翌朝、島の上で目を覚ます。抱き枕になってくれたヲ級はまだ寝息を立てている。私より大きいのに、無邪気な寝顔。本当に子供だ。身体のサイズなんて関係ない。ヲ級も生まれたばかりなのだから子供でも問題ない。
周りを見回す。やはり同胞は生まれていない。私にはこのヲ級しか仲間がいない。別に構わないが。
「ヲヲ……姫様、おはよう」
「おはようヲ級」
先程までとは逆に私に抱きついてくる。やはり子供っぽい。私が姫だからか、私の方が母親のような感じに接してくる。
「今日はどうする。ボーッとする?」
「何もないから、それでいい。そのうちまた同胞が生まれるかもしれないし」
この島は2人なら全然広い。もしこの島に入りきれないくらい同胞が増えてしまったなら、その時に領海を増やすなり考えよう。今はこのままのんびりしている方がいい。
無理して増やすこともない。ここから動くこともない。余計なことをしてくるヤツらがいるのなら、それを迎撃するだけでいいのだ。この小さな小さな領海にわざわざ攻め込んでくるようなヤツがいるなら、だが。
「ヲ、わたしは姫様と2人きりでもいい」
「私もだ。そんなに増えなくても構わない」
むしろ2人だけでいる方が落ち着くような気もする。あまり増えすぎても、背負うものが増えすぎて私が押し潰されてしまいそうだ。私達深海棲艦は、群れを作らなくても生きていける。無理する必要はない。
「……なんだか私は変だ」
「ヲ?」
「仲間が増えた時の重圧を知っているような気がする」
私の周りにはもっと人がいたような気がした。上から下まで、私が気遣い、私を気遣う人達が、もっともっと。
「姫様、また泣いてる」
「……わからない。私は一体何なのだろう……」
昨晩と同じで、勝手に溢れてくる。この感情が何かわからない。
私が普通の深海棲艦ではないことは、もう何となくわかっていた。イレギュラーな存在なのだろう。だからいろんなヤツが気にかけてくる。私の力が欲しいのか、物珍しいから手元に置いておきたいのか。それとも排除したいのか。
「姫様、泣き虫」
「そうかもしれないな……」
何も言い返せない。本当に泣いているんだから仕方ない。涙と一緒に何か大切なものも外に落ちていっているのではないかと錯覚してしまう。
領海は拡がっていないようだった。私が別にこれくらいでいいと思っているからだろうか。これ以上増える感じがしない。
「ヲ、姫様、また誰か来た」
「昨日も見た気配だ。嫌なヤツの気配」
この気配は、昨日の白い髪の女の気配。気に入らないから確実に迎撃する。
「あ、やっと見つけたよ。朝潮ちゃんここを拠点にしたんだ」
「やかましい。姿を見せるな。ここに二度と来るな」
艦載機を飛ばしてけしかける。あのニヤニヤ笑いは、どうも見ていて吐き気がする。早急にその顔をグチャグチャにしたい。
「私は喧嘩をしに来たんじゃないんだけど」
「知ったことか。私はお前が気に入らない」
「なんでそんなに嫌われちゃったかなぁ」
艦載機をヒョイヒョイ避ける。が、こちらを攻撃してこない。別の理由があるのかは知らないが、私には嘗めているようにしか思えない。
まず、こいつにも”朝潮”と呼ばれるのが気に入らない。本当の名前がそれなのかもしれないが、今の私はそれではない。
「お話ししようよ、朝潮ちゃん」
「誰のことを言っているか知らないが、少なくともお前は気に入らない。顔を見せるな。この海域から出て行け」
ヲ級にも指示して艦載機の数を増やす。ヲ級の艦載機は私よりも多い代わりにコントロールが利かない。隙間を縫って私の艦載機を当てに行くのが得策。
「私は戦う気は無いんだって。話を聞いてよ」
「話すことはない。どうせ協力しろとかだろうが。帰れ」
「あんまり実力行使とか嫌なんだけどなぁ」
ふっと白い髪の女の姿が消えた。その瞬間、私の頭の中に妙な映像が流れた。ヲ級が胸ぐらを掴まれ、岩礁に叩きつけられる映像。
「ヲ級下がれ!」
「ヲ!?」
咄嗟に叫び指示する。ヲ級もすぐに動けたようでバックステップした。そのタイミングで白い髪の女がヲ級がいた位置に現れ胸ぐらを掴もうとする。
「ちぇっ、深海棲艦になってもアレは健在かぁ。面倒くさいなぁ」
「なんだ今の……っ」
また映像が見えた。真横に現れ掴みかかってくる映像。そもそも今いた位置から消えるように移動し、即座に私の真横にいるというのがおかしな話なのだが、迎撃できるならやってやる。
「っらぁっ!」
「うわぁっ、ホントに先読みしてくる!」
現れるであろう位置を殴りつけたが、今度は避けられてしまう。そこに来たように思えたのだが、向こうも私と似たようなことが出来るのかもしれない。つくづく鬱陶しい。
「暴れないでほしいなぁ。じゃあ、範囲拡張」
指を鳴らす。急に頭痛がし始める。立ち上がれないくらいの頭痛に膝をついてしまう。ヲ級も頭を押さえて悶えていた。私達にのみ効く何かを出しているようだった。
「最初からこれ使っとけばよかった。じゃあ話聞いてもらえる?」
「何を言われてもお前の思い通りにはならないぞ……」
デタラメに艦載機を飛ばして、せめて近づかせないようにする。が、あちらの性能は異常だった。低空飛行は主砲で撃ち落とし、高高度の爆撃は高角砲で撃ち落とす。もう艦載機も残弾が尽きた。
「こんなに抵抗されるなんて、さすが朝潮ちゃん。お姫様のお気に入りは記憶が無くなってもここまでやってくるんだねぇ」
「お前は何を……」
「お姫様が貴女に名前を付けてくれたよ。『深海朝棲姫』だって」
無駄にしっくり来る名前。普通に使ってもいいかなと思えてしまった。割とセンスが良くて腹が立つ。
「貴女は深海棲艦の姫だよね。私のトップも深海棲艦の姫なの。姫同士なら協力できると思うんだけどどう? この領海は絶対攻撃しないし、なんなら領海を拡げる協力もしちゃう」
普通の深海棲艦なら魅力的な提案なんだと思う。だが、私には違う。領海を拡げたいなんて思わない。こちらは一切の干渉をしてほしくないだけだ。
どうせこいつの提案は、私達に不干渉とする代わりに昨日の連中を殺せとかそういうことなのだろう。そうでなければ今後も攻撃しにくると。随分と狡猾なことで。
「お断りだ。さっさと帰れ。二度と顔を見せるな」
「口悪いなぁ。元の時と全然違う」
いちいち鬱陶しい。元の時とは何なのだ。皆が皆、私の何を知っているのだ。たった1日しか生きていない私を、会うヤツ会うヤツ知ったようなことを言ってくる。
「じゃあ、生きていてもらっても困るし、ここで死んでもらおうかな。お姫様に怒られちゃうかなぁ。でも言う事聞かないしなぁ」
「簡単に殺されると思ってるのか……私だって姫だ……」
「でも今すっごい頭痛でしょ。立ち上がれないくらいの。そんなんでカッコつけられてもねぇ」
またあの気に入らないニヤニヤ笑いだ。こちらを見下した、勝ち誇った顔。いちいち癇に障る。
「先が読めても動けなきゃ意味が無いんだよ。私はそれが出来るの。元のままならまだ勝ち目あったかもだけどさ」
「やかましい……余計に頭が痛くなるだろうに」
「とりあえず先にヲ級やろっか。これが居るから未練がましくなるのかもしれないし」
ヲ級はまだ頭を抱えて蹲っている。もしかしたら私よりも痛みを感じているのかもしれない。早く助けなければ。
だが私には主砲も魚雷もない。艦載機も全て撃墜された。頼みの綱は高角砲と爆雷。体勢的に高角砲なら当てられるか。いや、直線にしか撃てないので、今撃ったところであらぬ方向に飛んでいくだけだ。
「イロハ級なんていくらでも湧いてくるんだから、1人くらい死んでもいいでしょ」
「そういうところは本当にクズだな。沈んで最初からやり直せクズ」
「這い蹲って強がり言われてもカッコつかないねぇ」
悔しいがその通りだ。私は何もできない。
「それじゃあヲ級から」
「やめろ……!」
手を伸ばしても届かない。ヲ級は動けない。また映像が見えた。為すすべなくヲ級が吹き飛ばされ、無残に散っていく映像だ。あの白い髪の女、見た目は小さいくせに主砲の威力が異常。
待て、何故それがわかる。まだ私はあいつが主砲を撃っているところを見たことがない。武器も持っていない。私と同じように武器を出現させることが出来るとしても、何故それがわかった。まるで
「死んでもらおうかな!」
「死ぬのは貴女よ……白い吹雪……」
刹那、青白い閃光。白い髪の女が主砲を出現させた直後に、まるで隕石の如く女が飛んできた。猛烈な蹴りが放たれたが、避けられてしまう。この隕石の女、深海棲艦の気配を持っているのに、この場に突然突っ込んできた。どこから来たのかわからないくらいだ。
「ビックリしたぁ! なになに、どうやったの!?」
「貴女ならわかるんじゃないかしらね……それに……私だけなわけ無いでしょう……」
さらに女が飛んできた。こっちは脚ではなく拳。こうなるとあの白い髪の女も防戦になるようだ。
「2人相手はキツイなぁ。もう私を無傷で解放しようって気は無くなっちゃいました?」
「提督はそのつもりだけど、私達には私怨があるのよ。死んでもらわないと収まりがつかないのよね!」
「ええ……そういうことよ……だからここで……藻屑にしてあげる」
キツイなどと言いながら随分と余裕そうな白い髪の女。まだ手段をいろいろと隠してそうな雰囲気。私と同じものなら、艦載機なども持っていそうだ。まだ1つも出していないだけで。
「興が削がれちゃった。また来るから、その時までに返事考えておいて。どうせ1つしか無いんだけどね」
手を振って海中に逃げた。またあの時の逃げ方だ。あれをされると私でも追えない。
だがいなくなったことで頭痛は消えた。ヲ級もフラフラとしているものの、立ち上がるくらいは出来るようだ。それだけは安心した。
危なかった私達を助けてくれたのは、私が生まれ落ちた場所にいた女。見覚えのある2人。白い着物の女と短い黒髪の女。あとから椅子に座った女も合流した。さっきの隕石のように降ってきた仕組みは、この椅子に座った女の艤装の仕掛けらしい。恐ろしい手段を持っている。
「……山城……どう接すればいいのかしら……」
「姉様は以前と似たような状況ですからね……記憶障害ならまだ良かったんですが」
人を前に訳の分からない話をしている。椅子の女も悲痛な顔。こいつらも私の何かを知っている。
「……より妹に近付いているの……あの子は黒髪だったのよ……可愛い可愛い妹……ああ……妹……妹が……」
「姉様、今だけは抑えてください。お気持ちはわかりますが今だけは」
白い着物の女の目が少し怖い。私を見ているだけでグルグル何かが渦巻いている。妙に息も荒い。先程の戦闘の疲れでも出ているのだろうか。何しろ空から降ってきたし。
「助けてくれて感謝する。顔を合わせるのは初めてじゃないな」
「……ええ。私は山城。こちらは姉の扶桑」
「私はウォースパイト」
短い黒髪の女がヤマシロ。白い着物の女がフソウ。片方は半端者のようだが、2人は姉妹のようだ。
椅子の女がウォースパイト。何処かの女王のような風格。私よりも余程姫の面持ち。気配としては半端者みたいだが。
「私は……半端者の姫だ。深海棲艦として、殆ど記憶を持っていない。自分の名前もわからない。さっきの白い髪の女からは深海朝棲姫と呼ばれた」
「そう……ならアサと呼ばせてもらうわ」
昨日の連中と同じ呼び方だ。この深海朝棲姫という名前、あながち間違っていないのかもしれない。深海だし、棲姫だし、残った部分は朝しかない。そこで呼ばれるのは至極当然なのかも。
「私はここで穏やかに過ごしたいだけだ。助けてくれたのは感謝する。だけど、もう帰ってほしい」
「……またさっきのが来るわよ。ここにいる限り」
それはそれで面倒ではある。毎日来られて、またあの頭痛でヲ級が苦しむところは見たくない。
「だからアサ、私達と来てほしいの」
「領海を捨てろと?」
「アサの安全のために言ってるの。あれの力は私達も手を焼いてる。貴女をそっとしておきたいのは山々だけど、無理なのよ」
どうしても私は踏ん切りがつかなかった。ヲ級も一緒に行っていいとも言ってくれるが、どうしても。
「1日、考えさせてほしい」
「……わかった。明日のこの時間にまた来るわ」
あの白い髪の女と違い、物分かり良く立ち去ってくれた。私はずっと混乱していた。
夜。私もヲ級も領海にいたおかげですっかり回復した。
この時間までずっと考えていた。私はこの地を捨ててヤマシロ達の場所へ行くべきなのか。だが何故だろう、あの場所は私に良くないことが起こりそうな雰囲気がする。穏やかに過ごしたいだけなのに。
「姫様、どうするの」
「まだ考えてる」
「わたしは、姫様と一緒なら何処にいてもいい」
夜だからか、抱きついてくるヲ級。今日も抱き枕にして眠ることになるだろうから、別に構わない。抱きつかれていると自然と落ち着く。
「ここは落ち着く。でも、あいつらの場所は落ち着けない気がする」
「なら、やめる?」
「ここにいるとまたあの白い髪の女が来る。それは嫌だ。鬱陶しい」
強がりだけはずっと言っていたが、あの白い髪の女には勝てる気がしなかった。何かしたようだったが、近付かれるだけで酷い頭痛がするのは大問題だ。
あいつとの戦いはなるべく避けたかった。私はいい。ヲ級が危険だ。今の私のたった1人の仲間であり友人を失うわけにはいかない。
「まだ時間はあるし、明日決めればいいか」
「ヲ、姫様が決めればいい。わたしはついていくから」
その時に決めればいい。嫌なら断ろう。白い髪の女になびくつもりは一切無いが、あちらはあちらで真意が掴めない。信用がまだ出来ない。
深海朝棲姫という名前は、ここ最近のネーミングからそれらしさを取りつつ朝潮とわかるように。同じような名前として深海双子棲姫(伊13&伊14)、深海鶴棲姫(瑞鶴)、深海日棲姫(日進)。
深海日棲姫がすごく好きなんです。壊の時の「ここで消えろ! 抱えた荷物ごと!」というセリフが本当に好きで。