領海近辺にて、敵から逃走した深海棲艦、重巡棲姫と遭遇した私、朝潮。追ってくる敵を片付け事情を聴くと、北端上陸姫の息がかかったものの侵略により領海を追われたとのこと。そのままにしておくと私達の鎮守府も危険になりかねないので、重巡棲姫の領海を取り戻すべく行動を始めた。
「女帝様がまた新しい相手を引っ掛けてきましたな」
帰投早々、漣さんからの冷やかし。とりあえず顔面に艦載機を押し付けて黙らせ、重巡棲姫に工廠へ上がってもらう。見たこともないものばかりだからか、緊張で脚が動いていない。
道すがら重巡棲姫のことを話してもらった。
重巡棲姫は少し前に生まれた比較的新参の姫。領海もここ最近でようやく拡がったらしいが、穏健派でもあるためそこまで大きな領海も持たない。配下も少ない方。重巡棲姫を含めて、連合艦隊が出来るか出来ないか程度。それでも楽しく穏やかに暮らしていた。
そこにやってきたのが白吹雪さんと戦艦水鬼。生まれたばかりの深海棲艦だと偽り、自分も穏健派だと言いながら擦り寄ってきた。自分の身を守るために同盟を結んでほしいと。生まれたばかりなのに戦艦水鬼を連れていたのが気になったようだが、2人で安住の地を求めて転々としていると聞き、力になってあげようと同盟を結んだ。
そうしたら今の状態だ。隙を見せた瞬間に配下が全滅。ほぼ戦艦水鬼にやられたらしい。領海を乗っ取られ、さらには追われる身に。信じた瞬間裏切られたという苦い経験から、人間不信となってしまった。
「なんだここは……艦娘と深海棲艦が共存している……」
穏健派とはいえ、艦娘は相容れないものという認識ではあるのだろう。私達が特殊なだけで、普通の鎮守府なら深海棲艦の拠点を見つけた時点で攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。
「艤装をしまってください重巡棲姫」
「あ、ああ」
2本の蛇のような艤装がシュルシュルと腹に収まっていき、影も形もなくなる。腹に大きく裂け目があるのは、重巡棲姫という個体特有のもののようだ。
「朝潮君、すまないね。心を休めるために領海に行ってもらったのに、また仕事が増えてしまった」
「いえ、これは仕方ないことですから」
深海棲艦を呼び込むということで、司令官の周りにも若干警戒態勢が敷かれている。扶桑姉様と山城姉様が護衛についているなら、余程のことがない限り大丈夫だ。
「霞君からの通信で大まかな状況は聞いている。なるべく早く出撃準備をしよう。重巡棲姫君、君の領海の場所を教えてほしい」
「お前がここの統率者か」
「ああ。私は君を救いたい。協力したいんだ」
重巡棲姫の表情が少し変わった気がした。
「……わかった。私も領海を取り戻したい。よろしく頼む」
先程とは打って変わって素直に言うことを聞く。司令官をすぐに信用してくれたのはありがたい。
会議室、青葉さんの作った近海の海図を広げ、場所を確認する。私の領海から東、以前小拠点攻略の際に戦艦水鬼と交戦したところからさらに南下したところの辺りだ。距離的には若干遠いが、北の陣地よりは近い。
「私が逃げる時には、既にヤツらの侵食は始まっていた。赤く染まっている」
「ふむ……なら扶桑君は向かえないか。だがそれ以外に制限は無いね」
部隊の構成に制限が無いのは大きい。本来の目的地からは大分遠いので、鎖の心配は無いだろう。勿論用心は必要だが、深海艦娘が出せないということは無さそう。万が一、白吹雪さんがまだそこにいたとしても、洗脳電波キャンセラーを身に付けている今なら安心だ。
「強化された戦艦水鬼となると、火力と人手は必要だろう。周りにイロハ級がいることも予想される」
「前回のように、姫級がいる可能性もあります」
前回の戦艦水鬼との戦いは、お供に戦艦棲姫が2体もいるという大惨事だった。今でこそ山城姉様が一撃の下に粉砕できるようにはなったものの、それすらも改造されている可能性がある。部隊の選定は慎重を期した。
「あらゆる状況を考えなくてはね。深海艦娘の運用も出来るのなら、火力に関しては申し分ない。今回は火力特化で行こう」
援軍も引き払った状態の少数から連合艦隊を組み上げる。今までの傾向から、鎮守府の守りも必要だ。今回の戦場が扶桑姉様が出撃できない赤い海のため、あの2人の高火力は鎮守府防衛に使うこととなる。
結果、頼られるのは戦艦火力と雷撃。制空権は最低限に、戦艦水鬼に速攻を仕掛ける。
「問題は白吹雪さんがいた場合ですね……。前回は3人がかりで追い返すまでしか行けませんでしたが」
「その場合は即撤退だ。あまりに危険すぎる」
これに反応するのは重巡棲姫。自分の領海のことだからこそ、口も出してくる。
「私の領海を取り返してくれるんじゃなかったのか」
「確実に取り返すためには、撤退も必要だ。生きていればまた行けるだろう。死んではいけない。死ぬ気でやるのもダメだ」
「……そうか……わかった」
自分も死にたくないから逃げてきたのだ。死んではいけないことくらいわかっている。状況によっては撤退もやむを得ないということは理解してもらえた様子。
「部隊を編成する。すぐにでも出撃を指示するよ」
急にバタバタし始めた。ここで時間を置くと、さらに南下される可能性がある。そこから南にあるのは陸だ。そうなってしまうと手が付けられない。あちらの鎮守府に迎撃を頼むのもいいのだが、白吹雪さんが何をしでかすかが本当に読めない。
小一時間ほどで連合艦隊による出撃。火力重視編成。
第一艦隊、旗艦はガングートさん。戦艦棲姫改との戦闘経験は、水鬼にも通用すると判断。随伴に榛名さん、ウォースパイトさん、雲龍さん、高雄さん、そしてクウ。徹底した火力偏重。クウを加えて、出先での制空権をなるべく取れるようにしている。
第二艦隊、旗艦は私、朝潮。旗艦が寄せ餌になるのはどうかと思うが、逆に言えば確実に相手を惹きつけることが出来る。随伴に霞、春風、レキ、時雨さん、初霜さん。雷撃をメインにした部隊。レキの戦艦火力と、時雨さんの背部大型連装砲の火力はここでも重宝する。
近付くことが危ないと判断され、白兵戦はガングートさん以外を鎮守府警護に回された。
「なんだこのめちゃくちゃな部隊は……」
「うちの鎮守府では日常茶飯事ですよ」
この部隊の後ろから少し離れて重巡棲姫がついてくる形に。領海を取り返すことが出来たら、即侵食し、自分のものへと書き換えるとのこと。
言いたいことはわかる。普通の艦娘から、深海艦娘、元深海棲艦、半深海棲艦、純粋な深海棲艦まで全種集めた部隊だ。半数がイロモノという類を見ない部隊である。
「朝潮、お前の気配が濃すぎる。敵の気配の察知に支障が出るほどだぞ」
「そんなこと言われましても。代わりに私が今まで以上に索敵してますからご安心を」
ガングートさんに言われるが、それをどうにか出来ないのだからしょうがない。抑えられるものなら抑えたいものである。
「気配を確認。そろそろです」
「なら向こうも気付いたな。戦闘準備!」
索敵範囲に反応が入った。白吹雪さんの反応は今のところ無い。これなら交戦となる。
「白い吹雪さんはいません。最奥に戦艦水鬼、随伴に空母棲姫2体と軽巡棲鬼2体です。残りはイロハ級、戦艦4、空母3」
「重たい部隊だな」
「イロハ級は全部私を狙ってくるんで、よろしくお願いします」
足下が赤く染まる。領海に入った。ここからは陣形を変えていく。
前衛に特攻役のガングートさん。それを支援するために榛名さんとレキ少し後ろに春風、時雨さん、高雄さん、初霜さん。ここまでが攻撃をメインにする7人。そこから雲龍さんとクウで制空権。最後尾に私と、囲うようにウォースパイトさんと霞。
私は制空権争いにも参加する。特に今回は敵に空母棲姫2体とイロハの改造空母が3体いるため、多いに越したことはない。
「敵艦載機発艦。雲龍さん、お願いします。クウ、レキ、私に合わせて」
「第一次攻撃隊、発艦」
雲龍さんの合図で艦載機が一斉に発艦。それでも敵の方が数が多い。対空が出来るのは私をメインに春風、時雨さん、レキの4人。それでギリギリ拮抗か、やや不利の状態。
「指示を出せ。第一艦隊の指揮権は女帝に預けるぞ」
「ガングートさんに女帝と言われるのは悪い気がしませんね」
目視で確認できた。索敵通りの配置。それなら、前から潰していくのがベスト。ただ、空母は優先的に潰したい。
「どうせ戦艦水鬼は一番奥です。手前からやりましょう。高雄さん、初霜さん、イロハの空母へ雷撃を。時雨さん、イロハの戦艦にいつもの。春風は時雨さんのバックアップ」
背部大型連装砲は準備万端。あれならいくら改造されていても戦艦にいいダメージが入る。
「榛名さんは軽巡棲鬼を。2体とも行けますか」
「榛名は大丈夫です。あの程度なら!」
「ガングートさんは空母棲姫を端からお願いします」
「任された。後ろに行ける時になったら教えてくれ」
雲龍さん、レキ、クウは制空権争いを徹底してもらう。空母の横槍は計算違いが起こるので早めに対処したい。これで残ったのは私と守護者2人。
「姉さん、私達は?」
「決まってるわ。勿論」
後ろを振り返る。
「重巡棲姫を叩く」
主砲を
こちらに残った3人は重巡棲姫を取り囲む。私達を騙したのだ。ただで済むと思ってもらっては困る。
「なっ、いつから気付いて」
「この海域についてからいつ攻撃しようか迷っていたでしょう。バレバレです。最初の迫真の演技では騙されましたが、引き金を引けない辺り、貴女はやはり穏健派ですね。その子達も躊躇っていましたし」
フィフが重巡棲姫を掴み上げた。こうなってしまうともう身動きが取れない。艤装ごと握っているので、攻撃すら出来ない状態だ。今撃ったら自分ごと爆発する。
むしろ私を狙ってくるイロハ級の流れ弾の方が危険だった。寄せ餌効果で重巡棲姫に当たりかねない。私は少しだけ離れたところから避けながら重巡棲姫を問いただす。
「それで? 裏切ったら鎮守府を破壊するなどと言った貴女が、どういう事情で私達に砲を向けたんです? ちゃんとお話しできれば解放しますよ」
「領海を奪われたのは本当だ……。お前達をここに誘き出して殺せば……領海を返してくれると言われた」
思ったよりペラペラと話してくれる。ならこれは本当のことかもしれない。
だが、何故隙を見て殺すのではなく、ここに誘き出す必要がある。重巡棲姫には私を撃つタイミングがいくらでもあっただろう。警戒だけはしていたから撃たせない自信はあったが、それでも。
「それ以外に何も指示は?」
「無い……誘き出すことが最優先だった……本当にそれ以外何も言われていないんだ」
「何故誘き出す必要が……まさか」
自分が深海棲艦に変えられた状況を思い出した。電探にもソナーにも引っかからず、深海棲艦の気配すら出さない深海忌雷の存在を、今更ながら思い出してしまった。完全に私1人にターゲットを絞った、ピンポイントな対策。あれを出されたら私は手も足も出なくなる。いくら深海棲艦になったとしても、海上から海中を見ることは不可能だ。
「ウォースパイトさんそのままでいてください!」
緊急事態になりかねない。アサに主導権を渡し、海中に潜った。海中での行動は私よりアサの方が得意だ。身体だけが深海棲艦の私と違い、心まで深海棲艦のアサなら移動の仕方もマスターしている。
「読み通りだ!」
『捕まえて!』
霞の足元。あの深海忌雷が急浮上している。気付くのが遅ければ、今度は霞が深海棲艦に変えられていた。見える範囲では今のところ深海忌雷はこれ1つだけ。霞だけを狙ってきている。
霞に辿り着く前にどうにか取り押さえ、深海忌雷と一緒に浮上する。武器があれば破壊できたのだが、こればっかりは仕方がない。確か面倒だからもう作らないとか言っていたはずなのに、あれも嘘だったのか。
「カスミ! そこから離れろ! ウォースパイトの艤装に乗れ!」
「うえっ!? ちょ、ちょっと……ごめんなさい!」
あまりにも急だったためフィフを思い切り踏みつけて艤装の上へ。海上よりも上に上がればある程度心配は無くなる。
「レキ! 潜れるか!?」
「も、潜るのか!? 出来る!」
「これと同じものがあったら全部壊せ! こいつはまずい!」
いち早く察知したアサがレキに指示を飛ばした。このメンバーの中では、レキなら手早く海中にも行けると確信していた。行けることがわかっている春風は戦艦対処中だから指示が出せない。ならレキしかいない。
「なんだこいつ!」
まるでタコのようにヌルヌルと動く深海忌雷。腕に絡みついてきて離れない。
「ちょっと待って、姉さんそれ機雷なのよね。まさか!?」
『爆発する!?』
「くそっ、離れない!」
こうなったら、これ自体を破壊するしかない。深海棲艦化の性質ではなく、本来の機雷としての性質を持っているとしたらまずい。ここでアサが機転を利かせる。
「朝潮、すまん!」
謝罪の後、アサは艦載機の1つに深海忌雷を撃たせた。どうなるかはもうわかっていた。比較的小型ゆえに爆発も小さかったが、それでも私の腕が無くなりかける大惨事である。手甲のおかげで繋がっているようなものだった。爆発の余波で顔にも軽い火傷が出来てしまった。
深海棲艦化の機能を植え付けるのが面倒なだけだったのだろう。機雷としての性能なら問題なく量産できるわけだ。私の索敵に引っかからない機雷が。
ということは、この機雷は最初から霞を爆殺するために動いていたことになる。海中に引きずり込み、胴体まで登った後に爆発。致命傷により轟沈。死んでいなくても機関部破損により浮上出来なくなり溺死だ。
「っぐぅぅ……」
「あ、アサシオ、腕、腕が……」
私の状態を見て一番狼狽しているのはウォースパイトさんだった。過去に、前世で私にやった大罪。あろうことか、今回やられた腕は右。
「御姉様!?」
「ハルカゼ! そっちを片付けろ! 私はまだ大丈夫だ!」
私は中で見ているだけだがアサは相当辛そうだ。自衛もままならない状態になっている。あちらのイロハ級は大体が終わっているが、全員が大分苦戦している。全てにおいて改造が施されているせいで、イロハ級ですら通常とは比べ物にならないほど強力になっている。
戦況から私が冷静に判断しなくてはいけない。アサに私の指示を伝え、全員に発信してもらう。
「シグレとハルカゼでガングートのサポート! 空母棲姫を片付けろ! ハツシモとタカオでもう片方だ! ハルナもそちら! 戦艦水鬼は放置でいい!」
空母棲姫すら通常より堅くなっている。1体に3人付けてギリギリだろう。幸い榛名さんが軽巡棲鬼を2体とも終わらせてくれていたのがよかった。イロハも何とか終わらせ、こちらへの流れ弾もようやく落ち着く。今の状態では避けるのも辛い。
『アサ、代わるわ』
「ふざけるな。お前は出てくるな。こんな痛みでお前は苦しむ必要はない。それに、お前この状態で自衛できるのか。できないだろ。引っ込んでろ」
何も言い返せないのが辛い。今はアサに任せるしかなかった。ついには自分の痛みからも逃げてしまった。
「アサ姉ちゃん! いっぱいあったから壊したぞ!」
「よくやったレキ!」
「えっ……アサ姉ちゃん、腕どうした!?」
見つかる範囲の深海忌雷を破壊したレキが浮上してくるが、私を見るなり駆け寄ってきた。誰がどう見ても大破であり、一歩間違えば轟沈まで見えている大怪我だ。
「朝潮、空母棲姫を撃破だ。残りは戦艦水鬼のみ」
ガングートさんからの報告で残りの敵が戦艦水鬼だけであることがわかる。アサはギリギリというところ。
アサ以外も、大分消耗している。ガングートさんは特にキツそうだ。白兵戦担当はどうしてもこうなる。春風や榛名さんも消耗が激しい。
「姉さん、私が出るわ。レキも行ける。戦艦水鬼はここで片付ける」
「アサ姉ちゃんの腕をやったのあいつか。ならここでぶっ壊してやる!」
私の護衛には霞に代わってクウ。ウォースパイトさんは実質戦闘不能。消耗しているとはいえ9人いれば行ける。
野放しにしていたらこの領域はさらに拡がり、私達だけでない場所まで被害が出る。ここで片付けなくては。皆には酷だが、振り絞ってもらうしかない。
深海棲艦化する前の朝潮なら、重巡棲姫の裏切り行為で動揺していました。深海棲艦化したことで、少し考え方が捻くれている部分もあります。