戦艦水鬼から重巡棲姫の領海を取り戻すため出撃した私、朝潮を含む連合艦隊。だが、それは敵の罠だった。重巡棲姫を利用し誘き出された結果、私でも感知が出来ない生体兵器、深海忌雷により右腕が破壊される大怪我を負ってしまう。こちらはレキを使い深海忌雷を処理したが、それでも戦艦水鬼は未だ無傷。対するこちらは人数は多いが消耗が激しい。
「姫様! 姫様しっかりして!」
「大丈夫だ。落ち着けクウ」
腕の痛みはアサが全て肩代わりしてくれている。私がやれることは、アサの目から戦況を把握し、確実で安全な戦闘を指示すること。アサのためにも戦闘を早急に終わらせなくては。
『アサ、なるべく戦場を見て』
「ああ……わかってるさ。今の私はお前の目にしかなれないからな」
私からアサに伝え、そこからさらに仲間に伝えるため、本来の指示からもう一段階挟むことになる。いつも以上に先を読まなくてはいけない。
「……アサシオ、これをお願い」
戦意喪失状態だったウォースパイトさんが握っていた重巡棲姫を投げ捨てた。状況が状況だけに、重巡棲姫も戦意喪失。絞め上げられていたこともあり、ぐったりと海に浮かぶ。
「無理しなくていいんだぞ」
「ハルナと代わるわ。あの子も消耗が激しい。私がやらないで誰がやるのよ」
手は震えていたものの、ウォースパイトさんの目からは確固たる意志を感じる。贖罪という意味合いも強いだろう。そこまで気負ってほしくはないのだが、本人の納得する形はここにしかない。なら、やってもらう他ない。
「正直吐きそう。手も震えが止まらないわ。でもねアサシオ、私は
「そうか。じゃあ……任せた」
「Leave it to me」
今ほとんど消耗が無いのは霞とウォースパイトさんだけだ。この2人をメインに戦術を組み立てる。これはアサではなく私の仕事。痛みから離してもらえているのだから、思考をフル回転させて最善の選択を導き出す。
『アサ、榛名さんと時雨さんを下げて、ウォースパイトさんの射線を開けて』
「ああ。ハルナとシグレは下がれ! ウォースパイト、これで見えるな!」
「ええ、充分よ」
フィフがさらに変形していく。戦艦棲姫改の時に見せた、口内の超大型主砲。頭部から現れたそれは、今までのものとは比べ物にならない威力を誇る。艦娘となってからもそれは健在。
「Fire!」
爆音と共に放たれた超大型主砲。私を守るように前に立ち、一定の間隔で何度も何度も放った。
「朝潮ちゃん! 大丈夫!?」
「大丈夫だ。警戒は怠らないでくれ」
駆け寄ってきた榛名さんにも介抱されながら、次の指示、その次の指示を組み立てていく。
時雨さんには背部大型連装砲の準備をしてもらい、ガングートさんと春風、レキに内部破壊を狙ってもらう。そこからは雷撃だ。霞にはその隙も作ってもらう。雲龍さんも空爆という形で行動制限を指示。
これは過去に戦艦水鬼を倒した時の戦い方。察した雲龍さんが早速空爆を開始する。
「小蝿が鬱陶しいわね。当たると思ってるのかしら!」
ウォースパイトさんの放った砲撃は隙が大きすぎて簡単に避けられる……はずだった。
「当たるだろ。避けられないようにしているんだからな!」
避けようとした戦艦水鬼をガングートさんが逃がさない。空爆に乗じて回り込み、自立型艤装ごと羽交い締めに。膂力は戦艦棲姫改以上だろうが、ガングートさん自体があの頃と違う。簡単に拘束は解けない。
「貴女正気? 貴女にも当たるわよ」
「構わん! 貴様が盾になってくれているからな。あの程度の衝撃には慣れている!」
山城姉様のスパーリング相手をしているガングートさんだからこそ耐えられる。さすがに焦りを見せた戦艦水鬼。何とか振り払おうともがくが、ガングートさんはビクともしない。
「仕方ないわね。撃ち落としてあげるわ」
戦艦水鬼の自立型艤装もその2つの口を大きく開く。砲撃に砲撃をぶつけて回避しようとする作戦。初弾はそれで撃ち落とされるが、ウォースパイトさんは何度も撃っている。これはもう行動を制限する攻撃だ。
そして、それが狙いだ。既に次の指示を出してある。戦艦水鬼がこういうことをする敵であることを知っている春風だから、対策はわかっている。
「口を開けたなぁ! レキ、ステキな
「アサ姉ちゃんの腕をやったのお前だろ! ぶっ壊してやる!」
あの時は夕立さんと組んで動いていた春風が、今回はレキと組んで同じことをした。特にレキの砲撃は戦艦の威力だ。口内に叩き込まれれば、嫌でも内部破壊が発生する。いくら改造されていたとしても、そこはどうしても脆い。
「残念だったな」
「この……ガラクタ供がぁ!」
数度目のウォースパイトさんの砲撃が着弾する寸前にガングートさんも離れ、戦艦水鬼だけに直撃。ガングートさんにも多少はダメージが入るが、気になるほどではない。
ここからは追撃だ。残る4人に一切攻撃を指示。あちらからの攻撃はもう気にしなくていい。未来を予測しても、攻撃されている映像は見えない。
「ようやく魚雷が通るようになったわね! 初霜!」
「はい! やっちゃいます!」
高雄さんと初霜さんの魚雷が足下で何度も爆発。自立型艤装の下半身を次々と破壊していく。もうバランスもまともに取れないはずだ。
「主砲も通るんだよね。なら撃たせてもらうよ」
今度は時雨さん。ウォースパイトさんの砲撃の着弾点と同じ位置を撃つ。本体にもダメージが入り始め、ついに膝をついた。
「トドメよ。よくも姉さんをやってくれたわね。このクズが!」
最後は霞の魚雷。いつもよりも深く潜行した後、加速して浮上したことでトビウオのような挙動となった魚雷は、海中ではなく海上で直撃。本体の腹から下を消し飛ばすほどの威力となって爆発した。
消耗は激しいが、なんとか戦闘終了。私は入渠必須な損傷。ガングートさんも消耗が激しい。口内への一撃を決めた春風や、改造された軽巡棲鬼2体を処理した榛名さんも相当ボロボロだ。早く帰って休みたい。
『戦闘終了。警戒は怠らないで』
「わかってる。万が一のことは考えているぞ」
アサに周囲警戒を促す。イロハ級や随伴の鬼級姫級は消滅済み。戦艦水鬼も消滅が始まっている。重巡棲姫は未だグッタリと浮かんでいるのみ。追加の敵は気配も反応もない。
「本当に……私がやられるなんて……」
半分ほど消滅した戦艦水鬼が呟く。身体も消滅していっているため、浄化は無い。
「言われていた通りじゃない……ちょっと悔しいわ」
「言われていた? 誰にだ」
「貴女達ならわかっているでしょう……白いフブキよ」
この戦艦水鬼も何かの目的のためにほぼ捨て駒としてここに置かれていたのかもしれない。深海忌雷による不意打ちのためか。あれに気付けなかったら、何人かはやられていた。それだけは回避できて本当に良かったと思う。私の腕一本で命が助かったのだから、この怪我は誇ることができる怪我だ。
「だから……最後の置き土産」
ギシギシと音を立てて、壊れかけの副砲が動き出した。倒れているのであらぬ方向を向き、何かを発射。副砲にしては大きなものが出たような気がするが、誰にも被害がなく、そのまま戦艦水鬼は消滅した。
『置き土産……?』
「着弾点はすぐ側だな。っつつ……腕が動かないのはキツイ」
念のため何が発射されたかは見に行く。置き土産というくらいなのだから、何かこちらに不利益になるものではなかろうか。見つけ次第破壊する方がいいだろう。
着弾点には人の頭ほどの塊が浮かんでいた。深海棲艦の気配もなく、ただの弾のように見える。ただ、電探に反応がないのが気になった。目の前にあるのに反応がないということは、先程の深海忌雷と同じようなものだ。
ということは、これは休眠状態の深海忌雷の可能性が高い。見つけたのだから、すぐに破壊しておこう。
「アレを誰か破壊してくれ」
「では私が。主砲はあまり使っていないので、残弾も多いです」
比較的消耗が少ない初霜さんが、塊に対して砲撃。
だが、それが間違いだったと気付いた時には、もう遅かった。
攻撃してきたものに対して反応するタイプのものだったのだろう。着弾と同時に休眠状態から活動状態に移行。破損すらしておらず、初霜さんに触手を伸ばした。距離が離れていたはずなのに、その速さだけは、瑞穂さんの移動速度に匹敵していたのではないかと思える。
「な、何これ!?」
あの深海忌雷が機雷の性能そのままか、深海棲艦化の性能を保有しているものかは定かではない。だが、どちらにしろこのままだと初霜さんが危険である。
艦載機では間に合わない。主砲持ちの面々は火力が高すぎる。魚雷は以ての外。深海棲艦勢はよりによって戦闘終了と同時に脚部艤装以外しまっていた。時雨さんでギリギリだが、若干距離がある。予測のスピードも超えているので早急に指示。
「シグレ!」
「間に合え……!」
背部大型連装砲ではなく、手持ちの小型主砲を構える。が、わずかに間に合わない。撃ったときにはそこには無かった。
触手が初霜さんの主砲を持つ右腕に絡みつき、中央部から棘のようなものを伸ばし始めた。あれには私も覚えがある。おそらく私の艤装を突き破り背中に突き刺さった、根を張るための機構。ということは、あれは深海棲艦化の性能を持っている。
「腕ごと撃ってください!」
「仕方ない、我慢しなよ!」
時雨さんが深海忌雷を撃つが、暴れ回ってしまい照準が定まらない。初霜さんもジッとしようと踏ん張るが、深海忌雷がのたうちまわるせいでどうにもならないでいた。
「うあっ!?」
棘が腕に刺さり、ゆっくりと根を伸ばし始める。このままでは本格的にまずい。艦載機も準備出来たが、やはりのたうちまわるせいでうまく狙えない。また、艦載機の射撃では駆逐主砲と同じく傷も付けられない。私の背中の深海忌雷が、戦艦主砲並の砲撃を2回受けてようやく半壊したほどなのだから、効かないのは当然かもしれない。
未来を予測しても、指示した時には別の場所。自分で攻撃できないことを久し振りに呪った。こんなとき、天龍さんや皐月さんがいれば刀で腕を切り落としていただろう。だが、いないのだから仕方ない。ウォースパイトさんや榛名さんの火力で吹き飛ばすしかもう方法がない。この中ですぐに用意できるのは榛名さんだ。
「ハルナ!」
「ジッとしてて!」
「私が押さえる! そのうちに撃てぇ!」
ガングートさんが艤装の力でどうにか抑えつける。その間も侵食は続くが、動きだけはどうにか止まった。
榛名さんが初霜さんの腕を吹き飛ばそうとするが、既に初霜さんの主砲を持つ側に寄生を始めてしまっていたせいで、こちらを攻撃してくることに。まるで初霜さんが抵抗しているようになってしまっている。
『このままじゃ私の二の舞に……!』
「させるか! 私は運が良かっただけだ! ハツシモが消えて無くなる前にどうにかする!」
主砲を乱射しながら侵食を続ける。もう右腕は全て侵食され尽くされ、右半身全体が変化しつつある。せめて深海忌雷が処理できれば、そこで侵食は止まるはずだ。
だがどうやって。近付けば撃たれる。離れていたら照準が定まらない。ガングートさんが押さえつけていても、暴れ回っていて簡単にはいかない。
そこに、想定外の反応が動いていた。
「私がやる……下がっていてくれ。そのまま押さえていてくれよ」
いつの間にか起き上がっていた重巡棲姫が、初霜さんに近付いていた。近付くということは、至近弾を何度も受けることだ。それすらも気にせず、艤装を展開して初霜さんの右腕を掴む。
深海忌雷に侵食された主砲は、もう深海艤装へと変化していた。威力は駆逐艦のそれではない。いくら姫級の耐久力があろうとも、何度も撃たれてはひとたまりもない。現に重巡棲姫は血塗れだった。
「せめてもの罪滅ぼしだ。命に代えても、こいつは助ける」
腹の自立型艤装が、初霜さんの右腕を飲み込んだ。中がどういう構造をしているかはわからないが、少なくとも戦艦棲姫のような艤装だ。内部で撃たれたら破壊される。
中で爆発音が何度も聞こえるが、それを耐えるように蠢く。なかなか破壊されないのは、自立型艤装の最後の意地なのかもしれない。
「っ、あぁあああっ!?」
自立型艤装の中から、骨が磨り潰されるような音がした。深海忌雷を咀嚼している。耐え難い激痛に初霜さんも泣き叫んだ。何度か嫌な音が続いた後、自立型艤装の蠢きが止まる。
「砕いた……これで大丈夫だろう」
初霜さんの右腕が吐き出される。重巡棲姫の言った通り、活動していた深海忌雷は粉々に砕かれていた。代償として右腕も見るに堪えない状態になっていたが、完全に深海棲艦に変えられる前には食い止めることが出来た。
「自分の命惜しさにお前達を利用したのに……領海を取り戻すことも出来そうなのに……結局私は死ぬらしい……裏切り者の末路か」
艤装の端から消滅が始まっている。撃たれすぎていた。真っ白だったはずの重巡棲姫は、今や余すところ無く真っ赤だった。私に懐いてくれた、私を撃つのに躊躇いを見せた自立型艤装は、何処か安らかな雰囲気の中で消滅していった。表情なんて無いのに、そう思えた。意思が感じ取れた。
「だが……何だろうな。すこく晴れやかな気分だ。このまま死んでも……悔いはない」
「そんなこと言わないでください……貴女は私の恩人なのに……」
グチャグチャになってしまった右腕のことも気にせず、初霜さんが駆け寄る。手を伸ばすが、触れる前に重巡棲姫はその場に倒れてしまう。
「お前達をここに呼んだのは私だ……お前がこうなってしまったのは私のせいだ……恨んでくれて構わない……むしろ……恨んでくれた方が……浮かばれる……」
重巡棲姫は悔いがないと言った。それなら賭けに出ることも出来る。身体が消えないうちに鎮守府へと運ぶことにした。艤装は消滅したが、本体がまだ消滅していない。浄化される可能性は残されている。
後味の悪い戦闘になった。失うものは多く、得るものは無い。