夜、性能検査も終えて禁酒から解放されたポーラさんが浴びるようにお酒を飲んでいた。グラスに注いでは呷り注いでは呷りですぐに1瓶空けてしまうハイペース。私、朝潮はともかく、一緒にいた扶桑姉妹も呆れるほどであった。外は暗いがまだ夕食前である。
「朝潮……ああはなっちゃダメよ……」
「大丈夫です。私、お酒飲めませんから」
その言葉が聞こえたのだろう。こちらを向き、目を光らせる。これはまずい。私に飲ませようとする。
「アサシオはお酒の美味しさを知らないんですね〜。勿体ない! 勿体ないですよ〜。フソウさんとヤマシロさんもまた飲みましょう〜」
「アンタのペースにはついていけないわよ。潰されるのがオチだから遠慮させてもらうわ」
「子供に飲ませちゃダメよ……?」
扶桑姉様が私の前に立つ。デコピンの準備まで。
そんな中、鎮守府全体に緊急警報が鳴り響いた。最近無かったが、こんな時間に全員召集とは珍しい事態。余程緊急性のある事件が発生したのかもしれない。
「ポーラ……貴女も来なさい……召集よ……」
「お酒持って行きま〜す」
「それでいいからさっさと準備しなさい」
あれだけガブ飲みしているのに足下がフラつく事もなく、会議室へ向かう。いつも酔っているように見えるが、お酒には強いのだろうか。
「集まったね。緊急出撃だ。作戦概要を説明するよ」
この流れ、私の初陣の時と似ている。
「ここから北、赤い海付近の孤島に、とある部隊が取り残されている。それの救助に向かってもらいたい」
救助任務ならば少数の高速艦隊で速攻をかけるのが我が鎮守府の定石。全滅を目指す必要もなく、対象が救えれば任務完了だ。
だが、今回その救助対象が問題だった。
「今回の救助対象は、赤い海の調査隊だ。艦娘だけじゃなく、私のような人間もいる」
「つーことは、運搬も必要ってことか」
「そういうことだね。大発動艇から戦車を降ろし、それを使ってもらう」
対地攻撃が出来る艦娘が1人絶対に必要であるということ。人間だけでなく、護衛の艦娘が怪我を負っていた場合、乗せて運んだ方が早い。
私もその対象になっていたのだが、深海棲艦化の影響で大発動艇が装備出来なくなってしまっていた。深海艦娘と違い、外付け装備が出来ない。これもまたデメリットの1つ。
「あちらは先に元帥閣下へ救難信号を出している。そこから我々への依頼だ。元帥閣下からの依頼だから、出来る限り最速で救助できる部隊が編成可能だよ」
「外見を気にしなくていいってことかしら」
「一応ね。だから、初霜君に指揮をしてもらう」
救援、撤退の任務に関しては右に出る者がいない初霜さんが指揮。旗艦ではなく指揮というだけあり、作戦立案までここでやってしまう。外見を気にしなくていいというのなら、これ以上の適任者はいない。片目だけとはいえ夜目も利くようになり、今回の作戦には最も適している。
「提督、救助対象からこちらに通信が」
「回してくれ」
あちらからの音声は酷い音割れ。赤い海付近ではあるが、深部には入っていないらしく、通信は普通にできるようだ。後ろからは戦闘音。聞く限り、防衛に徹しているようだが、近くでの音が激しい。
「元帥閣下から話は聞いている。今から救助部隊をそちらに送る」
『すみません! 護衛艦娘は駆逐艦4名! 人間は僕含めて2人です!』
聞こえてきたのは若い男性の声。浦城司令官よりも若い。
「話せる限りでいい。戦況を教えてほしい」
『無人島の岸で防衛戦を展開中! 敵は多く、全てイロハですが戦艦もいます!』
「了解した。我々が到着するまで持ちこたえてくれ」
通信が切れる。あちらが切羽詰まっている状況なのは充分にわかった。少数に向かっての集中砲火だ。時間をかければかけるほど不利になるだろう。さらには2人の人間もいる。
「初霜君、今の通信から、部隊を選出してくれたまえ」
「夜、さらには島での防衛戦ですね。でしたら、まず島から敵を離すことが必要でしょう。朝潮さんの寄せ餌効果を使います。夜目が利く者が有用ですので、メインは深海艦娘で、駆逐艦のみの高速部隊がいいと思います。大発動艇のために大潮さんを。朝潮さんに引かれた敵を迅速に倒すために皐月さんと叢雲さん、あとは全てに対応できる春風さん。私が思う最高の効率は私含めたこの6人です」
救助任務に対して的確な判断が出来る初霜さんの選定。私の深海の匂いは救助にも最適だ。全ての敵がこちらを向いてくれるのだから、救助対象をすぐさま安全にできる。
この部隊は探照灯の必要も無く、いざという時に私達の姿を救助対象から見えづらくすることも出来る。
「わかった。今の6人は直ちに出撃。さらに私が緊急時のために援軍を選定しておく」
夕食前に突然慌ただしくなってしまった。早いところ救助を終わらせたいところだ。
「朝潮……夜は一緒に寝るのよ……」
「はい、約束です。絶対に戻って姉様達と寝ますから」
簡単でもいい。死なない約束は作っておくべきだ。扶桑姉様と一緒に夜を迎えるために、私は死ぬわけにはいかない。
緊急出撃で海を駆ける救助部隊の6人。大発動艇を運ぶ大潮と、電探と寄せ餌で補助する私を中心にした輪形陣での移動。先頭に皐月さんと叢雲さん、後ろに春風と初霜さん。司令官との通信は、一番余裕があると思われる私に積まれた。回避し続ける私に余裕があるかはちょっとわからないが。
「大潮、大丈夫?」
「大丈夫です! 少しコントロールが難しいですけど、ちゃんと運べます!」
戦車が積載されていない大発動艇のため、少しだけコントロールに違いが出ている。救助した者全員を乗せることが出来る余裕はあるが、高速で運ぶとまず間違いなく酔うので、そこだけは慎重にお願いしたい。
「朝潮さん、敵が引っ張れたら、なるべく島から離れてください。救援は私と大潮さんで向かいます」
「了解です。春風、護衛お願い。私達は白兵戦組の援護よ」
「かしこまりました。御姉様は必ずやお守りいたします」
場所は大体わかっている。直進を続けることで、深海棲艦の気配を発見。私が発見できたということは、寄せ餌が起動する。
「気配を感知。寄せ餌効果入ります」
「オッケー。叢雲、先陣切るよ」
「ええ。アンタは無茶しないように」
島が索敵範囲に入る。おおよそ東寄り。艦娘4人の反応も確認。大丈夫、まだ誰も死んではいない。人間らしき反応も2つある。
当然敵の反応も入ってくる。数はやはり大量だ。通信の相手が言っていたように戦艦も混ざっている。防衛戦でこれを捌いている4人は大丈夫だったのだろうか。
「初霜さん、島は東です。大潮と向かってください」
「了解。大潮さん、行きましょう」
「りょーかい! お姉さん、また後から!」
ここで2人と別れる。あちらの2人の方が敵に近付くことにはなるが、私の効果で見向きもしない。既にこちら側に戦艦の攻撃が飛んでき始めているほどだ。効果が絶大すぎる。
『もう狙われてるな。状況が悪くなったら無理矢理出るぞ』
「お願い。今はまだ遠いから大丈夫よ」
艦載機全12機を発艦。自分の周りをリング状に飛ばす。自分を守りつつ攻撃にも転化するためだ。今回の場合は必要な数を皐月さんの足場に向かわせることもあるだろう。
「へぇ、朝潮カッコいい発艦するね。じゃあボクも!」
皐月さんも艦載機を発艦。前方に6機配置し、いつでも足場にできるように。艦載機としての使い方ではないのだが、もうこれに慣れてしまっているようだ。皐月さんは
「皐月、アンタ戦艦と空母だけ狙い撃ちにしなさいよ。私が重巡以下の雑魚を相手にするわ」
「お、それいいね。朝潮、後から足場ちょうだい」
「了解。春風は叢雲さんの討ち漏らしを私に近付けさせないで」
「任せろ御姉様。誰も近付けさせない」
春風もあちら側に入って準備完了。
島の防衛戦が4人なら、こちらも4人だ。ただし、こちらは練度が違う。大量に敵が出てくる戦場にも慣れている。10や20の敵なんて考えるまでもなく、100や200でも処理する自信がある。
「会敵! 皐月さん、近い戦艦と空母の位置を伝えていきます!」
「頼んだよ! そんじゃあ、跳ぶよーっ!」
早速艦載機を足場に敵陣に突っ込む。それでもまだ敵は私を狙い続けているのだから、戦いは単純になる。私に向かってくるものを片っ端から撃破すればいい。
「1時から」
「あいよ!」
私の艦載機も込みで敵の大群の上を駆け、早速戦艦の首を刎ねる。
「あ、ちょっと硬い。これ改造されてる」
「北端上陸姫のものですかね。次、9時」
「空母ね! オッケー!」
皐月さんの見えないところの敵も私が全て教えていけば問題ない。群がってくるのだから攻撃も単調。他の3人は回避すらせず、全て私が攻撃を吸っている状態だ。まとめて飛んできても瞬間的な『未来予知』で全て回避可能。
「春風! そっちに漏れた!」
「しっかりしろよ叢雲! 全部倒してくれないと御姉様が守れない!」
「守る必要無いくらい避けてるじゃない、アンタの御姉様は!」
叢雲さんと春風もなかなかの連携だ。こちらに敵が来ることはない。飛んでくる攻撃も、しっかりこちらを狙うものではなく、どうにか当てようと無闇矢鱈に撃っているものに変わってきている。そこまでしても私以外を狙わないのだから、私の仕事は出来すぎているくらいだ。
「那珂ちゃんにダンスレッスンでも受けたら?」
「確かに、避けるのに良さそうですよね」
既に皐月さんと雑談するレベルに。敵が少なくなってきたおかげで私はただ避けるだけ。ちょくちょく艦載機で敵を牽制することもしている。皐月さんは自分の目で見てターゲットを撃破する。ここまで来ると、もう完全勝利も目前。
「大物これで終わり!」
「雑魚も片付いたわ!」
見渡す限りいたように錯覚するほどの敵の軍勢は、3人の駆逐艦で全て淘汰された。全てが私に吸いつけられたのはなかなか壮観。
「初霜さん、こちら完了です」
「ありがとうございます。こちらも怪我人を全員大発動艇に乗せました。島まで来てもらえますか」
こちらの終了と共に救助も終了。これで後は怪我人を鎮守府に送り届けて任務完了だ。だが、
「……ちょっと、問題がありそうですので」
初霜さんの不穏な一言。私も嫌な予感がした。
赤い海の調査をしている部隊ということは、上層部の息がかかっている可能性がある。元帥閣下からの依頼かもしれないし、こちらに通信を送ってきた男性は理解者かもしれないが、人間は『2人いる』と言っていた。もう片方がどういう人間かわからない。
「初霜さん、どうしました」
4人で島に到着。念のため春風は少し後ろに下がらせている。島の側には深海棲艦に破壊された台船。これに人間2人が乗っていたのだろう。通信設備だけはギリギリ生きていた様子。
「いや、あの……ちょっと予想外なことが起きてまして」
護衛艦娘4人は全員が中破から大破の大損害。第十七駆逐隊として活動している浦風さん、磯風さん、浜風さん、谷風さん。改二ではなく乙、丁改装という特殊な改装が行われていたが、改造された深海棲艦という想定外と、圧倒的な数の暴力の前で人間2人を守るというのは厳しかった様子。人間の片方、若い男性も腕を吊っているので骨折をしているようだ。
ただ、問題はもう1人。男性と同じくらいの若い女性。私の姿を見るなり、目を輝かせる。
「駆逐艦朝潮モデルの深海棲艦!? こんなの初めて見る! なんでこんな個体が!? すごいすごい!」
飛び跳ねるように喜んでいる。今までにない反応に呆然とする一同。早くここから離れなくてはいけないのに、女性の高すぎるくらいのテンションについていけない。
初霜さんの言っている問題は、私の予想の斜め向こう側だった。嫌なことではないが、これはこれで困る。
「はっ、ごめんなさい我を忘れてた。十七駆の子達が危ないんだよね。全員乗ったから出してもらって大丈夫!」
「その、ごめんね……この人こういう人で……」
「あ、は、はい……。大潮、出していいわ。早くここから離れましょう」
「は、はーい! 出します!」
呆気にとられながらも、任務完了。帰投することに。
大発動艇を守るように進む私達を、女性は舐めるように観察してくる。対人恐怖症の春風は、そういう視線が大の苦手。私の陰に隠れるようにしていた。なるべく視線が合わないようにするため、私が艦載機も使って姿を隠してあげる。
「すごいなぁ。加藤准将の鎮守府は特殊な艦娘を運用しているって聞いてたけど、モロに深海棲艦使ってるなんて聞いてなかったよ。しかもデータベースにない個体なんてビックリ!」
「は、はぁ、それはどうも」
「駆逐艦なのに艦載機使えるとか意味わかんない! 是非、是非調べさせて。隅々まで、徹底的に、ね? いいでしょ、いいでしょ?」
今までにない恐怖を感じた。扶桑姉様と対峙した時に感じた死への恐怖とは違う、初霜さんに詰め寄られた時に感じた恐怖に近い何か。この女性とは関わってはいけないのではないだろうか。直感的にそう思った。
「佐久間さん、彼女達怯えてるから」
「えー、いいじゃない。私は女なんだから、同性なら犯罪じゃないよ。え、阿奈波君もしかして嫉妬してる?」
「馬鹿なこと言わない」
この2人の人間、なんでも同期の研究者らしい。そこから転じて、赤い海の調査隊に所属することになったのだとか。
第十七駆逐隊の4人は、男性、
私の存在は佐久間さんにとっては宝物庫のようなもの。調べたいというのはわからないでもない。私にもわからないことばかりなのだ。
「本当に助かったよ。強化された深海棲艦なんて聞いたことがなくてね。この子達でも対処出来なかった」
「あれはこの海域特有のものだと思います。私達も手を焼いているので」
「なるほどね。調査はしたいけどあんなのが出てくるとなると、護衛に戦艦とかも必要になるか……」
こんな目に遭ってもまだ調査は続けるらしい。また私達が救助する羽目になりそうである。
150話目となりました。そしてここまで80話連続投稿です。これからもよろしくお願いいたします。
急に出てきた新キャラですが、そろそろ名前の共通点がバレそう。