ポーラさんと私、朝潮の領海を巡る哨戒任務を終えて鎮守府に帰投したところ、工廠で吹雪さんが待ち構えていた。どうやら雪さんの帰りを待っていたようだった。
「ど、どうしたの、大きなわたし……」
「待ってたよ小さな私。貴女の処遇のために、ちょっとついてきて」
「えっ、う、うん」
帰投したばかりの雪さんの手を引いて連れていってしまった。呆気に取られていたが、ポーラさんと初霜さんは艤装を下ろさなくてはいけないので明石さんの下へ。放置された私は、とりあえず雪さんの処遇という言葉が気になり吹雪さんを追うことに。
今のところは生存という形で決まっており、配属ではなく保護。今後の雪さん次第でどうなるかはわからないが、突然その場で処分するなんてことはないとしてある。そこに吹雪さんのあの言動。若干怖い。
「連れていかれた方向は……談話室? そんなに滅茶苦茶なことじゃないか」
『フブキの感じからして、生きるの死ぬのは関係無いだろう。でも気にはなるな』
「談話室にいる人は……ああ、わかった。急な案件じゃないわ」
電探のおかげで状況が把握できるのは素晴らしい。談話室にはそれなりに人が揃っているが、その全てが特型駆逐艦だ。敷波さんまでいる。
「雪さんは特型の一番下扱いみたいだし、特型が呼びつけるってことは、まぁそういうことよね」
『悪いことじゃ無さそうだな。安心していいだろ』
「ええ。でも一応行きましょ。ちょっと気になるし」
処分じゃないけど悪いことをされるとかだと目も当てられない。
深海艦娘の人達は罪悪感について理解があるためか全員肯定派。吹雪さん、深雪さん、響さんも、自分の妹がそういうことをやったためか肯定派だったはず。敷波さんは雪さんの非道な行いを知らないという援軍の共通点があるため、肯定か反対かで言ったら反対寄りな人。それなら何事もなく終わるはずだが。
「敷波さんもそうだけど、援軍の人達はまだわかってもらえそうな気がするの」
『いの一番にお前に反対意見出したナガナミもか』
「多分。そもそも、実際に被害に遭ってない人に否定されても困る」
『お前も結構言うよな。深海棲艦の思考回路になってるのか?』
不安になることを言わないでほしい。それに関してはアサに全て引き取ってもらっているはずだ。私の深海棲艦の思考回路は趣味嗜好だけで終わっている。
『まぁ、お前は好きなようにやれ。私も大概同じ意見だしな』
「ありがと。頼りになるわ」
『そういうのはカスミに言ってやれ。悶えるほど喜ぶぞ』
結構言っているつもりだが。
談話室では、珍しく口論が繰り広げられていた。その中心は雪さん。それを囲っているのは吹雪さん、潮さん、電さん。かなり珍しいメンバーである。特に後半2人。深海艦娘になってからの思考変化で、少し荒くなっているのは知っていたが、口論の中心にいるのはさすがに初めて見る。
「雪ちゃんは暁型の5番艦ですぅ!」
「綾波型の11番型です!」
「あの子私だからみんなのお姉ちゃんだからね!?」
なんかすごく面倒な口論な気がする。関わらない方がいいのでは。
見つからないうちに談話室から退散しようと思ったが、私が近付いた時点で雪さんには見つかっている。逃げようとした時にはもう遅かった。駆け寄られて私の後ろへ。性格も外見に引っ張られて幼くなっているのだろうか。
『逃げ遅れたな』
「ええ……」
獣のような目で潮さんと電さんに睨まれた。並の深海棲艦より怖い。後ろで深雪さんと漣さんが平謝りしているのが見えた。自分の相方くらいは押さえつけておいてほしい。
「女帝様ならこういうこと一発で解決してくれるのです!」
「朝潮ちゃん、雪ちゃんはどういう立場になると思う? ねぇ、ねぇ」
圧が凄い。2人とも末っ子だから妹が欲しくて堪らないのだろう。特に電さんは、特型として見ても24番艦であり末っ子。潮さんの妹扱いになる。深海艦娘化してから溢れるようになった欲望がこんなところでも。
「雪さんの意見は聞きました?」
「わたしは、その、みんなのこと妹だと思ってるから」
そういうところは吹雪さんのままのようだ。
「でも……わたしみんなよりちっちゃいし……みんなの妹っていうのも……悪くないかなとは思う。本当ならここで殺されてもおかしくないのにそういう形ででも認めてもらえるのは嬉しいし……でも喜んだら反省してないみたいに見えるし……」
だんだん表情が暗くなる。
ここに来てから雪さんは一度も笑顔を見せていない。こんな
「雪さん、こういう時くらい、まともに言い返していいんですよ」
「わたしには……うぅ……」
「私は何も言えませんよ。特型じゃないですし。というか特型の論争に私が巻き込まれるのおかしくありません? 決定権は全て雪さんが持つべきでしょう」
意思決定を全て他人にされていた弊害がここで出ているのだと思う。雪さんは優柔不断、というよりは、自分で物事が決定できない。言われた通りなら幾らでもやれるが、こういう些細なことでも自分の意思が外に出せない。
「なんであたしもここにいるんだろう」
「敷波は流れよね。特型なら来いって圧かけられたんでしょ」
「潮に今までに見たことのない顔で言い寄られたよ。叢雲も?」
「私は姉さんに来いって言われただけ。こんな馬鹿馬鹿しいことに付き合わされるとは思わなかったけど」
呆れ顔なのは敷波さんと叢雲さん。それなら巻き込まれた私は何なのだろう。
「悪いね朝潮、こんなことに巻き込んで」
「私の味方は響さんだけですよ」
「とはいえ、面白いだろう。電があんなに明るいんだ。姉として、少し嬉しい」
相手が妹だからか、見る目が甘い気がする。味方ではないとここでハッキリわかった。
「わた、わたしは……その……」
「雪さん、大丈夫ですか? 無理そうなら佐久間さんのところ行きますか?」
「ご、ごめんなさい……」
どう見ても具合が悪そうだった。自分の意思を出そうとするだけで体調不良を起こしている。
謝罪のような信念を持って自分がやらなくてはいけないことなら実行することは出来たみたいだが、こういう選択がストレスになってしまっている。
「私は雪さんを佐久間さんのところに連れて行きますから、口論は勝手にやっててください」
「なら私もついていくわ。正直ここから離れたいし」
「あたしもー」
叢雲さんと敷波さんもついてきてくれるようだ。潮さんと電さんに関しては、吹雪さんに任せよう。こういう時にお姉さんっぷりを発揮してくれると信じている。
談話室を離れたら雪さんの具合は自然と良くなっていった。選択を迫られる状況だとダメな様子。ストレスで倒れた経験がある私には痛いほどわかった。私の場合も、選択で苦しんだ結果のようなもの。
「佐久間さん、ちょっといいですか?」
「はいはい何かなーって、雪ちゃん、どしたの?」
「その……すごく気持ち悪くなって……今はそんなにです」
雪さんに説明は辛そうだ。なので、私が掻い摘んで説明する。選択を迫られた故の体調不良。今までやってこなかったことでのストレスである。
「なるほどねぇ。こういうのは私の専門外なんだけど、リハビリとかしてみよっか。自分で『選ぶ』ってことに慣れていかないとダメだね」
「お任せしていいですか」
「うーん、任せてとは言えないからなぁ。例えばさ、雪ちゃん、明日の朝食、パンかご飯かどっちがいい?」
本当に簡単な選択肢。生死に関係なく、他人に害すら与えない。ただ自分がどっちがいいかを決めるだけの2択である。だが、
「えっ、あ、その……」
雪さんは選べない。そんな簡単なことの意思決定すら全てされてきたが故に、選択の仕方がわかっていない。
「ごめんね雪ちゃん、難しいこと聞いちゃって。でもね、私がいい人だから良かったけど、言われたことはいはい言ってたら絶対悪いことになるよ」
「はい……」
「だから、いろんなことを『選べる』ようにしようね。これが最初で最後の命令にするよ」
深海棲艦研究者としてここにいるものの、雪さんの保護者としても活動してくれている佐久間さん。深海棲艦と友達になるという夢のために、こういうこともやっていきたいとのこと。
「私も手伝うわ。小さくなっちゃったけど私の姉さんだしね」
「あれ、ちょっと意外。叢雲って吹雪のことそこまで慕ってるイメージ無かったよ」
「それはアンタんとこの叢雲でしょ。私は違うのよ。個体差よ個体差」
大分体調が整った雪さんが、叢雲さんの方を向く。その顔には、かなり薄いものの今まで見せなかった微笑みがあった。
「ごめんね叢雲」
「いいわよ」
いい距離感の姉妹だ。背中合わせでも意思疎通が出来そうな、そんな雰囲気。元気いっぱいについてくる大潮や、物凄く固執してくる霞とはまた違った姉妹関係。ちょっと羨ましく感じてしまった。
この2人はあちら側でも関係のあった姉妹だ。この鎮守府では誰よりも仲がいいだろう。雪さんのことは、佐久間さんの次に叢雲さんに任せた方が良さそうだ。
「叢雲さん的には、雪さんは妹とは見れませんか」
「勿論。吹雪というものは、私の姉なのよ」
「じゃあ潮と電のアレはどうすんの?」
「あっちの姉さんが何とかしてんじゃない?」
電さんはともかく、潮さんは言いくるめられない気がする。あちら側にいた時の陰口の具合から言って。
「どうする? またあっちに戻る?」
「今は全員談話室から離れてますね。演習やってます」
「は? もしかして実力行使に行った? 誰が発案者よ……あ、電か。あの子、本当に過激思考になってるし」
2人1チームで演習をやっているのが反応からわかる。そういえば型もちょうど2人ずつだ。結局意見を通すために実力行使になってしまっている。特型はそんな人ばかりなのだろうか。
「これ吹雪さんと響さんがスペック差ありますよね。大丈夫でしょうか」
「大丈夫よ。ここの姉さん、妹には絶対負けない特性あるから」
「白露さんみたいなものですか。お姉ちゃんパワーって言ってましたね。この前は不意打ちでやられてましたが……」
潮さんが洗脳された時に不意打ちで攻撃を受けていたが、それ以外で特型からダメージを受けることは無いと言っても過言ではない。それは勿論演習でもだ。
白露さんもそうだが、凄まじい意地だ。妹達がどれだけ強くても、必ずその上に行く。
「あ、電さんがやられました。深雪さんに」
「それは無理よ。ここの電は深雪に負けるように出来てるもの」
「そもそも吹雪型チームが有利だったってわけね」
吹雪さんの持っている意見は、雪さんも吹雪さんと同じであるため、皆の姉であるという考え方。間違ってはいないが、難しい問題でもある。見た目からして誰よりも小さいので、姉と呼ぶのに抵抗がある人もいるだろう。その筆頭が電さんなのだと思う。
そもそも吹雪さん自身が吹雪型以外の特型に姉と呼ばれていないのだから、現状の吹雪さんと同じ扱いとする、が条件になるか。
「姉さん、大丈夫そうなら見に行く?」
「うん、落ち着いたから一緒にいく。佐久間さん、ご迷惑おかけしました」
「いいってことよー。もーっと頼ってくれていいのよー」
雪さんの心の病は、佐久間さんと叢雲さんに任せることで解決しそうだ。
6人が演習をしている場所まで案内する。向かっている間に潮さんも吹雪さんが倒していた。本当に妹相手だとスペック差関係無しに最強になる。
「もう終わったみたいだね。うわ、すご。本当に吹雪が勝ってるや」
「言った通りでしょ。妹に絶対負けないって。私でも勝てないんだもの」
「妹相手なら白兵戦すら捌くんですか……」
敵が全員特型なら、吹雪さん突っ込ませれば勝てるのでは。
「潮も電も頭を冷やしなさーい! 雪も私と同じ! 扱いは特型の一番下かもしれないけど、特型の長女!」
「電の妹の夢がぁ……」
「実力行使に出たあんた達が悪い! お姉ちゃんが負けるか!」
不毛な戦いを制した吹雪さんが全員に説教している。こういうところを見ると、24人姉妹の長女と実感できる。海の上で正座させられた潮さんと電さんがとても憐れだった。巻き込まれた漣さんと響さんはいい迷惑である。
「あ、大丈夫? 小さい私」
「うん、大丈夫、大きいわたし。佐久間さんに話して、ゆっくり練習していくことになったよ」
「そっか、それならよかった。ちゃんと小さい私のお姉ちゃんとしての権利は勝ち取ったから!」
親指をグッと立てていい笑顔。深雪さんは終始呆れ顔であった。
「そっちの姉さんに、こっちの姉さんの病状を教えるわ。協力してちょうだい」
「え、やっぱり何かあったの? 任せなさい。小さな私は、私であると同時に私の妹のようなもの。力を貸すよ!」
なんて頼もしい。私も長女として、そういうところは見習っていきたい。
その後、雪さんのことを聞いた吹雪さんは、なるべく簡単なことから選ばせるように尽力すると話してくれた。いつものように妹を甘やかし続けるのは、今回に関しては完全に逆効果になる。
ここの叢雲は、吹雪を姉として見ている少し珍しいタイプ。深雪は同格でも吹雪は別格。深海棲艦の陣地という極限状態で、洗脳されているとしても一緒にいた唯一の姉妹ですから。