あの後、結局白吹雪さんが目覚めることはなく、そのまま夜になる。すでに丸一日ドックに入ったままだ。改造に次ぐ改造でオーバースペックになったとしても、ここまで長いのは異常。内臓は完治したらしいが、やはり身体はどうにもならない状態らしい。五体満足ではあるものの、見た目が悪いのはもう諦めるしかなかった。
皆が眠りにつくことに。救出反対派は気にすることもなく自室に戻ったが、救出肯定派の私、朝潮としては、いつ目を覚ますかが気になるところ。
夜も更けて、少し眠くなってきたところでそれは起きた。
私は電探を使い、白吹雪さんの動向をずっと観察していた。ドックから少し動いたことがわかったので、話をしようと工廠に向かおうとする。と同時にその反応が急激に加速した。
「えっ」
「姉さん、どうしたの?」
「白吹雪さんが目を覚ましたんだけど……え、海に出た!? 脱走しようとしてる!」
監視役としてそこには天龍さんもいたが、それすらも振り切って海に降りる。機関部艤装も武器も全て外されて脚部艤装しかない状態なのに、どこに行こうというのか。行動からして全裸だ。本当に何もない。
「霞! 先に行くから!」
「後から追いつくからさっさと取っ捕まえてきなさい!」
瑞穂さんの位置を確認。いち早く艤装を装備している。さすが自称従者、行動が早くて助かる。
大急ぎで工廠まで行き、現状を確認。艤装を装備しているのは瑞穂さんと天龍さんだけ。瑞穂さんは念のためと、春風に装備してもらっていた海中を見通す眼鏡を着けており、爆雷装備。私が先導する必要はある。
「朝潮!」
「白吹雪さんが脱走しましたね! 私が先導します!」
すぐに海に降りる。工廠要らずの深海棲艦はこういう時に便利だ。天龍さんと瑞穂さんが後に続いてくれた。瑞穂さんは低速のため、艦載機で背中を押すことでスピードを上げる。かなり強引な方法だが、瑞穂さんの加速を私が引き受けるということで理に適っている。
「申し訳ございません。瑞穂が低速なばかりに」
「問題ありません。代わりに海中を見続けてください。深海忌雷がある可能性があります」
脚部艤装だけなのに機関部艤装を装備した私達と同等以上の速度で赤い海に向かっている。こちらに害が無いからとそのままにしたのが失敗だった。何の装備も持たないのに海に出るなんて想定外。
「誰が何と言おうと、私は白吹雪さんを救います。私が救いたいから救うんです」
「おう、それでいい。動機としては充分じゃねぇか。自分のやりたい事をやりゃあいいんだ」
頭を撫でられ、天龍さんが少しだけ先行。缶とタービンをフル装備しているだけあり、私達より全然速い。私達は天龍さんを必死に追う形になっている。
「赤い海に入る。朝潮、反応は」
「気配はずっと感じています。白吹雪さんも私と同じように深海の匂いが強いみたいです」
「わかりやすいのはいいことだな」
いつもなら交戦してそれ以上行かないところも通過し、北端上陸姫の陣地へどんどん近付いていく。ここまで来るのは、一番最初の邂逅の時以来だろう。あとは攫われた時か。
「瑞穂さん、深海忌雷は」
「今のところ見当たりません。大丈夫です」
電探に反応が入るほどにまで近付いた。陣地も索敵範囲に入り、2つの姫の反応も確認できる。他に敵はいない。電探にある敵の反応は、白吹雪さん含めて3つだけ。
『朝潮、代われ。嫌な予感がする』
「自衛が必要なほどに?」
『それ以上にだ』
アサの発言を信じ、主導権を渡した。同時にさらに加速。瑞穂さんの背中を押す艦載機をもう1つ増やし、天龍さんに何とか追いつく。
「見えた! 何を話して……」
姫の片方が、白吹雪さんに主砲を向けているのが見えた。私や瑞穂さんではどうにもならない。ここで間に合うのはトップスピードの天龍さんだけだろう。
未来を予測する。主砲による砲撃が全裸の白吹雪さんに直撃し、生身のまま血溜まりに沈む映像。それだけは絶対にやらせない。
「テンリュウ!」
「任せろ! おらぁ!」
ギリギリで間に合い、放たれた砲弾は天龍さんが斬り払った。白吹雪さんは無傷だ。
「朝潮……なんで来るの……」
「あいにく今は朝潮じゃなくアサだ。お前らが深海朝棲姫と名付けた方だ」
「……共存できてるんだっけ。ホント、お姫様が気に入るわけだよ」
嫉妬に近い視線を感じた。
「よう、お姫様。お前達のおかげで生まれた深海棲艦だ。顔を合わせるのは初めてだな」
「ええ……よく来てくれたわ」
薄ら笑いを浮かべる2人の姫。初めて見た時と同じ、黒尽くめの姫。赤い方も青い方も、同じ顔でこちらを見てくる。
アサも同じ思いだろう。この2人、私達は生理的に受け付けない。
「その顔も素敵よ……怒りに満ちた顔。見たかった顔だわ」
「もっと見ていたいけど……先に済ませないといけないことがあるの」
「
無防備な白吹雪さんに対し攻撃を再開する。艦載機が発艦され、主砲も再び構えられた。今度は2人がかり。
「やらせるわけねぇだろ!」
砲撃に関しては天龍さんに一任する。艦載機は私と瑞穂さんでどうにかしよう。幸い、前回見た時のように数自体は少ない。本当に自ら戦うタイプではないようだ。
いや、ここでそう思い込んではいけない。あちらは艦娘だろうが深海棲艦だろうが改造できる。
「やっぱり……私、捨てられたんだね……」
「それを確かめるためにここに来たのかお前は」
「少しだけ……ほんの少しだけ期待してたの。戻ったらまた改造してもらえて、楽しんでもらえるかなって……」
依存が強すぎる。捨てられてもまだ使ってもらえるかもしれないと思っている。あちらにはもうそんな意思はない。捨てたのだから帰ってきたところで迷惑くらいにしか思っていないだろう。だからこれだけ撃たれている。艦載機まで出されて、ここから排除しようとしている。つい最近まで手駒として使っていたものをだ。
本当に憐れだ。
「は、はは、もうどうでもいいや……期待してた私がバカだった。やっぱりあの時に死んでおいた方が良かったや」
「なら私が殺してやろうか」
「……朝潮に、あ、今はアサだっけ? 貴女に殺されるなら本望かな……」
アサの発言に驚くも、会議の時に救ってもいいとは話している。どうするかは見守るしかない。
「生まれ変われたら、私達の仲間になれよ」
「……そうだね。そっちの方が楽しいかな……お姫様を楽しませるより……」
艦載機が白吹雪さんの眼前に漂い、機銃を構える。白吹雪さんは諦めたような顔で目を瞑った。
「じゃあな」
タァンと、一発の銃声。
「……これでお前は死んだ」
撃ったのは水鉄砲。顔が水浸しに。
アサは元より白吹雪さんを殺すつもりは無かった。死んだつもりになれば何か変わるかもしれないとけしかけただけだ。事実、死ぬ直前になって白吹雪さんは本心が出た。仲間になってくれる意思を見せた。
「よし、生まれ変わったな。仲間になれよ。決定だ」
「ちょっ、ちょっと待って。それはズルくない!?」
「ズルくない。というか、深海棲艦にズルイもクソもあるか。さっきまでのお前は死んだ。今は新しいお前だ。月並みだが、これで御破算だ」
白吹雪さんがようやく普通の吹雪さんのような反応を見せてくれた。今の白吹雪さんには自分の意思があるように見える。水鉄砲とはいえ、北端上陸姫の呪縛を破壊できたように見えた。
本心は私達といた方が楽しいと思ってくれていたのだ。それならこちらに来ればいい。わだかまりはいっぱいあるだろう。でも反省して、それを態度で示して、理解してもらう他ない。長い時間をかけてでもやる価値はある。
「朝潮様! 深海忌雷が!」
その時、瑞穂さんの叫び声。私達にはわからないが、海中を確認できる瑞穂さんにはわかったのだろう。視線や行動から、現れたのは私の足下。本当に突然現れたのだろう。
瑞穂さんのいつもの移動力から、すぐに私の側に駆け寄ってくれた。だが離れるのにはその力が発揮できない。回避できるかは、正直運だった。今からタービンをフルで回しても、あちらから補正をかけて脚に絡みついてくるくらいしてきそうだ。そうならないことを祈るしかない。
「アサ、動かなくていいよ」
突然、白吹雪さんが海中に潜った。機関部艤装が無くても深海棲艦の身体があるのだから海中の移動くらいは出来るらしい。私と違って、白吹雪さんは身体と心が一致している。私より海中の移動は上手にできる。
すぐに浮上してきた。異形化した左腕で、深海忌雷を掴み上げている。私を狙っていたものを捕獲してくれた。
「瑞穂さん、撃ってください」
「……覚悟を受け取りました」
一瞬躊躇うも、その深海忌雷を撃った。このタイミングで突如現れた深海忌雷だ。しかも私を狙ってきているくらいなのだから、深海棲艦化ではなくちゃんとした機雷の性能を持つそれだろう。深海棲艦化と違い、爆発しやすいように脆く作られてあるはず。
着弾したのも束の間、とんでもない爆発が起こった。私も瑞穂さんも、天龍さんですら爆風で体勢を崩すほど。
「フブキ!?」
「大丈夫……どうせ死ぬつもりだったんだし……これくらい」
どう見ても大丈夫じゃなかった。左腕どころか、肩も、胸の一部ですら吹き飛んでいた。顔や脚も大火傷だ。私の右腕を破壊した深海忌雷よりも火力が高い。確実に殺そうとしてきた。
思考の海から見ていても、散々たる状況だった。それ以上に頭の中が煮えたぎるようだった。もう無意識だっただろう。アサから主導権を奪った。
「撤退します。早く運ばないと危険です」
「オレが担ぐ。お前らは後から追ってきてくれ。最大戦速で帰投する」
「お願いします。
白吹雪さんを着ていたジャケットに包み抱き上げた天龍さんがすぐに撤退を開始。同時に、瑞穂さんに他にも深海忌雷が無いことを確認してもらう。どうやら今のものだけだったらしい。今の天龍さんの速力でギリギリくらいか。白吹雪さんがなんとか耐えてくれれば、きっと間に合う。
「ゴミ処理が……できたわね」
「それに……もっとステキな顔になったわ」
今までになく酷い顔をしているのだと思う。私の顔を見て瑞穂さんが息を呑んだのがわかった。
「朝潮姉さん!」
「お姉さん! 援軍です!」
霞と大潮がようやくたどり着いた。天龍さんとすれ違って、どういう状況かは理解しているようだ。
「……撤退よ」
艦載機を全機発艦させ、全て姫2人にけしかける。1人で陸上型の姫2人と渡り合おうなんて思っていない。無謀すぎる。最低限の撤退の時間稼ぎとしてぶつけただけだ。ただし、殺すつもりで撃っている。
「許さない……絶対に許さない……」
『わかってる。だけど朝潮、お前は落ち着け。お前だけは冷静でいてくれ。私もはらわたが煮えくり返りそうだ。私1人だったら突っ込んでる。頼む、頭を冷やしてくれ』
アサに言われてどうにか落ち着こうとする。握り拳は力強く握り締めすぎて血が滴るほどに。頭の中が騒つくような、嫌な感覚が拭えない。まるで、私の頭の中まで深海棲艦化してしまいそうな感覚だった。恨みと憎しみに埋め尽くされて、目の前のものを破壊したい衝動が小さく小さく鼓動するような、そんな感覚。
頭を冷やすため、戻ってきた艦載機の1つに水鉄砲を撃たせた。頭から冷水を受けて、ようやく上っていた血が落ち着いてきた。
「……ごめん、アサ。無理矢理交代しちゃって」
『気にするな。気持ちはわかる』
今は見えないが、アサも怒り狂っている。同じ気持ちだった。でもアサの方が冷静だ。本来戦いに身を置く深海棲艦だからなのか、それともただただ私が熱くなりすぎたのを客観視出来たからなのか。
「お姉さん、何があったんですか」
「……白吹雪さんが姫2人にやられた。私を助けるために」
「そうですか……天龍さんが抱いていた吹雪ちゃん、血塗れでした。そういうことだったんですね」
白吹雪さんがいなかったら、今頃私が天龍さんに運ばれていただろう。それだけならまだいい。脚から来られているため、そのまま身体まで登られて私自身が木っ端微塵なんてこともあり得た。感謝してもしきれない。
「私の命は白吹雪さんのおかげでここにある。なら、私は命をかけてでも、あの人を救うわ。処分なんて絶対させない。司令官がすると言っても、絶対に反抗する」
「……そうね。朝潮姉さんの命の恩人とあっちゃ、私も処分なんてさせられないわ」
「お姉さんが決めたんですから、大潮も従います! そもそも大潮達の意見で生きるの死ぬの決める方がおかしいんですから!」
本当にいい妹達を持った。怒りが収まっていく。
『朝潮、お前がブチギレそうになったら私が表に出る。嫌なことが起きそうな気がする』
「嫌なことって?」
『思考の海が
以前痛覚をアサに肩代わりしてもらったように、思考の海にいる間は一切の感覚がない。腕が吹き飛んでいても、それを眺めている状態になる。自分の身体なのに。
それが熱く感じたとアサは言う。確かに何かがおかしい。怒り狂う以外でも、何か条件がありそうなことだ。
「わかった。悪いことを全部アサに任せるようで申し訳ないけど、お願いするわ」
『ああ。これで私が表に出られるタイミングが増えたな』
「別に出たいならいつでも出してあげるわよ」
だが、あの腐った姫2人に関しては、私の手で決着をつけたいと思えるほどだった。正直許せそうにない。あのやり方は、私が最も非難するやり方だ。
「朝潮様、進言をお許し下さい」
「畏まらずとも好きに話してください」
「あの時の表情、瑞穂も見ました。まるで……まるで黒の深海棲艦のようでした。恨みと憎しみに呑み込まれた、その、見ていたくない表情でした。朝潮様、どうか怒りを抑えるようにお願い致します。おそらく今、深海朝棲姫様とそのようなお話をされたのだと思います。瑞穂からもお願い致します」
瑞穂さんにまで言われると、先程の私はかなり危ういところに立っていたのかもと思える。心が身体に引っ張られるというか。
「はい、わかりました。私が私で無くなる可能性もあります。その辺りはアサとも話をして、うまくやっていきますよ」
この身体になり、いろいろと制限がついている。強化にはデメリットを伴うが、まさか感情制御まで覚える必要が出てくるとは。
最近の朝潮は心が休まる時がほとんどないので、もう一度酔ってもらった方がいいのではないかと思います。朝潮もハッピー、周りもハッピー。