いけすかない白い髪の女の襲撃から逃れるため、一時的に鎮守府にやってきた私とヲ級。誰とも関わらず一晩だけ世話になろうと思っていたのだが、私の元となったであろう艦娘”朝潮”の実の妹、カスミに泣かれてしまい、ここの連中とも関わりを持つこととなった。どうも私はこのカスミという女に弱いらしい。
カスミは私のために今日一日を非番にしたそうだ。今はまだ午前中。丸一日私を連れ回すつもりでいる。何か企んでいるのか、それともただ私と関わりたいだけなのかはわからない。ただ今は、こいつの言う通りにしてやった方が良さそうだ。また泣かれては困る。おそらく私も泣いてしまう。
「ここの全員と関わり合いを持ってもらうから。ここから出て行くのが嫌になるくらいにね」
「無茶を言うな。そもそも私はなるべく関わりたくないんだ。せめて”朝潮"と呼ぶのをやめさせろ。何度も言っているが私は深海棲艦だ。"朝潮"じゃない。深海朝棲姫だ」
深海朝棲姫という名も、あのクズに付けられたものだが割と気に入ってきた。今後も使っていくと思う。
「はいはい、勝手に言ってなさい。って、身体汚れてるじゃない」
「知らない。さっきまで工廠にいたからだ。アカシと集積地棲姫に弄られたから、その時に汚れでもしたんだろ」
「まずはお風呂に行きましょう。裸の付き合いよ」
さっきまでとは打って変わって明るいカスミ。私の手を引っ張りグングン進んでいく。足取りも軽やか。頭の中はどうか知らないが、外面上は悲壮感が無くなった。それならいい。私の顔を見て辛い顔をされるよりは余程。
鎮守府の大浴場。訓練や任務を終えた艦娘はここで汗を流すらしい。難儀なものだ。深海棲艦なら海に潜るだけでいいのに。汚れているのなら海に入ればよかった。わざわざカスミに引っ張られてここに来る必要はなかったじゃないか。
「ほら、脱いで脱いで」
「触るな。自分でやれる」
言われるがままに服を脱ぐ。そういえばこれを脱ぐのは初めてだ。脱ぐ必要が無いのだから当然か。
「……黒の紐……」
「何を言っている」
「姉さんが大人になってる……」
人の脱いだ服を見て何か言っている。あまりいいことには思えない。
「さ、入りましょ。……正直春風のよりビックリしたわ……」
カスミに背中を押されて浴場へ。ヲ級もちゃんと入ってこれている。お互い、こんな場所には慣れない身。されるがままだが、なんとか出来ているようだ。
「……そっか、これが」
「どうした。人の背中をマジマジと見て」
「この背中のが深海忌雷……なのよね」
背中の消えない艤装のようなものに触れられる。ここの連中には余程珍しいものらしい。これだけ深海棲艦が住んでいるのに、こんなものをつけているのは私だけということか。それだけ私が特殊なのか、他に見つかっていないだけなのかは定かでは無い。
「よくわからんが、提督はそう呼んでいたな」
「これは取ることはできないの?」
「出来るが、私に
さらにいえば、取ることが命の危険に繋がるらしい。それなら取らない方がいい。生活に支障をきたさないのなら、ちゃんと共存できている。
「アカシと集積地棲姫はブラックボックスがどうのこうの言っていたな」
「あの人達の会話は私には難しすぎるわ」
「私にもだ。当事者を放って2人の世界に入られてイラついた」
何故だろう、カスミは話がしやすい。スラスラと言葉が出てくる。嘘がつけない。言わなくてもいいことも言ってしまいそう。
湯船に浸かる。脚を入れた途端、急速に回復していくような感覚。領海から離れて少し時間が経っているし、検査をされて疲れていた。私もヲ級も多少は消耗していたようだ。
「うお……これは……すごい……」
「ヲヲヲヲ……」
気を抜くと顔が緩んでしまいそうだった。艦娘はこういう形で回復しているのか。時間もかけずに、こんなに気持ちよく。少し羨ましい。ヲ級に至っては溶けてしまっている。溺れてしまわないか心配だ。私もズブズブと沈んでいく。もう体裁なんて気にしていなかった。
「姫様……ここすごい……気持ちよすぎる……」
「そうだな……こんなの味わったことがない……」
2人して蕩けているとカスミがクスクス笑い出す。そんなに酷い顔をしているか。
「初めてお風呂に入る子って、絶対そうなるのよ。私もそうだった」
「そうなのか……これは仕方あるまい……」
だが人様に見せられるものではないのも確かである。ヲ級はいいとしても、私くらい早くシャンとせねば。
「いっちばーん風呂!……じゃないね。先客いたかー」
「白露、もう少し静かに入りなさいな」
やたらうるさい駆逐艦が入ってきた。カスミの言い方からしてシラツユというらしい。同じ駆逐艦だそうだが、カスミとあまりに体格が違うから同じ艦種に思えなかった。けしからん乳め。
「おー、蕩けてる朝潮見るの久々だー。懐かしいね」
「そっか、姉さんがお風呂にやられたの、白露だけは見てたんだっけ」
「そうだよ。それはもうダルンダルンでさ。まさに今みたいな感じ」
言い返す事も出来ないくらい緩んでいる。この程度の疲れを回復するだけでこれなら、限界まで疲労していた場合はどうなるのだろう。本当に沈んでしまうのでは、湯船に溶けてしまうのではないだろうか。
ちょっとヲ級が危ない。力はあまり入らないが、横から支えてやる。
「私の威厳が……深海棲艦の姫なのに……」
「姫乱立しすぎだから威厳も何もあったもんじゃないよ。元も含めてここに何人いると思ってんのさ」
「扶桑さんも春風も中に入ってるの姫だもの。ここの元深海棲艦はみんな元姫だし」
さらに言えば敵も姫。姫ばかりだ。なんだこの環境。姫って何だ。
何とか立ち直り、シラツユを置いて浴場から出る。が、先程脱いだ服がない。ヲ級のものも無くなっているようだ。
「カスミ、私の服がない」
「洗濯に出されたんでしょ。替えの服置いてないの?」
「……2着ある」
片方はカスミやオオシオが着ているものと同じデザイン。要所要所違うみたいだが、概ね同じ。つまりこれはおそらく朝潮型で統一されたもの。もう片方は黒い着物。何処かで見覚えのあるものの色違い。思い出した。フソウの着ていたものだ。
「おいそこの2人。これはどういう料簡だ」
脱衣所の出入り口に2つ、こちらを見ている気配を感じる。半端者の深海棲艦の気配。この気配は一度見たことがある。フソウとハルカゼだ。
「これはわたくし達の威信をかけた勝負なのです。ささ、どちらか好きな方をお選びください」
「貴女がどちらを選ぶかで……私達の進退が決まるの……」
「その、御姉様らしからぬ大胆な肌着はそのままにしておきましたので。霞さん、もうわたくしのこと何も言わないでくださいね」
「あー、うん、まさか姉さんの方が春風よりもヤバイの着けてるなんて思わないもの」
「ヤバイってなんですか!」
姫としての直感が告げている。私はおちょくられていると。こいつら、私で遊んでいるだろう。
ヲ級は用意された服をカスミに手伝ってもらいながら着ていた。何処から持ってきたかわからないが、普通のセーラー服。ここの重巡洋艦のものを1着借りたらしい。
「姉さん、あの2人には後から言っておくから、今は服を着て」
「前のものを持ってこい。あれが私の正装だ。深海棲艦である私の」
「洗濯中だっつってんの。明日には戻ってくるから、今はどっちか着て。2着以上持ってない姉さんが悪い」
そんなことを言われても、私達にその必要が無いのだから2着も要らないだろう。持っていたとしても、ここに来る時にわざわざ持ってくるか。
そもそも私はこういう組織立った場所に属していないのだ。私のルールは私が決める。服がどうとかまったく無意味。
「……お前らは本当に面倒だな」
「深海棲艦ほど単純じゃないの。ほら早く着て」
「……ふん」
自然と選んだのはカスミと同じ服。出入り口のところではハルカゼが両腕を上げて喜び、フソウが膝から崩れ落ちている。何なんだあいつらは。
「これも着ればいいだろうが。お前達の威信だの知らないが、こんなことで勝負なんぞするな」
服の上から着物を羽織る。この着物、袖がないから妙に不恰好な気がする。まぁいいか。
「……本当に記憶が消えてるかわからないわ」
「何を言っている」
「それ、朝潮姉さんが選んだ着方よ。どっちも選んだ折衷案」
前はこんな勝負をせずに”朝潮”が自ら選んだそうだが、ただこれだけでもあの2人はいろいろあったらしい。今でこそ仲良く……仲良く?しているが、犬猿の仲だったそうだ。主にハルカゼがフソウに噛みつき、フソウはただただ何にも興味を示さないという不毛な争いだったようだが。
また”朝潮”だ。どこへ行っても付いて回ってくる。どれだけこの鎮守府に影響力があるのだ。
「姫様」
「言わなくてもいい。自分でもわかっている」
まただ。また涙が溢れてきた。これで四度目。たかがこんな服のことで、何を揺れ動かされるというのだ。あの2人のくだらない勝負が、私に何の意味がある。
「そっか、これでも涙が出るんだ」
「何だ」
「こっちの話。お風呂も終わったし次に行きましょう。ほらそこの2人、行くなら一緒に行くわよ」
あちらの勝負は引き分けに終わったようだ。ガッチリ握手して、健闘を称えあっている。何も戦っていないのに。私の行動だけで何故そこまで盛り上がれるのか、さっぱりわからない。
ただ、この2人が仲良くしている姿を見ると、どこか安心する。何故だろう。
そこからさんざん連れ回されることになる。
まだこの鎮守府は再建中らしく、3階に至っては立ち入り禁止区域とされていたが、談話室やジムなどはもう修復済みらしく、そこに立ち寄ってはいろいろと話をすることに。
ジム。ヤマシロの縄張りらしく、その仲間達もいた。私の姿を見て一番反応したのは、ヤマシロやフソウとは違い武器を持って戦う小柄な女、サツキ。
「そもそも艦娘なのだから主砲やらで攻撃するんじゃないのか。私が言えた話ではないが」
「ボクも主砲と魚雷が使えないの。朝し……アサと同じで。だからこれ一本で戦うんだよ」
「ほう……小柄なお前がか」
実に興味深い。ここの女達は艦娘という存在からことごとく逸脱している。私もそうだが、本来出来ることが出来ない。それをどうにか補おうと努力している。
「体型なんて関係ないよ。ボクは戦えるんだ。アサだってそうでしょ」
「ああ、そうだな。私も戦える。出来ることは艦載機くらいだが」
「充分だよ。ボクは戦えずに仲間がやられるところを見てただけだったこともあるんだ。それに比べれば、全然いい」
涙が溢れてきた。これもか。これも私の心を揺らす。何なのだろう。
「姫様、ここに来ていっぱい泣いてる」
「……いい傾向じゃない。これは
カスミが言う記憶探しというものが何かはわからないが、連れて行かれるところで毎回泣いていては、私の威厳は何処かに行ってしまう。
だが、意図して出しているわけではない。勝手に出てきてしまう。何なのだこれは。
談話室。そこには艦娘とは到底思えない仮面を着けた女がいた。完全に目が隠れているのに、何事もないように行動をしている。何か仕組みがあるのか。
「やあ、アサだったっけ。ボクは最上さ」
「お前は深海棲艦なのか……?」
「違う違う。ボクは目が弱くてね。日中は仮面を着けないといけないんだ」
太陽の光と探照灯の光を受けると痛みが走る目を持つモガミ。仮面をしなければ太陽の出ている時間は活動すら出来ない。難儀な身体だ。今は珍しく日中行動しているらしい。
「最初は夜にしか部屋から出てこれなかったんだけど、これを着けることを思い付いたんだよ。とある艦娘を見てね」
「……まさか」
「朝潮だよ。あの子は夜戦で探照灯が使えないから、電探を使って全員の目になるなんてことをしでかしてね。戦闘終了後に鼻血噴いて倒れたんだ」
電探の使い方がめちゃくちゃだ。自分を守るのに手一杯なはずなのに、全員の目になるだなんて、処理が出来るわけがない。結果倒れたなど……。
「っ……また……」
「姫様」
こんな話でなんで涙が出る。
海岸線を歩く中、ウォースパイトが来るのが見えた。海上でも椅子に座っていたが、陸上でも動く椅子に座っている。何でも片脚が動かないらしい。難儀な身体だ。モガミのときと同じ感想しか出ない。
「Hello、アサ。ここには慣れたかしら」
「……まあまあだな」
何度も泣かされているとは口が裂けても言えなかった。
「お前は不思議な気配がする。見た目は艦娘なのに」
「私は元深海棲艦。戦艦棲姫だったの」
「……記憶があるのか?」
「ええ。半分くらいだけど。ここのガングートに殺されて、浄化された。今ではガングートといい仲よ」
殺し合いをした間柄なのに、その記憶が残っているのに、何故仲良くできる。理解が出来ない。
「私はここの人達にとんでもないことをしたのよね。特に朝潮には」
「また”朝潮”か……」
「私はね、朝潮を殺しかけてるの。右腕を捥いだのよ」
この鎮守府の中でも上に位置する大罪人だと本人は話す。その記憶を持っているのなら、皆に合わせる顔がないと思うが。
「だから、私は朝潮の盾になると決めたの。罪悪感も当然あるわ。でもあの子は全部許してくれた。恨み言1つ無かったわ」
とんだお人好しじゃないか。だが……だが、その気持ちが、少しだけわかる気がした。せっかく浄化されて艦娘になったのに、記憶があるからと恨み言を言われ続けるのは辛いだろう。
「姫様」
「……うん」
立て続けに何度も泣いている。私の身体はどうなってるんだ。この鎮守府に来てからおかしい。
何処へ行っても、示し合わせたかのように”朝潮”の話をされた。しかも全員が違うエピソード。そしてその度に私は泣いていた。ヲ級に泣き虫と言われても仕方がない。ここまでとは思わなかった。
それだけ影響力のある女なのだろう。私には関係ないはずだ。私は深海棲艦、そいつは艦娘。何も繋がらない。顔が似ているとかはあるかもしれないが。
昼食と夕食も振る舞われたが、私達の周りには絶えず人が集まってきた。取っ替え引っ替えだった。そしてその度、私は泣かされる。理由が本当にわからない。
「姫様、ハンカチ水浸し」
「どんだけ泣いたのよ……」
「知るか。私だって聞きたいくらいだ」
自分の身に何が起きているのかがわからない。
「それだけ、心が揺れたのよ」
「それだけでは理由にならないと思うんだが」
「私はわかったわ。何となくだけど」
カスミだけは知った顔をしている。腹が立つ。
「じゃあ、今日はここで寝てもらうから」
「雑魚寝か」
「そうなるわね。また泣かされるかもね」
その前に私を何処に置くかで争いが起きていた。別に何処でもいいだろうに。私は隣にヲ級が居れば安眠できるから、それだけ守ってくれればどうしてくれても構わない。
折衷案制服、白兵戦担当皐月、仮面着用最上、守護者ウォースパイト、全てのキッカケに朝潮が絡んでいます。良くも悪くも。