決戦の日。元帥閣下の援軍も含め、総勢70名を超えた艦娘と深海棲艦が会議室に集まる。今回も赤い海であること、陣地の近くであることは考えない総力戦。鎖に関しては各々回避する方向で行くしかないが、その辺りもちゃんと考えた部隊編成である。
「部隊編成を発表するよ。昨日爺さんと長いこと考えた」
「今回は変則部隊。3つの通常部隊を同時出撃させる。役割も同時に発表するぞい」
緊張が走る瞬間である。ここを一番知る司令官と、実力で今の地位にまで上り詰めた歴戦の将である元帥閣下の采配だ。選ばれる時点で誉れ。
「1つ目の部隊は主力艦隊。燃費度外視。主力は空母だ」
「空母は赤城、加賀、大鳳、雲龍」
他の空母は全員哨戒機と鎮守府防衛に回される。白吹雪さんの一件で、出撃中を狙った攻撃もあり得ることはわかっている。
「さらに追加火力。大和、武蔵。岩礁帯が邪魔な可能性がある。吹っ飛ばしてしまえ」
「旗艦は赤城君にお願いするよ」
元帥閣下の大盤振る舞い。援軍を豪華に使った最高の火力偏重。
「2つ目は掃討部隊。今までの経験上、イロハ級に加え、鬼級や姫級もやたら出てくるからね。主力部隊を援護するために随伴艦を叩く」
「旗艦は青葉。随伴に天龍、龍田、神通、北上、大井」
突破力一点に集中した、軽巡をメインにした部隊だ。青葉さんを旗艦にしている辺り、命中精度も視野に入れている。敵が陸上型なため雷撃は効果がないが、随伴の掃討には有用だ。
「3つ目は援護部隊。2つの部隊をサポートすることになるもっとも過酷な部隊だろう。ここに対地攻撃班を組む」
「旗艦朝潮。随伴に潮、ヴェールヌイ、霞、白露、皐月。朝潮、潮、ヴェールヌイは深海忌雷対策。霞、白露、皐月は対地攻撃の装備をしてもらう」
深海艦娘を入れてまでの補助。潮さんなら深海忌雷にも対応できる。私は寄せ餌の効果も使い、攻撃を集中させることにより掃討部隊の支援を行う。
「さぁ、決戦だ! これで終わらせるぞ!」
「お主らならできる。戦果を期待しておるぞ」
これが北での最後の戦いになる。ここで全てを終わらせる。
「アサ、頼んだ。わたしと、港湾姉ちゃんの海を取り返してくれ」
「勿論。それが目的ですからね」
「ダメだと思ったら撤退! てーとくが言ってた。死ぬな」
「はい。ヒメさんの下に戻らなくちゃいけませんからね」
この戦いは、ヒメさん達との出会いから始まっている。あれからもう大分時間が経った。共存できる深海棲艦という稀な存在を発見し、今まで苦楽を共にしてきた。ヒメさんも、今はもう立派な仲間だ。
私達が北との戦いを終えたとしても、元々の領海に戻ったとしても、何度も会いに行くだろう。それだけ深い繋がりになっている。
「私は死にませんし、ヒメさんの領海は取り戻します」
「応援してるぞ。頑張れ。必ず戻ってこい」
「はい。必ず戻りますから」
抱き合って必ず帰ると約束した。どんどん死ねない約束が増えていく。呪いと言ってもいいだろう。こんな呪いならいくらでも受けよう。皆のためにも、私は死ぬわけには行かない。
「ユキ、お前も見送りだ」
「……うん」
あちらの姫2人と決別した雪さんは、不安そうな顔でこちらを見ていた。献身し続けた自分を簡単に捨てた今回の敵には、いろいろ思うところがあるだろう。
「雪さん。私達が決着をつけます。あの2人の姫がいなくなれば、貴女は本当に自由です」
「……頑張って。わたしにはそれしか言えないけど……ここで……待ってるから」
「充分です。終わらせてきますよ」
雪さんとも抱き合う。身体が震えているのがわかった。私達が生きて帰らなかったら、雪さんは壊れる。そんなことにならないようにも、必ず勝たねばならない。
皆に見送られて出撃し、ゆっくりと進む。今回は内火艇を運用する白露さんに合わせて低速での進軍だ。今回は3人も大発動艇を運用しているため、部隊の規模が自然と大きくなる。
「姉さん、今は私の大発に乗っておきなさい。ギリギリまで温存しましょ」
「そうね。今回はウォースパイトさんがいないから、霞が頼りよ」
「任せなさいな。私が守り切るわ」
戦車は搭載されているものの、隙間に乗せてもらう。いつもとは違う進軍で、なんだか楽しい。
今回の部隊は大人数ではあるが、深海棲艦の気配が読めるのは私だけ。電探にソナー、そして海中が見える眼鏡により、いつも以上に補助を一手に引き受けている。
「姉さんの眼鏡も久しぶりね」
「深海棲艦になって必要が無くなったものね」
今回は私、潮さん、響さんが眼鏡チームとして海中を常に監視している。どこから深海忌雷が来るかもわからないため、注意が必要。
「潮はボクのに乗る?」
「あ、じゃあ乗せてもらうね」
「なら私は白露のに……は無理だね。潮、相乗りさせてほしい」
「内火艇には無理なんだよなぁ」
最終決戦に行くというのにのんびりしたものだ。最後だからと妙な緊張感を持って向かうよりは、緊張感なく戦った方がいい戦果が得られるだろう。長く一緒に戦っている神通さん達はゆったりとついてくるが、こういう形で同じ部隊となった一航戦や大和型の2人は困惑中。
「いいんですかね。決戦なのに」
「気張るよりはいいんじゃないか? 弁当でも持ってくればよかったな!」
「武蔵、緊張感が無さすぎるのはダメよ。清霜ちゃんに面子が立たないわ」
などと言いながらものんびりと進む。全員が肩の力が抜けて、本番では本領発揮できるように思えた。
そのまま進めば赤い海。足下の海が赤く染まり、本番が近づいてくる。そろそろ緊張感が出てきた。
「いつもならここで深海艦娘の襲撃ですが、もうありませんね」
「朝潮さん、深海棲艦の気配は」
「遠くにあるのはわかります。陣地の辺りです。守りにつけているのかと」
おそらく、全ての随伴を守りに使っている。島には簡単には辿り着けないぞと言わんばかりだった。白吹雪さんの一件で向かったのはもう少し先。陣地は見えたし、姫2人とも対面できた。話もしている。
「掃討部隊の皆さん、前へお願いします」
「了解です! 青葉先頭で行きますぅ!」
こんな大人数での戦闘は初めてだ。
まずは掃討部隊を前に。陣地までの道を開け、対地攻撃部隊を敵の元まで通す。
「空母の方々、艦載機を」
「了解。第一次攻撃隊、全機発艦!」
赤城さんの号令で、4人が一斉に艦載機を発艦。雲龍さんは相変わらず搭載数を補うために陸上型深海棲艦の艦載機を運用している。艦載機の挙動は常に私が監視する。陣地まで届くかどうかで戦術も変わってくるだろう。
「索敵範囲に反応入りました。寄せ餌効果発動します」
「寄せ餌?」
「あ、そういえば赤城さん達に話していませんでした。敵のイロハ級は全て私を攻撃してきます」
この中では誰も感じない私の深海の匂いの話をしておく。鬼級と姫級は知能が高いので反応はしないが、私の場所はどうやってもバレバレ。イロハ級は知能が低い故に、一番目立つ私ばかりを攻撃すると。
「了解だ。霞、我々のお姫様を頼むぞ」
「勿論よ。武蔵さん達もお願い。戦艦の火力はありがたいわ」
ここからは海中も要注意だ。深海忌雷は赤い海の中なら何処から湧いてきてもおかしくない。海中を攻撃するのなら潮さんの出番だ。私達は出る幕が無いかもしれないが、3人がかりなら即座に反応できるだろう。もう大発動艇からは降りる。
艦載機の反応が次々と消えていくのがわかった。あの大量の艦載機すらどうにかしてしまっているということは、これはツ級どころではない。
「防空棲姫確認。2体です」
「厄介ですね。これは任せますよ。大和さん、武蔵さん」
「おうさ! 朝潮、他の姫級は!」
「空母棲姫3体、戦艦水鬼2体、戦艦棲姫2体、駆逐古姫3体。なんですかこの滅茶苦茶な数は……」
今までにない数。敵本土決戦というイメージが強い。徹底して防御を固めている。空母による速攻も見越して防空棲姫2体という大盤振る舞い。制空権を取らせる気もないようだ。
「防空棲姫は左右に展開しています。武蔵さんの2時方向と、大和さんの11時方向」
「赤城さん達のためにも、早く決着をつけましょう」
最強の戦艦姉妹の主砲が防空棲姫に狙いを定めた。周りには私を狙うイロハ級も数多くいる。よりによって戦艦水鬼がその護衛についていた。あの硬さはもう何度も味わっている。
「武蔵、いいわね?」
「おう、同時に行こうぜ」
「敵艦捕捉、全主砲、薙ぎ払え!」
轟音が鳴り響き、宣言通り敵を薙ぎ払っていく。イロハ級は一撃で海の藻屑となり、戦艦水鬼ですら怯むほどの威力。硬さで私達を苦しめたあの自立型艤装もしっかりと損傷している。
その撃ち漏らしの排除は掃討部隊の仕事だ。青葉さんを筆頭に、的確に、確実に息の根を止めていく。
「ヒュー! さすが大戦艦、やることが違うねぇ!」
「撃ち漏らしも少なくて助かるわ。北上さん!」
「あいよ! ここは本気で
北上さんと大井さんのコンビプレーで道が開いていく。雷撃の精度は以前見たときよりも更に冴え、不発が無いほどだ。特に北上さんは、同じ戦場に神通さんがいるということで余計にやる気を出していた。のんべんだらりと生きていても、対抗心というものはあるだろう。だからこそ、成長が止まらない神通さんと同じ位置にいるのだ。
「やる気、出せるじゃないですか。いつもそうだといいんですが」
群れるイロハ級を着実に撃破していく神通さん。私しか狙わないという単調な動きのため、余所見をしていても問題ないほどのようだ。
「深海忌雷発生しました! 排除隊!」
「任せてください。一網打尽にします」
海中に深海忌雷の姿が見えるようになる。進めば進むほど増えるだろう。あちらはイロハ級が巻き込まれることなぞ微塵も考えていない。
すぐに動き出したのは潮さんだ。潜水艦を沈めていくときの、一切の感情を殺した無表情。深海艦娘化したことで赤い瞳が輝いた。今回はソナーによる感知ではなく、直に見るといういつもと違うタイプではあるが、潮さんには関係無かった。手早く近付き即座に爆雷。あの素早い深海忌雷に、回避の余裕さえ与えない。
「あれが見たかったんだ、あれが」
「久しぶりですね。対潜の鬼」
「最高の戦場だ。だが範囲が広い。ヴェールヌイ、対潜行動を開始する。Ура!」
いくら潮さんでも広範囲すぎて全てを潰すことができない。私と響さんで撃ち漏らしを確実に潰す。
「防空棲姫までが遠いですねぇ。空母隊が働けないですよぅ」
「そんならそこまで道を開いてやらねぇとなぁ!」
「あら〜、天龍ちゃんヤル気満々ね〜。負けてられないわ〜」
青葉さん、天龍さん、龍田さんで3体の駆逐古姫と対峙。旧型駆逐艦という名目の割には戦艦以上に硬い駆逐古姫だが、私達はそのあしらい方を知っている。
「春風相手にしてるみたいで嫌なんだよこいつ」
「わかるわ〜。でも、あの子ほど愛想良くないわよね〜」
「春風さんは楽しい子ですからね。朝潮さんがああなってから、特に楽しいですよねぇ」
「違いねぇ。また寝床でのバトルロイヤル見てぇなぁ!」
青葉さんのヘッドショットで1体が即撃沈。相変わらず精度がおかしい。人型だからこそ急所が狙いやすいと言っていたが容赦がなさ過ぎて怖い。
天龍さんと龍田さんも危なげなく斬り払った。硬さなんて微塵も感じさせない戦闘だ。本当に頼りになる白兵戦担当。
イロハ級は無尽蔵に湧いて出てくる。それでも最初から比べれば大分減った。問題は戦艦棲姫、戦艦水鬼、空母棲姫、そして未だ無傷で健在の防空である。空母隊が十全に働かないでいる。
「思ったより硬いな! 結構撃ってるつもりだが!」
「あそこまで硬いのは初めてかもしれないわね」
大和さんも武蔵さんも、戦艦水鬼の硬さに苦戦しているようだった。攻撃の手は緩めず、あちらも防御に専念させることが出来ているので仕事としては出来ているのだが、撃破までいけないとなるとまずい。防空棲姫が邪魔すぎる。
「仕方あるまい、大和にもっとやる気を出させるか」
「やる気はいつでもあるわよ」
「……いいとこ見せてくれよ、
ほんの少しだけ時が止まったような感覚。姉妹だけど対等な関係だった大和型姉妹。そういえば武蔵さんが大和さんを姉と言ったことは一度も無かった気がする。
「お姉ちゃんに任せなさい! 大和のいいところ見せてあげるからね!」
いきなりのスペックアップ。連射速度も精度も上がった。今まで拮抗か少し押しているくらいだった戦艦水鬼を圧倒し、徹甲弾まで駆使してそのまま沈めてしまった。気の持ち方が戦況を大きく左右する瞬間を目の当たりにした。
「はっはっはっ、わかりやすくて助かるなぁ!」
それに乗せられたか、武蔵さんも戦艦水鬼を圧倒し始めた。一つが良くなると次々と良くなる。いい状況だ。
「霞、防空棲姫、見えるわね?」
「ええ、隙間が空いてるなら狙えるわ」
皆の奮闘でようやく防空棲姫の姿を捉えることが出来た。こうなったら霞の独壇場だ。
「やっと攻撃出来るわよ。防空棲姫さえ倒せばこっちが圧倒的に有利になるんだから!」
視認した防空棲姫に向かい魚雷を発射。一旦潜行させ邪魔なイロハ級を回避した後、回避も許さずに足下で爆破。5本、10本と立て続けに放ち、ついには1人で1体撃破。頭痛もまだ耐えられているようだ。
「1体減りました! 赤城さん!」
「了解。我々一航戦を防空棲姫1体で止められると思うのなら、それは慢心でしょう」
「大鳳、雲龍、合わせなさい」
再び発艦。第一次攻撃隊よりも多いのではないかという数の艦載機が一斉に飛び立ち、周りを陣取る空母棲姫ごと防空棲姫に爆撃をお見舞いする。たった1体では抑えきれず、なすすべなく沈んでいった。
これであとは残り物の戦艦棲姫と、あの爆撃を回避した空母棲姫くらいだ。そしてここまで来たら、陣地も見える。あの薄ら笑いを浮かべた北端上陸姫と離島棲姫の姿も、ついに視認した。
「また会いましたね、腐った姫」
「嬉しいわ……来てくれて」
「勇ましい顔……それも見たかった顔ね」
余裕そうな顔もここまでだ。私を気に入っているようだが、私は気に入らない。今までの所業で怒りが込み上がってくるが、どうにか抑え込む。
『どうする。代わるか?』
「このままで行く。援護に徹するわ」
『危険だと思ったらすぐに交代だぞ』
アサからも心配されている。大丈夫だ。今はまだ、大丈夫。ここで決着がつけば、何もかも終わるのだから。
「いくつもの顔を見てきたけど……どんな顔も素敵ね」
私を気に入っているのはわかるが、それで私をどうしたいのかがまだ見当がつかない。殺したいのか、引き込みたいのか、それとも全く別の理由があるのか。
「私達の
「誰よりも頑丈で……遊び甲斐があるわ」
私を怒らせたいのか、癇に障ることばかりを言ってくる。冷静に、冷静に戦わなくては。
「今日で終わりにしますよ。もう随伴艦も風前の灯火、貴女達は戦闘が得手ではないでしょう」
「そうね……もう壁はほとんどいない」
「だから……」
薄ら笑いが満面の笑みに変わった。
「壁を
ソナーに大量の反応。反応が見えるということは深海忌雷じゃない。8本しかないと思われていた鎖だ。それが今は20本近くある。
「潮さん! 響さん!」
「了解。全部破壊するよ」
「そっちは頼んだ」
未来を予測する。狙われているのは大和さん、武蔵さん、赤城さん。ここが取られると戦況は一気に不利になる。それだけは回避しなくてはいけない。
予測を常に張り巡らせながら、目に見える位置の鎖は破壊し、回避指示を出し続ける。今は攻撃する余裕がない。まずは鎖の対処が先決。
狙われていた3人は回避してくれたが、一瞬の油断も許されない。次の予測、次の次の予測をしながら戦場を駆け回る。全員に移動し続けながら、ターゲットに取られないようにしてもらった。
「今回はね……最初から狙いが朝潮じゃないのよ」
「貴女のもっと素敵な顔を引き出さないといけないの」
「だから……こっちが欲しいわ」
湧いて出てきたイロハ級が霞を取り囲んだ。鎖からの回避行動でほんの少しだけ引き離されており、その隙をつかれた。私が一番近いが、あの数のイロハ級を即座に倒せるほど、私の艦載機に力はない。霞の魚雷では火力がありすぎて自分に被害が出てしまう。
未来が視れても、私に力がなければ助けることもできない。無力さを痛感した。
「霞!」
「くっ、姉さん!」
その群れの中、鎖が霞を取り囲んだ。その数8本。今までの深海艦娘の数に等しい本数がその場に現れ、逃げ場を無くす。
「姉さんの敵になるくらいなら!」
「ダメよ……面白くないじゃない」
鎖が霞の両手に絡みつき、魚雷を封じた。同時に侵食が開始される。
「霞!?」
「嫌っ、嫌だっ、姉さんの敵になんかなりたくない! 嫌ぁっ!?」
また1本、また1本と霞に絡みつき、陣地の前へと引っ張られた。イロハ級の妨害のせいで、救出ができない。突破力のある天龍さんと龍田さんにお願いするが、それを見越してかそこには戦艦棲姫が立ち塞がっていた。これでは進めない。
「最愛の妹が立ち塞がるの……楽しいでしょう……?」
私の頭の中は絶望に支配される。アサの声も聞こえない。視界が真っ暗になるようだった。
心の支え、折れる