欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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縄張りから出て

私という存在が生まれ落ちて、2回目の夜を越えた。やはり領海は増えていない。私の気持ちの表れと見て間違いなかった。

 

「少し早めに来させてもらったわ。あの白いのが来る前に話がしたかったの」

 

ヤマシロが領海を訪ねてくる。フソウも一緒だ。今日はウォースパイトはいないようで、代わりに黒い着物を羽織った女がいる。こいつもフソウと同じタイプの半端者か。

私があの場に生まれた時に何か叫んでいたようだったが、何だったか。

 

「考えを纏めろと言っても、1日じゃ無理だと思う。でも、こちらに来てくれればある程度は守れる。こちらには仲間もいっぱいいる。アサのために皆、力を貸してくれるわ」

「……それは本当に信用できるのか?」

 

それが一番の問題。これも言葉巧みな誘導だったら、私もヲ級も利用されておしまいという可能性だってある。真意がまだ隠されているように思えた。

 

「アサを守りたいというのは本心から言ってるわ」

「……なら別のところに考えがあるということだな。それを話せ。でないと信用できない」

 

苦い顔をするヤマシロ。そんなに話しづらいことか。ということは、私に対して後ろめたい気持ちがあるということではないのか。やはり利用しようとしているのでは。

 

「アンタはどうせ信じないだろうけど、この際だからハッキリ言っておく。アサ、いえ深海朝棲姫。アンタは元艦娘、朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮よ」

 

一昨日のレ級が言っていたことをそのまま言われた。私が元々艦娘だったと。そんな馬鹿げたことがあるもんか。

私の記憶は海の底から始まっている。それ以前のことなど覚えているわけがない。生まれた時から深海棲艦の姫であるのがこの私。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「嘘をつけ。私は一昨日生まれたばかりだぞ」

「ええ、一昨日()()()()()のよ。艦娘から、深海棲艦に。私達の前で、その背中の物に。正確には海の中に引きずり込まれて、上がってきたときにはそうなってたんだけど」

 

私に根を張っている艤装のようなもの。これのせいで私は変えられたという。確かにこれが何かは私にもわからない。私自身が()()()()()()なのだと思っていた。

 

「今日だけでもいい。一度、私の鎮守府に来てもらえないかしら。提督とも話をしてほしいの。嫌ならここに帰ってくれて構わない」

「……お前達は、私を元の”朝潮“というものに戻したいのか?」

「正直に言えば、そうなる。朝潮は私達の仲間。私や扶桑姉様にとっては妹のような存在。この子、春風にとっては姉のような存在だった」

 

黒い着物を羽織った女、ハルカゼはずっとこちらを見て黙っている。あの時とは雲泥の差。喚き散らしていたように思えたが、こんなに静かにこちらを見据えてくるとは。

よく見ると、ほんの少しだがやつれているように見えた。今のヤマシロの言い分からして、姉のように慕っていた”朝潮”という女が消えてしまったことを気に病んでいるのだろう。

少しだけ申し訳ない気分になった。理由はわからないが、この顔を見ているとそういう気持ちになる。多少報いてやろうと思えた。

 

「……わかった。一度見に行く。確かにあの白い髪の女に襲われるのは私としても避けたい。当然、ヲ級も一緒だ」

「勿論よ。アンタ達2人を救いたいと、うちの提督は言っている。受け入れてくれて助かるわ」

 

ヤマシロについていき、鎮守府に向かうこととなった。フソウとハルカゼは終始無言。だが、力強く私を見つめている。視線が熱い。

 

 

 

一昨日見たときより、幾分か綺麗になっているように見える鎮守府。あの時はボロボロだったように思えたが、修復しているようだ。ここが私が生まれ落ちた場所。故郷と言ってもいいだろう。

何故こんなところで私のような姫が生まれたのかはわからない。変えられたとヤマシロは言っているが、実感なぞ無い。

 

「朝潮姉さん!」

「お姉さん! 帰ってきたんですか!」

 

工廠に入ると、2人の女に駆け寄られた。この前は片眼鏡をかけていた横結びの女と、白い髪を2つに結んだ女。あの戦場にもいた。白い髪の女にボコボコにされていた。

2人もハルカゼと同じように少しやつれていた。”朝潮”という存在が余程大事と見える。私にはよくわからない。

 

「霞、大潮、ちょっと今はやめておきなさい。この子はまだ記憶が戻ってない。深海棲艦のままよ」

「私はあの白い髪の女に襲われるのを避けるためにここに来ただけだ」

 

私にとっては見知らぬ2人だ。どんな顔をされようと関係ない。

 

艤装を置いたヤマシロについていき、提督とやらと面会。工廠で待たされたとき、ここに配属されている艦娘達がやたら私を見てきた。皆が皆、視線が熱かった。

 

「すまないね。呼び立ててしまって」

「まったくだ。だが白い髪の女に襲われるのは私も避けたかった」

 

妙にガタイのいい中年男性。これがこの鎮守府を統括する提督か。艦娘も深海棲艦も半端者も全て受け入れている聖人君子。それだけの器量を持っているということだろう。

確かにこの男、纏っている雰囲気が大らかすぎる。だが悩み事も多そうだ。

 

「深海朝棲姫君……だったかな」

「アサでいい。ヤマシロにもそう言われた」

「ではアサ君。君は何処まで聞いているのか」

 

何処までと言われても、私に理解させる間も無く言われているのは、私は深海棲艦ではなく元々艦娘だったと言われているのみ。背中に根を張った何かに身体を変えられたとしか教えられていない。

当然、私にその実感はない。一昨日、この鎮守府の近海で生まれ落ちた深海棲艦だ。普通と違うのは、領域を拡げる意思がないことと、無用な戦闘はしたくないということ。来たものを迎え撃つことしか考えていない。

 

「私は今までさんざんここの連中に元々艦娘だったと言われた。”朝潮”とは何だ。誰のことを言っている、私は艦娘ではない、深海棲艦の姫だ」

「私も現場に居合わせたわけではない。君の背中についている深海忌雷に寄生されたことで、この鎮守府に配属している艦娘、朝潮君が深海棲艦に、つまり君に変化したと聞いている」

 

それもヤマシロから聞いている。私にはまるで現実味のない話だ。

 

「君の意思を尊重するが、ここの工廠で一度検査を受けてもらえないか。それだけでいい。本当に嫌ならもう帰ってくれて構わない。ただし、干渉しないとは約束できない。君のいう白い髪の女は私達の敵でもある。君を守ることが、打倒に繋がるんだ」

 

この男の目的が、私を守ることで達成できる。私は何もせずに面倒な相手を処理できるから最も楽な選択肢。利害関係としては私の方が有利なくらいだ。

 

「わかった。なら私を守ってもらおうか。代わりに検査の1つくらい受けてやる」

「ありがとう。検査が終わったら好きにしてくれて構わない。あの領海に戻るのもいいし、ここで暮らしてくれてもいい。君に全てを任せる」

 

解決策も随時練るとも呟いていた。何を解決するのかは知らないが、私は私のやりたいようにやらせてもらう。私に全てを任せると言ったのだ。何をやろうと文句はあるまい。

 

 

 

守ってもらう代わりに検査を受けるということで、私は工廠に戻ってきた。検査の準備をしていたアカシという女に身体を隈なく調べられる。何かあっては困るので、ヲ級には近くにいてもらった。別に検査が怖いわけじゃない。

主な検査対象は、やはり私の背中についている艤装のようなもの。提督はこのことを深海忌雷と言っていたが、機雷なら爆発するものだろう。背中に根を張るなんて聞いたことがない。

 

「うーん……背中から身体全体に根を張ってる。深海艦娘の小型艤装とは訳が違うのかな……」

「深海艦娘? 何だそれは。深海棲艦とは違うのか?」

「髪が白くて目が赤い艦娘が何人かいたでしょ。その子達だよ。これと似たようなものが首に接続されててね。それの影響で身体を変えられていたの」

 

そういえば、さっき私に駆け寄ってきたオオシオという女がそんな感じだった。深海棲艦の気配を感じないのに、見た目だけは深海棲艦のような。

 

「これを外すことは今は不可能。外せないことはないけど、痛いとかそういうレベルじゃないね。せめて麻酔を取り寄せないと。それでも厳しいかな」

「別に外せないなら外さなくて構わないんだが」

「まあまあ。で、他の検査の結果ね。セキちゃん、どう?」

 

奥から集積地棲姫がやってくる。ここにも姫がいた。この鎮守府は姫ばかりだ。

 

「記憶の件だが、深海棲艦としては初期化(リセット)状態と同じだ。だが、それ以外に密閉情報(ブラックボックス)の存在も確認した。おそらく、それが”朝潮”だ」

 

こいつはヲ級が言うには物資の蒐集家と聞いたが、ここではこんな医者紛いなこともやっているらしい。しかも記憶がどうとか言い出している。そんな医者が何処にいる。

 

「敵の吹雪は、記憶と絆を奪ったと言ったんだったな。背中のそれが、記憶を奪っていると考えるのが妥当だな。つまり、それを破壊さえすれば元に戻る。身体はそのままの可能性が高いが」

「だけどこれ、身体の隅々まで根を張っちゃってるんだよね。しかも身体は深海棲艦でしょ? 下手に壊したら欠陥(バグ)になって残っちゃう」

「だから困ってるんだ。切除は今は考えない方がいい。これをこのままにした状態で密閉情報(ブラックボックス)を開くのがベストだ」

 

訳の分からないことを目の前で話され、だんだんイライラしてきた。こいつらの言い分は、私は深海棲艦としては普通だが、おかしい部分があるということ。それを直そうとすると、私に何か起こる。それだけは避けたいと。

優しいのか酷いのかわからない。身体を心配してくれるのはありがたいが、それを私に言わないのはどうなんだ。

 

「当事者を放っておくな」

「ああっと、ごめんごめん。検査の結果は、まぁ至って普通の姫級ってところだね。練度がとんでもないことになってるから、深海棲艦としては破格なスペックだけど」

 

結局何もわからずで終わってしまった。あちらではいろいろと納得しているようだが。

ただ、破格の性能と言われたのは少し嬉しい。気分がいい。

 

「ならもういいか?」

「検査は終了。これからどうするの? 領海に帰るの?」

「……まだ考えあぐねている。今戻ると白い髪の女と鉢合わせになりそうだ」

 

せっかく守ってもらえるというのなら、今はここに居座らせてもらう方がいいのではと思える。だが、確実にここでは穏やかに過ごすことは出来ないだろう。少なくとも、私の周りがそれを許さない。私の顔を見るたび辛そうな顔をされると、そいつより私が辛い。

 

「一晩。一晩だけここに住まわせてもらいたい。その間に考える」

「ん、オッケー。じゃあそれは私が提督に伝えておくね。朝潮……じゃなかった、アサちゃんは適当に鎮守府を見て回りなよ」

「私の顔を見て辛そうな顔をする連中がいるのにか?」

「一晩だけでもここで過ごすなら、お友達増やしたらどうかなってこと」

 

一理ある。辛そうな顔をされても、ある程度は緩和できるかもしれない。だが、あいつらには旧知の仲でも、私にとっては初見だ。こちらから話しかけるようなことは無いだろう。気にはなるが、赤の他人だ。なるべく関わり合いになりたくない。

 

「……わかった。散歩でもする。ヲ級、行こう」

「ヲ」

 

ヲ級を引き連れて工廠を出た。検査の時にいろいろと弄られたか、身体が妙に軽い。集積地棲姫にメンテナンスされたのかもしれない。頭を触られたし。

 

 

 

行く当てもなく適当にブラつくと、海を眺められるベンチがあった。領海でも海を眺めているだけで心が穏やかになった。ここでもそれくらいなら味わえるかもと海を眺めることに。

ここからの眺めもなかなかにいい。ここは人工島らしいが、ここからの景色はただ水平線が見えるだけ。何も障害物がない。

 

「私に何の用だ」

 

後ろにヲ級以外の誰かが立っているのがわかった。理由はわからないが、私には他人のいる位置が明確にわかる。この鎮守府の中は私の頭の中で把握している。

 

「……電探が無いのに後ろにいるとわかるのね」

「お前は……カスミ、だったか」

 

工廠で駆け寄ってきた片方の声。私は振り向くことなく対応する。ヲ級は少し警戒していたが、ここの連中は私達に対して友好的だ。警戒は解かせる。

 

「ええ、霞。朝潮型駆逐艦10番艦の霞」

「朝潮型……そうか」

 

つまり”朝潮”の妹ということだ。皆が言う、私が深海棲艦になる前の姿の妹。だが私には見覚えがあるわけがない。あくまでも私が生まれたのは一昨日だ。ここにいる奴らは誰も見たことがない。聞いたことがない。私の仲間はヲ級だけ。

 

「で、何の用だ」

「ここで一晩過ごすのよね」

「耳が早いな。ああ、一晩でいろいろ考えたい」

 

ここに居座らせてもらうか、私の縄張りに戻るか。一晩で考える。ずっとここで海を眺めていてもいいかと思っている。ここなら落ち着ける。夜なら誰も来ないだろう。隣にヲ級がいれば、眠くなった時に眠れる。

 

「なら、みんなと一緒にいて」

「断る。私の顔を見て辛い顔をされると、私が辛い」

「そうしないように努力する。努力させる。だから、せめて……一緒にいて……」

 

声が震えているのがわかる。泣かせてしまったらしい。こうなるから私はここの人間と関わりたくない。話すだけで泣かれたら、私の神経は擦り切れ続ける。

 

「姫様、また泣いてる」

「……ヲ級、そういうのは今言うことじゃない」

 

まただ。勝手に溢れ出した。こいつを泣かせたことで、私も泣いてしまっている。身体がそういう風に出来ている。

何かに反応して涙が出ているように思える。それは決まって、どこか懐かしい感覚に陥ったときだ。最初は夜、月明かり。二度目は仲間。三度目はこの女、カスミ。私の何かを揺れ動かしている。

 

「……わかった。お前に泣かれると私も辛い。お前の言う通りにしよう。この場所にずっといるつもりだったが気が変わった」

「姉さん……?」

「私は深海朝棲姫というらしい。が、いい。お前は姉と呼べ。やめろと言ってもやめないんだろ。私は"朝潮”と呼ばれるのも嫌なんだが、お前だけは特別だ。だから泣き止め」

 

私の知らないことを知るいい機会かもしれない。結局、深海朝棲姫という名前も、あのいけすかない白い髪の女から名付けられたものだ。私の本当の名前を、私自身が思い出せない。ここでなら、生まれた場所の近くであれば、何か変わるかもしれない。

 

「ただし、隣にヲ級はいてもらう。何があるかわからないからな」

「構わないわよ。いつもそんな感じだから。ねぇ、瑞穂さん」

「はい、瑞穂はいつでもどこでも朝潮様と共に在りますので」

 

あまりに突然のことで声を上げかけた。この女、私の感知能力を超えて真横に立ってきた。ヲ級は腰を抜かしてしまっている。神出鬼没とかそういうレベルを優に超えている。

 

「姉さんがそういう反応するの、面白いわ」

「これが日常だとするなら、お前達の方がおかしいんだからな」

 

なんなんだこの鎮守府は。




一度目:月光。妹分との殴り合い、
二度目:仲間。生まれてから今まで。
三度目:霞。助けてからずっと。
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