翌日からは鎮守府再建をしながら最終決戦に向けての準備となる。あちら側の吹雪さんは、漣さんの情報により、本当の怪物に改造されているということがわかった。せめて扶桑姉様に勝てるくらいの戦術がないとどうにもならない。準備として最初にやるのはとにかく訓練だった。
漣さんから無傷で摘出した小型艤装は、現在明石さんとセキさんが調査中。その間の装備のメンテナンスを睦月さんがやれるようになったおかげで、作業効率はかなり上がっていた。
「再建が終わるまでに調査完了が目処です。セキちゃんでも難しいみたいで」
「普通の深海艤装とは全く違う作りだ。我々も慎重に触らなくてはいけない」
漣さんから離れた時点で機能は停止しているが、何がキッカケで再起動するかわからない。再起動したら最後、再び深海艦娘は洗脳され、再建された鎮守府がまた壊れてしまう。それだけは避けなくてはいけない。
「君達も気をつけるんだよ。君達が洗脳されるようなことがあったら、この鎮守府は終わりだ」
「わかってますって。私もセキちゃんも直に触れないように調査してきます」
「時間ならいくらでもかけてくれて構わないからね」
とにかく安全第一。こればかりは急いだら最悪な状況に持っていかれることだってあるのだ。
「あとは、再建中にあちらの吹雪君が攻め込んで来ないことを祈るだけだ」
「今来られたら辛いですね。また深海艦娘が洗脳されて、電探が潰されて、深海棲艦組は頭痛で戦闘不能ですから。あちらの様子は随時確認できるくらい哨戒機飛ばしたいくらいですよ」
今まで戦ってきた敵の全ての能力を持ち合わせているとしたら、今の状況で交戦したら敗北必至。準備が出来てなさすぎる。
「元帥の爺さんにも連絡しておこう。赤い海の調査は今あちらに任せている状態だからね。吹雪君の動向は爺さんに任せることにする」
「最悪の場合、救出ではなく……」
「討伐になってしまうね……それだけは避けたいのだが」
敵を無傷で救出することを考えなければ、まだ戦えるだろう。だが、それをしてしまっては今までやってきたことが意味がなくなってしまう。どうにか避けたい。
「あとは……隠しておくことも出来ない。爺さんに朝潮君の現状を伝えておこう」
「卒倒しませんかね……可愛がってた朝潮がこんなことになってると知ったら」
「いやいや、いくら爺さんでもそこまでは」
その後、私の現状を知った元帥閣下は何を捨ててもここに来ようとしたらしい。赤城さんが引っ叩いてどうにか止めたようだ。せめて鎮守府再建まではここに来てもらっては困る。
今後の訓練は敵の吹雪さん対策に重点を置く。こちらにも吹雪さんがいるということで、呼称を白時雨さんと同様に変更。敵側は『白吹雪』、味方側は『黒吹雪』と呼ぶことに。
「私の方が敵みたいに聞こえない?」
「髪の色で判断してるからですよね。時雨さんの場合は制服まで統一されていましまけど」
「叢雲は元から白いようなものなのに」
少し不服そうな黒吹雪さん。白時雨さんの流れから、深海艦娘は皆『白』と付けるようになったことが問題。叢雲さんもそろそろ白叢雲になりそう。浦城司令官の鎮守府に叢雲さんがいるし。
白吹雪さん対策として、優先的に訓練の相手をすることになるのが扶桑姉妹と私、
訓練参加メンバーは、あの戦場に出られる全員から6人のピックアップ。1部隊で1人を相手するくらいでないと無理。それこそ、山城さんや天龍さんが戦ったという当時の戦艦レ級と同じ。
今回は鎖に関係なく山城さんも出撃可能にされた。扶桑姉様が敵であった時と同じく、抑止力が必要と考えられたからだ。戦闘の間、扶桑姉様を鎮守府に1人にしてしまうことが唯一の難点。
「私と朝潮でお相手するわ……」
午前の部の敵役は私と扶桑姉様、つまり海峡夜棲姫が受け持つことになった。想定している敵戦力と一番近い状態に出来ると思われる。行動予測と最大攻撃力のコンビということで、物凄く警戒されていた。
「これはまた……凄いね。勝てる気がしない」
「敵の吹雪、白吹雪だっけ? あれはこの状態を1人でやってくるんでしょ。これで勝てなかったら本番だと蹂躙されて終わりよ」
扶桑姉様のやる気と本気度合いを強めるため、私はお着替え。海峡夜棲姫としての着物姿になり、秘密裏に作っていたという深海棲艦っぽくなるというカラーコンタクトを入れる。これはうまいこと破壊を免れたらしい。こんなことをやるときが来たらと考えた扶桑姉様のリクエスト。私は今だけは朝潮型駆逐艦を完全にやめた状態。
「うわ、すっご。これ鏡で見てみた方がいいわ」
霞に言われて鏡を見る。扶桑姉様のように瞳が青白く光り、閃光が走っているようだった。赤く染まった瞳すら染め直されている。技術力が恐ろしい。
角と髪さえどうにかできれば、深海艦娘じゃない姿に戻れそう。今度打診してみよう。
「これはまた。深海棲艦なりきりアイテムとしてはすごい優秀」
「可愛い妹……本当に妹ね……最高よ朝潮……」
扶桑姉様に抱きしめられる。私の今の姿にテンションが物凄く上がっている。
「これで本当に……海峡夜棲姫ね……」
「そうですね。今の私は本当に深海棲艦の姿なので、敵役にものめり込めそうです」
本当なら海峡夜棲姫というのは2人で1つの艤装を使っているそうだ。さらにいえば妹の方が本体に当たるらしく、姉は戦闘補助。当然拳でどうこうするわけではない。
「さて、演習ですね。誰が相手になるんでしょう」
「……待って。何か気配を感じたわ……」
扶桑姉様が鎮守府の外を見た。こんなところで気配を感じるなんてことは早々ない。今は警護部隊もいつもの防衛線に出ているところだ。
だが、扶桑姉様が向いた方向は
「あ、近付いてきています。1体ですね。駆逐艦みたいですが……姫級!? 敵なら危険です! すぐに迎撃しないと!」
索敵範囲に反応が現れた。大きさからして駆逐艦、ただし姫級。反応から白か黒かなんて判定できないが、少なくとも扶桑姉様が気配を感じた時点で深海棲艦であることは確定している。
霞に司令官への伝言を頼み、工廠に一緒にいた扶桑姉様と黒吹雪さんを連れてすぐに出撃。指示を待っているうちに鎮守府まで近付かれてしまう。ただでさえ再建中だというのに、ここでまた破壊されてしまったら大変だ。
「お、来た来た。さすが朝潮ちゃん、索敵範囲広いね」
「……私がいる……」
そこにいたのは真っ白な髪の吹雪さん。つまり、最後の1人、白吹雪。自分の姿を見た黒吹雪さんは絶句していた。
他の深海艦娘と同様、黒塗りされた制服と首輪。見た目だけなら何も変わらない。漣さんの証言から、こんな見た目でも化け物であるらしいが、果たして。
「なんで南から……」
「北は防衛線張ってるでしょ。今回私非武装だからさ、無駄な交戦はしたくないから、すっごく大回りしてきちゃった」
既に鎖は繋がっていない。漣さんや睦月さんと同じ、遠隔操作でここまで洗脳された状態で来ている。赤い海だとか鎖だとかはもう関係無かった。いつでもここに来れるということだ。
「何をしに来たんです」
「お姫様からの言伝をいろいろと伝えてほしいって言われてね。だから非武装なんだよ。今日の私は伝言役」
確かに武器は持っていない。しかし、扶桑姉様と同じ力を持っているのなら、この状態からでも戦闘は可能。機関部さえあれば戦えてしまう。警戒態勢は一切解かない。
「その前に、こちらからも1つ教えてほしいことがあります」
「いいよ。何が聞きたい?」
「貴女は
今までの深海艦娘は、半深海棲艦でも気配を感じ取ることが出来なかった。あくまでも艦娘の外見を深海棲艦に近付けただけ。
だが、この白吹雪さんは扶桑姉様に気配を察知された。これは今までとあまりに違う。まるで艦娘の皮を被った深海棲艦。
「私が改造されてるのは漣に聞いて知ってるでしょ。そういうことだよ」
「……人工的な半深海棲艦ですか」
「さっすがー。お姫様のお気に入りなだけあるね」
もう北端上陸姫の技術はそこまで来ている。こちらのものなど優に超えている。ドロップを待つしかなく、さらにはそれが通常よりも低確率である半深海棲艦を作り出せるようになってしまった。深海艦娘よりも強力なスペックを持っているかは定かではないが、それでも扱いはまるで変わってくる。
半深海棲艦ということは、非武装というのも完全に嘘。いつでもこちらを攻撃できるのに、ただただ何もしてきていないだけ。それだけ自信があるということなのだろうし、任務じゃないからやらないという程度かもしれない。
「じゃあ質問答えたから、お姫様の言伝、伝えるね。朝潮ちゃんに『私達のモノをさんざん奪ってくれてありがとう。今度は貴女のモノも奪います』だって」
そもそも艦娘を物として扱い、仲間同士で争わせるような戦術を取ってきたあちらが悪い。私すら自分の物にしようとして、結果的にそれより多くの物がこちらに来ただけだ。奪われて然るべきの戦術に対して、文句を言われても困る。
だが、私のモノを奪うとはどういう意味だろう。皐月さんと潮さんと同じように、仲間を洗脳しようというのか。それとも、改めてここで鎮守府を破壊しようというのか。
「私の何を奪うと?」
「そうだねぇ。お姫様は朝潮ちゃんの全部が気に入っちゃってるからねぇ。楽しそうな顔も、悔しそうな顔も。いろんな顔が見たいんだってさ」
「余程変態なんですかね。奪ってどんな顔を? 怒り狂えばいいですか?」
時間を稼いで援軍を待つ。工廠にいたのだから、執務室からは近い。となれば、そろそろ誰かしら来るはず。
「お待たせいたしました。ある程度全員に言葉がけをしてまいりました」
「御姉様、ご無事ですか!」
瑞穂さんと春風が先行。扶桑姉様の襲撃の時を思い出す。
私の周りにすぐに人が集まってくれる。私が北端上陸姫から狙われているということを漣さんから聞き出しているからこそ、皆が私に過敏になっているところはある。
「いっぱい集まりそうだね。人望が厚いね」
「これまで頑張って生きてきた成果です」
「だからね、お姫様はそれを奪いたいみたいだよ。自分のものにできれば最高だってさ」
やはり、こちらを精神的に揺さぶる戦術。そうなると、周りの人達も危ない。この中で一番危険なのは黒吹雪さんだ。守りが薄い。
「話は変わるんだけど、朝潮ちゃんって深海忌雷って見たことある?」
「突然何ですか」
「質問に答えてほしいな。見たことある? 触手みたいなのが生えてる機雷なんだけど」
「知りませんよ」
見たことも無ければ聞いたことも無い。そしてそれがこの場に何の関係があるかもわからない。機雷というくらいなのだから、爆弾の類だろう。それが何だというのか。
「お姫様がね、深海忌雷を改造したんだよ。それがさ、すごいの。対朝潮ちゃんのためにわざわざ1つ作ったんだよ。面倒だからもう嫌だって言ってたけど」
「私に何をしようと?」
白吹雪さんが満面の笑みを浮かべた。
「電探とソナーに引っかからないで、深海棲艦の気配も出さない生体兵器って言ったら、驚いてくれる?」
気付いた時には遅かった。私の脚に触手が絡みつき、海中に引きずり込まれる。あまりに急、かつ強い力で、踠いても海上に浮上することが出来ない。沈められる直後に手を振っているのが見えたのが気に入らない。
「朝潮!」
「御姉様!?」
瞬間的に扶桑姉様と春風が反応してくれた。今までの経験上、半深海棲艦なら海中でもある程度活動が出来る。扶桑姉様が海中に潜って撤退したくらいなのだから、同じことが出来ている。
「ーーーー!?」
必死に手を伸ばすが、2人の手はどんどん遠のく。同時に、深海忌雷と思わしき物が脚から私の身体に上ってきた。触手を器用に使い、背中の機関部艤装の位置に陣取ると、5本の触手をそれぞれ首、両腕、両腿に巻きつける。
まずいと思った時には、機関部艤装を突き抜けて、深海忌雷本体から何かが私に突き刺さる。拘束されているし、海中だから、振り払うことも出来ない。
「ごぼっ!?」
何か、注がれている。この感覚、私は覚えている。
漣さんに鎖を巻きつけられて深海艦娘化させられたときの感覚と同じ。あの時と違うのは、頭の中が真っ黒に塗り潰されていく感覚まであること。私に効かなかった深海艦娘への洗脳が、今回は効いているような絶望的な感覚。
どんどん沈められていく。もう扶桑姉様も春風の姿も見えない。身体が海底にまで辿り着いた。人工島の側だからか、そこまで深くなく思える。それでも太陽の光は届かない。暗い、暗い、海の底。
もう肺の中の空気は出し切っている。だが苦しくない。何故だかわからないが、少し心地いい。
頭の中はどんどん黒く染まっていく。背中から注がれる何かは量を増している気がした。真っ暗だったのに、辺りが少し見える。私は気付けば全裸だった。沈むうちにこの背中の物に溶かされていたのかもしれない。生まれたままの姿にされても、海が冷たいとは思わなかった。
メキリと少し鈍い音がした。背中の物が、私に根を張ったような気がした。首や腕、腿に絡みついていた触手は気付いたら無くなっている。身体がビクンと脈打つ。もう頭の中は真っ黒だった。何も思い出せない。私が何故ここにいるのかも思い出せない。自分の名前すら思い出せない。
痛みも感じない。
冷たさも感じない。
もう何も感じない。
私が何者なのかわからない。
暗い黒い海の底で、私の意識はプツンと途絶えた。
深海忌雷、Z3の脚に絡み付いて以降、姿を現しません。ここでは残酷な兵器として出てもらいました。機雷なのに爆発しない。でも、違う意味で爆発している。