初陣の翌朝、妹の霞が目覚めたと連絡を受けた私、朝潮。大急ぎで工廠へと向かった。
「大丈夫、ちゃんと歩けるわ」
「じゃあ提督に挨拶しに行きましょうか」
私の時と同じように2本の足で地面を踏みしめ、艦でないことを実感している霞がいた。以前の自分と同じことをしていると思うと感慨深いものがある。
私の後に入る艦娘は霞で2人目。前のガングートさんは普通ではありえない経緯なので考えないものとすると、初めての後輩と言ってもいい。それが妹なのだから、可愛くて仕方ない。吹雪さんの気持ちが今ならすごくわかる。
「霞!」
「朝潮姉さん、ここに配属していたのね」
思ったより冷静な娘なようだ。これなら
執務室に入ると、私の時と同じように司令官が待っていた。その巨体を見て一瞬ビクッとしたのが見て取れた。わかる。初めて見たとき、司令官は少し怖い。
そこから、霞への説明が始まる。私も何かあったときのために相席させてもらった。先程の雰囲気からして大丈夫だろうと考えていたが、私の予想は大きく外れた。
「私に
「ああ、落ち着いて聞いてほしい」
「なんで私が……そんな目に……」
「君だけじゃない。ここは皆
「姉さんも……?」
泣きそうな顔で私を見つめてくる。勿論、と手を握ってやる。すごく震えていた。気持ちは痛いほどわかる。
それからは終始俯いていた。何故自分に欠陥が発生したのか、自分には何が出来て何が出来ないか、聞くたびに手を強く握ってくる。しっかり握り返してあげた。
「大丈夫、皆君を受け入れている。勿論私もだ」
ひどく混乱しているのは見て明らか。特に酷かったのは、やはり解体がチラついたときだ。俯きながら、すでに涙が流れているのもわかった。
それでも私の手は離そうとしなかった。姉である私のことを信用してくれているのかもしれない。耳元でずっと、大丈夫だからと慰める。それで安らぐならずっとしてあげよう。
司令官の説明は私の時以上にゆっくりだ。
「霞君、君にはこの鎮守府に配属してもらいたい。君のできることで、我々を助けてくれないかい」
「私からもお願い。霞、私達と一緒に戦いましょう」
今のままだと自分から解体してほしいとも言いかねない。それだけは阻止したかった。初めて会えた妹が解体を望む姿なんて、姉として見たくなかった。
「こんな、私でも、いいの?」
「勿論。君だって艦娘だ」
手の震えはまだ止まらない。だが、少しずつだが調子を取り戻してきている。言葉に詰まりながら、時に深呼吸して気持ちを整える。そして、
「いいわ、やってあげる」
袖口で涙をぬぐい、司令官を見据える。震えはまだ止まっていないが、決意に満ちた顔だ。
「駆逐艦霞よ。今日から世話になるわ。姉さんもよろしくお願いね」
「ええ、よろしく霞」
最後まで手は握ったままだったが、ある程度調子は取り戻したようだ。まだ開き直るには時間が必要だと思う。でも、前を向く決心はできている。霞は私が支えてあげようと、私も決意した。
司令官は霞配属の宴を開こうとしていたが、相変わらず大淀さんに叱られていた。それでもまた食事会くらいはありそうだ。
配属手続きはすでに終わっており、霞の意思が聞けたことで正式に配属が決定した。
霞のこともあってか、今日は私も完全に非番。鎮守府を案内しながら、今後のことを相談することにした。
「姉さんは何処に
「私は主砲と魚雷の接続不備。だから攻撃できないの。サポートに回るために対空と対潜に特化しているわ」
「そっか……なら私は雷撃特化が良さそうね」
出来ることを伸ばすのが一番だ。特に霞の場合は、出来ることが私よりも限られている。
主砲よりも連射ができない代わりに一撃必殺の威力を持つ魚雷。私には運用の仕方はわからないが、霞なら使いこなすことができるだろう。魚雷を使う先輩には潮さんもいるし、安心して任せられる。
「あ、でもここにはもう一つ道があるわ。おススメできないけど」
「おススメできない道って何よ……」
「見た方が早いわね。多分今訓練中だから、行ってみましょう」
その足で訓練しているであろう鎮守府の外へ。今は格闘戦に特化した人達の訓練中だ。なんでも、今日ここを発つ友軍艦隊の方々と合同演習をするのだとか。入渠が完了した長波さんの身体を慣らすのも込みだそうだ。
相手は軽巡洋艦1人に駆逐艦3人の水雷戦隊とはいえ当たり前だが
「なんだか人が多いわね」
「合同演習っていうのがほとんど無いらしいわ。ちょっとした娯楽にされてるのかも」
もうそろそろ始まるくらいのタイミングだった。ただ、すでに異様な風景だった。
神通さん率いる友軍水雷戦隊は、まともな装備だ。弾が模擬戦用のペイント弾になっているだけで、普段使いとなんら変わりはない。長波さんも回復していることが確認できた。
問題はこちらの部隊。天龍さんは模擬刀、山城さんはグローブ、そして、ガングートさんは明石さん特製のクッションがついたハンドパーツに換装していた。何より、
「ほ、本当にやるんですか? 私達全員主砲装備ですけど」
「構わないわ。容赦なく撃ってちょうだい。こっちも容赦しないから」
旗艦となる神通さんと山城さんが真ん中で握手。その後、一定の距離に離れる。この時点でこちらが不利なのは確実。接近戦しかしないのだから、距離をつけられるだけで圧倒的不利。
演習開始の合図が鳴った。
同時に先攻するのはガングートさん。早速新装備の魚雷を発射する。
「戦艦が魚雷!? 回避運動!」
いち早く気付いた神通さんが駆逐艦3人に指示を飛ばす。だが元々当てるつもりのない魚雷、目的は部隊の分断だ。
残念ながらそれを簡単に許してくれるほど神通さんは甘くなかった。魚雷の向きを見極め、水雷戦隊全員で同じ方向へ回避。そのまま一斉射撃が始まる。
「ふむ、分断できずか」
「もっと散らして撃ちなさい。アンタが先攻よ」
「わかっている。我に続け! Ура!」
巨腕を振りかぶり、突撃するガングートさん。元々低速艦であるガングートさんだが、缶とタービンを付けられるだけ付け、今は高速戦艦として臨んでいる。深海棲艦の時とは離れた装備だが、これは重く感じなかったらしい。
それは山城さんも同様。駆逐艦装備をするくらいならと、缶とタービンを付けられるだけで付けている状態。駆逐艦よりも速いくらいだ。
水雷戦隊からの主砲攻撃を、スピードを活かして華麗に避け、部隊に肉薄した。
「容赦せんとは言ったが、手加減くらいはしてやる。ちゃんと避けろよぉ!」
当たったら即終わりの巨腕による攻撃。狙いは最後尾の敷波さん。
「なんなのさコレぇっ!?」
すんでのところで避け、すぐさま主砲を構える。しかし、ガングートさんの艤装は即座に反応、前面を覆い隠しガードする。
と、同時に後ろから山城さんがガングートさんの艤装を踏み台に跳び上がっていた。空中にいたら集中砲火を受けそうだが、
「余所見すんなよ」
「っ、もうそんなに!」
その虚をついて天龍さんは神通さんに肉薄。模擬刀で主砲を叩き落とす。
元々高速艦の天龍さんは、缶とタービンの力でさらにスピードを上げていた。戦艦2人の突撃を目くらましに、すでに接近戦まで持ち込んでいる。
そこからは終始こちらのペースだった。とにかくガングートさんの大振りな攻撃がチームワークを乱し、その隙を見た山城さんが1人ずつ倒す。倒すといっても本当に殴ってしまうわけではなく、主砲を叩き落としたり脚を掬って海に沈めたりと、再起不能になればなんでもいい。
天龍さんと神通さんの一騎打ちも、最初に主砲を落とされたところで勝負が決していたようなものだった。拾う余裕も与えず、そのまま圧倒。
結果、こちらの部隊の圧勝に終わった。
「朝潮が言ってたのこれぇ!?」
「敷波姉、何か聞いてたの?」
「深海棲艦の姫級を殴って倒したって……」
「そういうの先に教えとけよ!」
ビショビショになった駆逐艦の3人。山城さんが全員海に沈めてしまった。これだけやってもお互い無傷だから恐ろしい。ガングートさんの艤装にはペイント弾がベッタリこびり付いているが、身体は綺麗なものだ。
「……姉さん」
「うん、わかる。何も言わなくてもわかる」
唖然としている霞。あれを目指せと言われても困るだろう。
「天龍さんは霞と似たような
「なるほどね。だからああいうスタイルに……ってなるか! おかしいでしょ!」
私達は慣れてしまっているからおかしく感じなかった。天龍さんは刀で攻撃するし、山城さんは素手で攻撃する。何もおかしくない。むしろ主砲を撃ってるところを見たら何が起きたのかと驚くだろう。
完全に鎮守府の空気に飲まれている。私達にはこれが当たり前なのだ。
「ガングートさんは元深海棲艦」
「はぁ!? 敵じゃない!」
「今は艦娘。でも艤装が深海棲艦に近くなってしまっているの。だから戦闘もあのスタイル」
霞が頭を抱えていた。あの3人はこの鎮守府の中でも飛び抜けて珍しい艦娘だ。普通の艦娘の常識で考えてはいけない。
「まさか姉さんは私にああなれとは言わないわよね」
「霞が目指すなら止めはしないわ」
「お断りよ!」
その後、霞への鎮守府の案内は滞りなく進み、その足で友軍艦隊の見送りに来た。霞には命の恩人だ。挨拶くらいはしておいてもいいだろう。
「……助けてくれたのよね。ありがと」
「どういたしまして。貴女が生きていてくれて本当に良かった」
少し申し訳なさそうな顔をするが、それを霞には悟られないようにしていた。駆逐艦の3人も何も言わない。せっかく
私達にとって、
「これから頑張って。また会いましょう」
「ええ、今度は戦場じゃないところで」
「少なくとも私達はここの人達にリベンジに来ますので」
先程の演習に負けたのがよほど悔しいらしい。本来あり得ない戦い方で圧倒されたのだから、仕方ないといえば仕方ないと思う。
「神通さん、すっごい負けず嫌いなんだよ」
「あ、そうなんですね。それがあそこまで完膚無きまでに負けてしまったから」
「そうそう。天龍さんには絶対勝つぞって意気込んでた」
私は敷波さんと仲良くなっていた。
昨日の談話室、口論の現場はちょっと無視して、私は妹を持つ者としての心構えや接し方を聞いていた。敷波さんは同じ部隊に妹の朧さんがいる。私も霞と一緒の部隊で出撃する時が来るだろう。その時のために。
敷波さんの答えは、『深く考えるな』だった。妹相手に遠慮する必要は無いし、自分で鬱陶しいかもと思ったならやめればいいと。あと、ああはなるなと吹雪さんを指差していた。
「朝潮、また会おうね」
「はい、また会いましょう」
最後は大きく手を振って帰っていった。この鎮守府は最前線だ。また会うこともあるだろう。できれば救援ではなく、共闘で。闘わずにただ会うだけでもいい。
朝潮は基本敬語だけど妹相手にだけはタメ口なイメージ。原作側だと時報とかで妹相手にも敬語でしたけど。