隙間を縫っており、何処かに引っかかることもない。洗脳したものを丁重に扱うつもりはあるようだ。

 

「朝潮……貴女、洗脳されていないわよね?」

 

心臓が飛び出るかと思った。これは鎌をかけてきているのか、本当に見抜いているのか、判断がつかない。

 

「突然何を。私はこの鎖で繋げられているじゃないですか」

「貴女ほどの脳の容量(キャパシティ)があるのなら……洗脳なんてされないと思っていたわ……」

 

私が洗脳されなかったのは脳の容量にあった。常日頃から電探で鎮守府内を監視し続けて、先読み、行動予測、そして『未来予知』まで出来るようになったことで、脳の容量が通常の数倍に膨れ上がっている。深海艦娘化の影響でさらに拡張された可能性だってあるのだ。鎖による洗脳では、その容量を全て埋め尽くすことが出来ないようだ。行動予測が出来なかったのは、それをするための容量を鎖の洗脳に奪われているから。

 

そこまで見抜かれているとは。扶桑さんには隠し事が出来ない気がする。だが、何故それをあの場で言わなかった。漣さんに伝えれば、再洗脳なり何なりしてくるだろう。鎖を2本使うとか出来るはずだ。2本使われたら私もどうなっているかわからない。

 

「……どこで気付いていました」

「最初から……かしらね。確信していたし……あの子達とは目が違ったわ」

「そうですか……。それで、何故それをここで?」

 

扶桑さんなりに何か考えてのことだろう。真意を聞きたい。

暗い通路の先に、控え室のような部屋が用意されていた。私達の鎮守府と同じような個室だが、中はそれ以上に質素。ベッドすらなく、本当に与えられた空間というイメージ。戦闘で汚れた服の替えが何着か置かれているだけ。

 

「その前にお着替え……これを着てちょうだい」

「これは……着物?」

「私の物と色違いのだけれど……今の貴女には似合うわ……」

 

せっかくだし袖を通す。

扶桑さんの着ている着物は、膝上丈でノースリーブの真っ白な着物だ。振袖部分が別個になっている。対する私に与えられた着物は同じデザインの黒一色。同じ丈でも私が着ると膝下まで行ってしまうし、胸元がブカブカになってしまう。そのため、私に合わせてこの場でリサイズされた。

今の私は、ふた回りほど小さい扶桑さんのようになった。色合いはまるっきり正反対ではあるが。黒は白に、白は黒に。着物も意外といいかも。

 

「よく似合ってるわ……」

「はぁ、ありがとうございます」

「ふふ……可愛い。私を愛してくれる朝潮だから……これを着てもらいたかったの……」

 

今までに見たことのない優しい笑顔だ。悲壮感が無い。だが、その瞳の奥では先程見た狂気が渦巻いているように見えた。

扶桑さんが壊れるトリガーは『愛』だ。私が愛すると口走ったばっかりに、私に対して普通ではない感情を持ってしまったように思える。物凄く溺愛されているような、そんな感覚。

 

「何故私が洗脳されていないことを漣さんに言わなかったんです。扶桑さんは北端上陸姫の仲間なんでしょう?」

「仲間ね……お姫様に与していた方が……人間も艦娘も滅ぼせそうだもの……私の頭の中はそればっかり()()()わ……」

 

だった?

今は違うのだろうか。

 

「私の中の深海棲艦がね……世界に捨てられたことを嘆いてるの……恨んで憎んで……()()()()()()()って……」

「貴女の妹は山城さんでしょう」

「私にはもう1人妹がいるわ……深海棲艦のね……」

 

扶桑さんの中に混ざり込んだ深海棲艦は、世にも珍しい2人で1つの個体、『海峡夜棲姫』である。その姉の方だけが入ってしまった。戦艦棲姫改二と名乗っていたのは、妹がいないが故に北端上陸姫が名付けたそうだ。扶桑さんもそれを受け入れざるを得なかった。

そういう経緯から、もう1人の妹には絶対に会うことが出来ない。それも世界を恨む理由の1つになっている。

 

「私を愛してくれるのは2人の妹だけ……その片方には絶対に会えない……ならこんな世界要らないのよ……。山城だけじゃ足りないの……私を愛してくれる妹は2人必要なの……」

「……それで私が……」

「貴女は私を愛してくれるのよね……? なら……妹になってちょうだい……その服も妹のものなの……」

 

そうか、2人の妹さえいれば、扶桑さんは心の支柱が出来上がって安定するのか。私が妹になってあげれば、恨み辛みが緩和されて仲間になってくれる可能性がある。これは春風と少し似たタイプの精神。

 

「貴女には……中身はそのまま外見だけ変わってもらいたかった……私の攻撃を避けるだけの行動予測ができたんだもの……可能だと思っていたわ……。そしたら、予想通り貴女は耐えてくれた……だから、貴女の意思で、私の妹になって……」

 

ただ妹が2人欲しいだけなら、あの場で投降するだけで良かった。だが、わざわざ私をここに連れてきたのは、この姿に私を変えたかったというのが大きいのだろう。より妹に近い姿に変えたかったのだ。

私にも姉妹がいる。霞や大潮の存在を知っているのに、絶対に会えないと言われたら同じように憎しみを持つかもしれない。こうした世界を恨むかもしれない。そう考えると、扶桑さんの気持ちは痛いほどわかった。救ってあげたいと、心から思った。

 

だから、私は……扶桑さんを受け入れることにした。

 

「……わかりました……扶桑()()。貴女がそれで満たされるなら、私は姉様の妹になりましょう」

「本当に……?」

「はい。私は貴女を利用しようとも思っていません。仲良くなれるなら仲良くしたいんです。扶桑姉様は艦娘でもあるんですから」

 

涙目で満面の笑みになった扶桑さん、いや、扶桑姉様。これが混ざり込んだ深海棲艦を満たす、たった1つの手段だったのだ。浄化される条件が揃ったのも同然。恨み辛みが無くなった、本当に綺麗な顔をしていた。

 

「ありがとう……朝潮……。満たされる……満たされるわ……。貴女の愛が心に染み渡るよう……」

 

力強く抱きしめられた。私達を皆殺しに来た時とはまるで違った。司令官の言う通り、扶桑さんは割り切れてなかったのだ。

私の存在で少しでも艦娘に傾いてくれたのなら、選択は間違いではなかったと思える。

 

 

 

私はまだ洗脳されているフリをする必要がある。着替えたことでより染まったと誤認させるため、扶桑姉様と手を繋いで漣さんにたちの下へと向かった。

今は扶桑姉様も協力者だ。扶桑姉様が一番満たされるのは、2人の妹に愛されること。私と共に鎮守府に行き、山城さんとも和解できれば、めでたく全てが満たされる。扶桑姉様はその案を受け入れてくれた。もう憎しみは無い。

話しているうちに、扶桑姉様も本心を叩きつけてくるような人であることがわかった。私が妹となってからは、嘘は一切無くなっている。観察力にだけは自信がある。この人は嘘をついていない。

 

「朝潮、扶桑さんの妹になっちゃった?」

「はい、私は扶桑姉様の妹として、ここに属することとなりました」

「2人合わせて……海峡夜棲姫として扱ってちょうだいね……」

 

私は長女なので、実は姉の存在というのも憧れてはいた。

 

「さっきお姫様来たよ。救出作戦の迎撃、多分明日の午前中だって」

「そうですか。メンバーは?」

「ボクと潮と朝潮。扶桑さんは自由だってさ。朝潮に入れ込んでるなら好きにさせろって」

 

好都合だ。皐月さんと潮さんを救出しつつ、この場から扶桑姉様と一緒に離脱できるチャンス。

 

「扶桑姉様、どうしますか?」

「私は……朝潮と一緒に行きたいわ……」

「なら決まりだね。扶桑さんも出るんだから、明日はあいつらの命日になるでしょ」

 

ニコニコしながらとんでもないことを口走るが、これも明日までだ。どうにか騙し切り、明日を迎える。必ず抜け出してみせる。




忠犬&狂犬な妹分:春風
思い込みの激しい従者:瑞穂
妹依存の破壊神な姉:扶桑 ←NEW!!
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