欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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2人で1つの

『開いた。やっと貴女と話せます』

 

戦場にいたはずなのに、私は真っ暗の空間にいた。まるで海の底。穏やかで何もない、静かな静かな闇。

 

『はじめまして、深海朝棲姫。私は、貴女の中に()()()()()()()”朝潮”です』

「お前が……朝潮」

『ここは思考の海、と名付けました。私が密閉情報(ブラックボックス)に閉じ込められ、貴女が私の身体を使っている間に考えました』

 

目の前に女がいる。私と同じように、闇の中で立っている。見たことがある顔だと思ったが、海面に見た私の顔だった。髪の色も、角も、瞳の色ですら全て同じ。当然体型も何も変わらない。

 

『貴女が明石さんを身を呈して守ってくれたこと、本当に嬉しかった。それで私も死ねたのなら、それは本望だと思えるほどに』

「あれが最善だと思ったからだ」

『優しい深海棲艦なんですね。私に生まれたのが貴女で良かった』

 

目の前の朝潮は私の状況を教えてくれた。

私が生まれたキッカケは、背中の艤装のようなもの、深海忌雷。朝潮に寄生し、その身体を深海棲艦に書き換え、その精神を密閉情報(ブラックボックス)に封印。空っぽの身体に、身体に合わせた思考、つまり『私』という存在を生み出した。

それが深海忌雷を作り出した敵、北端上陸姫の意図。朝潮の身体から記憶を奪い、朝潮の精神から絆を奪う。私がやっていることは朝潮には全て筒抜けだったらしく、全て見られていたそうだ。

 

『貴女が敵対する様を私に見せつけたかったのでしょう。でも、貴女はそうならなかった』

「……私は私がやりたいようにやっただけだ」

『はい、わかります。全部見ていましたから』

 

見透かしたような目だが、嫌味がない。白いフブキとは大違い。

こいつは今までどれだけの修羅場をくぐってきたんだ。瞳の奥が()()()()

 

『貴女が明石さんを守ったとき、深海忌雷が半分ほど破壊されました。その背で受けてくれたからですね。それによって、ついにこの密閉情報(ブラックボックス)の蓋が開いた。今までは蓋が少し開くこともあったんですが、手が届かなかったんです。貴女が涙を流したとき、ですね』

 

私の目から勝手に溢れた涙は、この思考の海から溢れた水が出たもの、と朝潮は言う。私が泣くのは、決まって朝潮の話のとき。中に閉じ込められていた朝潮が反応して、思考の海が揺れた結果、少しだけ蓋が開き、その影響でこの水が溢れたとのこと。意識せずに泣いていたのは、全部こいつのせいだったわけだ。

 

「それで? 箱が開いたのならもう私はいらないな。身体を返せと?」

『数日間ですが、貴女も生まれ、この世界を謳歌しました。この鎮守府、好きになったでしょう?』

 

否定はしない。やかましくも楽しいこの鎮守府、私は好きになっていたのかもしれない。出て行こうと思っていたが、正直躊躇っていた。

 

『だから、返せとは言いません。この身体、一緒に使いましょう』

「……お前は何を言っている」

『こうやって話が出来るようにもなりました。深海忌雷が完全に破壊されていたらこうも行かなかったでしょう。私達は、本当に運がいい』

 

深海忌雷が全て破壊されていたら、私という存在が消え、朝潮だけになっていた。深海忌雷があるままなら、朝潮は封印されたまま、私がこの身体を使い続けていた。今のこの半壊状態だからこそ、共存が成り立つ。

入渠してもそのままだろうか。本来入渠は身体を治すものであり、艤装を直すものではない。が、私達深海棲艦は身体と艤装が直結されている。入渠で艤装も修復される。

 

『心配はいりません。入渠してもこの状態ですよ。密閉情報(ブラックボックス)は修復されません』

「何故そう言い切れる」

『これは艤装じゃありません。寄生はしていますが身体でもありません。艦娘の装備と同じ、外付けです』

 

この中にいる間に、朝潮はそこまで解析していた。私の言動や、風呂に入ったときの反応。眠っている時まで使って。この丸3日間でここまで。

 

『私は貴女を受け入れる。忌避するものじゃない。私と貴女は、文字通り一心同体です』

「……断ると言ったら」

『なら私はここに居続けましょう。少し霞や春風が心配ですけど。夜、眠っている時にでも貴女と話をします。どうせ外のことは全て見えていますしね。夜の度に冷やかしてあげますよ。あと最悪なタイミングで泣かせてあげます』

 

悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

そうか、私はこいつには敵わないんだ。私はこいつから生まれた存在。全てが筒抜け。元よりこいつをここに閉じ込めておくつもりなど無かった。自分の存在がどういうものかわかった今、私自身が本当に不要な存在だ。それをこいつは、朝潮は救おうとしている。

 

涙が溢れ出た。思考の海は穏やかだった。これは、私の涙だ。

 

「一緒に使おう。私を認めてくれたお前に、感謝と、敬意を」

『ありがとうございます。深海朝棲姫』

「……アサでいい。みんなからそう呼ばれている。あと、お前は私だ。上下関係などない。だから敬語は使うな。いいな?」

『ええ。一緒に生きましょう。アサ』

 

思考の海に光が差す。さっき見た朝日と同じだ。心が穏やかになる、そんな光だ。

 

 

 

目が覚めた。身体は高速修復材で治っている。傷1つない。そして深海忌雷は半壊したまま。少し加工がいるだろうけど、今動くのに支障はない。想定通り。

 

「よかった! 死ななかった!」

「ヲ! 姫様生きてる!」

 

気を失っていたのは数秒のことらしい。よかった。まだ戦況は動いていない。ピンチであることには変わりないが。

今は私、()()がこの身体の主導権だ。アサは思考の海で待機してもらっている。こちらの状況は全て伝わるし、会話も可能。1つの身体に2つの思考。脳の容量(キャパシティ)はもう関係ない。むしろ深海忌雷のおかげで容量すら増えている気がする。2人がかりでの演算だ。いつもよりも明確に未来が予測出来るのは当然だった。

 

「もう、治す余裕与えちゃったよ。扶桑さんも山城さんも面倒すぎ」

 

白吹雪さんは扶桑姉妹すら圧倒していた。だが、今の私ならわかる。あの2人、まだ白吹雪さんを無傷で捕らえようとしてくれている。どうしても手加減をせざるを得ない状況にある。

私は、ここは非情に徹するべきだと判断した。手加減して全滅するより、全力を出して救い出す方が優先だ。

 

「扶桑姉様、山城姉様」

「えっ!?」

「あ……朝潮……!?」

 

アサとは違うと感じ取ってくれたのだろう。戦闘中でもこちらを向くほど驚いている。

 

「その吹雪さんを()()()()()()()()捕らえてください」

「……そういうことね。了解」

「朝潮……可愛い妹……帰ってきたのね……今の言葉、よくわかったわ……」

 

そう、生きている状態でいい。

腕が捥げようが、骨が砕けていようが、内臓が傷付こうが、入渠すれば全て治る。そんなこと、私が一番わかっている。死ななければいい。それだけだ。

 

『お前も結構エグいな』

「あんな相手には余裕が無いだけ」

 

アサに冷やかされるが、余裕が無い。気を抜くと全滅するレベルの敵だ。扶桑姉様のパワーに空母棲姫の艦載機、さらには行動予測。対空性能も尋常ではない。今までの戦いでよくわかっている。手を抜いていたとはいえ、ここまでやって未だに無傷だ。

 

「霞、脚を吹き飛ばしてもいい。どうせ治せる。貴女の力、存分に見せてやりなさい」

「姉さん……戻ってきたのね! 任せなさいな!」

「レキさん、春風を連れてこちらへ」

「アサ姉ちゃん! わかった! ハル姉ちゃんを持ってく!」

 

扶桑姉妹に持ちこたえてもらう間に万全な戦場に。他の人達も続々と戦闘準備を終えているが、白吹雪さんはこれを見越して北の防衛線に尋常ではない数の援軍を用意している。あちらに向かってもらい、ここは()()()()に任せてもらおう。

 

「瑞穂さん……大丈夫ですか?」

「はい。瑞穂も修復材をいただけたので。艤装はダメになりましたが、大丈夫です」

 

良かった。春風が心配だが、これ以上攻撃を受けるところにもいない。ここからは、私達のターンだ。

 

「何あれ、もしかして元に戻った!?」

「貴女が背中に2回も撃ち込んでくれたおかげで、戻ってきましたよ。ただし、深海朝棲姫と共存できるカタチでね」

「イレギュラーすぎるでしょ! 何なのそれ!?」

 

刹那、空を切る扶桑姉様の脚。()()()()()()蹴り。予測していたようで避けはするものの、それだけで肌に傷を作る威力。

 

「許可が出たの……もう手を抜かないわ……妹がいいと言ったのだから……」

「手を抜かなかったところで、私には勝てませんよ! 私は扶桑さんと同じ、それ以上のパワーを与えられています!」

「なら2人がかりならどうかしら」

 

山城姉様が左拳にキス。本気のルーティン。真正面から受け止めたら、戦艦棲姫もミンチになるあの一撃。

 

「そんなの! 喰らうわけないでしょう! 大振りなそんな動き、避けやすくて欠伸が出ますよ!」

「なら3人がかりよ」

 

既に霞が魚雷を放った後だった。回避方向を見てから加速。扶桑姉妹に当たらないところで爆破。さすがにこれは想定外だったらしく、初めてダメージらしいダメージを与えられた。

 

「真後ろで爆発!?」

「隙だらけじゃない。さんざんやってくれた分を、ぶち込んでやるわぁ!」

 

霞の魚雷に驚いた隙を見て、回避などさせないスピードで近付いた、ガードを突き崩すほどの山城姉様の一撃。いくら頑丈でも、受ければダメージは通る。片腕がよろしくない方向に曲がったのが見えた。

 

「痛ぁ!? ちょっと、何してくれるんですか!」

「半殺しまではいいのよね……死んでないんだから……」

 

真後ろから背中への蹴り。艤装を半壊させ、初めて膝をつかせる。

 

「なんなのこれ! なんで私が!」

「簡単じゃない。調子に乗って、単独でここに来たことが運の尽きよ」

 

魚雷5本が周囲を囲んでいた。それはさながらサメのように、白吹雪さんに近寄り、同時に全てが爆発。片脚を吹き飛ばすまで行った。

相手は艦娘。それでももう容赦はしない。死ぬ直前まで追い込む。死ななきゃいいだけだ。

 

「ああもう! 撤退撤退! また今度覚えてなよ!」

 

ギリギリまでやったが海中に逃げてしまった。こうなるともう追いつかない。霞の魚雷の最高速より速いのだ。潜水艦でも追いつけない。

 

『朝潮、変われ。あいつは逃がさない』

「待って。あれはアサでも追いつけない。深海艦娘は逃げることだけはやたら速いの」

『くそ……次にあったら八つ裂きだ』

 

イライラしているのが手に取るようにわかる。私はアサと頭の中で共存できている。

 

 

 

被害としては春風が大破、私と瑞穂さんが轟沈寸前だったものを高速修復材での強制修復が入った程度。あとは多かれ少なかれ傷付いている。むしろ鎮守府の方が被害甚大だった。3階と2階に着弾したせいで、修復中だった私室が振り出しに戻ってしまっている。

 

「春風はすぐに入渠させた。あとは随時お風呂で治して。あとアサ……は中に入ってるんだっけ、アサに伝えて。助けてくれて本当にありがとうって」

 

明石さんを助けたのは私ではなくアサだ。今だけはアサと交代しておこう。

今どちらが主導権を握っているかは、私の瞳でわかるらしい。アサが外に出ていると瞳から閃光が走っているのだとか。春風の瞳が燃え上がるようなものだろう。

 

『私は最善だと思ったからやっただけだ。アカシにそう伝えておけ』

「表に出て、自分で伝えなさい」

 

主導権交代。強制的に表に出す。

 

「あのバカ、割と強引だな……」

「えーっと、代わった?」

「私は最善だと思ったからやっただけだ。礼を言われるほどのことじゃない」

 

思考の海でアサの行動を逐一監視しているが、なんというか初々しい。深海棲艦の思考だからか、お礼を言われることに慣れていないのだろう。その証拠に、顔が真っ赤だ。

 

「ヲ級、いるか」

「ヲ、姫様、なんだか不思議な雰囲気」

「私の中には艦娘が入っているそうだ。そいつとこの身体で一緒に生きていく。私はあまり外に出てこないかもしれない。だから、お前は好きに生きろ」

 

ヲ級は思案顔。今の言葉で私達の状況がわかっているのかいないのか。

 

「わたしは姫様と一緒にいる。どっちも姫様。あっちの姫様とお話ししていい?」

「ああ……交代する」

 

主導権がこちらに。ヲ級と面と向かって話すのは私としては初めて。少し緊張する。

 

「私は貴女の姫様じゃない。それでもいい?」

「いつもの強い姫様と、こっちの優しい姫様。姫様は姫様」

「……そうね。うん、その通り。じゃあ、これからもよろしくね、ヲ級」

「ヲ!」

 

この子にも名前を付けてあげなくちゃいけない。ヲ級と呼ぶのもあまりよろしくない。またいつも通りガングートさんに頼もう。

 

「朝潮と瑞穂も入渠しておこうか。高速修復材ぶっかけちゃったけど、念のためね」

「そうですね。寝ておきます」

 

このまま入渠へ。傷自体はもう無いので、念のための入渠となった。

 

 

 

入渠ということは、当然眠りにつくということ。今までだったら入ったらすぐ目が覚めるようなものだったが、今後は違う。思考の海で、アサと対面。眠っている時が、唯一対面できる機会。これは夢の一種である。会えないこともあるだろうが、今回は会えた。

 

「ヲ級共々、世話になる」

「構わないわ。救えるものは全員救うもの」

「……あの白いフブキもか?」

 

当然だ、と力強く返す。あんな形になってはいるが、白吹雪さんだって艦娘。私達の仲間が、北端上陸姫のせいでああ振舞わされているだけ。罪など無い。罪は全て北端上陸姫にある。

そんなこと、アサだってわかっているはずだ。ウォースパイトさんと話したんだから。罪は償える。

 

「お前は人が良すぎる」

「悪いよりはいいでしょ」

「まぁ、そうだな」

 

アサが笑うところは初めて見る。そもそもここだと顔自体が見えないのだが。

 

「正直ね、私すごく怖かった」

「……ここから出られないかもしれなかったからか」

「ええ。扶桑姉様の気持ち、わかっちゃった。目の前にいるのに、妹に手が届かないんだもの。そのうちこの中で狂ってたかもしれない」

 

アサの目を通して霞が目の前にいるのに、絶対に手が届かないという状況に置かれた。それは扶桑姉様が直面し、結果狂気に囚われたものと限りなく近いもの。まだ数日という短い時間で終わったから良かったものの、これがずっと続いていたら、戻れる見込みが無かったら、私も同じようになっていたと思う。妹依存、完全妹主義になる気持ちもわかる。

 

「でも、これのおかげで自分を持ち続けられた」

「指輪か? 私が生まれたときにも消えていなかったな」

「ええ。これは私と司令官との絆。深海棲艦化くらいじゃ切れないくらい、強い絆なの」

 

手の甲にキスをしてもらいケッコンという形で繋がった司令官との絆だ。記憶が消えてもこれだけは変わらない。私の精神の支えだ。

 

「じゃあ、このリボンもか」

「ええ。これは私が死ねない約束。これを持ち主に返すまでは死ねないの。簡単に消されたら困るわ」

 

敷波さんのリボンは私の決意の証。絶対に死なない。絶対に死ねない。アサが自己犠牲を見せたときは死んでもいいかと思ったが、唯一これだけが悔いだった。死ななかったのだから問題はない。

 

「出られたからいいわ。貴女にも会えたし」

「そんなこと、よく面と向かって言えるな」

「本心は口に出した方がいいのよ」

 

これからは尚のこと嘘なんてつけない。ここでアサに見られている。なら、気持ちを隠さない方がいい。

 

「本当に……人が良すぎる」

 

アサは自分にも罪があると思いそうだった。私を封じ込めていたのはアサだ。数日間だけだが拘束していたようなもの。だがしたくてそうしたわけではない。アサも被害者だ。生まれるべくして生まれたわけではない。

でも、生まれたからには幸せになってもらわなくては。この世界を楽しんでもらわなくては。




1つの身体に2つの魂。生きているものなら全てを救います。瑞穂のいう、全生命の救済は、あながち間違いではないのかもしれません。
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