雑魚寝を終えた翌朝。朝になった瞬間に起きるというハギカゼが目覚める前に目が覚めた。まだ外は薄暗い。だが眠気もない。二度寝という雰囲気も無い。
結局私は部屋の真ん中に置かれた。隣にヲ級。もう片方の隣がさんざんな争いの末にレ級が勝ち取った。その権利くらい、子供に渡してもいいだろうに。大人気ない。
どうにか皆を避けて大部屋から出る。工廠に行くと、洗濯されていたという私の服が綺麗に置かれていたので、そそくさと着替えた。やはりこちらの方がしっくり来る。
「おはようございます朝潮様」
「っ……ミズホか。驚かせるな」
誰も起きていないと思っていたが、ミズホだけは隣に立っている。相変わらず気配もない。唯一怖いと思った存在だった。
「ほぼ1日こちらで過ごしてどうでしたでしょうか」
「……やかましいところだな。でも悪くない」
素直な感想だった。結局寝るまでいろんな話をされ、泣かされ、私は寝落ち。この謎の涙の正体は結局わからずだったが、居心地が悪いとは感じなかった。
「左様でございますか。ここから発たれますか?」
「……もう少しだけいる。出て行くなら、せめて全員に出て行くと言ってから行きたい」
「かしこまりました。では、今はこの静かな暁天をお楽しみください」
ミズホが消えた。大部屋に戻ったようだ。
時間的にはそろそろ夜間任務組が戻ってくるくらいである。ここにいても邪魔になるだろう。外を散歩することにした。そういえば、ヲ級がいない状態で歩くのは初めてだった。たまにはそういうのもいいだろう。
静かな海だ。心が穏やかになる。領海で見た海とはまた違う。暁の水平線が綺麗だった。この朝日が見られるなら、ここにいてもいいかなと思ってしまう。
だがここにいると穏やかに過ごすことは出来ないだろう。全員が起きたら出て行こう。礼でも言った方がいいか。
「あっさしーおちゃーん! あーそびーましょー!」
癇に障る声と気配。間違いない。この声は白い髪の女。白いフブキ。ここから南だ。声のする方へ艤装を出しながら走る。
今の声で大部屋の全員が起きただろう。少なくともミズホなら起こしてくれているはずだ。あいつは何をするかわからない。せめて皆が起きてくるまでは私が。
「やっぱりここにいた。領海捨てて自分の鎮守府に戻るとかちょっとズルくない?」
「知るか」
随伴も連れずに海に立っている。北には夜間任務組が向かっているはずだ。これをやるためにわざわざこちらに回ってきたのだろう。ご苦労なことだ。
「一昨日の答えが聞きたいな。私達と組まない? 深海棲艦なんだし」
「断る。失せろクズ」
「Noって言われると手が滑っちゃうんだよねぇ」
不意に主砲を撃った。まだ修復中の鎮守府の3階に直撃。
「もう一度聞こうかな。私達と組まない?」
「断ると言っているだろう。言葉もわからないのか」
また主砲を放ち、今度は2階へ。こいつ、私が同意しなければ鎮守府を破壊すると言っている。だが同意しても破壊するつもりだろう。私の手を使って。卑怯な手段を。
「次が最後かな。私達と、組まない?」
こいつと戦闘したときと同じことがまた起こった。私が断ると同時に撃つが、鎮守府ではなく私に狙いを定めている。不要と判断して殺すつもりなのだろう。そうはいかない。
「何度も言わせるな。断る」
主砲を放った。今見えた通り、私に向かって撃たれた。見えた通りなのだから避ければいい。
……私の後ろには鎮守府がある。最初からどちらも狙っていた。避ければ鎮守府が破壊される。避けなければ私がやられる。こうなったら、答えは1つ。
艦載機を目の前に出現させ、どうにか砲撃を食い止めた。集積地棲姫のメンテナンスのおかげか、砲撃を受け止めても少しの傷で済んだ。
「おお、ちゃんと最善を選んだね。さすが」
「お前がクズだからだな。先が読めたぞ」
あの次に起こることが見える現象、カスミから聞いた”朝潮”の技能『未来予知』に近いものに思える。あいつはどのように未来を予知していたかは知らないが、少なくとも私には少しだけ先の未来が予測できた。
「さすがにみんな起きちゃったかな」
「当たり前でしょう……騒々しい……」
窓から飛び出してきたフソウが白いフブキに猛然と突っ込む。半深海棲艦という特殊な身体のため、他と違って艤装の装備が必要ない。続いて同じように出来るハルカゼとレ級が飛び出す。私の隣にはヲ級とミズホが陣取った。守ってくれるようだ。
「この前ボコボコにされたのにまだ向かってきちゃいます?」
「人の妹に手を出して……ただで済むと思わないことね……」
「ただで済んでるんですよねぇ。前回は」
猛烈な蹴りを軽く腕で払う。白いフブキがとんでもないというのは知っていたが、ここまでなのか。ハルカゼも参戦するが、接近戦をするフソウの隙間を縫って白いフブキを撃つのは難しそうだ。それはレ級も同じ。フソウは他の奴とことごとく相性が悪い。
「3人相手にしてるのに私勝てちゃうかも。ついでに鎮守府壊しておこうかな。直してる最中でごめんね」
空を埋め尽くすほどの艦載機が出現。一体いくつあるのだ。
幸いにも私は対空が出来る。ある程度はあれをどうにかしないと鎮守府が危ない。
別に鎮守府なんてどうでもいいのではないのか。私は深海棲艦だ。自分の領海さえあればそれでいい。
だが、ここには一宿一飯の恩義がある。せめてこの一晩、ここに置いてもらった恩を返す。
「ヲ級! ミズホ! 対空!」
「ヲ!」
「かしこまりました。撃ち落としてみせましょう」
3人がかりならある程度は止められるはず。私は艦載機と高角砲を総動員してそれの対処に動いた。それでも劣勢。援軍さえ来てくれれば。
「うおー! なんじゃこりゃあ! 第1航空隊発艦! はっかーん!」
こちらも負けず劣らずの艦載機数。ここの空母3人が一斉に制空権を取りに行った。3対1でも不利に近い。私達が対空をしてようやく拮抗。あちらは1人で、フソウの攻撃を捌きながらだ。何なんだあいつは。
「姉さん大丈夫!?」
「カスミか! 私は大丈夫だ!」
カスミも合流。あの片眼鏡を付けているということは、話に聞いた自由にコントロールできる魚雷も使えるということか。それならフソウやハルカゼの援護も可能だろう。あちらはカスミにも任せる。
「いっぱい出てきたなぁ。じゃあそろそろ仲間が欲しいし。範囲拡張」
指を鳴らす。急激な頭痛。立っていられなくなる。隣のヲ級も、海上のレ級も悶え苦しんでしまう。これはまずい。話によれば、深海艦娘が洗脳されると聞いている。ここにはその洗脳を受けてしまう深海艦娘が9人もいる。それが一斉に寝返るとなると、勝ち目が無くなる。
「あれ? おかしいなぁ、誰も来ないや」
「あの子達ならこうなること見越して先にふん縛ったわよ」
ヤマシロが殴りつけながら言い放った。ここの連中も割とえぐいことをする。だが相手の手段を知っているのだからそういう対策くらいするか。あいつらには悪いがしばらく縛られていてもらおう。
「それなら仕方ないか。扶桑さん、ちょっと邪魔」
軽く蹴ったように見えたが、フソウがそれだけで浮き上がった。見た目と攻撃力がまるで合わない。射線が開いたことでハルカゼが撃つが、その砲撃も素手で払い除ける。滅茶苦茶すぎる。ダメージがまるで与えられない。
こちらはあれを無傷で捕らえようとしている。元々仲間らしいが、さすがに無茶が過ぎる。
「鎮守府を壊すことを優先します。中にまだ仲間もいるんだよね。死んでもらいたくなかったら守ってね」
両手に主砲を構えた。どう見ても駆逐艦の主砲じゃない。戦艦主砲か何かだ。せめてこの頭痛が取れれば戦えるのだが、あまりに酷い痛みに未だに立ち上がる事が出来ない。
と、不意に頭痛が止まった。理由はわからないが助かった。ヲ級もキョトンとした顔で立ち上がる。
「間に合ったーっ! 洗脳電波キャンセラー!」
アカシが機銃を装備しながら戦場へ。手には見たこともない装備。あの装備のおかげで私達の頭痛は取れたらしい。範囲がまだ狭いらしく、戦場に出なくてはいけなくなったようだが充分だ。アカシに感謝。機銃を装備しているということは、対空にも参加してくれるのだろう。工作艦が頑張ってくれるじゃないか。
「えー、作っちゃうの? じゃあ鎮守府より先に……」
白いフブキの視線がアカシへ。これはまずい。さっきと同じように未来を予測する。
「アカシ避けろ!」
「げぇっ、私ぃっ!?」
予測通りアカシに照準を合わせる。あの頭痛を止めてくれている装備を破壊しようとしているのはすぐにわかる。
「それを壊さないと!」
「ダメに決まってるでしょうが!」
ヤマシロが食い止める。ヤマシロも主砲による砲撃を素手で弾き飛ばした。アカシはミズホが避難させ、私の方へ。対空ならこちらに固まった方がやりやすいだろう。
艦載機を1つでも多く潰していく。鎮守府に近付けるわけにはいかない。すでに最初に二発も喰らっているのだ。これ以上喰らったら修復の完了がさらに先延ばしになってしまう。
「寄ってたかって面倒だなぁ。ここで仲間増やせると思ったのに」
「させるわけないでしょうが。さっさと投降するか帰りなさい」
「しないことくらいわかってるでしょ。山城さんも邪魔」
主砲を消し、拳での一撃。ヤマシロも浮いた。
「まだ遊びのつもりだったけど、そろそろ手加減無しで行こう。朝潮ちゃんを連れて行きたかっただけなのに、そんなに抵抗するんだもん。仕方ないよね」
浮いたヤマシロをさらに蹴って吹き飛ばす。飛んだ先にはフソウ。2人を同時に黙らせた。
白いフブキの瞳が赤く輝いたように見えた。危険な予感がしたので未来を予測する。ハルカゼが狙われる。
「ハルカゼ! 左!」
「間に合わせないよ」
指示した瞬間、ハルカゼが吹き飛んでいた。移動後に主砲による砲撃で、左腕を埋め尽くす艤装が大破。なんだあの威力。一撃で艤装があそこまでボロボロになるなんておかしい。駆逐艦なのに戦艦主砲と見ていいだろう。これはあまりに酷い。
「ほらほら、まだ行くよ」
予測が追いつかない。身体が追いつかない。次に狙われたのはミズホ。対空を潰そうとしているのはわかる。あれが崩れると、艦載機による爆撃で鎮守府が破壊される。
「ミズホ避けろ!」
「避けたら鎮守府に当たるよ」
「『理解』しています。避けることは出来ません」
放たれた砲撃は瑞穂に直撃。ギリギリで艤装で身体を守ったようだが、大破は免れていない。もう瑞穂は戦闘不能だ。艦載機の拮抗が崩れそうだったが、今までの努力の甲斐あり、状況はこちらに傾いている。
「随分と狡い手を使うじゃないか。お前にはプライドが無いようだな!」
「プライドで勝てるなら証明して見せてよ」
次に狙われるのはアカシ。やはり頭痛を止める装備を気にしている。あれが破壊されたら終わりだ。私達の頭痛が戻るより、まだ鎮守府の中で縛られている深海艦娘が取り返しがつかなくなる。
アカシは私の側だ。ヲ級も近くにいるが少し遠い。ミズホは倒れた。艦載機はあいつの艦載機をどうにかするために全て出払っている。
さらに後ろには鎮守府。避けたら鎮守府が破壊され、当てられたら頭痛が再発する。戦況は悪化するだけだ。
「明石さんやっぱりそれダメ。朝潮ちゃんが苦しまないと」
「やば……っ」
ならもうやることは1つしかない。誰も間に合わないなら、間に合う者がアカシを守らなくちゃいけないだろう。この場合、該当するのは私だ。
「その後ろ、執務室だよね。そこに司令官がいたら面白いことになるかな? 避けてもいいよ!」
主砲が放たれた。この中で犠牲に
私なら、まだ死んでもマシだ。
アカシに覆い被さり、白いフブキの砲撃を背中で受ける。艤装がある程度は守ってくれたが、ダメージが大きい。それでも鎮守府も無事だ。死んでいないだけ問題ない。
「朝潮!?」
「お前は死んじゃいけないんだろ! 私ならまだマシだ!」
口の中で鉄の味がする。思った以上にダメージが大きい。艤装も大破している。それでもまだ動ける。
「お、これは面白い展開。もう一発!」
さらに撃ってきた。狙いは同じだ。私が避けたらアカシがやられる。2人で避けたら鎮守府が破壊される。避けられない。私が身体を張るしかない。
「っぐぅぅぅ!?」
背中にもう一撃。もう艤装はほとんど無い。そろそろ生身を晒していそう。アカシは無傷だ。死んではいけない人が死んでいないならいい。
「大丈夫だな、アカシ……!」
「あ、朝潮、無茶しないで」
「私は深海棲艦だ……艦娘より頑丈に出来てる……!」
まだ死にはしない。次に撃たれてもギリギリ耐えられるだろう。もう一発くらいならアカシを守れる。一宿一飯の恩義で、艦娘相手に命を張るなんて愚かなことをしている。やはり私は半端者の姫なのかもしれない。
だが身体が勝手に動いたのだ。私の中ではこれが最善だ。私は間違ってない。今は、命を張る時だ。
「おお、素晴らしい自己犠牲の精神。深海棲艦になってもそういうとこは変わらないのかな」
白いフブキの小憎らしい声。私が傷付くところが楽しいようだ。クズだクズだとは言っていたが、ここまでとは。
「じゃあ、もう一発」
さらに撃たれる。まだ耐えられる。まだ。
「遅れてごめんなさい! 盾になるわ!」
丁度いいところでウォースパイトが来てくれた。ギリギリのところで私達を覆うように艤装の腕を展開。砲撃は弾かれ、最悪な状況は免れた。
「うわ、出たよロボット。じゃあ趣向を変えてこっち」
未来を予測。次の狙いはカスミ。攻撃の補助をしていたので私よりは少し遠いが、フソウとヤマシロが近い。
「何しとんねんお前ぇっ!」
空を覆うほどの艦載機をどうにかしていた空母隊の1人、リュウジョウがこちらにも艦載機を送ってくれた。使っているのは深海の艦載機のようだ。私もカスミを救うために艦載機をそちらに動かす。
「羽虫が群がってくる! 鬱陶しいなぁもう!」
超火力の対空砲火で一網打尽にされたが、カスミが逃げる時間は稼げた。フソウとヤマシロ、あとはレ級も近くにいるから安心だ。
安心できないのは私の損傷具合。血が止まらない。背中はグチャグチャになっているだろう。だがまだ耐えなくては。
「アサ、大丈夫!? 酷い怪我よ!?」
「大丈夫だ……盾役……アカシを守ってくれ……」
瞼が重い。血が出すぎてフラフラする。アカシを守ると言いながら、アカシにもたれかかる形に。今ここで眠ってしまったら、二度と目が覚めない気がする。それだけはダメだ。
「まずい……眠たくなってきた……」
「ヲ級! 工廠から高速修復材持ってきて! 早く!」
「ヲ! 姫様頑張って!」
まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。どうせ死ぬなら全てが終わってからだ。
なんでこの鎮守府を必死に守っているのかはわからない。守ってもらうという約束でここに来ているのに、身体が勝手に動いた。ここにいる艦娘だって全員初見のはずだ。
でも、命をかけて守ってもいいと、心の底から思えた。たった一晩、やかましいながらも楽しいこの場に居合わせただけなのに。
そうだ。深海棲艦である私は、ここで艦娘と交流することを楽しんだのだ。領海に戻った後も、またここに来たいと思える。なら、守らなくてはいけない。それだけの価値が、ここにはある。
『
頭の中に聞き覚えのある声が響いた。瞬間、視界が真っ暗になった。