扶桑姉様が鎮守府に身を寄せることとなった翌日。時間を置いてしまったが、私、朝潮は改めて精密検査をされた。基本的には他の深海艦娘の方々と同じだろう。だが、私の特性として、鎖による洗脳が効かなかったというものがある。本当に何事もないかを調査された。
「何事も無し。他の子と同じだね」
「艦載機の搭載数が他より多いだけで、何も変わらない」
これで一安心だ。生活に何の支障も無いことが保証された。
「搭載数は何で変わるんだろ」
「
「潮は4つで、他の子は2つだっけ。皐月は艦載機を使ってる余裕無さそうだけどさ」
皐月さんは私と同じ
「艦載機はこちらでも調整できるから、そっちも定期的にメンテするから」
「はい、ありがとうございます」
「あと、制服の件。ちゃんと直しておいたよ」
今後の私の制服に関しては、さすがに理解してくれた霞も許容できなかったらしく、朝潮型であることまで消されるのは許せないと猛抗議。一発叩かれてから扶桑姉様の中の霞像が少し変わったらしく、その抗議もちゃんと受け入れた。
基本は改二丁だが、ボレロの代わりに海峡夜棲姫の着物を羽織る形に。ノースリーブのため、改二丁側のシャツが丸出しになってしまうがそれはもう良しとする。朝潮型改二制服の上に自分の着物を羽織っている春風と若干似た姿になった。これなら霞も納得するだろうし、扶桑姉様もわかってくれるはず。
あと見ず知らずの人も私のことを朝潮と気付いてくれるはず。
「しっくり来ますね。どちらの要素もあって」
「春風と似た感じになったね。いいんじゃないかな。黒ずくめに近いけど、深海艦娘だしね」
今後の私はこれで行く。深雪さんではないが、これからは朝潮改二丁ならぬ、『朝潮
「朝潮
「その
「えー、だって今の朝潮それくらいの立ち位置でしょ」
いくらなんでも、そこまでではないと思う。
「あら、オシャレになったじゃない。姉さんにはやっぱり朝潮型の制服が一番ね」
「はい! お姉さんは朝潮型ですからね!」
妹達には好評であった。だが、ところどころに棘がある。朝潮型から離れかけたことで大潮までその辺りに過敏になっている。
「わたくしと同じようになったのですね。素晴らしいです。こんなところでお揃いになるなんて」
「そういえばそうね。春風とお揃いになったわ。羽織り方は違うけれど」
多少機嫌が直ったようだが、まだ春風は扶桑姉様に対しての怒りは冷めていない。顔も合わさないように行動させている。顔を合わせたら確実に殺意をぶつけるだろう。鎮守府内だというのに艤装を展開しようとするので、万が一のことがあったら瑞穂さんにお願いして力尽くで止めてもらうレベルだ。食事の時間も山城さんがうまく避けるようにしてくれている。
「明石さんに壊二帝って言われたんだけど」
「女帝ね。わかるわ」
「お姉さん影響力高いですからね! 女帝でいいと思います!」
霞は冗談で言ってくることもあるが、大潮はほぼ全て本心で言ってくるので、途端に恥ずかしくなる。そこまでではないと思うのだけど。
「お揃いはとても嬉しいのですが、
「春風……これは私が深海艦娘になった証でもあるの。我慢してちょうだい」
「無理です。目に入れたくありません。御姉様にそれは似合いません。どうせ羽織るならわたくしと揃いにしましょう。駆逐古姫の着物ならとても似合います」
徹底して敵対。関連するものが目に入るだけでも気に入らない様子。こればっかりは認めてもらわないと、今後の活動がとても難しくなる。
私がこれを着ていないと、今度は扶桑姉様がまずいことになるだろう。私が受け入れたのに、それを反故にするような真似をすることが問題だ。せっかく妹が見つかったのに、それが消えてしまう。
「春風、割り切れとは言わないわ。でも、これだけは認めて」
「ダメです。今回ばかりは御姉様でもダメです」
堂々巡りだ。春風がここまで意固地とは思わなかった。だが、この件に関しては折れてもらわないと困るのだ。
扶桑姉様はさらに深海棲艦の思考に侵食されて狂気に呑まれた春風と言ってもいい。春風にはない深海棲艦特有の角まで生えてしまっているのを見れば、侵食具合はわかる。
思考の傾向が春風と若干似ているのだ。精神的な支柱を立てて安定する辺りとかはまったく同じ。春風は支柱に依存するが、扶桑姉様は支柱を自分に染めてしまう。そこが狂気があるかないかの違い。
「春風……」
「絶対に許しません。御姉様が何を言おうと許せません」
「私がそれを受け入れているのに?」
「昨日も言わせていただきましたが、こんなことを受け入れてはいけません。御姉様が受け入れたとしても、わたくしは納得できません」
納得させるのは不可能なのでは。春風を納得させようと思うと、私が元に戻るしかない。そして、元に戻るのは不可能だ。元に戻れるなら他の方々にやっている。
ならどうすればいいのだ。春風も扶桑姉様も納得が行く形がどうしても見つからない。今の私ではもう……。
「そう……そうなのね」
「理解していただけましたか」
私が春風の前にいるからダメなのかもしれない。私は今のスタンスを変えるつもりはない。でもそれは春風が嫌がる。ならもう、取るべき手段が一つしかない。
「なら、私は少し春風と距離を置くしかないわ……」
「えっ」
「そうでしょう。私はこの姿を改めるつもりはないし、扶桑姉様との関係も続けていくもの。全員を納得させるなんてもう無理よ……」
今までと同じようにやってきて、初めて『諦め』が出てしまった。
春風の気持ちもわかる。だが、その気持ちを受け入れると、扶桑姉様を殺すしか無くなってしまう。そんなの、誰も救われない。そうなると、誰かが犠牲になるしかない。私が犠牲になる道は一番最初に考えた。だがそうなると、部外者にまで被害が出る可能性がある。
「春風は何も悪くないわ……私が何も思いつかないんだもの。気に病まないで……」
「お、御姉様、わたくしは」
「割り切るなんて無理だものね。今の私の姿を見るのも嫌でしょう。すぐに姿を消すわ。春風……ごめんなさいね……」
もう逃げるしか無かった。後ろで何か言っているようだが、振り向くことも出来なかった。
霞も大潮もどういう顔をしているかわからなかった。だから自分の部屋にも戻れない。とはいえ扶桑姉様のところに行くと、今度は扶桑姉様が何をしでかすかわからない。こうなると、行ける場所は談話室か医務室、あとは執務室。だが司令官に迷惑をかけたくない。
「瑞穂さん」
「はい、ここに」
私が皆から離れても瑞穂さんだけは近くにいる。いつでも大体近くにいてくれるのは頼もしい。
「本心で答えてください。私を持ち上げる必要もありません。……私は間違ってましたか」
「瑞穂の主観でお話しするのなら、この件の朝潮様は間違っていません。朝潮様は被害者です。被害者が加害者を許している、さらには受け入れているのですから、その時点で手打ちです。ですが、春風さんも間違っていません。怒りを向けるのは当然の帰結だと思います。やり方が力尽くなので、そこだけどうにかできれば。間違っているのは扶桑さんであり、その間違いに気付くことが出来れば解決すると思います。扶桑さんの口から反省の言葉が出れば、幾分マシになるかと」
こういう時の瑞穂さんはありがたい。私の質問の意図をちゃんと汲み取って意見を話してくれる。私が間違っていないと言ってくれたのは嬉しかった。だからといって驕らず、今の問題を解決する方法を考えなくては。
「朝潮様、体調が優れないように見えますが」
「そんなことないですよ。さっきまで精密検査を受けて異常も無かったくらいですし」
「そうですか。ですが、少し顔が赤く見えます。本当に何もないですか?」
言われてみれば少しフラついた。身体が熱いような気もする。指摘されたことで急に足元が覚束なくなる。あまりにも急な体調不良に、私も驚きが隠せないでいた。
「あれ……なんで……」
「朝潮様、医務室へ。今の体調では何も手をつけない方がいいです」
「そ、そうですね……なんで急に……」
フラついていたからか、瑞穂さんに担ぎ上げられて医務室に連れていかれた。その間も体調はどんどん悪化していく。
艦娘は風邪なんて引かない。ウィルスに対して免疫能力が異常に高く、万が一罹ったとしても修復材で治ってしまう。鎮守府の医務室は、基本的に唯一風邪が不安な司令官のためにある。あとは、以前のゴーヤさんのように精神的な問題。
「頭が回らない……」
「朝潮様、電探をお切りください。少しは緩和されるかと」
言われた通りに電探を切る。久しぶりに一切の情報が無くなり、ほんの少しだがスッキリした。それでも体調が良くなるわけでもない。
「装備を外し、今はお休みください。瑞穂が提督に話をしておきます。辛いのでしたら、面会謝絶にしますが」
「そこまでじゃないです……でも休んでおきますね……」
医務室のベッドに寝かされ、瑞穂さんは医務室から出て行った。あまりに急なことだったため、眠気すらない。今の私には一切の余裕がなかった。
司令官と瑞穂さん立会いの下、明石さんに症状を診てもらったところ、艦娘としてはありえない病名を言われた。
「急性のストレス性高体温症ですね」
「ストレス……ですか!?」
「またなんか考えすぎたんじゃないかな。朝潮だもの」
なんの否定も出来ない。できれば昨日の騒ぎのことは内密にしておきたかったが、今回の体調不良には確実に関わっている。司令官にも話しておいた方がいいだろう。今まで体験したことのない、内部での大喧嘩だ。それに殺意が混ざっているのだから、余計に大問題である。
「春風君と扶桑君が大喧嘩を……」
「春風が一方的に因縁を付けたんですが、原因は扶桑姉様にあります……。その根っこは私にもあって……」
端的に説明した。司令官が苦い顔をする。説明するのも辛くなってきた。話すたびに体温が上がるような感覚。
「私は2人に仲良くなってほしい……けど、今のままだと無理です……。諦めたくないけど……もうどうすればいいのかわからないんです……」
「朝潮君、君は一旦そのことを忘れて、身体を休めてくれ。話してくれてありがとう」
やんわりと頭を撫でてくれた。ボーッとする頭では、何も考えられない。でも忘れるのは無理だ。ずっと春風と扶桑姉様の顔がチラつく。どうにかしてあげたい。あんな仲違いはダメだ。何もしてなくても涙が溢れ出してくる。
「私は扶桑君と話をするよ。春風君には誰かついているのかい?」
「大潮様と霞様がご一緒でした」
「そうか、霞君が一緒なら大丈夫だろう。大潮君はまだここに来て日は浅いが、霞君は春風君と付き合いが長い」
こんなどちらにも倒れられない状況は初めてだった。どちらにも倒れられないから、自分が物理的に倒れるなんて皮肉すぎる。
「私が……私がもっと強ければこんな事にならなかったのに……私が捕まらなかったら……。でもそれだと扶桑姉様は救われない……私が妹になったからやっと満たされたのに……」
「朝潮君、考えるのをやめなさい。もっと熱が上がるよ」
「私はどうすればよかったんですか……私は……」
朦朧とする意識で考え続けてしまう。私の戦場での仕事は考えること。どうも癖になってしまっている。考えてはいけない状態なのに、頭を使い続けてしまう。
最善の方法を考える上で、最悪な方法も考える必要があるのは私もわかっている。その癖が、今の段階で一番考えてはいけないところに向かってしまった。
「春風と扶桑姉様がこの世からいなくなれば解放されるのでは……」
絶対に口にしてはいけない考えが口から出てしまった。自分が苦しんでいる原因を簡単に排除する方法はこれだ。最も簡単で、最も悪辣。その考えに至った自分が本当に許せなくなった。
「え、あ、私、今何を考え……」
「朝潮様、申し訳ありません。後からいくらでも罰を受けます。今はお休みください」
瑞穂さんが私の鳩尾に一撃。あまりのことで意識が暗転した。最後に見えた司令官の顔は、私の最後の発言に対する驚きと動揺。私ですら驚いている。
体調不良から来るネガティヴ思考が生み出した最低最悪の解決手段。こんな考えがしか思い浮かばないなら、もう二度と目を覚ましたくなかった。たったこれだけで、私は自分が大嫌いになった。
もう何も考えたくない。なんでこんなに私が苦しんでいるのだろう。おかしな話だ。もういっそ……全てを投げ捨てて……。
朝潮の長所であり短所である部分『考えすぎ』。