翌朝から、深海棲艦に半分侵食された初霜さんと、浄化された重巡棲姫であるポーラさんの性能検査が始まった。
そして今、私、朝潮は初霜さんとポーラさんの性能検査を見守っている。情報を最初に入れておくのが私の仕事であることは変わらず、現場で戦況を組み立てるためには最新の状況をいち早く知る必要がある。これもその一環だ。
私は基本的に決戦までは決められた任務や訓練は無し。あくまでも身体と心を休めろというのが司令官からの命令である。訓練を手伝って欲しいとお願いされたらお手伝いくらいはするし、人手が足りなかったら出向くことはするという程度である。
「主砲と魚雷の威力が異常に上がっていますね。片方だけですが」
「左はサポートとして使い、右を主に使うのがいいでしょうね。利き手側で良かったのでは?」
「そうですね。大分変わりますけど、今まで通り動けそうです」
初霜さんは、艤装のバランスが極端に変わったことに慣れることになる。脚部艤装は右側に合わせた仕様に作り変えられ、残りの武器は左右非対称で装備することに。威力の違いで撹乱することも可能。
得意であった雷撃は、霞とは真逆の立ち位置になりそうだった。コントロールできることで命中率が格段に上がった霞に対し、初霜さんは一直線にしか進まない通常の魚雷な代わりにその数倍の威力を叩き出す。
「霞さんとの連携もうまく出来そうですね」
駆逐艦雷撃コンビとして、今後の戦場では活躍してくれること間違いなしである。
そしてポーラさんだが、そもそも艤装からして重巡棲姫のものが色濃く受け継がれていた。
本来と同じ背中に接続するタイプではあるのだが、その両サイド。重巡棲姫を彷彿とさせる蛇型の自立型艤装が2つ。あまりにも異形。
「やっぱりこの子達がいないと調子が出ないですね〜」
「もしかしてこの子達はあの時の?」
「そうですよ〜。ポーラと一緒に浄化されたみたいです〜。あの時の子と同じですよ〜」
私を見るなり、首を伸ばして擦り寄せてきた。間違いない、重巡棲姫の時の自立型艤装のあの子達だ。思考パターンもそのままに、ポーラさんの艤装として復活を遂げていた。
「右の子が
見た目は大差無いが、右側がロッソ、左側がビアンコ。覚えておこう。今でも私に懐いてくれてるのは嬉しい。
「そしてこれが〜、
事もあろうか性能検査中に当たり前のように飲酒。流れるように飲んだので止める事も出来なかった。初霜さんを首を横に振るのみ。ここに来てからずっと酔っているらしい。そんなことで性能検査は大丈夫なのだろうか。
「それじゃ〜、行きますよ〜。Fuoco!」
ポーラさんの主砲は通常の重巡洋艦とは違う長距離砲。射程だけで言えば戦艦と大差がないという代物である。火力は当然落ちてしまうが、牽制にも使え、命中すれば当然ダメージも入る。有用な武器ではあった。
「ん〜、あたり〜」
「え、酔ってても命中するんですか!?」
ここからだと点に見えるほど遠い場所にある的をしっかりと撃ち抜いていた。長距離を飛ばすということは、ほんの少しでもズレれば的になんて当たらない。こちらの1センチがあちらの数メートルなんて事が当たり前のようにある。
それを普通に当てた。アルコールが入っているのに。
「何回撃ってもあたりま〜す」
宣言通り、二度、三度と撃ってもしっかり的に命中している。長距離砲を完全に使いこなしている。釈然としないが、ポーラさんはそういう人なんだろう。釈然としないが。
「あっ……」
「何か不具合でもありました?」
「
また飲酒。何処から出したかしっかりワイングラスで呷る。そして撃つ。的のど真ん中に命中。飲む、撃つ、当てるの流れ作業。本当にアルコールが入っていた方が動きがいいまである。酔拳か何かだろうか。
「初霜さん……この人は……」
「面影は何処にもないですが、ちゃんと私の恩人ですよ」
ここまで来ると苦笑する他なかった。
結局ポーラさんは性能検査は全てアルコールが入ったまま行い、最高の成績で終わらせた。目視で確認できるのなら百発百中と言ってもいいかもしれない。
『大丈夫かこの酔っ払い』
「どうなんだろう……」
アサすら心配するレベルである。
ポーラさんはアルコールが抜けた状態での再検査を要求されていた。本人は嫌がっていたが、さすがに酔った状態のデータは信憑性に欠ける。
性能検査が終わった後、初霜さんは深海艦娘を相手に実戦訓練をするとのこと。左右のバランスの悪さは早急に慣れておかないと後々確実に危険な目に遭う。当然チームプレイもガタガタになるだろう。
ポーラさんは素面にするために司令官の監視下に置かれることになった。私達では止められない。ならもう司令官に任せるしかない。
「朝潮さんも見てくれると嬉しいです。客観的に見てもらえれば、何か気付くかもしれませんから」
「わかりました。何かあったら言いますね」
「よろしくお願いします」
昨晩から初霜さんからのアピールが猛烈になっている。
今までは人数が増えてきたということと、
それが今はこれでもかというほど一緒にいたがる。
全ては私のデメリット、強すぎる深海の匂いのせい。このせいで初霜さんの心を捻じ曲げてしまっているようで心が痛む。これがもし敵対心の方に傾いていたら、私は初霜さんに後ろから刺されていたかもしれない。
「朝潮さん、もしかしてご迷惑でしたか……?」
「そんなことないですよ。ただ、やっぱりその感情は私のせいだと思うので……」
「朝潮さん。私は昨日も言いました。この一時の感情にも素直になろうと。抑え込むだけじゃダメなんです。時には解放しなくちゃ」
初霜さんも私と同じでストレスを自分の中に溜め込むタイプらしい。それが半深海棲艦化でオープンになったことで、ストレスが溜まらなくなったと。ある意味心が健康になったと語る。
「半分深海棲艦となった私はこういうものなんです。納得してもらえると嬉しいです」
「そうですか。なら私も受け入れましょう。深海棲艦化を受け入れている人を否定するわけにはいきません」
「ありがとうございます。ふふ、さすが私の初恋の相手ですね」
オープン過ぎるのも考えものである。
春風や扶桑姉様とは違う好意を、ここまでダイレクトに伝えられたことはなかったので、私も少しドキッとしてしまった。
「さ、実戦訓練です。早くこの艤装になれないと!」
「そうですね」
その足で深海艦娘の詰所へ。今日は全員揃っている様子。
「お、今日は公認カップルが来たぞ」
「私が朝潮さんのお嫁さんだなんてそんな」
深海棲艦化の悪影響が出ているように思える。今までと違い、妙にテンションが高い。深海艦娘と同様に大人しい人が過激な思考になるのもあるとは思っていたが、それとは違うイメージ。本能のままに生きているというのが強い。
どちらかといえば春風や瑞穂さんに近いか。思ったことをすぐに行動に移す。我慢しない。
「で? 初霜の実戦訓練だろ。相手誰にするよ」
「そうですね……時雨さんと……皐月さん。あと、大潮さんを」
大潮はスタンダード。時雨さんは特殊兵装。皐月さんは白兵戦。わかりやすく3パターン。あらゆるパターンを網羅できるのがここの詰所のメンバーのいいところ。連携プレイを相手にしたいなら深雪さんと電さんや時雨さんと五月雨さん。単純なパワーを相手にしたいなら睦月さん。選べるタイプが多種多様。
「特に大潮さんとはお話ししませんと。私のこと、お
「えっと、大潮にはよくわかりませんが、初霜ちゃんには容赦しない方向でいけばいいですね!」
初霜さんがまずい方向に進んでいるように思えた。これも全て私のせいだと思うと、心が痛いを通り越して顔すら合わせるのを躊躇ってしまいそう。この鎮守府に一緒にいる限り、私は初霜さんを狂わせ続ける。
「朝潮……なんか大変だね」
皐月さんに同情される。
「春風とかとは違う大変さですね……。今までを知っている分、私が全て狂わせているのがわかるので……」
「まぁ弾けるのはいいことじゃない? 初霜、朝潮と同じタイプだしさ。初霜もいろいろあったんだよ」
あまり他の人の過去というのは聞いていないが、私がここに配属される前に初霜さんはいろいろあったらしい。詳しくは本人から聞けと言われたが、過去を掘り返すのはそれこそ気がひける。
「訓練の後にでも聞いてみなよ。今の初霜なら素直に全部話してくれるよ。朝潮にならすっごく従順だし」
向こうから話してくるなら聞くことにしよう。私から聞くことではない。
訓練は滞りなく終了。初霜さんのスペックアップは予想を遥かに超えていた。
まず、
特殊兵装を使う時雨さんには、得意の雷撃で勝利。背部大型連装砲をあえて撃たせて戦っていたが、それに当たることはなく、雷撃で追い込むいつものスタイルを守り続けていた。左右の違いを使い分けている。
皐月さんには辛くも敗北。初霜さんの戦闘スタイル的に高速で近付いてくる白兵戦はどうにもならない。左の主砲による牽制も、皐月さんには効かない。超至近距離で魚雷を放ち自爆覚悟までやろうとしたが、それすらも読まれて斬られてしまった。
「滅多に無いでしょうけど、白兵戦は厳しいですね。あと、やっぱり右側の威力が上がったせいで、反動軽減がうまく出来ていないように見えました」
「いつもの追い込みは出来たんですけど、妙に力んだ感じはしました。なるほど、反動が強くなっていたんですね」
客観的に見るといろいろと見えるものである。それは初霜さんだけに限ったことではない。大潮は雑に攻撃する部分も見えるが、ノると手がつけられない。時雨さんは駆逐艦らしからぬ大型連装砲を使うためか、照準を定めるのに少し時間をかけている。
「やっぱり見ておいてもらえて良かったです。私だけでは気付けないこともありました」
「それはよかったです。初霜さんの場合は単純な強化になっているみたいなので、新しく覚えないといけないことはなさそうですね」
こう話している間も距離が近い。私の深海の匂いをより近くで感じたいとのこと。
私のせいと思い過ぎるとまたストレスで倒れることになるだろう。下手したら記憶障害で初霜さんのことを忘れてしまうかもしれない。アサからも冷やかしと同時に心配の声も聞こえたので、私も素直に受け入れることにした。
好かれていることを否定するのは良くない。私が
「なんだか深雪と電を見ているみたいだね」
「そっか、あの距離感見覚えがあると思ったらあの2人だ」
深雪さんと電さん、確かに私が見るときは必ず隣同士だったし、あの大部屋で寝るときも絶対に添い寝していた。なるほど、覚えておこう。
「初霜ちゃんはお姉さんと仲がいいんですね!」
「はい、つい昨日からですが、強く縁を持つようになりました。全て朝潮さんの魅力の賜物です」
「お姉さんは人気者ですね! 妹の大潮も鼻が高いです!」
大潮は多分よくわかっていない。私の体質は深海艦娘には影響がないということだろう。正直、それに関しては安心している。
この鎮守府で一番影響を受けているのは紛れもなく初霜さんだ。その次が春風とおそらく扶桑姉様。2人は元々が私に対して
「……朝潮さんのおかげで、私も変われた気がします。その体質のおかげですよ」
「誇れることかはわかりませんが」
「正直、昨日までの私はこの鎮守府の誰も信用していませんでしたから」
これは初耳だった。初霜さんの抱えていた闇を、つらつらと話してくれる。
初霜さんは大本営に発見された欠陥艦娘。ここに引き取られるまではたった数日ではあったが、何度も解体をちらつかせられ、まともに艦娘としても扱ってもらえず、人間不信になっていたらしい。ゴーヤさんと近しい経緯で、初霜さんもまた、心に傷を負っていた。
ここにやってきた直後は本当に誰とも口を聞かず、ずっと部屋に閉じこもっていたほどらしい。司令官の説得で外に出て、皆と仲良くなった今までですら、必要以上に他人と関わってこなかったそうだ。そういえば、私も初霜さんのプライベートは全く知らない。
仲良くしていたとしても、心の奥底では裏切られるのではないかとずっと思っていた。全て上辺だけの関係だった。それは当然、今までの私ともである。
「今までは全て社交辞令で過ごしてきました。深く繋がらない方が、裏切られても痛くないですから」
「初霜さん……」
「でも、今は違います。心の底から朝潮さんと一緒にいたいです。視野が広がったと自分でも思います。世界が明るいんです」
今までは作り笑顔だった。だが、今は本心。心の底からの笑顔。それを引き出せたのが私の体質だと言われれば、それは喜ぶべきものなのかもしれない。
「この気持ちは朝潮さんのおかげです」
「私だけじゃないですよ」
「はい。ポーラさんに助けられたから今の自分があります。みんなが受け入れてくれたから楽しく生きられます」
本来なら悲観するであろう身体と心の変化は、この鎮守府なら関係ない。多少驚きはあるものの簡単に受け入れられる。現に今、誰も初霜さんのことを悪く言わない。この場にいる者に普通の艦娘は1人もいないのはご愛嬌。
「みんなのおかげで私は生まれ変われました。この感謝の気持ちを糧に、頑張っていきます。特に、朝潮さんのために」
「あまり私のためと気負わないでくれると」
「私は朝潮さんが好きですから。愛してますから」
春風に迫られているような感覚に陥る。初霜さんも目の中がぐるぐるしているように見えた。
今後は社交辞令ではなく、本心で付き合っていくと話す。嘘ばかりの自分はもう何処にもいないとも。それを聞くと、深海棲艦化も悪くないものに思える。
もしこれが治療出来たとしても、それまでの経験は変わらない。初霜さんは、本当の意味で生まれ変われたのだと思う。
左右非対称というのはロマンが詰まっていますが、初霜の場合は脚部艤装に影響があるので物凄くピーキー。深海組だけど工廠を使わないと出撃が出来ないので、なんだかんだ前から変わっていません。