霞は何度も訓練を続けた。思うところがあるのはわかるが、私、朝潮以上に身体に鞭を打っているような気がしてならない。当然訓練を繰り返すうちに、動きが悪くなってくる。最初は避けられた攻撃も、今ではまったく避けられていない。当然だ。誰だって疲れればそうなる。
それでも私は一切容赦しなかった。霞はそれを望んでいる。そういうところは妹なだけあって私と似ていると思っている。私も手を抜かれるのは気に入らない。
「霞よぉ、一回休憩しようぜぇ」
「まだよ……」
「あたしらが疲れたんだっての」
深雪さんが中断を求めるが、霞は頑として譲らない。ここまで来ると訓練ではない。一方的に嬲っているだけに思える。最初は霞との訓練を比較的楽しんでいた私だが、もうそこまで楽しくなかった。
「霞、一回終わり。動けてないわ」
「私はまだ出来るわよ……」
「出来てないから言ってるの。せめて脚の震えを取ってから言いなさい」
立っているのもやっとというくらいに見えた。身体を酷使しすぎ。最高のパフォーマンスを出すためには、適切な休息も必要。成長したいなら尚更だ。
「ならもういいわ……次は神通さんのとこ行ってくる……」
「霞、休みなさい」
「そんな余裕無いのよ……」
こうなったら意地でもやめないだろう。全員の心配を余所に、霞はまだ身体に鞭を打とうとしている。こうなると成長は見込めないだろう。
なら、実力行使しかない。
「霞、休みなさい」
艦載機を脚にぶつける。軽めに当てただけでも、立ち上がれなくなっていた。疲労困憊。さっきも何とか立っていたくらいなのだろう。ここまで来るとお風呂に行ってもすぐには疲れが取れない。
「何すんのよ!」
「立ち上がれないくらい疲れてるのよね。休めと言っているの。嫌だと言っても休ませるから」
艦載機6つ総動員で強引に霞を引きずる。持ち上げられなくても6つ使えば引っ張るくらいならできた。
抵抗すらできないほど疲れているのなら、入渠まで視野に入れなくてはいけない。もうさすがに霞の意思は尊重できない。
「私は! まだやれる!」
「そう、なら無理矢理休ませるわ」
仰向けになるように海に放り投げ、瑞穂さんの見様見真似で鳩尾に艦載機を叩きつける。まったく抵抗が無く、何も言わずに気絶してしまった。
「容赦ねぇなぁ女帝」
「いつもの霞ならこんなの避けますし少なくとも防ぎます。そんなことも出来ないくらいなんですから、殴ってでも止めますよ」
霞を担ぎ上げて工廠へと戻る。霞は体調不良かのようにグッタリしていた。
霞が目を覚ましたのはお昼前。訓練が終わり、私は霞についていることにした。眠っている霞を溺れさせないようにどうにかお風呂に入れて体力だけは回復させ、今は医務室。
「ここは……」
「医務室。お風呂も無理矢理入れたから」
身体を起こした霞を睨みつける。ここまで消耗するほど無理をするのは流石の私も許容できない。無理し続けた私ですら倒れることは無かった。
「お風呂……なら疲れは取れたのよね。訓練行ってくるわ……」
「行かせると思う?」
「姉さんは同じようにやってたでしょ。文句言わないでもらえる?」
「私は歩けなくなるほど無理したことは無いけど? 激しい頭痛があってもお風呂には自分の足で行ったわ。だから無理矢理寝てもらったんだから」
まだ訓練をしようとする霞だが、身体を起こす以外に出来ていない。お風呂に入っても、まだまともに身体が動かないのだろう。そんな状態でここから出ても、さっきの二の舞。何も出来ず一方的にやられて、ここにとんぼ返りするのがオチ。
「ここから出ていきたいなら、私を納得させなさい。何をそんなに焦っているの」
訓練を始める前に言っていた『早く強くなりたい』という言葉がどうにも腑に落ちなかった。
霞は充分に強い。雷撃に完全特化している分、これまで駆逐艦の中では雷撃トップだった初霜さんを追い抜くほどに成長した。雷撃は適材適所なため、頻繁に任務に駆り出されることは無いが、それでも頼りになる戦力だ。
強くなりたいというのはわからなくはない。今の敵はそれだけ強大。随伴処理にも充分以上の戦力が必要になる。そうだとしても、霞の訓練の仕方は無理が過ぎる。焦りすぎ。
「焦ってなんかいないわ」
「ならなんでこんな訓練を始めたわけ?」
「姉さんには関係ないでしょ!」
どうしても私に知られたくない理由があるみたいだ。ここまで反発してくるのは初めてかもしれない。
「そう……私にも話せないような理由なんだ」
「いくら姉さんでも聞いてほしくないことくらいあるわ。だから、私の好きなようにさせてよ」
「私の訓練に対して無理を通り越して無謀なんて言った子のやってる事とは思えないけど」
睨み合いの状態。私は霞に行かせたくない。霞は私を退かしたい。霞が強情なのはわかっている。決して引くことはないだろう。理由を言うこともない。
私は霞が心配なだけだ。訓練で身体を壊すなんてことで戦線離脱は避けてほしい。私は霞と一緒に肩を並べて戦いたいのだ。
なら、身体に聞くしかあるまい。もう少し身体を壊してもらうことになるが、素直に話をするようになるくらいまでは痛めつけないとわかってくれないだろう。
「わかった。そんなに訓練したいなら、私だけが相手してあげる。他の人に迷惑かけないで」
「都合がいいわ。姉さん相手なら一気に強くなれる」
ベッドから降りても少しフラついていた。それでも手は貸さない。自分の足で歩けないような子が、ただただ駄々を捏ねて私に反発しているのなら、縛り付けてでも医務室から出さない。瑞穂さんも動員しよう。
だが、確固たる意思で私に反発しているなら、その覚悟を見せてもらわなくてはいけない。甘やかしちゃいけない。
「もうやめてと言うまでやるから」
「上等よ。姉さんが音をあげるまでやってあげる」
春風の時と同じ、これは喧嘩。初めての姉妹喧嘩だ。
昼食前ということでそんなに時間は無いのだが、霞が望むのだから仕方ない。他の訓練や演習をしていた人達はもう海上に残っていない。私と霞しかいない状態。
「霞、もう終わり? 私、ここから一歩も動いていないんだけど?」
さんざん痛めつけ、艦載機で海上に這いつくばらせている。雷撃の精度も落ちに落ち、タイミングもメチャクチャ。その程度の魚雷なら艦載機での射撃で近付く前に破壊できる。結局私は一歩も動くことなく、行動予測すらすることなく、霞に完膚なきまでの勝利をしている。
疲れが溜まっているのは目に見えていた。どれだけハードな訓練をしてきたというのだ。
「まだ……まだよ……」
「そう。じゃあ早く起きなさい」
「まだ……」
ほとんど気を失いかけている。こんな状態では、何をやっても無理だろう。だが霞は意地になって立ち向かってくる。
「起きなさい」
「っ!?」
艦載機を脇腹に入れ、痛みで意識を覚醒させる。
「まだやれるんでしょ? 起きなさいよ」
「っぐぅ……」
立ち上がれない霞に爆撃。自分が今どれだけ消耗しているのかわからせてあげないといけない。気絶なんてさせない。泣いて許しを請うまでは続ける。
やはり深海艦娘化の影響は大きいようだった。痛めつけることに抵抗が無い。こんなことしているから、深雪さん達に女帝などと呼ばれるのだ。
「いい加減にして霞。理由を教えなさい」
「姉さんにだって言えないわよ……こんな恥ずかしいこと……!」
意地と根性で立ち上がり、魚雷発射管をこちらに突き付けた。
恥ずかしい理由でここまで意固地になるとはどういうことなのだろう。これはこの場で聞き出さなくてはいけない。
「恥ずかしい? 何よそれ」
艦載機を腕に当てて、魚雷が真下に発射されるように動かす。思惑は見事うまく行き、霞は自爆することに。大きな水柱が立ち、ペイントが全て落ちるほど水浸しになった。
「けほっ……えふっ……滅茶苦茶じゃないもう……昔の姉さんはもういないのね……」
「……どういうこと?」
咳き込んだのもあるが、霞は少し涙目だった。さっきまでの剥き出しの闘志が、今は薄れている。水柱を受けて頭が冷えたか。ようやく何か話をしてくれる気になったのかもしれない。
「姉さんは私が守るって決めてたのに……もう姉さんにそんなのいらないじゃない……。それに……姉さんの周りには私が必要ないくらい人がいるもの……そんなの……そんなのもう嫌なのよ!」
この一言から、堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「攻撃できない姉さんを守るために私はずっと努力してきたの! 私だって魚雷しか使えないけど、それでも敵を近付けさせないようには出来た! 姉さんを傷付ける敵は全部許せない! だから! 私は強くなるって決めてたのよぉ!」
「え、えっと、霞?」
「それなのに姉さんは私の手が届かないところまで行っちゃって、守る必要がないくらい強くなって! 挙句に艦載機!? 無茶苦茶じゃない! 何が朝潮型駆逐艦よ!」
もしかしたらこれ、理由を聞き出してからの方が面倒なタイプだったかもしれない。霞は思った以上に鬱憤を溜め込むようなところがあるし。私はストレスで一時的に記憶障害になってしまったが、霞はもしかしたら私以上にストレスを溜め込んでしまっているのでは。
「それでもまだ側にいられるって思ってたのに、私以外に守ってもらった方がいいくらいじゃない! 大潮姉さんも春風も駆逐艦なのに駆逐艦以上のスペックだし! レキなんて私よりちっちゃいのに戦艦レ級だし! 壁役ですらウォースパイトさんがいるし! 魚雷の火力とか精密性とかで勝負したいのに馬鹿みたいな火力の扶桑姉妹まで抱え込むし! 身の回りのお世話すら瑞穂さんに取られたし! もう私いる必要ないじゃない!」
「お、落ち着いて霞……」
「私がどれだけ努力しても誰にも勝てないなんてズルイ! 私が一番姉さんの側にいたのに! みんなが私から姉さんを持ってっちゃう! だから誰よりも強くなるために訓練してたの! 早く強くならないと、姉さんがもっと私から離れちゃう!」
ワンワン泣きながら捲し立ててきた。こういう形ででもストレスが発散できればいいとは思うが、そんな大声で叫び続けてたら、他の人にも全部聞かれてしまう。それすらも気が回らないくらい焦っていたのかもしれない。
「瑞穂さんや叢雲に行動予測も教えてもらって! 自分なりに出来るようになってきて! これなら姉さんを守れるって思ってた! でも、そもそも姉さんに攻撃当たらないじゃない!自分の身を守らせたら無敵みたいなものでしょ! やっぱり私の努力意味ないじゃない!」
「いや、そんなことは」
「結局私が守られてばっかりで! 姉さんが攫われたときも何もできないし! 自分が弱すぎて大っ嫌いになったわよ!」
悲痛な叫びだった。今の霞は自己嫌悪と劣等感の塊だ。その中心にいるのが私。
私の周り、深雪さんの言う朝潮帝国の中で、霞は唯一の普通の艦娘。半深海棲艦である春風と扶桑姉様、元深海棲艦であるウォースパイトさんと瑞穂さん、純深海棲艦であるレキさん、深海艦娘である大潮、艦娘だけど次元を超えてしまった山城さん、そして霞。
基本スペックだけでいうなら、確かに霞は最も普通。だからこそ、周りの高スペックを見て自分が弱いと思ってしまっている。そんなことないのに。
「なんで素直にそれを話してくれなかったのよ……」
「話せるわけないでしょ! こんな恥ずかしいこと、姉さんには特に言えないわよ! 今言っちゃってるけど!」
まぁ霞の性格ならこんなこと誰にも話せないだろう。ストレスを溜め込む上に、少しプライドが高い。自分の弱みを露見するなんて以ての外。
「はぁ……霞」
「何よぉ! 弱い私を笑うつもり!?」
「お馬鹿」
艦載機で頭をど突く。もう立っている気力すらなくなり、その場に崩れ落ちる
「もしかしてそんなことで見捨てられるとでも思ったわけ? 馬鹿じゃないの?」
「ば、馬鹿って」
「私が霞を見捨てるわけないでしょうが。むしろ一番頼りにしてるわよ」
呆れたが、霞にそういう一面があることが、それを思い切り私に吐き出してくれたのが嬉しかった。無理して潰れる可能性の方が高かっただろう。そうなっていたら、霞は二度と立ち上がれなかったかもしれない。たまにはこうやって吐き出さないと。
それに、私は今でも霞を頼りにしている。無理をする私のストッパーは大体霞だ。今でこそ何人かがブレーキをかけてくれるが、まずそれを言い出すのは霞。口煩いオカン気質には本当に助けられている。
「私は霞がいたからここまで来れたのよ?」
「本当に……?」
「私が右腕が捥がれた時も側にいてくれたじゃない。『未来予知』の訓練も私の負担を気にして止めてくれたわよね。それに……私がこの身体になった時、一番悲しんでくれた。充分すぎるほど心の支えよ」
頭をポンポン叩いてから、肩を持って立ち上がらせる。多少は休憩が出来たようで、自分の足で立てるくらいにはなっていた。それでもしっかり私の腕に抱き付いてくる。まだ支えがないと動けないくらいか。
「姉さん……姉さんが文句言っても私が一番側にいるから」
「お願いね。その代わり、こんな無理な訓練はもうやめて。霞は充分強いわ。雷撃担当、期待してるわ」
「任せて。姉さんを守れるのは私だからね。他の誰でもない、私だからね」
霞の目からは断固たる意思を感じた。もう霞がここまでの無茶はしないだろう。自分が弱いなんていうことも思わないだろう。私が保証する。霞は強い。
その瞳の奥にハートマークが浮かんでいたのは気のせいだと思いたい。
朝潮が途中から常軌を逸した戦術を取るようになったため、結果的に霞がコンプレックスを持つという皮肉。一般人代表みたいになってしまっている。