洗脳された霞を無事救出することに成功した。だが、実行犯である北端上陸姫と離島棲姫は未だ健在。しかも無傷である。さらには霞を侮辱する発言が耳に入った。怒りと、恨みと、憎しみが、私、朝潮を支配しようとしていた。
『朝潮! 主導権を奪うぞ!』
「許さない……絶対に許さない……」
私から主導権を奪おうとするアサを突っ撥ねる。邪魔をしてもらいたくない。霞をこんな姿にしたあの腐った姫は、私がここで、この手で
「殺シテヤル」
頭の中が真っ黒に、それよりも深く染まる。黒く、暗く、昏く。アサの声はもう聞こえない。届かない。
メキリと、身体がおかしな音を立てた。痛くはない。むしろ心地いい。私の身体が変化しているのがわかった。
「ね、姉さん……?」
「殺ス。殺ス。ココデ殺ス」
抱きかかえていた霞を皐月さんにパス。おそらく私の最後の良心。霞が私から離れたことで、それさえも塗り潰された。
身体がメキメキと音を立てている。今までの艤装が崩れ落ち、身体が成長した。聞こえていた音は、成長したことによる骨の軋みだったらしい。服がきつく感じる。
改めて艤装を展開する。今までの朝潮型の機関部と半壊した深海忌雷が融合した特殊な艤装。だが、その両サイド、普段なら高角砲がある場所に、今は戦艦棲姫の自立型艤装のような腕が生えていた。何処かで見たことがある艤装だ。確かこれは……駆逐水鬼。
「姉さん!?」
「な、なにこれ、朝潮どうなってんの!?」
霞達の声が聞こえたが、気にしている余裕が無い。私の標的は、陣地に未だいる腐った姫2人。この手で殺さなければ気が済まない。ちょうどいい具合のもう一対の腕が生えている。これを使えば私でも。
「来たわ……来たわ……♪」
「大成功ね……楽しいわ♪」
私の姿を見て喜んでいる姫2人。気に入らない。顔を見ているだけでもイラつく。
皐月さんの特大発動艇から跳んだ。足場に自分の艦載機を6つ使い、さらに跳ぶ。跳躍力も機動力も段違いに上がっていた。これならあの姫も殺せる。ありがたい。
「実験は成功……撤退しましょうか」
「移動先は決めてあるものね……」
姫2人の陣地が地響きを立て始めた。陣地ごと移動するつもりだ。ここまでしておいて逃げられると思っているのか。艦載機を足場に移動し、すぐに陣地に着地。これには姫2人も驚いたようだ。もっとその顔を見せろ。
「逃ガサナイ。ココデ死ネ」
近くにいた方は赤い姫、離島棲姫。生えた豪腕で顔面を掴み、地面に叩きつけた。
「離島……今までありがとう……」
「北端……貴女はもっと楽しんでちょうだい……」
喋る元気があるらしい。まだ死んでないとは頑丈な奴だ。
陣地がどんどん沈んでいく。気付けば北端上陸姫は姿を消していた。離島棲姫は私が掴んだままだ。気に入らないが、こいつだけはここで確実に殺す。
足場の地面が無くなるまで、何度も何度も叩きつける。離島棲姫の血を浴びる度、胸がすく思いだった。空いているもう片方の腕で、離島棲姫を殴りつける。悲鳴すらあげないのは残念だが、この程度では終わらせない。腕を折り、脚を折り、腹を殴る。その時には陣地は消えており、私は海上に立っていた。離島棲姫の腕はダランとぶら下がっている。それでも消滅していないということは、まだ息があるということだ。
「終ワリダ」
頭を握りつぶした。一番大事な部分を無くした離島棲姫の身体は、海に落ちてそのまま消滅。北端上陸姫を逃したことが残念でならない。
「姉さん……ど、どうしちゃったの……!?」
霞の震えた声が聞こえる。皐月さんに抱きつかれているため、洗脳電波キャンセラーが効いているだろう。今敵対する姿を見せられたら私も困る。そんなことされたら
頭の中はまだ昏く澱んでいる。鬱憤が溜まったままだ。離島棲姫を殺したことで幾分かマシになったが、怒りと憎しみはまだ頭の中を渦巻いている。
『……っ……さし……返事……!』
ノイズが走ったように頭の中で声が聞こえた。
「……アサ」
『届いた! 朝潮! お前どうした!』
私が反応すると。アサの声がハッキリ聞こえるようになった。途端に渦巻いていた怒りと憎しみが消える。昏く澱んでいた思考も綺麗に透き通った。
「あ……私……」
「姉さん! どうしちゃったのよ!」
「だ、大丈夫……大丈夫よ」
自分の殺意が止められなかった。怒りと恨みと憎しみに完全に支配されていた。アサの声が届かなかったら、私は取り返しのつかないことをしていたかもしれない。現に、霞でも殺してしまいそうな心持ちだった。
『朝潮、大丈夫か?』
「大丈夫……かな」
『それならいいが。キツイなら代わるぞ』
「大丈夫よ。私の足で戻るわ」
私自身に何が起きたのかがわからなかった。念のためアサに交代できることだけは確認した後、私の足で皐月さんの特大発動艇に乗せてもらう。もう大丈夫だろうが、洗脳電波対策のため、霞は抱きかかえておく。いつもより視線の位置が高いのが気になったが、五体満足だった。恐ろしいことに、変化する前に霞から受けたダメージも回復している。
「姉さん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。霞こそ大丈夫なの? 鎖を8本も繋げられたのよ?」
「今のところは大丈夫。でも帰投したら精密検査してもらうわ」
皆の視線は私達に釘付けだった。洗脳された霞もだが、理由がわからず変化した私には疑問しかない。
「朝潮、本当に大丈夫なのか? なんつーか、成長したか?」
「はい……理由はわかりませんが身体が成長しています」
「あの時、北端上陸姫が『大成功』と言っていました。まさか朝潮さんの身体に何か……?」
思い当たる節といえば、背中に寄生したままの深海忌雷である。私の精神を封印し、新たにアサを生み出すだけではなかったのかもしれない。思考の海では探索らしい探索は出来ないため、他に何か仕込まれていても何もわからないのが現状だ。
「今の朝潮は、前に見た駆逐水鬼みたいだね」
「今までは駆逐棲姫みたいだったよねー。ほら、アサの服とかまんまだったじゃん」
「じゃあ、深海朝
姫級から鬼級にランクダウンしたように思えたが、水鬼は姫級以上なのでランクアップといえばランクアップ。これが北端上陸姫の狙いなのだろうか。私をランクアップさせることが目的だとしたら、余計に理由がわからない。
「霞、なんか様子おかしくない?」
「半深海棲艦化させられてますから、私の深海の匂いにやられてるのかと」
「姉さんの身体、ホントに成長してる」
抱きついておく必要があるとはいえ、顔を私に向けて抱きつく必要はないと思う。しっかり私の胸に顔を押し付けている辺り、深海の匂いにやられているのがわかる。
霞の言う通り、今の私は朝潮型とは無縁のサイズになっていた。改二になっても小学校を卒業したと言われたくらいの私だったが、今の私はおそらく萩風さんほどの、大体高校生くらいの見た目になっている。萩風さんほどではないが、スタイルも良くなった。そこは普通に嬉しかったりしたが、身体を変えられたという不安は拭えない。
「服がボロボロだね」
「サイズがあいませんから。肌着がきついです。戻ったら妖精さんにお願いします」
「この身長で朝潮型は無理でしょ」
今はまだ何事もない。ただ、戦闘の度に何か起こる可能性もある。戦うのが少し怖くなってしまった。
北端上陸姫を逃してしまったため勝利の凱旋とは言えなかったものの、珍しく全員軽傷で済むという快挙である。入渠ドックを使う必要も無さそうだ。ある程度回復した後に私と霞は精密検査をうけることとなる。
「よく帰ってきてくれた! 戦果は聞いているよ!」
「北端上陸姫を逃したのは仕方あるまい。だが離島棲姫は撃破できておる。我々の勝利じゃよ」
司令官と元帥閣下が工廠で出迎えてくれる。他の人達も皆私達の帰投を待っていてくれた。だが、私と霞はすごく出づらい。姿を見せるのが怖い。今は特大発動艇に搭載された戦車の陰に隠れている。
「ところで……霞君と朝潮君はどうしたのかな。霞君は敵の攻撃を受けたと聞いているが」
「出づらいの! 初霜に深海側にはならないって大見得切ったのに!」
特大発動艇から嫌々降りた霞。見た目は深海艦娘と同様。ただし深海棲艦の気配を漂わせているので、正確には深海艦娘ではなく半深海棲艦である。後天性ではあるものの、春風と同等の存在へと変えられている。
「ようこそ霞さん、こちら側の世界へ。霞さんも一緒に朝潮さんの深海の匂いに溺れましょう」
「姉さんはそれどころじゃないと思うわ……」
私はもっと出づらい。一緒に出撃した皆も苦笑している。
「その、本当に出づらいんですが」
「朝潮君もおかしなことになっていると連絡は受けているが、どうなってしまったんだい」
「えっと……驚かないでくださいね」
特大発動艇の上に立ち上がる。皆の視線が突き刺さって痛い。ピチピチになってしまった服が余計に恥ずかしい。いろいろと隠しながら皆の前に。
「あ、朝潮君……!?」
「……この度、深海朝棲姫、改め、深海朝水鬼となりました……」
特大発動艇から降りる。改めて視線が高いことがわかる。今までずっと過ごしてきた鎮守府も、ほんの少しだが目新しく感じる。
一応艤装も出してどれだけ変わったのかを見てもらった。基本的な部分は何も変化が無いのだが、機関部の両サイドに生えた腕が異形感をさらに引き立てている。艤装展開中の私は、実質腕が4本。自由自在に操れ、膂力もある2本の剛腕が改めて私の武器となった。
『朝潮、一度代わってくれ』
「ええ、わかった」
頼まれたのでアサに交代。アサも成長した身体を体験しておきたいようだ。
「おお、すごいなこの腕。攻めにも守りにも使えるぞ」
『楽観的なのね』
「なってしまったものは仕方あるまい。受け入れるさ」
私が成長するところまでしっかりと見ている部隊の人達はもう慣れたようなものだったが、鎮守府にいた人達は言葉もない。司令官はいち早く受け入れてくれたが、他の人達はまだ混乱中。
「深海棲艦が成長するケースなんて前例がないよ。朝潮ちゃん、精密検査ね」
「ああ、わかってる。サクマには世話になる」
「これは深海棲艦の生態系とかそういうのとは別の位置にある気がするなぁ……」
佐久間さんも困惑している。ここに来て深海棲艦の生態系の研究は驚くほどに進んでいるが、長く深海棲艦との戦いが続く中でも例を見ない事態である。
一度生まれたら死ぬまでその形を変えないのが深海棲艦だ。後天性とはいえ、私もそうだと思っていたが、現実はこれである。またもや私は特殊なケースに分類された。
「と、とにかく、戦いはこれで終わりだ! 身体をゆっくり休めてくれ!」
「祝勝会でもやろうかの。北の拠点は無くなったんじゃから」
北端上陸姫には逃げられたものの、目的であった北の大拠点の消滅は達成された。ヒメさんとミナトさんの領海を取り戻し、この戦いは終わったことになる。今はそれを素直に喜ぶことにしよう。
サイズが合わなくなった服を作り直してもらう間に、私と霞は精密検査を受けることとなった。私はあまりにも異例の事態のため、艦娘視点の明石さん、深海棲艦視点のセキさん、そしてそのどちらでもない視点の佐久間さんを交えた、あり得ないくらい濃密な検査。細胞1つ1つを確認するレベルで検査されたため、いつも以上に時間がかかった。
「まず霞の結果だけど、春風と同じような身体だね」
「深海艦娘の要素も含んでいるが、それ以上に深海棲艦の要素が強まっている。半深海棲艦と言ったが、春風より深海の要素は強いと思った方がいい」
深海艦娘の時点で、艦娘と深海の要素が半々くらいと言ってもいい。そこから半深海棲艦になっているのだから、簡単に計算しても4分の3は深海。半分深海棲艦、残ったところのそのまた半分が深海艦娘と艦娘。深海の要素が濃いのもわかる。
「おかげさまで艤装は工廠要らずで出し入れ出来るようになったし、姉さんの気配もわかるようになったわ。ただ、前に聞いたイヤリングは貰っておいた方がいいかもしれないわね」
深海艦娘の要素がある時点で、洗脳電波を受ける可能性はある。北端上陸姫がまだ生きている以上、用意をするに越した事はない。
「8本接続された影響は今のところ無しかな。ただの一時的な強化だけだったみたい」
「陸上魚雷が出来なくなったのは惜しいわ」
「それもうミサイルだから」
変わってしまったのは仕方ないにしろ、後に残るものが無くて良かった。常に敵対心があるとかだと目も当てられない。
「で、朝潮の方だけど……これヤバイね。意味がわかんない」
「不安になるんですが」
「朝潮ちゃんの身体は、深海棲艦としては前と別物になってる。棲姫の時と水鬼の時では、見た目は一緒でも中身が全然違うんだよね。あ、見た目も変わってるか」
ここからは佐久間さんの説明。私の身体を一番念入りに調べているのは他でもない佐久間さんだ。視点が違うから観点も全く違う。今回は血液検査や髪の一部などからデータを取ってもらった結果である。
「朝潮ちゃん、身体が変わる寸前、何があった?」
「霞をこうされて、アサに忠告されるくらい怒っていました。それと、霞を救出したときに侮辱されて……その、恨みと、憎しみに飲み込まれて……殺意が抑えきれなくなりました」
「それだわ。朝潮ちゃんの身体、負の感情に合わせて進化してる」
それが私に寄生している深海忌雷の隠された効果かもしれないと話す。それだと今までの北端上陸姫の行動に辻褄があった。私を怒らせ、恨みと憎しみを滾らせ、身体を変えていく。辿り着く先が、あちらの狙い。
大成功と言ったのは、私が1段階進化したからだろう。これがあと何段階あるかは知らないが、これ以上奴の思い通りにはなりたくない。
『朝潮、私は言ったよな。ブチギレそうなら私が出ると』
「……ええ。でも私はそれを突っ撥ねちゃった」
『今後は許可も取らない。思考の海が少しでも熱くなったら、強制的に私が表に出る。いいな?』
「わかった。アサに任せる」
それくらいしてもらわないと、私が暴走してしまう。この行動すらも、この深海忌雷に操られての行動なのかもしれない。アサの声が私に届かなかったのも、思考が冒されていると考えられる。
「次に進化したら、多分完全に大人の身体になるだろうね。戦艦クラスの身体に」
「頭の中が今のままなら喜ばしいことですよ」
「姉さん危機感足りないんじゃないの?」
そうでも言わないと不安に押し潰されそうなのだ。
生まれたばかりの頃は小学生、改二となって中学生ほどになった私は、今は高校生ほどの見た目。次の進化で大人になったら、おそらくもう戻れないところだろう。理性も失い、暗闇に包まれた精神で、アサの言葉も聞こえず、暴走の限りを尽くす。仲間にも手をかけてしまう可能性は高い。そうなってからじゃ遅い。
「とにかく、朝潮ちゃんは今後、穏やかに生活すること。今回みたいに怒っちゃいそうならアサちゃんに代わること。それだけは守るように」
「はい。肝に銘じておきます」
激昂するほどの事態が起こったら、アサに交代ということで纏まる。日常生活で起こるちょっとしたことくらいなら大丈夫だろうが、それもアサの匙加減で交代してもらおう。今の私は完全に綱渡り状態。
「それにしても……あの朝潮ちゃんがねぇ。豊満になりましたなぁ」
人の胸を見て視線が怖くなる佐久間さん。こちらは深刻な問題だというのに。
「ちゃんと下着も新調するからね。深海に寄せてるから安心して」
「ということは黒ですな! あらまあ大人の女性だこと! 今度また私の部屋で精密検査しようね。いろんなところをじっくりコトコト」
「佐久間さん、あまりおかしなことしたら、私がどうなるかわからないということを肝に銘じてください」
佐久間さんキッカケで私が戻れなくなったら目も当てられない。
検査も終わり、服が完成するまでは作務衣で過ごすことに。お昼から寝間着のようなものなので、少し恥ずかしい。霞も半深海棲艦化したことで制服を新調するとのこと。同じように作務衣姿。
「……姉さん……」
検査も終わり、自室で完成を待つ間、霞が部屋を訪ねてくる。理由はわかる。無言で手招き。
「私は気にしてないから」
「思ってないことベラベラ喋らされて……姉さんを傷付けた自分が許せないわ……」
こういう時こそ、私の深海の匂いで落ち着いてもらった方がいいだろう。先程の特大発動艇の上でやっていたように、霞の顔を胸に埋めてやる。以前と違い、本当に埋まる。
「私が姉さんを殺したいわけないじゃない……迷惑なんて思ってない。姉さんが死んで一番悔やむのは私よ……」
「わかってる……大丈夫だから」
「うっ……うぁぁ……」
落ち着くまで頭を撫でてやる。
よりによって霞にこんなことをやらせたあの姫に対しては、もう怒りと憎しみしか浮かんでこない。だが、その感情に飲まれてしまったら今度こそ私は戻ってこれない気がする。冷静に、冷静に。
深海朝棲姫、改め、深海朝水鬼。デザイン変更です。背中から腕が生えている駆逐水鬼の要素が加わり、朝潮本人もそれに近付いてしまいました。朝潮型の進化改良型が陽炎型なので、この成長は艦娘側で見ても深海棲艦側で見てもあり得ること。