拒絶して失った記憶も取り戻し、復活を遂げた私、朝潮。昨晩の喧嘩を経て、春風ともより親密になれたと思う。
扶桑姉様も少しずつではあるが人間の感情、常識を覚えていこうとしている。妹以外に視野が広げられたのはとてもいいことだ。ただただ生かされていただけの時と比べ、確実に変わってきている。
「朝潮様、おはようございます。朝です」
瑞穂さんの声で目を覚ます。見知らぬ天井……と言っても本来なら寝るような場所ではない談話室の天井が目に入った。すでに準備を終えた瑞穂さんが、私の着替えを三方に載せて待機していた。
大淀さんが用意したお座敷、7人分のお布団が用意してあると言いながら、あった布団は3枚。枕は7つ。添い寝以外の道がない状況であった。結果、私の左右に瑞穂さんと扶桑姉様、あとは各々散らばるという配置で就寝。最後まで春風がゴネたが、瑞穂さんの
「おはようございます。……まだ皆寝てますね」
「朝潮様の記憶が戻ったことで安心したのでしょう。扶桑さんもぐっすり眠っていらっしゃいます。そろそろ総員起こしの時間ですので、先に起こさせていただきました」
「ありがとうございます。ああもう、大潮は本当に寝相が悪いんだから」
微笑ましい光景だった。扶桑姉様は私と山城さんに挟まれていたので、念願の妹サンドイッチが叶い、今までの不幸が払拭された、とてつもなく安らかな寝顔だった。瑞穂さんも私と霞に挟まれる形だったためか、肌がツヤツヤしているように見える。幸せの形は、人それぞれだ。
「総員、起きてくださーい! 朝でーす!」
外から萩風さんの声が聞こえる。萩風さんの声を聞くと、朝が来たんだなと実感する。オーバースペックのデメリットも、捉えようによってはメリットだ。夜になった途端に落ちる代わりに、朝になった途端に目を覚ます萩風さんは、鎮守府の目覚まし係として率先して総員起こしをやっている。
「あれ、談話室で寝てたんだ」
「はい、夜にいろいろありまして」
「なんだか女子会みたいだね。私もちょっとやりたいかも」
いつもと違うことをやるだけでも、心境が変わるものだ。これからはこのスペースも何かに使われそうな予感。
扶桑姉様が仲間になり、私の緊急事態も解消したため、次の救出任務についての話が始まる。少し時間を空けてしまったが、睦月さんと漣さんの救出だ。あちらの吹雪さんは、私が向こうにいる一晩、約半日の間でも、一度も姿を見ていないところからすると、おそらく最後まで出てこない。扶桑姉様が居なくなった穴を埋めるための、陣地の護衛にしていると考えられる。
「残った深海艦娘は3人。次で2人の救出となるだろう。それが終われば、最終決戦だ。万全の準備をし、確実に勝利を手にしよう」
あちらの吹雪さんは陣地の攻略と共に救出する流れになっている。そのため、まだどうするかは考えていない。
先に考えるべきは、鎖をコントロールする漣さんの存在。迂闊に近付くと、潮さんや皐月さんの二の舞になってしまう。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。さらに、時間があった分で新たな能力を身につけていてもおかしくない。慎重を要する。
「救出任務は3日後とする。それまでに部隊の選定をしておくよ」
「3日あればいろいろと準備できるな」
「準備って言っても、練度を上げる程度でしょ。何か新しいことがやれるわけでもあるまいし」
私はまだまだ『未来予知』の訓練を続けていくが、他の人達は今出来ることを確実にやれるようにしていくのみ。想定外を想定済みにする訓練が基本だ。むしろ、
「時間を与えれば与えるほどあちらも容赦しなくなるだろう。睦月君と漣君も、より改造をされている可能性は高い」
「睦月さんはかなり危険です。今でさえ戦艦以上のパワーを持っていますから」
「武器がドラム缶だったしな。ありゃあガンさん並だ」
漣さんは艦載機と鎖のコントロールというテクニカルタイプ。それに対して、睦月さんはドラム缶2つを振り回すパワータイプ。燃料がたっぷり詰まったドラム缶は、下手をしたらそのまま爆発しかねない代物だ。質量に危険性を追加している。
「扶桑さんのパワーまで足されてる可能性があるんだよな……そうなるとヤベェ。倒せる見込みが無くなる」
「最悪、誰かを犠牲に鎖だけ破壊する……なんて作戦をしないといけなくなるかもですね……」
当然誰も犠牲にならないのがベストだ。だが、躊躇していると全滅する可能性だってある。
「朝潮にしてはなかなか過激な作戦を口に出したな」
「せやなぁ。犠牲にするなんてそうそう言わへんのに」
「えっ、あ、確かに……」
記憶を失った時といい、今といい、なんだか思考が過激になってきている気がする。春風との喧嘩もすごく楽しかった。もしかしたら、これが深海艦娘化の影響なのかもしれない。
「深海艦娘になったからかもな。普段は大人しい電すら言うときゃ結構激しいこと言うぜ」
「鎖が無くなっても、なんかに影響あるんやろうなぁ。まぁ、朝潮は普段が真面目すぎんねん。今くらいでちょうどええ」
「そ、そうですか、では気にしないことにします。違和感が大きくなったら教えてください」
今は現状維持で。一度とんでもないことにはなっているものの、他に何かあるわけでもない。言われて自覚できれば、幾分かはマシになるだろう。悪化するようならまた何か考える。
「とにかく、今は訓練あるのみだ。扶桑君にも付き合ってもらえるように頼んでいる」
「うお、マジか。山城姐さん超えの相手とかありがたいぜ」
「私も北の戦場に行けない分付き合ってあげるわ。姉妹で相手してあげる」
想定できる敵としては最上級だ。倒すことが出来ないにしろ、どういう攻撃が来るかがわかれば対策を考えることはできる。それは大きい。本当にまずいと思った時は、山城さんにも出てもらわなくては行けないかもしれない。
「では各々、今自分にできる事を、無理せぬようにこなそう」
ここから3日間、最高の作戦と部隊を用意する時間だ。そして、鎖の位置を把握でき、今のところ鎖の洗脳が効かない私は、部隊に入ることは確約されている。
漣さんには手酷くやられている。次はああはいかない。
扶桑姉様の処遇は、視野を広げるために率先して他人と関わりを持たせようとした司令官の考えから、なるべく大人数で行われる訓練や任務に参加してもらうというスタンスになっている。まだ私か山城さんが側にいる必要があるが、妹以外に友人を作ることができればいい。
コミュニケーション能力が振り切れている金剛さんとレキさんはその筆頭。レキさんは最初、春風のように顔を見ただけで襲い掛かりそうだったが、私が説明したら簡単に仲良くなってくれた。割り切り方が普通と違う。今が味方なら、前に敵でも知ったことはないというスタンスだ。春風に爪の垢を煎じて飲ませたいレベル。
「ここの子達は……本当に優しい子ばかりね……」
「ここもいろいろありますからね。浄化された元深海棲艦は全員元々敵対していた上に、その時の記憶も持っていますから」
ガングートさんとウォースパイトさんが該当者。私達と敵対した記憶を持っていても、今では共に戦う仲間だ。ガングートさんはライバル視している山城さんと競い合い、ウォースパイトさんは私を守る盾として活動している。
「……敵と手を取り合うだなんて……考えたことがなかったわ……」
「この鎮守府が特別なんですけどね。でも、この鎮守府に配属されていることを誇りに思いますよ。そうでなければ私は扶桑姉様に出会えませんでした」
「……そうね……ここで本当に良かったわ……」
少しずつだけど、扶桑姉様は一歩ずつ前に進んでいる。未だに扶桑姉様を敵として見ている者は、この鎮守府にはもういない。
春風もあんなことを言いながらも敵対しようとはもう思っていないだろう。今の春風は私の身体の変化も受け入れている。あとは私の姉として存在する扶桑姉様が受け入れられないだけ。可愛い嫉妬だ。根が深すぎるが。
「私は……春風とも仲良くしたいわ……同じ半分この艦娘なんだもの……」
「そうですね。まだあの子は割り切れてないんですよ。時間をかけていきましょう。何かキッカケもあるでしょうし」
まだ見つかっていないだけかもしれないが、この世でたった2人の半深海棲艦だ。運良く同じ場に集まることが出来たのだから、いい関係でいてもらいたい。すぐに仲良くなれないならそれはもう仕方ない。このくらいの問題なら時間が解決してくれるはずだ。同じように嫉妬したレキさんや瑞穂さんとも今はいい付き合いが出来ているのだから。いっそ瑞穂さんの時のように演習してぶつかり合えばいいかもしれない。
「そう……キッカケさえあれば……」
春風がずっとコソコソこちらを見ているのはわかっている。私が扶桑姉様と一緒にいるからこちらに来れないでいるような動き。
「はぁ……春風、コソコソしない」
「は、春風はここにはいません」
「誰を相手にそれを言っているのかしらね」
廊下の角まで走り、無理矢理手を引っ張る。ちゃんと朝潮型の制服に着替えた春風が扶桑姉様の前に現れた。一緒に寝た仲だというのに、まだ余所余所しい。嫉妬からの仏頂面はレキさん以来。
「春風……貴女は私の先輩なの……いろいろ教えてほしいこともあるわ……」
「せ、先輩……」
あ、気持ちが少し揺らいだ。
春風は扶桑さんがこの世界に生まれ落ちるよりもずっと前からこの鎮守府にいる事になる。見た目と年齢が全く一致しない、艦娘特有の現象。さらにいえば、半深海棲艦として生きてきている時間も春風の方が長い。そういう意味でも春風は先輩になる。
「……貴女も辛いことがあったと思うわ……でも……それを朝潮に乗り越えさせてもらったのよね……」
「……はい。そういう意味ではわたくしも扶桑さんと同じです。御姉様に受け入れてもらい、妹として見てもらえるようになって……」
「本当に私と同じなのね……」
そう、まったく同じ。私の姉扱いか妹扱いかなだけであり、経緯は本当に同じ。精神的な侵食具合なんて、今はもう大したことではない。
産まれのせいで酷い目に遭い、心に大きな傷を持ち、ようやくこの鎮守府で
「私の知らない朝潮を……いっぱい知っているのね……」
「はい、勿論」
「教えてもらえないかしら……貴女の姉のこと……私の妹のことを……」
もしかしてこれ、私の前で話をされるのだろうか。人様に話される自分の武勇伝ほど恥ずかしいものはない。
「あの、それはまた後日でもいいのでは」
「朝潮……私は春風と仲良くしたいの……わかってちょうだいね……」
「その話、瑞穂にもお聞かせください」
「ーーーー!?」
驚きすぎて声すら出ていない春風。まぁ来るだろうとは思っていた。神出鬼没もここまで来ると、どのタイミングで現れるか楽しみになってくる。稀に電探の反応すら凌駕してくるので、私としてはそちらが驚き。
「ちょうど談話室にお座敷も出来ましたし、ゆっくりお茶でもしながら」
「そうね……まだ時間はあるし……」
「わかりました。扶桑さんと瑞穂さんに御姉様が何たるかを知っていただきましょう。お二人の知らないこと、多くあるはずですし」
扶桑姉様と瑞穂さんに両サイドから担ぎ上げられた。やはり私の目の前で話をされるらしい。これはもう羞恥プレイの一種。
「まずはやはりわたくしとの馴れ初めから」
「それが一番聞かれたくないんだけど……」
「何を仰いますか。昨日にさんざん聞かれているのですから、恥も何も無いのでは」
聞かれていると春風は言った。つまり、昨晩の一件も、全て工廠に筒抜けだったということか。それにしては霞が冷静だった気がするが。
「まずこちらが当時の音源。そしてこちらが昨晩の音源」
「ちょっと!?」
「どちらもわたくしの大切な宝です。わたくしを作り上げた瞬間、御姉様を救った瞬間、わたくしの誇るべき思い出なのですよ?」
「当時のはもういい、諦めた。だけど昨晩って何!?」
3人が3人、瞳の中で狂気が渦巻いていた。全員扶桑姉様に引っ張られている。私の意思は、もうここには無かった。
その後、談話室で白露さんと皐月さんが合流。春風や霞ですら知らない、最初期の私の失態まで暴露される羽目になった。ケーキのアレとか、顔面爆撃のソレとか。ついでに春風の持つ当時の音源まで披露されたので、細かく知らなかった皐月さんに白い目で見られることに。
ただ、このやりとりで春風と扶桑姉様のわだかまりがある程度消えたのは嬉しかった。私が酷い目に遭うだけで済んだのだから、これくらいなら安い。
いや、安くない。やっぱり人前で武勇伝はキツイ。
自分で話すから笑い話に出来るのであって、人から話されるとただの羞恥プレイになる。朝潮の失敗談は結構あるので……。