雪さんの心の病が発覚し、それを吹雪さんと叢雲さんがサポートすることが決まった。それが決まってからは、佐久間さんの部屋にこもる事を控え、皆の前で行動をするようになる。わだかまりは全く解消されていないが、逃げ続けるよりは見せる方がいいと叢雲さんが提案した。
今は食堂。夕食の時間。今までは1人離れたところでご飯を食べていた雪さんだが、今は吹雪さんと叢雲さんに囲まれて食べている。深雪さんも吹雪型なのでお手伝いしているようだ。深雪さんが絡んでいるので、必然的に電さんもお手伝い。なんだかんだ暁型5番艦にする野望は諦めていないように見える。
周囲からの視線は少し痛いが、これで少しずつ警戒心が解けてくれれば嬉しい。
「皆の思うことは理解してるけど、ちゃんと見せないと」
「う、うん……これも……反省の一環だから……」
「よろしい。根性あるわ」
雪さんは姉妹と佐久間さんに任せる方が良さそうだ。匂いのせいで私には懐くかもしれないが、それはためにならない。見捨てるわけではなく、遠目に見守ることも必要だ。
『今回も出る幕は無いな』
「出ちゃダメなのよ。私は強制力が強すぎるもの」
『そうだな。お前の場合はお願いも命令になる。深海棲艦相手だとお前は出ちゃいけないな』
そういう意味でも、私は本当に女帝になってしまっているのかもしれない。もっと自重しなくては。せめて深海の匂いを抑える手段があればいいのだが。
「姉さんまた考え事?」
「考え事っていうか……ちょっと自分の在り方について」
「難しいこと考えてるわね……」
霞に指摘されるくらいなのだから、また顔に出ていたらしい。最近そういうことは控えているつもりだったが、何かあればまた何か考えてしまうのはもう自分の常なのかもしれない。これはもう霞に指摘されることで直すしかない。
「ところで、それどうしたの」
「初霜の件を聞いたわ。危険人物は縛り付けておかないと」
霞の後ろ。縄で縛られた初霜さんと春風が、大潮に連れられて歩いている。この2人には私が扶桑姉様とお昼寝しているときに瑞穂さんに縛られた前科がある。先んじて封印されたのだろう。本人達は物凄く不服そうな顔ではあるが。
「初霜さんは事を起こしていると聞きましたが、わたくしはまだ何もしていません」
「する可能性が高いから先手を打ったの。『疑わしきは
一応、同じ部屋に雪さんはいるが、重なり合っていないので相乗効果は発揮されていない。まだ大丈夫。
「霞、今は大丈夫よ。私と雪さんが重ならなければいいの」
「そうです。霞さん、信じてください」
「初霜が一番信じられないのよ。アンタ姉さんを襲ったの3回目だからね? 前科3犯よ?」
「1回は未遂どころか冤罪です!」
「2回は自覚ありじゃない!」
初犯に関しては霞も共犯者である。
「霞さんも同じ状況になってみればわかるんです。私よりも激しく朝潮さんに襲いかかりますよ」
「残念だけど、私は深海棲艦の気配読めないからそうはならないわよ。私は深海棲艦絡みにはならないんだから」
なられたら私の心は折れるような気がする。
私の周りについてくれている人で、深海棲艦絡みでないのは霞と山城姉様のみ。正直、頼みの綱だと思っている。深海棲艦絡みだと何処か考え方が普通と違う。私でもそうだ。最後の理性は霞か山城姉様になるだろう。
翌日。元帥閣下到着まであと1日。そういう意味では最後の休日。今日に関しては、全員が非番。思い思いに過ごすことで心を休めることが今日の任務となった。念のため哨戒機だけは飛ばすようだが、誰もが暇を持て余すことになる。以前の司令官の外出のようだった。
領海には昨日行っているので、今日は鎮守府で休むことにした。アサもそれでいいと許可してくれている。アサの心の安寧も必要だが、それ以上に私のことも気にかけてくれていた。
北端上陸姫と対峙した時に起きた私の異変。思考の海が
『たまにはグータラするのもいいだろうよ』
「そうね……私は必要以上に動き回ってる気がする」
『自覚があるならやめろ。今は何が起きてもおかしくないんだ。私達にもわからない爆弾を抱えている可能性があるんだからな』
物凄く久し振りに内蔵式となった電探も切った。何かの反応を見ているから、気になって落ち着けない。以前に司令官に強迫性障害なのではと言われたので、何もしないためにもあえて視野を狭めることに。
「反応も見えなくしたし、任務もない。なんだかとてつもなくダラけてる気がする」
『それでいいんだよ。なんなら私が表に出てやろうか。誰か来たら全部突っ撥ねてやるぞ』
「さすがにそこまでは……」
なんてやっていると早速部屋の扉が開く。電探があれば誰が来たかくらいわかるのだが、今は顔を見ないとわからない。
「姉さん、今時間ある?」
「霞だったのね。今電探切ってるのよ。時間ならあるけど、何か用?」
「金剛さんがお茶会開くって。リラックスしたいなら参加しない?」
お茶会も久しぶりだ。アサは当然初めてのこと。是非参加させてもらおう。お茶の淹れ方は教えてもらったが、金剛さんの淹れたものには遠く及ばない。また飲ませてもらいたい。
『参加しとけ参加しとけ。落ち着けるなら尚更だ。私のことも気にしなくていいぞ』
アサの後押しもある。金剛さんとはまた話をしたいし、自分の求めていることが全て揃っているように思えた。
「そうね。参加するわ」
「よかった。なら早速行きましょ」
霞に手を引かれるように部屋から出た。
談話室の一角。金剛さん主催のお茶会が開かれている。率先してお呼びがかかっているのは、深海艦娘の人達。特に漣さんと睦月さんは、このお茶会には参加したことがない。叢雲さんは雪さんについているので残念ながら欠席。
こういうただただリラックスするためのイベントはありがたい。あちらの鎮守府では定期的に行われているらしく、羨ましくも思えた。こちらでも司令官がおやつを作ってくれる時があるが、最近は忙しいためになかなか出来ないでいた。
「ヘーイ朝潮! 来てくれてサンキューデース!」
「はい。こちらも呼んでいただきありがとうございます。また金剛さんの紅茶が飲めて嬉しいです」
「嬉しいこと言ってくれるデスねー。ささ、座って座ってー」
以前と同じように席につく。すぐに金剛さんが紅茶を淹れてくれた。
「朝潮とお話ししたかったんデース。榛名、お茶菓子プリーズね」
「はい、お姉様。朝潮ちゃんもどうぞ」
「ありがとうございます。私も金剛さんとお話ししたかったです。お話聞いてください」
そこからは少ない日数ではあるが昔話である。アサのことはあまりにも濃厚な話であり、ちゃんと知らない人達は食い入るように聞いていた。実際、深海艦娘の人達も私のことに関しては知らないことが多い。紅茶を飲む手が止まるほどである。
私が深海棲艦化、重巡棲姫の領海を巡る戦いとその結末、そして佐久間さんとの出会い。たったこれだけのことなのに、話すことが物凄く濃い。半分は自分のことなので恥ずかしい部分もあった。
「じゃあ朝潮は、完全に深海棲艦なのネー」
「はい。そういう意味では艦娘の敵として見られてもおかしくありませんね。理解のある人としかお付き合いできません」
「そうネー。深海艦娘とはわけが違うデース、ちょっとビックリしましタヨー」
金剛さんは私を見てもそこまで驚かなかった人である。適応能力が神通さんや北上さんとは違う方向に伸びている人だ。コミュニケーション能力が誰よりも高い。そのおかげで、私のような悪く言えば異形の者も簡単に受け入れてもらえる。援軍の中心人物がそれなら、私達は幾分か助かる。
不意に金剛さんの表情が変わった。以前に見た、長門さんが子供達を見ていた時の慈悲に満ちた笑顔。
「朝潮は心がお疲れデース。ゆっくり寛ぐんデスよー」
「……はい、ありがとうございます。助かります」
やっぱり直接は言ってこないが核心をついてくる。こんなことになっている私のことをとやかくも言わず、私から話しただけで金剛さんからは何も聞いてきていない。自然と口から言葉が出るような、そんな感覚。
『なぁ、朝潮、私もこの人と話をさせてくれないか』
「……ええ、是非話して」
アサからそんなことを言ってくるとは思わなかった。意外だったので何の躊躇もなく主導権を渡す。
「私も貴女と話をしたくなった」
「貴女が深海朝棲姫、朝潮の中の深海棲艦デスね。私もお話ししたかったデス」
おそらく初めて見るであろう、アサの丁寧な態度。扶桑姉様や山城姉様に対しても強く出るようなアサなのに、金剛さんに対してだけは敬服しているような雰囲気。
「あ、でも先に言っておきますネ。ここはリラックスをする場。話すことは選ぶようにネ」
「ああ、素直に貴女と話がしたいだけだ。何故だろうな。貴女にはここの提督以上に私の話を聞いてもらいたい」
おそらく、アサも私と同じように心が疲れている。私がこうなのだから、アサだって同じようになってもおかしくない。昨日の領海で幾分か癒されたとしても、今は重いことが多い。
私のことを気にかけてくるが、アサだってもっと癒される必要がある。このお茶会を楽しんでもらいたい。
アサが金剛さんと話をする姿を、ここに連れてきた霞もジッと眺めていた。もしかして、ここまで考えて私を誘ったのだろうか。そうだとしたら、出来る妹を持てて、私は嬉しい。
すっかり話し込んでしまった。特にアサが。金剛さんと話すアサは、いつも以上にイキイキしていたような気がする。私以外にも話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
「すまない、ただ話を聞いてもらうばかりで」
「いえいえ、面白かったデスよ。深海棲艦の心情をありのままに聞くのもいい経験デスね。長く艦娘やってマスが、こんなこと初めてデース」
金剛さんはあちらの鎮守府では初期艦の叢雲さんの次に配属したという最古参。私達の鎮守府でいう天龍さんや龍驤さんの立ち位置。私達よりも長く艦娘としての人生を歩んでいるのは間違いない。それでもこんな機会は無いだろう。
「楽しいお茶会でしタ。1つ悔いがあるのは、アサを笑わせることが出来なかったことデスかねー」
「そ、そうか。朝潮にも無愛想と言われたが……」
「別にいいデスよ。それがアサなんデスよね。でも心から笑えるように、今はこの戦いを終わらせましょ」
頭をポンポンと叩くように撫でる。アサにはこんな経験無かったのだろう。ビクンと震えた後、大慌てで私に主導権を渡してきた。
「慣れてなかったみたいで、私に主導権を返してきました」
「可愛い子デスねー」
思考の海の中でも混乱しているのがわかる。直接的に褒められることには慣れていないのだろう。金剛さんの言う通り、可愛いところもある。
「朝潮も癒されましたカ?」
「はい、とても。最後にアサの知らない部分が見れたのも嬉しいですね」
毎回、金剛さんのお茶会には癒される。金剛さんの淹れた紅茶も、榛名さんのお茶菓子も、今の私達には必要なものだったのかもしれない。
「姉さん、来てよかったでしょ」
「ええ。……ここまで見越して?」
「アサも疲れてるのは私もわかってたわ。姉さんが全回復するためには、アサも回復してもらわないとダメだもの。金剛さんならいいかなって」
むしろこれは霞のおかげだ。わだかまりのことも忘れて、素直にお喋りに花を咲かすだけのただのお茶会は、身体も心も癒された。途中からはアサも自分から表に出て参加をしたくらいだ。私は心身ともに回復したと思う。
「霞……ありがとう。本当に頼りになる妹ね」
「任せなさいな。私は姉さんの守護者。心身ともに守るわよ」
表には出していないが、大喜びしているのはわかった。昨日、アサは霞が悶えるほど喜ぶと言っていたが、本当にその通りかもしれない。悶えてはいないが、雰囲気からわかる。
「んふー、姉妹愛、いいデスねー。私も榛名と仲いいからネー」
「はい、榛名はお姉様とこうしてお茶会が出来るだけでも幸せです。またやりましょうね」
「勿論デース! 全部終わったら全員巻き込んでお茶会するデース!」
出来ることなら本当に全員で。その場には雪さんも入れて。
誰も失われず、何のわだかまりもなく、ただただお喋りするだけのお茶会が開けたら、どれほど楽しいだろう。皆笑顔なら尚いい。
決戦前の最後のお茶会。金剛はアサが唯一の心が開ける部外者。それだけ金剛が心が広い。やっぱり年の功。