調査部隊を救助し、帰投も完了。大怪我を負っている4人の艦娘はすぐに入渠してもらった。これで一安心。腕を骨折している阿奈波さんも、明石さんから適切な処置を受けて治療に専念することとなる。入渠中の4人が目を覚ましたら本来の鎮守府に帰投するとのこと。時間も遅いので、状況的には明日の朝となるか。
「す、すごい……艦娘と深海棲艦の共存! 何ここ!
工廠を見回すだけでこの興奮。深海棲艦の謎を解明するために研究をしている佐久間さんにとっては、ここは理想郷。
佐久間さんが深海棲艦を調べている理由は、ほぼほぼ私達の司令官と同じ思想からだった。生態系がわかれば、お互い共存できるのではないかという理念の下、友好的な深海棲艦がいないかどうかを調査するとともに、撃破した深海棲艦の死骸などから研究を続けている。死骸はなかなか残らないので、研究は難しいと嘆いていた。
「阿奈波君! 私の考えは間違ってないよ! 人類と共存できる深海棲艦はいる!」
「正直驚いてるよ。集積地棲姫や戦艦レ級も共存できているだなんで……」
静かに返しているが、阿奈波さんも艦娘の研究をしている者として、元深海棲艦の艤装が気になる様子。特にポーラさんの艤装は、通常のそれとは大きくかけ離れているため、興味の的だ。佐久間さんと違う冷静な人に見えたが、そこはやっぱり同じ研究者、自分の管轄のものがあるとどうしてもそちらに目が行ってしまうようだ。
「こらこら、もう少し落ち着きなさい」
「佐久間さん、気持ちはわかるけど落ち着いて」
「ここの艦娘はそういうことを嫌がる子もいる。自重するように」
該当者は間違いなく春風である。初霜さんも似たような経緯があるのだから好まないだろう。
救助した相手とはいえ、この鎮守府としては部外者。さらにいえば調査部隊のため、元帥閣下以外と繋がっている可能性だってあるのだ。さすがの司令官も少し厳しい態度を取る。
「命に別状が無くて良かった。入渠中の子達は回復に一晩かかるだろう。それまではゆっくり休んでほしい。だが今この鎮守府は再建中でね、まともな部屋が無いんだ。医務室を使ってもらえないか」
「了解しました。寝泊まりさせていただけるだけでもありがたいです。重ね重ねありがとうございます」
礼儀正しい阿奈波さん。それに比べて佐久間さんはあっちをキョロキョロこっちをキョロキョロ。私と目が合った瞬間にまた目をキラキラさせて手を振ってくる。軍属という意識は無いらしい。
「加藤准将、私一応女なので、阿奈波君と同じ部屋で寝るのは……」
「ああ、すまない。配慮にかけていたね。談話室に布団を用意するよ」
「ごめんなさい。信用してないわけじゃないからね? 体裁上だからね。阿奈波君、悲しまなくていいからね?」
救助したときからそうだが、佐久間さんはやたらテンションが高い。一晩だけとはいえ疲れそうな相手である。
「2人には私も話がある。執務室に来てほしい」
「了解しました」
「その後はここの子達と触れ合いを……」
「君の態度によるね。では、ついてきてくれ」
人間2人は司令官が連れていってくれた。やっと一息つける。
遅くなってしまった夕食を摂り、お風呂も終わり。あとは寝るだけという状況になり、約束通り扶桑姉様と一緒に寛ぐ。
私室が無い今は、寝る前も皆談話室に屯したり、大部屋で駄弁ったりが基本。私達は談話室でまったりしていた。山城姉様も隣にいるし、霞や春風も付き添っている。いわゆる
「えらい人を助けたわね」
「最初本当に驚いたわ。私の姿を見て大喜びするなんて」
話題はどうしてもあの佐久間さんになる。形は違えど、理念は司令官と同じ『深海棲艦との共存』だ。争いをとにかく無くしたい司令官とは違う考えがありそうだが、あんなテンションでもいい人なのはわかる。私を見る目にも悪意は無かった。視線の悪意に敏感な春風もそこは気付いている様子。舐めるように見てくるのは正直やめていただきたいが。
「悪意は……無かったのね」
「はい、敵では無いと思います」
「そう……朝潮がそう言うなら……デコピンはやめておくわ……」
人間相手にやったら頭が弾け飛びかねないのでやめてあげてほしい。鎮守府内でグロ画像はちょっと。
「あの人達、今はどうしてるの?」
「司令官との話は終わったみたいで、食堂にいるわ」
「なら近付かないようにしないと。春風、まだキツイんでしょ」
悪意が無いにしろ、外部の人間がいるというだけで春風にはストレスがかかっている。扶桑姉妹と一緒に寝る約束はしているが、今日は春風の近くにもいてあげないとダメかもしれない。霞やレキにもお願いしておこう。
「あ、食堂から動いた。お風呂に行くみたい。佐久間さん、談話室で一晩過ごすんだったわ」
「なら大部屋に移動しましょ」
電探が本当に便利である。鎮守府全域の監視により、知りたい相手の場所は全て把握している。当然外部から来た人達は私も警戒を怠れない。万が一、妙な動きをしたら即座に対処する。
佐久間さんは違う意味で妙な動きをしそうだから困る。私達深海組を見るときの視線が、他と違う。私に惹かれた初霜さんと同じ目をしている。
「隅々まで調べたいって言われたのよね……」
「悪意無しでそれって、逆にヤバイ人なんじゃないの?」
「朝潮……陸では私が守ってあげるわ……離れないように……」
扶桑姉様もおそらくその対象になっている。それだけあの人は深海棲艦に入れ込んでいる。
『いざって時は私が外に出るぞ』
「逆に興味持たれそうだけど大丈夫?」
『よし、朝潮に任せた。私はここで高みの見物と行こう』
緊急時はアサを表に出すことで回避しよう。
少し震える春風を支えながら大部屋へ。佐久間さんの反応はまだお風呂だ。今のうちに移動。気を許していい人間かどうかがわかるまでは警戒し続けなければ。
「あ、朝潮さん、こちらへ」
部屋の隅を陣取っていた初霜さんに手招きされる。初霜さんも佐久間さんのことを警戒しているようだ。後天性の半深海棲艦など、あちらにとっては最高の研究材料だろう。
「深海組はなるべく固まって行動すべきと提督からの御達しです。協力すべきかは、提督が判断すると」
「わかりました」
深海艦娘組も今は大部屋で纏まっている。ガングートさんとウォースパイトさんはポーラさんに付き合って食堂にいるようだが、ちゃんと元深海棲艦は集団行動は出来ている。瑞穂さんは当然私の側だ。
「阿奈波さんは司令官と行動中ですね。今は工廠。佐久間さんは……お風呂から出ました。談話室に向かっています」
「アンタ本当に便利ね」
大部屋のメンバーは私の電探頼りになってしまっている。
「女帝様、スパイ活動も出来るの?」
「電探があれば誰でもできますよ。私以外にも誰かやれるようになってください」
「あ、じゃあ私が。朝潮さんとお揃いになるのは素敵ですね」
初霜さんが常時電探接続を希望。数が増えることはいいことだと思うし、半深海棲艦なら最初からある程度使える可能性がある。だが第一は私と同じことをするという点に尽きるだろう。
「あ、まずい」
「どうしたの」
「佐久間さん、大部屋に向かってきています。談話室の場所を確認しただけです」
明らかに私達目当ての行動だ。それをやってきたということは、司令官がふれあいを許可したということか。
佐久間さんが到着する前に、工廠から睦月さんが駆け込んできた。
「提督からのご報告! 佐久間さんにはお話ししてオッケーにゃしい」
「あ、大丈夫なんですね。北端上陸姫のことも?」
「もう話したって。赤い海のことに直接繋がってるからって。だから、包み隠さなくていいってー」
それだけ言って、睦月さんはお風呂に行ってしまった。工廠仕事をギリギリまでやっていたのだろう。顔が少し汚れていた。
「春風……少しこちらに寄りなさい……朝潮の側の方がいいでしょう……」
「あ、は、はい、ありがとうございます……」
扶桑姉様も春風のトラウマに関しては知っていること。支え合うために身を寄せ合う。
「そろそろ到着します。会敵」
「敵て」
ゆっくりと扉が開く。お風呂上がりでホクホクの佐久間さんがニンマリしながら部屋の中へ。
今まで長くこの鎮守府で生活しているが、人間の女性を見るのは初めてだったりする。そもそも外に出ることがほとんど無く、出たとしても外の鎮守府に行くのみ。人間自体をほぼ見ない。そんな中、同性の人間というのは実際私自身も興味はある。
「あ、どうもどうも。加藤准将に許可貰ったから、お話聞かせてもらいたいなーって」
「突然奇声をあげたりしなければ許可します。割と普通に春風が怖がってるので」
「あ、うん、事情もある程度聞かせてもらった。私は上層部の息はかかってないから安心してね」
それでも全員、佐久間さんからは距離を取っている。
「改めまして、私、深海棲艦研究をしている
嘘はついていない。というか、この人は嘘がつけない人だ。さっきもそうだが、思ったことが即座に口から出るような人。悪く言えば考え無し、良く言えば素直。
「佐久間さんは何故そんな考えに?」
「私、数年前だけど、溺れて死にかけたところを深海棲艦に助けてもらったことがあるの。人類の敵と言われていた深海棲艦にだよ? それだけで考え方が変わっちゃった」
その深海棲艦は、その時によく見かけられたイロハ級とはまったく違う、白い女性型だったそうだ。溺れていたためにハッキリとは見えていないらしいが、白かったことと、髪が長かったこと、それと巨大な艤装を持っていたことだけは覚えているらしい。
「白い深海棲艦は穏健派が多いです。運良くそのタイプに助けられたのかもしれませんね」
「えっ、そんな情報が!? そっか、白いのは友達になれる可能性が高いんだ」
友達になりたいと、佐久間さんは話す。助けてくれたお礼も言えなかったとも。
この人は司令官と同じだ。人間の形をしているものは兵器でもなければ化け物でもない。同じく人であると考えている。こちらを認識できるし、会話ができる。それなら、友達になれるのではないか。たったそれだけの思いで深海棲艦を日夜研究している。
死骸から生態系を調べているのも、友好的になるには何が必要かを知るためだ。人間とどれほど違うのか、むしろ共通点は何か無いのかをずっと調べている。
「でも、黒い深海棲艦は人間を殺すことを快感としている者もいます」
「それは会話が出来ないと同じだよね。意思疎通を自分からやめちゃってる。それが本当の人類の敵だよ。話が出来るのなら、私は全員と友達になりたい」
その辺りはどうしても割り切らないといけないと語る。戦う必要の無いものと戦う理由はない。戦わなければならないものとしか戦わない。たったそれだけだと。
本当に、この人は司令官と同じだ。やり方は違えど、目指している先は、見据えてる景色は同じところだ。深海棲艦をそう見ているのだから、艦娘のことも人間として見ている。
ほんの少しだけ、理解の仕方が違うだけだ。司令官は現場で、佐久間さんは調査で。それだけのことだ。
「わかりました。佐久間さん、私は貴女を歓迎します。貴女の思想は私達の司令官と同じところにあります。それなら応援したい」
知らぬ間にこの部屋の中で私がリーダーみたいな扱いにされているが、私が認めたことで全員の緊張が解けたように見えた。春風も少しだけ警戒を解いたようだ。
「ホント!? いやぁ、深海棲艦から応援してもらえるって、夢に一歩近付けたって感じ!」
「あ、それなんですが……私はちょっと違うんです」
「え、どういうこと? 未だに発見されていない新種の朝潮型モデルの深海棲艦じゃなくて?」
先天性と後天性があるなんて、この鎮守府にいるものしか知らないことだ。私の身体もいわば事故。深海艦娘も全員が事故により身体を変えられたものだ。
「後天性……!? 何それ!? 艦娘を深海棲艦に変える技術!?」
「はい、これがその証拠です」
上をはだけて、背中に寄生したままの深海忌雷を見せる。半壊していたものはセキさんがうまく加工してくれて生活に支障がない形になっている。それでもそれなりの大きさはあるので、上を脱ぐとどうしても目立つ。
「うわっ、何これ、深海忌雷? これに深海棲艦化の機能を入れてるの? 何その技術、人間側にない技術だよねこれ。うわぁ、解析したいなぁ。でもこれ、多分外せないよね」
「外したらおそらく私が死にます」
「じゃあやめとこ。うん、死ぬのは良くない」
背中にすごく視線を感じる。あまりしっかり見たことが無いのか、この部屋にいるほぼ全員の視線を感じる。お風呂に入るときに皆見ていると思うのだが。
「そっか……ふぅん……この技術を転用すれば逆も出来るのか……」
「逆?」
「深海棲艦を艦娘に出来るってことでしょ」
そんなことが出来るなら、夢のような技術だ。少なくとも、初霜さんや深雪さんのような半分だけ侵食されている人の治療が可能になる。本人が治療を望むかはさておき。
私は今治療できると言われても、おそらくこのままを望むだろう。アサが消えてしまうかもしれないし、どうなったところで私は私だ。
「もしかしてさ、そこの初霜ちゃんの右腕も?」
「はい。朝潮さんの背中に付いているものにやられかけた痣です」
「はー……なるほどなぁ」
私達は誰がどう見てもおかしな存在だ。まともな艦娘ではない。私は艦娘でもない。でも、この人は司令官と同じで即座に受け入れてくれた。見下すこともせず、気持ち悪がりもせず、ただただ興味を持っているだけだ。たまに目が怖いが。
「はー……でもホントすごいや。ちょっと触ってもいい?」
「いいですよ」
「では失礼」
背中にやんわりと触れられる。神経は通っていないが、触られているとはわかる、不思議な感触。そういえばこんなに触られた事はなかった。
「触った感触はヌメヌメしない駆逐イ級って感じかな。金属って感じじゃないけど、生きてる感じもしないっていうか」
「触ったことあるんですか?」
「研究の一環でね。運良く残った死骸を解剖して生態系を調べたんだよ」
深海棲艦の研究は、艦娘の研究よりも難航しているらしい。とにかく研究材料がない。死骸も本当に運がいい場合しか手に入らないそうだ。私達は戦場で見ているが、撃破した深海棲艦はその場で消滅するのが常。そうでなくても沈んでいくのでその場に残らない。
そのせいで、佐久間さんも上層部からはあまりいい目で見られていないらしい。そういうところも司令官と似ている。
「ありがとう、いい経験になったよ。ささ、乙女が柔肌晒し続けるのも良くないよー。お姉さんが揉んじゃうぞー」
「ふふ、それは勘弁してください」
手をワキワキしてきたので早急に服を着る。
「それじゃ、私は自分の寝床に行くよ。今日は助けてくれてありがとう。今度はこっちの髪が白い子のことも教えてね」
それだけ行ってさっさと大部屋から出て行く。私達の触れてほしくないところには一切触れず、研究者だというのに本当にふれあいだけして帰っていった。
正直意外だった。ここに来た時にあれだけはしゃいだのに、いざ私達と面と向かうとただの人間として接してくれる。そういうところも司令官のような人だ。
「……あの人は……まだ大丈夫そうです」
「そうね……提督と同じ目をしていたわ……」
春風や扶桑姉様がそういうくらいなのだから、本当に私達の理解者なのだろう。それなら、私も協力してあげたいと思える。
深海棲艦研究者、佐久間。加藤准将と同様の理想を掲げるが故に上層部からのあたりが強く、軍では変わり者として知られています。その佐久間を助けたという深海棲艦は……どちらさまでしょうね。