翌朝には全員入渠が完了。残すは白吹雪さんが目覚めるのを待つのみとなった。セキさんの指示の下、ドックに入れる前に機関部艤装を含めた深海艤装全てが取り外されている。今の白吹雪さんは、あの時の力を一切出すことが出来ない状況にある。残されたのは私達に害がない脚部艤装だけ。
深海棲艦は内蔵式の艤装を使うわけだが、適切な処置をするとそれを取り外すことも出来るようだ。シンさんの下半身を包む艤装を分解していたくらいなのだから、機関部を外すことも出来るのだろう。幸い、白吹雪さんは艤装を出したまま気を失っていた。
「恐ろしいなこの改造……全ての力を駆逐艦に使わせるための制御機能が全てここに備わっている」
白吹雪さんから取り外した機関部艤装を見ながら感心しているセキさん。戦闘の後のためボロボロだが、主砲も、魚雷も、艦載機までも似たようなものだそうだ。駆逐艦の身体にそぐわない兵装をこれでもかと積み込まれ、過積載にも関わらず機動力まで上げている。
「こんなことしたら、いつか吹雪は壊れていただろう。現に、吹雪の胴体にはヒビが入っていた。深海忌雷の寄生の痕にも見えたが、朝潮や初霜のものとはまるで違う。
「セキちゃん、身体の中の診断結果も出たよ。内臓ボロボロ。確か陣地の上では飲まず食わずでも回復するんだっけ。そうじゃ無かったらあんなのご飯もまともに食べられないよ」
あれだけのオーバースペックで、デメリットが無いわけなかったのだ。身体に常に負担を掛け続け、命を削ってあの強さが手に入っている。服で見えないようにされていたが、既に崩壊は始まっていたのかもしれない。白吹雪さんは痛そうにしている素振りも無かったため、知らぬ間にここまで身体が壊れていた可能性もある。痛みを隠蔽されている。
白吹雪さんの深海艤装は全て細かく分解され、そのまま廃棄された。あれをそのまま使っていては、遅かれ早かれ死んでいた。もっと解析したいのはやまやまだが、深海艤装に詳しいセキさんですら、これをあまり触っていると嫌な感じがすると即廃棄を推奨。艤装とわからないほどのクズ鉄にされた。
「つまり、北端上陸姫は吹雪君を最初から捨て駒として使っていたと」
「そう考えるのが妥当だ。壊れてもいいから強くするだけしたんだろうな。それで我々が終わらせられれば万々歳ということだ」
手助けすら来なかったのはそういうことなのだろう。玩具が壊れた程度にしか思っていない。これだけ私達を苦戦させた白吹雪さんも、あの姫達にはただの玩具。忠誠心まで植えつけられて、思い通りに動いていたのに、敗北したらすぐに捨ててしまう。
「……この吹雪君の処遇を考える。会議をするから全員集めようか」
私は、白吹雪さんも助けたい。確かに憐れみもある。惨めだったかもしれない。だが、そうなった根幹は北端上陸姫だ。この憎しみを向けるのは白吹雪さんではないと、私は考えている。
援軍も込みで全員集まる会議。現在の白吹雪さんの状況を説明し、今後のことを考える場となる。艤装により身体が蝕まれているところまで話した。議題は簡単。白吹雪さんを生かすか殺すかだ。
「私は助けたいです。ああなってしまったのは全て北端上陸姫のせいです。白吹雪さんに罪は無いです」
私の意見を皆に話す。白吹雪さんも、他の深海艦娘の方々と同じ被害者だ。最初からああなのではなく、北端上陸姫の改造のせいで全てを歪められてああなっている。
「アサシオ、ごめんね。ポーラ、それは反対」
「ポーラさん……」
「ポーラの昔の仲間はあの子に殺されてる。さすがにね、許せないの」
断酒が続いているからか、ポーラさんにはっきりと否定された。いつもの微睡んだ雰囲気もなく、真剣に、私は見据えられていた。
重巡棲姫の領海を侵略したのは、紛れもなく白吹雪さんだ。そして、その仲間を殺したのも。戦艦水鬼がほぼやったとは聞いたが、一部は白吹雪さんが手にかけている。自分の意思でないとしても、それだけは罪であるというのがポーラさんの意見。
「御姉様、わたくしも助けるのは如何なものかと思います」
「春風まで……」
「御姉様の身体をそうしたのは、他ならぬ白い吹雪さんです。アサさんを否定するわけではありませんが、わたくしはそれが許せません」
私が深海艦娘に変えられたことで激昂し扶桑姉様を殺そうとした春風も、白吹雪さんは助けたくないと言う。
その時の思考のみとなっているということが一番の問題だった。前のように鎖を外し、小型艤装を除去すれば艦娘と同じように元に戻るというのならまだ許せる。だが、今はそういった外部からの干渉無しに、白吹雪さんは私達と敵対した。今までやってきたことも、今の白吹雪さんは洗脳関係無しに嬉々としてやるだろう。
「外部のあたしが言うことじゃないかもしんないけどさぁ。朝潮、あの水母棲姫を仲間にしたいって言ってるようなもんだぞ」
長波さんからも抵抗の意思を示された。
狡猾さだけでいうなら似たようなもの、むしろそれ以上のことをさんざんされてきている。水母棲姫を怒りのままに殺した私が、白吹雪さんを助けるのは何か違うのでは、と突きつけられた。
「僕らとしては、白吹雪は助けてあげてほしいね」
「そうっスなぁ。この中で一番めちゃくちゃした漣も許してもらえたんだし、似たようなものとは到底言えないけど、許してあげてほしいのですよ」
深海艦娘組、白時雨さんと漣さんは肯定派。あの白吹雪さんを助けないとなると、自分達も助かってはいけないのではと思えるそうだ。漣さんはいつもの軽い口調だが、この中では大きな罪悪感を抱えている人だ。洗脳されていたとはいえ、自分の手でいろいろやったのは確かである。私達は漣さんのせいではないと言っているが、本人は納得しきれていない。
他にも反対派はいた。その一番の原因が、アサが鎮守府に来た時の早朝の襲撃。深海艦娘は再洗脳され、鎮守府は破壊され、それを盾に私や瑞穂さんがやられ、明石さんすら狙われた。そして、それを嬉々としてやっていたのがどうしても許せない理由になる。
私は反対意見を聞いて何も言えなかった。誰もが言っていることが正しい。私が間違っているようにも思える。救ってはいけない人なんていないと思っていた。それなのに、躊躇ってしまった。自分が正しいと思えなくなってしまった。
「朝潮、ちょっとアサを出してくれ。あいつの意見も聞きたい」
そんな中、天龍さんに言われてアサに主導権を渡す。
「何の用だ。こういう場は朝潮の方が適してるだろ」
「アサ、お前は白い吹雪をどう思ってるんだ」
アサは最初に私の意見が少しわかると言ってくれた。だが、今は違うかもしれない。アサからは何も話してくれていないので、私も真剣に耳を傾ける。
「白いフブキはクウを殺そうとしたいけすかない奴だ。イロハ級ならまた湧いてくるとか抜かしてな。私の手で殺してやろうと思ってい
あの領海での一件だ。突如襲撃し、アサを仲間に引き込もうとしてきた。突っぱねたものの、強行しようとしたところに扶桑姉様の助けが入ったことで、クウは命が助かっている。
出会い方も酷く、領海でのこともあり、アサは白吹雪さんのことを終始毛嫌いしている。その気持ちはわかる。あの時はまだ艦娘としての意識があったかもしれないが、上から目線でこちらを力で押さえつけようとする態度は、アサで無くとも気に入らない。
「だけどな、今の私はアイツを救ってやってもいいと思ってる」
「そりゃ何でだ。自分の手で殺してやりたいくらいなんだろ?」
「私達に負けたことで北端なんたらに捨てられたんだろ。むしろその前からアイツは使い捨てに扱われてる。なんというか、ちょっと憐れでな」
殺したいほど気に入らなかったが、あの戦場でアサは恨みも憎しみも無いと言っていた。主な感情は憐れみ。あれだけ慕っていた北端上陸姫に敗北したからといって捨てられるのは、敵とはいえ見ていて少しいたたまれなかった。
「そこの酔っ払いの領海も、全部命令通りに動いた結果なんだろう。私の領海を襲撃した時も、この鎮守府を破壊しに来た時も、楽しんでる節はあったが基本は自分の意思を持ってない。言われたからやっただけだ。アイツはそれしか生き方を知らないんだろ。そんな奴が御主人様にゴミのように捨てられたんだ。ざまあみろとは思うが、のたれ死ねとは思わないな」
ポーラさんの仲間を殺した事実は変わらないが、とも付け加える。やっていることは非道なことばかりだ。私を陥れるためにいろんな手段を使ってきている。だが、それは全て白吹雪さんの意思ではなく、北端上陸姫の命令に従ってのことだ。
「他の連中に納得しろとは言わない。ただ私は、殺すならそれは仕方ないと納得するし、救うならそれはよかったと納得する。私だけの判断なら、捨てられたアイツを拾って、一から教育し直してまともにしてやろうとは思う。それが救いって奴なら救いなんだろうよ。朝潮に戻るぞ」
主導権を返された。アサの言葉に、天龍さんも納得した様子。
「オレもアサと似たような考えだ。朝潮を深海棲艦に変えたことも、鎮守府を壊そうとしたことも許せねぇ。でも、それは命令された事をやってただけだ。楽しんでいたことだけは本当に許せねぇけどな」
「じゃあ、北端上陸姫じゃない誰かの命令を聞くようにしてあげれば、あんなことはもうしないってこと?」
「それはわかんねぇよ。素直に聞くとも思えねぇしな」
捨てられたとしても、白吹雪さんは未だに北端上陸姫に依存している。惨めだのなんだの言っていたのも、北端上陸姫の命令が遂行出来ず、捨てられた自分がのうのうと生きていることに対する言葉なのだと思う。
深海棲艦となって思考が固定された白吹雪さんは、完全に姫依存である。
「……初めてね。鎮守府の中でこんなに意見が割れるなんて」
「もう私は何が正しいことなのかわかりません……。助けちゃダメなんですか? ああなってしまっても、吹雪さんは吹雪さんです……救いたいんですよ……」
「朝潮のその願望は難しいことなのよ。私が姉様にした質問、朝潮にも言うわ。他人の欲望のために霞が殺されたら、朝潮はその相手を救える?」
何も言えなかった。結局は自分の匙加減。誰もを救いたいなんて、偽善だ。自然と涙が出てきた。
「意地悪な質問なのはわかってる。でもね朝潮、今回は事が事なのよ。あの白い吹雪はそれだけのことをしてるの」
「……山城姉様はどう思ってるんですか」
「私は救ってやりたいわ。捨てられたとはいえ、やっと狂った姫から解放されたんだもの。ただ、それは誰もが納得する答えじゃないの。答えなんて無いわよ」
山城姉様はそこまで理解して、それでも救いたいと言った。私のような、理由もなくただ救いたいと言っているわけではない。私は考え無しだった。ちゃんと考えないと。考える事が私の仕事なのに。
「君達の意見が聞けてよかった。だが、意見が真っ二つだ。一旦保留させてもらう。その間、目を覚ました白い吹雪君は、私室の1つで軟禁する」
「まぁ、妥当な線ね。ちゃんと監視付けておかないと」
「勿論。白兵戦組の子達にお願いしたい」
今すぐに処分することはないが、配属という形にもしないと決定された。あくまでも捕虜として捕縛した深海棲艦という扱いとなる。
結局、私は何の考えも纏まらなかった。自分が今までしてきたことは何だったのだろう。助けられるものは全て助ける。そんな大それた願望は、この瞬間に脆くも崩れ去った。
未だ白吹雪さんは入渠が終わらない。艤装を外されても過剰すぎるオーバースペックは変わらず、並の戦艦よりも回復に時間がかかっている。一応内臓は修復されていっているようだが、身体はもう元に戻らないほどだそうだ。深海忌雷による寄生ではないヒビ割れた身体は、見ていて辛い。
私は自分の部屋でずっと考え事をしていた。ボッキリと折れてしまった心情は、もう修復出来ないだろう。自分で自分のやっていることを偽善と理解してしまった。今後は誰かを救うのにも躊躇いが出てしまう。
『お人好しすぎるのも難儀だな』
「……そうね」
『もっと楽に生きろよ』
簡単に言ってくれる。
『偽善でもいいだろ。お前のそういうところ、私は好きだぞ』
「突然何よ」
『お前が偽善者じゃなければ、私は今頃消えているかここで封印されているかのどちらかだろ。だから、お前の偽善に感謝してるんだよ』
そんなものに感謝されても困る。
『前に言ったよな。私はお前の『本能の化身』だと。お前は適当な理由を付けてでも誰かを救いたいんだ。私は白いフブキに憐れんだから救ってやりたいと思った。お前もそうだろ』
否定できない。私も白吹雪さんのことは憐れだと思った。あれだけ頑張って悪逆非道の限りを尽くしたのに、ああも簡単に捨てられる。私のことで失敗はいくつかあっただろうが、それでもあれだけの労力をかけたものでも簡単に手放された。頑張りが報われていない。
『偽善で何が悪い。お前の持ち味だろうに。私も手伝ってやる。全員助けてやれ』
「周りが拒んでも?」
『知ったこっちゃない。助けたいなら助けてしまえ。お前は欲望に忠実になるべきだ』
深海棲艦らしい傲慢な考え方だ。でも、今はそれが助かった。私だって身体だけなら深海棲艦。思考も多少は引っ張られている。少しくらい欲望に忠実になっても、バチは当たらない。
『そら、カスミが部屋の外にいるぞ』
「アサと話してるから入るタイミング伺ってるの。霞、入っていいわよ」
無言で霞が入ってくる。神妙な面持ちだ。
「姉さん、ちょっとアサに代わって」
「え? ま、まぁ、いいけど」
言われるがままにアサに主導権を渡す。
「お前から私に用があるなんて珍しいな。呼んでまで何か用か?」
「ズルイ」
「は?」
「姉さんの悩みを聞くのは私の役目だったのに。アサはずっと姉さんと一緒だからそういうことできてズルイ。すぐ解決しちゃうし。姉さんは私に悩み相談してたのに!」
ああ、なるほど。極まってる。
「……くく、ははは! さすがカスミだ! そいつはすまなかった! 朝潮が落ち込んでいたら、ずっと側にいてやってくれ。私もいるが気にするなよ」
アサが表に出ている時にこんなに笑っているのは初めてだった。おそらく私が思考の海の中でしか見たことのない笑顔を、霞にだけは見せた。私から生まれた深海棲艦だからか、霞のことは妹のように思っているのかもしれない。私が封印されていた時も姉と呼ばれて気にしていなかったし。
「当たり前よ。私が姉さんを守るんだから。身体も、心も」
「ああ、私よりお前の方が朝潮のことをよくわかっているだろう。朝潮のこと頼むぞ。私も同じ身体だが、カスミに頼らせてもらう」
言いながら主導権を返してきた。
「……ありがと、霞。なんか元気になれたわ」
「姉さんは悩みすぎ。思った通りに動けばいいの。白い吹雪も助けたいんでしょ。春風はどうでもいいとして、ポーラさんには悪いけど、助けたいなら助けちゃいなさいな。私も手伝ったげるわよ」
ほんの少しでも味方がいてくれれば、私は頑張れる。偽善でもいい。私は人を救うことをやめない。救える命は拒まれても救おう。誰が何と言おうと。
朝潮とアサは性格自体は正反対だけど根本的な部分が同じなので相性バッチリ。基本的にはアサがフォローする方が多いので、朝潮から生まれたとしても、アサの方が姉っぽく見えたり。