深海吹雪棲姫の成れの果て、雪さんを鎮守府に加え、ついに最終決戦への準備に入る。残る敵は北端上陸姫と離島棲姫のみ。長かった、本当に長かった戦いも、ついに終わりを迎えようとしている。
翌朝、元帥閣下からの最後の増援は、準備に準備を重ね、ようやく2日後朝に到着することに決まった。そのため、決戦はそれ以降となる。
昨晩に陣地まで行っているが、その時には何の反応も無かった。それでも、何をしでかしてくるかはわからない。最悪、深海艦娘がまだいる可能性も捨てきれないし、雪さんのように既に深海棲艦に変えられた艦娘がいてもおかしくはない。
何が起きてもいいように、慎重に部隊の選定を行うそうだ。今回は元帥閣下も司令官と共に指示を出す。今までの経験を遺憾なく発揮し、最善の戦況を作り出す。
私、朝潮は残りの時間を準備に勤しむ……わけではなく、相変わらず身体と心を休めるために鎮守府内で自由に暮らしている。以前と同じで、訓練や演習に付き合ってほしいと言われれば付き合うし、哨戒任務の人員不足と言われればそれをお手伝いする、いわばフリー枠という状態。
『暇なら領海行こう。最近行ってなかったろ』
「そうね。なんだかあの領海に行くと事件に巻き込まれるような感じがしてアレだけど」
『この前がたまたまなだけだ。ほら、着替えろ着替えろ』
というわけで、こういう時間にはアサの領海に行くことになる。司令官にも許可を貰い、しっかりとアサの服に着替えた。準備万端、あとは護衛を選ぶのみだが、少し意外な人に声をかけられる。
「アサシオ、領海行くの〜? なら、ポーラも同じ方だから一緒に行きま〜す」
ポーラさんも哨戒任務を兼ねた外出をするらしい。前世の頃の領海が、今でも気になる様子。今でこそ誰もそこにおらず、ただの島と海になっているだけだが、やはり思い入れのある場所、何度となく足を運びたい場所のようだ。
「同じ方ですもんね。でもこれが初陣ですか?」
「今はのんび〜りだから、今のうちにショーカイニンムに行きたいかなって〜。お酒も持ったの〜」
まさか哨戒中に飲むつもりなのでは。いや、でも今のポーラさんは心持ちが違う。夜は飲んでいるが、一日中飲み続けているようなことはない。いつものような微睡んだ雰囲気ではあるが、ちゃんと素面だ。
そうなると、理由は大体わかる。持っていくなとは言えない。
「それとね〜、もう1人、連れて行きたいの。アサシオは護衛を誰かつけるんだよね〜?」
「そうですね。誰でもいいので、あ、ちょうどいいところに」
「護衛ですね。お任せください」
初霜さんに護衛をお願いすることに。今から行く場所は、初霜さんにも因縁深い場所だ。私の領海は二の次な感じになってしまったが、ちゃんと行くからアサは安心してほしい。
「それで、もう1人というのは?」
「もう来ま〜す」
工廠の奥から駆けてきたのは浮かない顔の雪さんだった。ポーラさんとは大きな大きなわだかまりがあるが、それでも連れて行きたいと言っているのは他ならぬポーラさんだ。何を考えての行動かはわからないが、溝が深まらないことを望む。
「ポーラ君が初陣とは聞いたが、雪君も連れていくのかい?」
「ちょ〜っと思うところがあるので、お願いしま〜す」
「ふむ、わかった。それで、朝潮君も便乗するんだね」
「はい、私はお伝えした通り、アサの領海に寄ります。護衛は初霜さんです」
滞りなく進み、哨戒任務として出撃。旗艦はいきなりポーラさんである。いろいろ心配ではあるが、何かあったら私達が止めよう。通信施設はポーラさんと初霜さん両方が持っているため、万が一途中で別れるようなことがあっても安心である。
「ポーラ、出撃しま〜す。皆さん、ご一緒に参りましょ~。お~」
ポーラさんを先頭に鎮守府を発つ。その間、ずっと雪さんはビクビクしていた。一番わだかまりがある相手に呼びつけられて海の上。お互いに戦闘可能な状態である。何をされてもおかしくない。
先にポーラさんの前世の領海だった場所に到着。私の領海の島よりも小さな、岩で出来た小さな島がポツンとあるのみ。乗れても2人が限界だろう。島と言えるのかもわからない。
ここが重巡棲姫の拠点だった場所。当然だが海は赤くなく、深海棲艦の気配も感じられない。誰の領海でもない。
ここに来るまで、ポーラさんと雪さんは一切会話していなかった。ポーラさんは先頭で振り向かず、雪さんは俯いたまま。哨戒でやらなくてはいけない索敵は、すべて私だけで賄える。会話する必要もない。
「懐かしいですね〜。もうすごく前なように思えます〜」
実際はまだ1週間程度ではあるものの、それまでいろいろありすぎた。ポーラさんは一度死に、今の姿になっているわけだし。
「アサシオ、ちょっと手伝ってもらってもいい〜?」
「はい、何をするんです?」
「お酒をね、開けるの」
持ってきた赤ワインの栓を開けて、全員分のグラスを用意していた。雪さんにもちゃんと渡している。
「テンリュウに聞いたんだ。この国では、死んだ人にお酒を捧げるみたいなことするって。ケンパイって言うんだっけ。ポーラ、お国柄のレーギとかサホーとかはよくわからないから、ポーラの好きなお酒を持ってきたの」
全員のグラスにワインを注いだ。
自分もそんなことしていいのかという顔をしている雪さん。その顔を見たポーラさんは雪さんを見据える。ほとんど睨みつけるような表情。ポーラさんのあんな顔、初めて見る。
「ユキが一番やらないとダメ。だから連れてきたんだから」
「わたしが……でも、わたしにそんな資格……」
「ユキが殺した
今まではあまり面影が無かったが、ポーラさんにも前世の影響は出ている。素面だからかもしれないが、いつものポーラさんではないように思えた。
雪さんに対する時だけは、不意に重巡棲姫が出るような気がする。いつもの微睡んでいる雰囲気が無くなっているどころか、口調もあの時のように戻ってしまっている。表情すらもあの時と同じ冷たい表情だった。
「……どうやってやればいいのかわからないから、アサシオかハツシモにやってもらってもいい?」
「簡単で良ければ」
岩の島にワインの瓶を置く。私もそういった作法はよく知らないが、故人を偲んで行うことだ。静かに、厳かに、粛々と。
「それでは、献杯させていただきます。献杯」
私達はお酒が飲めないので、ほぼ黙祷。ポーラさんは注がれたワインをグッと呷った後、グラスを島に置く。
「どうせだから、みんなにも飲んでもらおうかな。お酒なんて誰も知らなかったものだよ。気持ちよくなれるし、嫌なことを忘れられるものだから、みんなも飲んで」
岩の島に残ったワインをかけ、残った瓶はまた島に寝かせた。
「アサシオは絶対飲んじゃダメだよ〜」
「わかってます。もうお酒は懲り懲りです」
「私としては別に飲んでくれても構わないんですけどね。とてもステキな体験でした。突然脱ぎ出して呼び捨てにされたのは一生忘れないでしょうね」
あの醜態だけは絶対に晒さない。グラスに注がれたワインを飲むことなく、ポーラさんと同じようにグラスを島に置く。このワインも、ここで殺されたポーラさんの仲間に届いてもらいたい。
「雪さん?」
私達が事を終えても、雪さんはグラスを持ったまま、ずっと俯いていた。目を瞑り、ブツブツと謝罪の言葉を呟いている。こちらの声も聞こえないほど真剣に。ポーラさんもその姿を見て動きを止めてしまった。私と初霜さんは2人が動き出すのを待つことに。
時間にして小一時間。雪さんはずっと岩の島に向かって黙祷を続けていた。ポーラさんもずっとそれを見続けていた。時間を忘れてしまったように2人とも動かない。
『あの2人、大丈夫か?』
「思うところがあるの。あのままにさせてあげて」
『そうは言うけどな。さすがにピクリとも動かないと不安にもなるぞ』
私と初霜さんが周囲警戒をする形に。これだけの時間、何もなかったのは良かった。そう何度もここで事件が起きられても困るのだが。
「あ……ご、ごめんなさい。時間を忘れて……」
ようやく雪さんが黙祷を終えた。自分の謝罪の気持ちを伝えきれたかどうかはわからないが、それだけ真剣だったことは私達の目から見てもわかった。その姿を見て、ポーラさんはどう思っていたか。
「えっと……」
「そのまま島に置けばいいから」
ポーラさんが指示をする。元より雪さんは駆逐艦なのだから飲むのはさすがに無いだろう。そこにあるものと同じようにグラスを置く。
「じゃあ、次はアサシオの領海だね~」
「もう大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。知りたいことが知れたから」
ほんの少しだが、ポーラさんの顔がすっきりしているように見えた。仲間を弔うことが出来たのが嬉しいようだ。
今度はアサの領海。ここに来たら主導権を渡す。あくまでもアサの領海なので、私が出ることはない。
「何事もなってなくて安心したぞ」
「ここがアサさんの……霞さんの故郷でもあるんでしたっけ」
「らしいな」
いつものように岸に上がっていく。ここは本当に変わらない。
「……ここも……わたしは……」
「もう気にするな。私は割り切ってる」
前に来た時のように浜辺に腰掛け、ただただ水平線を眺めるだけ。心が落ち着く。
「水平線を肴に一杯……」
「ポーラさん、まだお酒持ってるんですか?」
「持ってない持ってない。でも、そういうのもいいなって~」
悪くないなと思えた。私はお酒は飲めないし絶対に飲まないが、ここでご飯でも食べられたら幸せかもしれない。幸せなら扶桑姉様を連れてこよう。きっと喜ぶ。姉妹全員でここに来たい。クウもここ生まれだから来たら落ち着く。レキも気に入ってくれるはずだ。
「お前らも気に入ったか」
「みたいだね~」
ポーラさんの艤装、自立艤装のロッソとビアンコもここの空気を気に入ったようで、ガチャガチャと音を立てて首を振っていた。この島は私達のような深海棲艦絡みの身体を持つものの心を落ち着かせる作用があるのかもしれない。初めて来た初霜さんもすっかり落ち着いている。私の隣で転寝を始める始末だ。少し前のクウみたい。
ポーラさんも逆隣に腰掛ける。ロッソとビアンコが私に首を伸ばしてきた。アサが頭を撫でてやると、気持ちよさそうに首を捻る。艤装なのにそういうところは生物っぽい。
それでもただ1人、雪さんだけは浮かない顔。私達の落ち着ける場所は、大概攻撃している。何処に行っても自分の悪逆非道な行いを思い出してしまう。
「ユキ、ちょっとこっち来い」
「え……アサちゃん……?」
「いいから来い。艤装はしまえ」
言われるがままにこちらに近づいてくる。やはり私やアサには素直。深海の匂いのおかげだろうか。
「ここに座れ」
胡坐をかいて、脚の上に座らせようとしていた。今の身長差なら、小柄な私でも扶桑姉様にやられるような包み込むような抱擁ができるだろう。さすがに躊躇う雪さんだが、アサが手招きするとおずおずと腰掛けた。私の方が深海の匂いは強い。ここまで密着すれば、その効果で心がもっと落ち着くはずだ。
「貧相な身体ですまないが、多少は落ち着くだろ。今だけはこうしてろ」
「そ、そんな、別にわたしは……」
「そんな顔でここに居られても迷惑だ。ここは心を落ち着けるために来てるんだ。だからお前も癒される
滅茶苦茶な言い分だが、確かにここに来た目的は心の休息である。全員が癒されて帰るべきだ。雪さんだって例外ではない。
私の懐に収まったことで、ロッソとビアンコが雪さんにじゃれつく。最初は戸惑っていたが、ゆっくりと頭を撫でていた。
「優しいね〜アサは〜」
「お前もな。ユキをわざわざ領海に連れていったのはケジメのつもりか」
ロッソとビアンコが雪さんにも懐いている時点で、ポーラさんの心持ちはわかっていた。許してはいないだろうが、理解はしている。仲間を殺した罪は消えないが、深く反省しているのを目の当たりに出来た。時が止まったかのように長い時間黙祷していた人が、罪を意識していないわけがない。
「……ポーラも裏切り者だからね」
「そういえばそうだったな。後ろから撃とうとしやがって。しかもそれを酒で逃げてたもんな」
「アサやっぱり優しくない」
「深海棲艦に優しさを問うな」
気付けば雪さんも転寝してきた。それが出来ているのなら、少しはここでリラックス出来ているのだろう。
「……命令通りだからって仲間を笑いながら殺した事実は消えないけど、あれだけ一生懸命反省してくれてるのなら、多少理解くらいはしてあげてもいいかなって。許しはしないし和解するつもりもないけど、死ぬくらいなら一生反省してもらうよ」
「それでいいんじゃないか? 私だって許してやれなんて言えない」
わだかまりは残り続けるだろうが、敵対はしない。ポーラさんはポーラさんなりにケジメをつけた。ポーラさんのその思いを尊重するためにも、私は無理に2人を会わせるようなことはしないと誓う。
しばらく領海でのんびりしたら、初霜さんが目を覚ました。雪さんはまだ寝たまま。その時にはポーラさんの調子もいつも通りに戻っていた。
「お〜、ハツシモ起きた〜?」
「ごめんなさい、あまりにも気分が落ち着けたのでグッスリと……」
私が雪さんを抱きかかえている状況を見て、初霜さんの顔が緩む。
「2人が重なり合うと、その、凄いんですよ。朝潮さんはともかく、雪さんも深海の匂いが強い人なので、多幸感が」
「お酒飲んだときみたいに〜?」
「飲んだことないのでわかりませんが、そうかもしれません」
初霜さんの目がキラキラしている。同時に、アサが私に主導権を譲ってきた。不意打ちだったので私が強制的に表に出される。
「ちょっとアサ、いきなり何を」
『私では対処できない問題が起こりそうだからお前に任せる』
キラキラしている目の中、案の定ぐるぐるしていた。2人分の深海の匂いにやられて、初霜さんが暴走しようとしている。今の私は雪さんを抱きかかえた状態で身動きが取れない。せっかくここまでリラックス出来ているのだから、寝かしたままにしてあげたい。
「動けない今なら好きに出来るチャンスなのでは。私、ここで一線を越えさせていただきます」
「初霜さん、今この状態で何かやってきたら、雪さんが起きてしまいます。それは良くないと思いませんか」
「朝潮さんごめんなさい。ブレーキが効かないんです。朝潮さんが動かなければ雪さんは起きませんから我慢してください。魅力的な朝潮さんが悪いんです。アサさんの服ですから、いつもよりスタイルが出てますし、ああもう我慢できない」
息が荒い。凄く怖い。アサが私に主導権を譲った理由がわかった。今がアサが頑張らなくちゃいけない緊急時なのではないのか。
「ちなみに何をしようと言うんです?」
「それはもう、イチャコラするためにスリスリペロペロ」
隙を見て艤装を展開。艦載機を顔に押し付けて距離を取らせた。ここから近付けさせない。
「2人揃うとまずいということがわかりました。いろいろ対策を考えることにします。初霜さんでこれだと、春風はもっと危険です。扶桑姉様にすら影響が出るかもしれません」
「アサシオは大変だね〜。いざとなったら、お酒に逃げようね〜」
もうそれもありかもしれない。
献杯のマナーとしてはやってはいけないこともあったかもしれませんが、ポーラなりの供養の仕方でした。岩の島を墓に見立てています。赤ワインなのは当然、領海が赤い海だから。