深夜の深海艦娘の暴走はなんとか鎮圧できた。しかし、私、朝潮は帰る部屋が破壊されてしまっている。外に避難した人達も、その半数近くが部屋を破壊されてしまった。設備も思ったよりやられており、まともに残っているのは、扶桑姉様が死守したお風呂と、散らかったくらいで終わった談話室、そして執務室だけ。
「この一晩だけは毛布で我慢してもらえないか。朝、改めて状況を確認する。部屋がまだ残っている者はそこで、残っていない者は残っている者の部屋、もしくは談話室で身体を休めてほしい」
幸い、霞の部屋はまだ破壊されていなかったため、私は霞の部屋に身を寄せることに。談話室も散らかってはいるものの辛うじて残っていてくれたおかげで、外で眠らなくてはいけないような人はいないようだ。
この場にいると頭痛が酷い深海棲艦組は、一時的にセキさんの陣地に行ってもらった。深海艦娘を暴走させる何かは、鎮守府内のみに作用しているらしく、陣地まで行けばスッキリしたようだ。
「申し訳ございません。医務室も破壊されており、瑞穂も眠る場所が無く」
「仕方ないわよ。それに、今回も瑞穂さんには大分助けられたから」
「本当に助かりました。ありがとうございます」
瑞穂さんも霞の部屋で一晩寝泊まり。扶桑姉妹の部屋もギリギリ残っていたようで、なんとか一夜を過ごすことは出来そうだった。
翌朝。明るい中で見ると、改めて被害が甚大であることがわかる。執務室から工廠へ続く廊下がその最たるもの。1階から3階までが吹き抜けになってしまっている。壁も殆ど無く、あの時の戦闘が激しかったことを物語っていた。主にやらかしたのははちさんの陸上魚雷ではあるが。
「援軍の子達は、鎮守府修復の間は浦城君の下へ帰投してほしい」
「了解しました。再建が終わり次第、また参ります。こればかりは我々もお手伝いできませんので」
苦笑する神通さん。鎮守府再建を手伝える艦娘など、工作艦くらいしかいないだろう。
部屋数が少なくなったというのもあるが、鎮守府がこんな状態ではまともに北の攻略は出来ないだろう。現在妖精さんが見積もりを出しているところだが、最速でも1週間近くはかかるとのこと。
ただ、元に戻るどころか以前よりも良くしようとしているそうだ。部屋数も多くし、さらに暮らしやすい鎮守府にバージョンアップする。
ということで、援軍の方々は一時帰投。また、長門さんも元帥閣下に現状報告をするために一時帰投することに。
妨害が通信機器にも影響しており、現在の鎮守府は文字通り孤島になってしまっている。すぐ直るとは思うものの、結局のところ半壊した鎮守府で暮らしてもらうには難があると判断したからだ。
「さて、これで次の問題に取りかかれるね」
「深海艦娘の件ですね」
正規メンバーのみとなった鎮守府。次は再建よりも早く対処しなくてはいけない問題。深海艦娘の洗脳を解くことである。
現在敵対している9人は、首から下が覆われるほどの大きな袋に詰められて徹底的に拘束した状態で、半壊した深海艦娘の詰所に拘留されている。一切の身動きも取れない状態だ。一晩経った今でも洗脳は解かれておらず、あの電さんですらこちらを噛み付いてきそうだった。
「漣君と睦月君に何かがあると見て間違いは無いだろう」
「ここまで来ると、小型艤装しかありませんね」
救出したときに小型艤装の切除を渋ったのは、覚悟をする時間が欲しかったわけではなく、深夜の作戦のために必要だったとしか思えない。
私の電探に不調が出たのは深夜からだ。それまでは普通に動いていた。レキさんも身体の不調を訴えていない。ということは、夜になって何らかのシステムを起動させたのだろう。あの時に2人が持っているものなど、切除していない小型艤装しかないはずだ。体内と言われてしまうとお手上げ。
「私と姉様で剥がすわ。姉様に押さえつけてもらって、私がいつものようにすればいいでしょ」
「うむ……それが一番か」
「さすがに今回は躊躇いがないわ。ここまでされたんだもの」
今回はセキさんに調査を依頼することも出来ない。レキさんと同じで頭痛に苛まれることになってしまう。明石さんもある程度は深海の知識を取り入れたので精密検査は出来るが、詳細はやはり本家に見てもらう方が早い。
「説得が出来ればいいんですけどね。洗脳されていても、恐怖心とかはそのままなのはわかりましたし」
「あちらの機密をペラペラ喋ってくれればいいんだけどね」
一筋縄ではいかないことは明白だった。やはり小型艤装の切除が一番手っ取り早いか。
「まずは施術をしよう。今回に限り、本人の意思は聞くことは出来ない。あれがある限り、我々に勝機は一切無いだろう」
「了解。じゃあ私の艤装の修理が終わり次第始めるわ」
山城さんの艤装は現在修理中。修理完了は午後とのこと。その後に私の艤装の修理が始まる。戦場に出られるのは少し先となりそうだ。
午後、簡単な昼食も終え、2人の小型艤装切除の施術が始まる。
「……先に睦月……やるわよ……」
詰所に入る扶桑姉様。その姿を見ただけで、洗脳されているはずの電さんがガタガタと震え始めた。脳震盪を起こすほどのデコピンを喰らったトラウマは、大分根深く刻み込まれていたようだった。
むしろ、ここの9人のうち4人は扶桑姉様にやられている。圧倒的な力に成すすべなく淘汰された。トラウマはいくつも刻まれているだろう。
「なっ、何をされても睦月は屈しないぞよ!」
「頑張りなさい……って……臭いわね……」
「誰のせいだと思ってるにゃしぃ!」
臭いの元は、大淀さんにやられた潮さん、皐月さん、叢雲さん。あの戦闘の後、誰も洗浄されていないせい。詰所は酷い臭いに包まれている。これもまた拷問の一種なのだろう。食欲すら失われている様子。
「全部終わったら洗ってあげるわ……この子達が情報を話さない限り……貴女達はずっと臭いままよ……」
汚いものを摘むように睦月さんを吊り上げる。ここにいるだけでも服に臭いが付いてしまいそうだった。
「持ってきたわよ……」
「酷い臭いね……施術するの嫌になるんだけど」
首輪の分解の仕方は明石さんがセキさんに教えてもらっているので、簡単に分解。その間も睦月さんはジタバタもがいていたが、扶桑姉様の腕力で明石さんの邪魔にはならなかった。
「小型艤装の形が今までと違う。やっぱりこれが原因だったんだ」
「これ、私が触っても大丈夫なやつ?」
「なんとも言えないので、これを付けてください」
明石さんが使っている手袋を渡す。素手で触るよりはマシだろう。今までとは違うタイプなので、念には念を入れている。
「姉様、しっかり押さえててください」
「ええ……準備はいいわ……」
「睦月、アンタも覚悟しなさい。せーのっ!」
いつもと違いカウントダウンすらなく、覚悟する時間も殆ど与えずに小型艤装を吹き飛ばした。今回はより深く根を張っている可能性も考慮し、僅かにだが肌も削ぐ勢い。
破壊された小型艤装はいつも通りに木っ端微塵となったが、溢れる血の量が尋常ではなかった。やはりより深く突き刺さっていた様子。
「ひぎゃあああああっ!?」
「暴れないで……」
暴れるなというのは無理な話である。
この施術も、もう5人目(叢雲さんは龍田さんが破壊したので除く)。淡々と高速修復材が塗られ、必要最小限で完了。あとは痛みが引くのを待つのみ。
「朝潮、電探の索敵範囲は?」
「拡張されました。ですが、まだ半分程度ですね。おそらくですが、漣さんと睦月さん2人分の効果なんでしょう」
「なら漣にも同じことをすれば終わりかしらね。まだ何とも言えないけど」
扶桑姉様が押さえつけても痛みで悶え苦しむ睦月さんを尻目に、次の計画を立てている。誰もが心身ともに疲れ切っていた。いろいろと余裕がない。司令官ですら、少し疲れが見え、言葉数が少なくなるほどだ。
「ひぃ……ひぃ……こんなに痛い思いをしたのに……誰も睦月のことを見てくれないとか……」
「こっちも寝不足で余裕が無いのよ。どうせまだ洗脳されたままなんでしょ。向こうで何をやられたのか話せる?」
「べー。誰が言ってやるかー」
漣さんの施術も終わらせない限り、洗脳は続くようだ。たった1人で鎮守府全体を覆うみたいなので、私の電探に近いくらいの範囲なのはわかった。2人がかりともなると私の電探も押さえ込まれるほどの障害になるということも。
「痛みは……引いたかしら……」
「もう痛くは無いけど、何も話さない! 睦月は口が固い女にゃしい! お姫様との約束は破らないよ!」
「そう……なら漣を持ってくるわ……」
また睦月さんを摘まみ上げると、血塗れにも関わらず詰所に運んでいく。視覚効果がすごい。睦月さんが袋に詰められている挙句、扶桑姉様も睦月さんも血塗れのため、完全に死体を運ぶ殺人犯。
「提督、ものすごーく残酷な提案なんですけど」
「何かな明石君」
「漣の小型艤装、形をそのままで摘出したいんです」
つまり、山城さんによる一瞬で破壊する手段を使わず、引き抜くなり何なりで残したまま排除したいということ。
一瞬で破壊するのは、される側のリスクを最小限に抑えようとする目的があった。が、形を残すということは、より長く苦痛を味わわせるのと同義。
「あれがある限り、深海艦娘の再洗脳がいくらでもやれるってことですよね。なら、あの艤装自体を解析する必要があると思うんですよ。遠隔で洗脳出来ているくらいですし、何か秘密があるかと」
「うむ……だが漣君に危険があるのではないかね?」
「なるべく辛くないように、山城さんにも頑張ってもらいます。弾き飛ばすんじゃなくて、摘んで引きずり出すというか」
恐ろしいことを話している。神経に繋がってしまった艤装を引きずり出すなんて、吹き飛ばすよりも酷い痛みに襲われるということ。ゆっくり引っ張るわけではないのでまだマシかもしれないが、それでも残酷な手段である。
「今後のためには必要かもしれないが、それはあまりにも残酷すぎる……。いくら我々を苦しめてきた漣君とはいえ……」
「なら、私がどうにかするわ。吹き飛ばすのと同じスピードで引きずり出す。必要最小限の痛みで終わらせてあげる」
山城さんなら出来そうなのが怖い。しかし、今後のことを考えれば、あの小型艤装そのものがあることは有用である。敵のことがさらに判明する可能性が高い。解析さえできれば、これ以上深海艦娘を増やさなくても済むかもしれない。むしろ、身体を治す方法すら解明するかもしれない。
「私は賛成です。漣さんには申し訳ないですが、得られる情報が大きい可能性が高いですから」
「うぅむ……確かに必要な情報が手に入る可能性はあるんだが……踏ん切りがつかないね。山城君、自信はあるかい?」
「言うに及ばずよ。漣もちゃんと助ける。他よりちょっと痛いくらいだわ」
そうこうしているうちに、扶桑姉様が漣さんを持ってきた。あの時の強烈な体験が心に刻まれてしまったのか、扶桑姉様に吊られた漣さんはやたら静か。
「許可しよう。山城君に自信があるというのなら、やってくれ」
「了解。じゃあ施術するわ。姉様、やり方を変えるので、固定の仕方を変えます」
今までは横から吹き飛ばすだけだったが、今回は真上に引き上げる。そのため、山城さんは漣さんに馬乗りになり下半身を固定。扶桑姉様は首と肩を支え上半身を固定。
「これ、めっちゃ痛いヤツじゃないですかね。いいんですかい。漣だって艦娘っすよ。殺すような真似して、良心痛まない?」
「あん? もう痛まないわよ。アンタで6人目、さんざんアイツらの血を被ってきたわ。むしろ絶対に動くな。死にたくないなら」
「動きたくても動けねーですよ。扶桑さん力強すぎ」
最後まで軽口と皮肉たっぷりの漣さんだが、これで洗脳が解けるはず。
「今までで一番緊張するわ……」
「大丈夫よ……私と……朝潮がついてるわ……」
扶桑姉様に目配せされる。何を言ってほしいか、何となくわかった。これで山城さんに気合が入るかはわからないが、扶桑姉様が合図してくるくらいなのだから、有効的なのだろう。
「頑張って、山城
時が止まったように思えた。
「ーーーーっ!」
流れるような動作で、漣さんの小型艤装を引き抜く。ブチリと嫌な音がしたが、指で弾き飛ばすよりも速いのではと思うほどの手際。
小型艤装は形をそのままに、漣さんの
「っぎっ!? いあぁああああっ!?」
「明石!」
「艤装貰います! 修復材!」
用意してあった箱に摘出した艤装を入れ、すぐさま修復材をぶちまける。あとはもう落ち着くのを待つのみ。
「朝潮、電探の索敵範囲は」
「元に戻りました。これで全員の洗脳も解かれたはずです」
私の索敵範囲はいつもの状態に戻っていた。おそらくこれで行動予測も可能。艤装さえ修理が終われば、すぐにでも戦線復帰できる状態となった。
漣さんから剥がされた時点で、小型艤装のシステムは機能を停止しているようだ。単体では機能しないものと見てよさそう。
「ホッとしたよ……これでようやく漣君を救えたわけだね」
「まだ痛ぇです! 漣結構ギリギリなんですけどぉーっ!」
「そんだけ喋れるなら充分よ」
一息ついて、山城さんも漣さんから離れた。痛みでジタバタするが、こちらに反抗してくる意思は見受けられない。漣さんの洗脳も、おそらくこれで解かれた。昨日は解けたと思った状態から深夜のアレだったわけで、正直まだ気が許せない状態ではある。
「はーっ、きっつ……全員こんなことやってたんですなぁ……」
「アンタの場合、全員よりもキツイ方法で取り除いてる」
「なんで!?」
「艤装が無傷で欲しかったのと、今までのアンタへの恨み辛み。皐月と潮と朝潮の分を込めたわ」
「漣の意思じゃねーですけど!?」
ああ、これはおそらくもう大丈夫だ。洗脳されている状態と似たような話し方だが、敵意は一切感じられない。
「詰所の皆も拘束を解いてあげよう。あの臭いにもそろそろ限界だろうからね」
「そうです! あれなんなんですか!? 裏切り者への拷問にしてはベクトル違う酷さを感じられたんですけど!?」
とにかく、これで今回の件は解決出来ただろう。漣さんとの長い戦いも幕を閉じた。漣さんは今後、いろんなことで弄り尽くされると思う。覚悟しておいた方がいい。
ようやく臭いも取れ、深海艦娘組全員はお風呂へ。私達も施術後の臭いを取るためにお風呂に入る。ここも破壊されていなかったのはありがたかった。お風呂だけは守ってくれた扶桑姉様に感謝。
「睦月は明石さんのお手伝いをするね。せっかく工作艦のパワー持ってるし。罪滅ぼしにゃしぃ」
「漣は……まぁ普通に情報提供をば。向こうのブッキーの次に弄られてたと思うし」
新規の2人は違った意味でこれからの戦いに重要だった。
睦月さんは自分でも言っているように工作艦の力がある。鎮守府を内部崩壊させるために植え付けられた力だが、味方になれば力強い。再建している鎮守府では、これ以上の力はないだろう。
漣さんは覚えていることを全て話すだけでこちらが有利になる。流石に一番重要な部分は漣さんにも伏せられているとは思うが、充分すぎるほど有益な情報を持っている。
「とはいえなかなかやってくれたわ……。鎮守府半壊よ。援軍も一回帰投させるレベルだなんて……」
「今までに無いダメージですね。復興に1週間はかかると聞きました」
「深夜に襲われたから寝不足だし……。漣の時に手元が狂わなくてよかったわよ」
最後の山城さんは凄まじかった。素早く正確に小型艤装を抜き取る姿は、惚れ惚れするほどだった。
「あの集中力、凄かったです」
「私の妹だもの……私と同じで……妹の声援は力になるのよ……」
「ああ、だからあの時」
あの時のことをしっかり覚えている漣さんがニヤニヤし始める。この人は敵でも味方でもこういう性格なんだなとここでよくわかった。
「ま、まぁ、私は末っ子だし? 妹ってのもいるといいなとは思ったりしたこともあるけども?」
「朝潮は私の妹……だったら……山城の妹でもあるわ……ねぇ、朝潮……?」
「えっ、あ、はぁ、それを望まれるのでしたら」
扶桑姉様の言い分もわかる。扶桑姉様は姉なのに、その実の妹が私の姉でない道理はない。うん、一理ある。あるはず。
「山城姉様」
「……よし、今後それで行きましょう。決定」
お風呂の効果もあるのか、山城さん……いや、山城
「これで晴れて扶桑型3番艦だねぇ朝潮」
「今なんだったっけ? 朝潮型駆逐艦1番艦で、扶桑型
「下手したら神風型とかQueen elizabeth級とかも乗せられそうなんですが」
全部乗せたらそうなる。もう私の立ち位置は滅茶苦茶だ。
「盛りすぎぃ! 朝潮大先生ちょっとやり過ぎなんじゃないの?」
「漣、朝潮は先生じゃない」
「女帝なのです」
「女帝て」
漣さんにまで引かれた。もうどうとでもなれだった。
山城がどんどんスタープラチナとなってきていますが、いくらこんな普通とは違う鎮守府でも時間を止めたりすることは無いのでご安心ください。