欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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深淵に染まる

()()()()()()()()()()()時、私は海の底にいた。

世界の知識は殆どない。頭の中もぼんやりしている。今の自分が何者であるか、元々の自分が()()であったか、何もわからない。

海の中だというのに苦しくない。周りはそこまで暗くなかった。仄暗い程度の海の底。私は自分の脚でそこに立つ。

 

生まれ落ちたばかりだというのに、私は服を着ていた。真っ黒に染められた、ノースリーブのセーラー服と、真っ黒なストッキング。二の腕まである手甲もある。全身黒尽くめになったが、何故かしっくり来た。肌の露出は極端に少ない。顔と肩くらい。

長い()()もリボンで結び、ポニーテールに。このリボン、ずっと前から持っていたように感じる。

 

頭の中が少しずつ鮮明になってくた。この世界に馴染んできたのだろうか。()()()()()()()()()()()()()()。私はこういう存在として生まれ落ちたということか。未だに自分の名前がわからないが。

 

「ーーーー」

 

誰かに呼ばれるような声がしたのでゆっくりと浮上してみる。海中だというのに、自由自在に動き回れた。私は潜水艦か何かなのだろうか。主砲も持っていないようだし。でも魚雷も持っていないから潜水艦としたらポンコツか。

海面に上がる。海上に脚をつき、立ち上がる。やっぱり私は海上艦、駆逐艦だ。太陽の光を浴びたら、思考が少しクリアになった。真っ黒なままではあるが。

 

「うわ、すごい。こんなに変わっちゃうんだ。お姫様の開発した深海忌雷すごいや」

 

白い髪の女が何か意味不明なことを言っている。

 

「さっき説明した通りだけど、深海忌雷に寄生されて、朝潮ちゃんは深海棲艦になっちゃいましたー。お姫様が朝潮ちゃんから奪ったものは、”記憶”と”絆”だよ」

 

周りを見る。白い髪の女は何もなっていないが、他の女達は傷だらけ。特に、白い着物の女はボロボロだった。片眼鏡の女もゼエゼエ言ってこちらを見ている。泣きそうな顔をしているが何故だろう。ケラケラ笑うこの白い髪の女が全てやったのだろうか。

 

「御姉様! わたくしのことがわからないのですか!」

 

黒い着物を羽織った女が私に向かって何か言っている。言っていることがよくわからない。

 

「わかってても関係ないんじゃない? だって、もう朝潮ちゃんは深海棲艦だもんね。半でも元でもなく、純粋にだよ」

「……やかましい」

 

あまりにうるさいので白い髪の女を殴っておいた。手甲で殴ったからそれなりに痛そうにしているが、無傷なのが腹立たしい。

 

「キャンキャン騒ぐな」

「おお怖。でも、私は貴女の味方だよ。貴女の敵は、あっち。ほら、艦娘だよ」

 

言われた方を見る。さっき私に何か言っていた黒い着物を羽織った女。片眼鏡の女。白い髪を2つに結んだ女。白い着物の女。何やら艶やかな女。短い黒髪の女。椅子に座った女。あとはこの白い髪の女を黒くしたような女。全員がボロボロ。

どう見てもこの白い髪の女の方が敵だった。まず何より気に入らない。それだけで充分。

 

「敵はお前だろ」

 

もう一発殴っておいた。グチャグチャにしてやりたい気分だった。この小憎たらしい笑い方も、全てを見透かしたような目も、私を利用しようとしている態度も、何もかも気に入らない。

 

「痛ぁ! ちょっと何してんのさ。私は深海側だよ? なら仲間でしょ」

「そんなこと知らない。私はお前は気に入らない。グチャグチャにしないと気が済まない」

 

もう一発殴った。さすがに今回は止められた。だから艦載機を出してけしかけた。あっちの女達より、こいつの方が腹が立つ。

 

「なにこれ、暴走しちゃってるじゃん。じゃあもう私知ーらない。お姫様に報告しとこ」

「逃げるな」

 

海中に潜ろうとしたので髪を掴んで引きずり出す。

 

「髪の毛掴まないでくれる!?」

「やかましい。お前はグチャグチャにすると言ったろう」

「離してよ!」

 

やたら強い力で腕を払われ、逃げられてしまった。私じゃ追いつけそうにない。腹が立つ。次に会ったときは八つ裂きにしてやろう。

 

「朝潮姉さん……」

 

片眼鏡の女に呼ばれた気がした。アサシオ? 私の名前だろうか。

 

「……結局、お前達は私の敵なのか? さっきのは敵と言っていたが」

「そんなわけないでしょ! 全部忘れちゃったわけ!?」

 

忘れるも何も、私は今生まれ落ちたばかりだ。名前はわからないが、自分が深海棲艦であることくらいはわかる。あちらは艦娘。()()()も混じっているみたいだが、艦娘は艦娘。

どうも敵という感じがしない。さっきの白いヤツの方が余程敵だった。あいつは私を利用してこの女達を殺そうとしていたのかもしれない。気に入らない。やっぱり次に会ったら八つ裂きだ。

 

「敵じゃないならいい」

 

女達に背を向けて、ここから去る。私はここにいてはいけないような気がしたからだ。何か喚いているようだが、気にせず海を進むことにした。

 

 

 

当てもなく進み続けると、引き寄せられるように陸地に辿り着いた。岩礁帯に囲まれた、小さな無人島。雰囲気がいい。ここは私の拠点にしよう。

島に上がって腰掛ける。岩礁帯の奥、ただただ水平線が見えるだけだが、心が穏やかになる気分だった。

 

「私は一体何なのだろう」

 

独りごちた。あのタイミングで生まれ落ち、突然敵やら何やらがいる戦場に呼ばれた気がした。生まれたばかりの深海棲艦を呼ぶものなど、いるはずがない。

 

ようやく落ち着けた。艤装を消して寛ぐ。

違和感を覚えるのは背中に根を張る何か。背中の機関部艤装であるにもかかわらず、消すことが出来ない。手甲は消せたのに。そもそもこれ艤装なのだろうか。頭1つ分くらいと大きいが、艤装を消した今は平たく変形し、生活に支障のない形状に。横になるのもこれなら大丈夫。私はこういうものなんだろう。

 

「ん、なんだこれは」

 

艤装である手甲を消したことでわかったが、左手の薬指に指輪がはまっていた。消えないということは、これも艤装ではないのだろうか。外そうとしても外れない。でも汚れる事もない。とても、綺麗なものだった。気に入ったのでそのままにしておいた。

 

「……穏やかに過ごせればそれでいいな……」

 

まだ太陽は燦々と照っている。寝るには早い時間だ。目覚めたばかりだから眠気もない。

私は私が生まれてきた意味を考えることにした。私は私が理解できていない。物思いに耽るのも一興。

 

深海棲艦の主な目的は、自分の縄張りを増やす事だ。だから私はここを拠点とした。ここが縄張りだ。自分の領海をもっともっと増やしたいと思うのが深海棲艦の常だろう。

だが、私にその気はない。ずっとここでのんびり暮らせればそれでいい。ほんの少しの縄張りがあればいい。少しくらいは拡がればいいかなと思うが、別に領海を増やすことに躍起になることはないだろう。

 

「海が赤い……私の侵食か」

 

拠点の周りの海だけ、少し赤くなっていた。私の縄張りが目に見えるようになっている。こんなに早く海を侵食してしまうとは、もしや私の力はそれなりに強いのでは。

この範囲が力の誇示だと言うのなら、これを拡げたいという気持ちはわかる。だが拡がれば余計な争いを生むだけだ。必要のないことはやらなくていいだろう。勝手に拡がってしまったのなら仕方ない。

穏やかに過ごすためには、無用な戦いは排除することだ。私はこの島でただただボーッとしているだけでも満たされる。

 

「……アサシオ?」

 

ふと、片眼鏡の女に最後に呼ばれた言葉を思い出す。名前か知らないが、あれは私のことをそう呼んだ。ピンと来ないがしっくり来る。アサという言葉は何か聞き覚えがあるような感覚。本当に私の名前なのかもしれない。

 

「アサ……朝? うーん……わからない」

 

私と同じ個体がいっぱいいて、それが向こうではそう呼ばれているのかもしれない。わからないならあまり悩まない方がいいかも。

 

ボーッとしていると、私の侵食で赤い海がまた少し拡がったのがわかった。島の周囲は既に真っ赤。岩礁帯が全て入るか入らないかまでが私の領海。これくらいが丁度いい。手が届くところまででいいのだ。

 

「ん……何かの気配……」

 

赤い海では同胞が生まれやすいらしい。深海棲艦としての知識である。海中に、新たに深海棲艦が生まれたような気配がした。ある意味私が生み出した、初めての同胞。

私の階級は、姫というものに当たるらしい。序列的には一番上。そうなると、生まれた同胞は私の配下、下僕となり得るのだが、私は上下関係に全く興味がない。仲間、友人として迎え入れようではないか。

 

「私の顔……」

 

海面に映り込む自分の顔。自分でもわかっていたことだが、私は幼い。身体も小さければ、出るところもほとんど出ていない。瞳もうっすら青白いだけ。少し自慢できそうなのは、額にそびえ立つ2本の角程度。

その映り込んだ顔が揺らいだ。生まれた同胞がもう付近まで浮上してきたということだろう。

 

「ヲ……」

 

何やら頭に凄いものを乗せた女性が浮かんできた。身体も私よりも大きい。出るところも出ている。私の幼さが際立つようだった。

これは空母か。杖も持って、後方支援するイメージが強い。私の目を見るなり、跪いた。やはり姫である私に(かしず)いてしまう習性がある。よろしくない。私はそれを求めていない。

 

「そんなことしなくていい」

「ヲ……だけど姫様の方が偉い」

「なら偉い方の言うことを聞こう」

「ヲ」

 

すぐに跪くのをやめた。思ったより身長が高い女だ。頭のものもあるから余計に大きく見える。

 

「ヲ級……着任」

「そうか、お前はヲ級というのか。私は……私は何なのだろう」

「ヲ? 姫様は自分がわからない?」

 

直接言われると、自分が無性に残念な女に思える。名前もわからず、ただここでボーッとしているだけのダメな深海棲艦だ。だがそれが私の求めているものなのだから、別にダメなわけじゃないだろう。そうだ、ダメじゃない。私はダメじゃない。

 

「名前もわからないんだ」

「ヲー、姫様は姫様。何とか棲姫って呼ばれるはず」

「棲姫……ピンと来ない。私は何棲姫なのだろう」

 

考えを巡らしても、答えには辿り着けなかった。

 

 

 

ヲ級の後は何も生まれてこなかった。島に2人。ただ座ってボーッとしたいるだけ。

ヲ級は私の侵食で出来た赤い海で生まれたからか、私と同じようにただただここにいるだけでも満たされているようだった。本来の深海棲艦の在り方からは逸脱しているようにも思えるが、私はそれでも構わないと思っている。名ばかりの姫でも、好きに生きていいだろう。

 

「ヲ、姫様、何か来る」

「うん。私も気付いた」

 

水平線の向こうから何かがやってくる気配。私達がわかるのだから、あちらもわかっているはず。何故ならあちらも深海棲艦。

数は4人。海中に2人、海上に2人。海上の2人は抱き合っているような担がれているような、纏まっている気配だった。

 

「いた! アサ姉ちゃん見つけた!」

 

私のことをアサと呼ぶヤツ。ということは、私が生まれ落ちた場所にいたヤツの仲間か。あそこには艦娘と半端者しかいないように思えたが、純粋な深海棲艦もいたらしい。

素直に凄いと思った。本来敵対するであろう種族と、さらに敵対するであろう半端者が共存している。排他的な考え方を持っていない。あそこの統率者は聖人君子か何かではなかろうか。

 

「ヲ級、あれは?」

「レ級。背中にいるのは北方棲姫様。姫様と同じ、姫」

 

知識量はヲ級の方が多いらしい。姫なのに私の方が半端者だった。やはり名ばかりの姫。

海中から2人、浮上してくる。これは潜水艦の姫なのだろう。見た感じ姉妹か何かか。

 

「ヲ級」

「潜水棲姫様と、潜水新棲姫様。どちらも姫」

 

姫の大盤振る舞いじゃないか。でもこの中では姫でも何でもないレ級が一番危険な気配がする。

 

「朝潮、何か変だよ……? 深海棲艦の気配するもん」

「……さっきのヤツになんかされて深海棲艦になっちゃったんだ」

「えーっ!?」

 

こいつらは一体何を言ってるんだ。私は生まれ落ちた時からこの姿だ。名前もわからない半端者の姫だが、深海棲艦だ。

 

「お前達は一体何だ。私の何を知っている」

「記憶が無いみたいね……前の記憶障害と違って、本当に全部塗りつぶされてしまっているわ……」

「答えろ。お前達は私の何を知っている」

 

あちらはあちらで何か思惑があるようだが、私を置いてけぼりにしないでほしい。私のことを話すのなら、まず私に話してほしい。

 

「姫様、もしかして、姫様の名前、朝潮棲姫っていうのかも」

「こいつらがやたらアサだの朝潮だの言うからか。あながち間違ってないかもしれない」

「違う! アサ姉ちゃんはただの朝潮だ! 朝潮型駆逐艦の1番艦の朝潮だ!」

 

レ級が叫ぶが、私には本当にピンと来なかった。朝潮型駆逐艦など聞いたことがない。いや、知識自体が微妙な私がそういうことをいうのは間違っているか。

 

「レキ、一度帰ろう。てーとくに知らせた方がいい。ここにいるってわかっただけでも充分」

「でも!」

「アサ、また明日別のヤツが来る。その時まで、いっぱい考えてくれ」

 

まだ生まれ落ちて半日も経っていない私に何を考えろというのだ。

 

 

 

北方棲姫達が私の領海から姿を消し、そのまま日が暮れる。この島は夜も落ち着く。

 

「ヲ、姫様どうしたの。寂しそう」

「寂しい? そう見えるか?」

「ヲ。こっちに擦り寄ってきてる」

 

全然気付かなかった。そういえばヲ級が近いなとは思っていたが、私から近付いてしまっていたとは。姫なのに情けない。

夜の煌々と照る月を見ていると、何かを奮い立たせるようなものがあったような気になる。()()()()気分になる。自分でも意味がわからない。私の命は1日目すら越えていないのに、懐かしいって何だ。

 

「姫様、泣いてる」

「え、な、なんで……」

 

勝手に溢れてきた。あいつらが言っていた通り、私は生まれ落ちる前に何かあったのだろうか。そんな事があるのか。艦娘が深海棲艦になってしまうなんてことが。

 

「姫様、ん」

「……ヲ級?」

「寂しいなら抱き枕になる」

 

手を広げて待ち構えている。ヲ級は無表情だがやることが思ったより大胆。性格も子供っぽい。子供な私がいうのはアレだが。

なんで私は泣いているのだろう。わからない。何もわからない。ただただ涙が出た。ヲ級のお言葉に甘えて、抱き枕になってもらった。

 

「……落ち着く……」

「なら夜はいつもやる」

 

頭の中がグチャグチャになってきた。私は何者なのだ。本当に深海棲艦なのか。でも昼間の連中は私のことを知っている素振りを見せた。過去に私に何かあるのか。でも生まれたばかりだ。何なんだ一体。

 

「よーしよし、姫様はいい人」

「頭を撫でるな……でも……気持ちいい……」

「一緒に寝る。寝たら嫌なことも忘れる」

 

今は寝よう。何もわからないんだから。寝て忘れよう。明日また奴らが来るらしいが、その時に考えよう。




デザインはオリジナル。全体的に脚がある駆逐棲姫。腕の手甲は集積地棲姫や軽巡棲姫にもあるもの。瞳が青白いのは駆逐棲姫や海峡夜棲姫など。全身黒いのは皆そうだけど、ストッキングを履いているのは離島棲姫や北端上陸姫くらい。
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