翌日、改めて北端上陸姫の陣地のある場所にやってきた私、朝潮。今までは掃討任務、救出任務、そして決戦と戦場になり続けたこの海も、今はそんなことを感じさせないくらい静かになっていた。当然赤くもなく、そこに陣地があったというのもわからないほどである。
「司令官、哨戒部隊旗艦、朝潮です」
『私だ。応答できるね』
「はい。通信妨害ももう無く、海も赤くありません。北端上陸姫は完全に撤退しています。ここに来るまでの海も、深海棲艦の姿はありませんでした」
『了解した。では引き続き哨戒をお願いするよ』
昨日ここで戦っていたのが嘘のようだった。なかなか感慨深いものがある。
「少し周囲を確認してから帰投するわ」
「ええ。とはいえ本当に静かな海ね。ヒメ達がこの辺りを拠点にするのもわかるわ」
「大分手前だけど、ここまでずっと静かだったものね」
哨戒部隊の随伴は霞と春風。久しぶりにこの3人での哨戒任務。最後にやったのは、脚を失ったシンさんを発見した時だ。
実は物凄く理にかなった哨戒部隊である。私が全索敵が可能であり、小型艦は春風が掃討可能、大型がいても霞の魚雷が火を噴き、今では全員が深海棲艦の気配を確認できる。3人いれば大概の状況も打破できる。
「ここなら穏やかに過ごせそうだものね。稀に湧くんだろうけど、あんなに大量に湧くこともないわ」
この静かな海が確認できたということは、そろそろ別れが近付いているということだ。領海を取り戻すための戦いをしていたのだから、取り戻したのならここに帰ってくるのが筋というもの。ミナトさんも陣地を元の場所に動かす準備をしていた。
「またここには来ましょう。今後は哨戒ルートに入るんだし、何度だって会えるわ」
「そうね。北の哨戒ルートは楽しくなりそうね」
念のため、私が離島棲姫を殺した場所へ。当然何もない。頭を潰したのだから浄化だってされるはずがない。消滅しているところも見届けている。本当に何もないことが確認できた。
「ここの確認はこれで終わりね」
「ところで、春風はどうしたの?」
今まで無言を貫いてきた春風。じっと霞の方を見て、仏頂面。春風がこの顔をするときは大体嫉妬。
「霞さん、ズルくないですか」
「ズルイって何がよ」
「わたくしと同じ半深海棲艦になってしまったのは気配でわかります。一部深海艦娘の要素があるのも見た目でわかります。それで制服を新調したというのもわかります。ですが、その姿は御姉様の改二丁ですよね」
せっかく半深海棲艦になったのだからと、制服を新調した霞。自分が通常と違うということを見た目から表したいというのは、深海艦娘ならではの思考でもある。受け入れている証としては最適。
が、霞が選んだのは私の改二丁と同じ制服。下に来ているものは大潮と同じ黒塗りの朝潮型改二制服だが、そこに私の改二丁のボレロを羽織ってきた。私と同じ黒のストッキングまで引っ張り出してきている。そのせいで霞はボレロが無かったら黒尽くめだ。
「わたくしは却下されました。何故霞さんは許可されたのでしょう」
「春風、ちょっと考えてみなさい。姉さんは朝潮型、私も朝潮型、アンタは神風型。終わり」
「ズルイです……」
型違いで私達と同じ制服を着させてもらえているだけでも譲歩も譲歩なのだ。それは理解してもらいたい。
「私も変えようかしら……この背丈になると朝潮型の制服が合わない気がするのよね……」
「長女が何言ってんの。姉さんが変えたら私達全員変えるわよ」
「変えるのでしたら是非着物にしましょう。神風型の着物、御姉様にはお似合いかと」
「着物は扶桑さんのだけで充分よ」
こんな賑やかな哨戒任務も久しぶりだ。戦いが終わったことが実感できる。
だがまだ油断ならない。北端上陸姫は撤退するときに、移動先は決めてあると言っていた。それを探し出して叩くことで、この戦いは本当に終わる。
私達のような被害者を、これ以上出してはいけない。
北の赤い海の消滅を確認したことにより、援軍の方々は帰投することになる。撤退した北端上陸姫は元帥閣下自らが立ち上がり捜索するとのこと。流石にそこまで私達の鎮守府を使おうとは思わないそうだ。
今回の戦いは、援軍を呼んだとはいえ、私達の鎮守府の功績となった。私達の戦い方が今回の戦果に直結したこと、この戦いで数々の犠牲が出たことは、うまく公表していきたいそうだ。理解者が増えれば、その分私達は動きやすくなる。
特に被害者に関しては、他の鎮守府も知っておくべきことだ。私や初霜さんのような深海棲艦化、深雪さんや電さんを筆頭とした深海艦娘は、疎まれる必要のない戦いの被害者である。
「北端上陸姫を逃したことで文句を言う輩がいたら、儂が何とかしてやる」
「すまない爺さん、そうしてくれると助かる」
「我々は陸上型の陣地が移動することを知らんかったのだからな」
一方、ミナトさんとヒメさんの陸上型姉妹は、同盟深海棲艦として一切の不可侵を貫くものの、公表は先延ばしとなっている。和解できる深海棲艦がいることは皆に知ってもらいたいことだが、すぐには難しい。ゆっくり、ゆっくり時間をかけて理解してもらう他ない。
「私はこの鎮守府に残る。元々特定の領海を持っているわけではないんでな」
「助かるよ。睦月君だけでは深海艤装には手が回らないだろうからね」
セキさんはこの鎮守府に残ることにした。同じようにセンさんシンさんの潜水艦姉妹もここに残る。シンさんの艤装は定期メンテが必要であることと、シンさんがゴーヤさんと離れることを拒んだというのもある。
「あ、じゃあ皆さん揃っていますし、記念撮影しましょう! 青葉、カメラ持ってきてますよ!」
「そうだったね。毎回恒例なんだ。爺さんも加わってくれよ」
「そうじゃな。ならこれを遺影にしておくれ」
「物騒なこと言うなよ。殺しても死なないようなジジイなのに」
青葉さんに以前聞いていた記念撮影をこのタイミングで。全員揃っているのは今だけ。援軍の皆さんも一緒に。大人数だが、青葉さんはどうにか撮ると気合を入れていた。
今回はタイミング良く秋津洲さんもいる。本当に全員揃っている貴重な機会だ。今撮らないでいつ撮るというのか。
「司令官と元帥閣下が真ん中で! あとはご自由にどうぞ!」
各々好きな位置へ。私の隣には霞と大潮が陣取る。さすがSP、行動が早い。しっかり近くに春風と初霜さんも来る辺り、いろいろわかってる。
「はい、みんな入りましたね! では、撮りまーす!」
こんな大人数の写真、最初で最後だろう。いい記念になった。私も現像してもらって、部屋に飾ることにしよう。
「では、儂らは帰ることとしよう。加藤、今回の戦いは我々にもいい経験となった」
「援軍助かったよ。もうこんなことが無いようにはしたいがね」
「また大本営から逃げたくなったらアポ無しで来るから覚悟しておくんじゃな」
写真撮影も終わり、いよいよ皆が帰投していく。まずは元帥閣下から。
元帥閣下も忙しい人だ。今回は赤い海攻略のために2日だけどうにか空けてくれたに過ぎない。今度はこちらから伺いたいくらいなのだが、私は外見上の問題でそれも不可能。次に元帥閣下と会えるのはいつになることやら。
「朝潮ちゃんや、随分と育ったのぉ」
「敵の攻撃とはいえ、初めて会ったときから大きく変わってしまいましたね。これでも私を可愛がってくれますか?」
「勿論。孫娘が成長したようなものじゃよ」
私の頭をポンポンと撫でてから、微笑んで大発動艇に乗り込んだ。司令官とはまた違った、温かさのある手のひら。ずっと撫でられていたいとまで思える。
「朝潮さん、これから確実に困難が待ち受けているでしょう。それでも、貴女は冷静に対処してください」
「ありがとうございます赤城さん。私は爆弾を抱えているようなものですから、決して悪い方向へいかないよう、尽力します」
「よろしい。では、また会いましょう」
最後の赤城さんの激励は心に響いた。どんな困難でも、冷静に。心が静かであれば、私の中の爆弾は爆発することがない。
「ではの、加藤。また今度一杯やろう」
「ああ。また」
元帥閣下の援軍が帰投した後は、浦城司令官の鎮守府からの援軍が帰投する。総勢13名の援軍は、皆思い思いの人に別れを告げていた。だが元帥閣下とは違い、あちらはまだ場所が近い。会いに行こうと思えばいくらでも会いに行ける。
「朝潮、リボンはまだ預けとくよ」
「はい、これは預かっておきます。必ず返しに行きますから」
「またボロくなったら取りに来てよ。そうでなくても遊びに来て。あたし達は、外見で文句言うとこじゃないからね」
レキすらも受け入れてくれたあちらの鎮守府だ。これだけ長く一緒に戦ってくれたのだから、もう一生の付き合いが出来るだろう。あちらがピンチになればいくらでも助ける。
「そんじゃね」
「はい、それでは。また会いましょう」
小さく手を振って見送った。また、すぐに会えることだろう。相変わらず神通さんがリベンジに燃えていたし。
最後にミナトさんとヒメさん。陣地まで送り届ける。こうやってヒメさんを抱きかかえて移動することも最後かもしれない。哨戒任務で度々会いに行くとは思うが、それでも名残惜しく感じてしまう。ミナトさんは相変わらず雲龍さんが運んでいた。最後まで米俵のような運び方だったが、ミナトさんもそれに慣れている。
「アサ、ありがとう」
「どういたしまして。こちらこそありがとうございました。楽しかったです」
ガッチリと握手した後、抱き合った。これが今生の別れになるわけではないのに、身体を離すのが惜しい。
「朝潮、私からの忠告だ」
「ミナトさん?」
「怒りと憎しみは、深海棲艦の力の源だ。我々は違うが、黒はそれで力を増すと言ってもいい。そして、力を増すほど力に溺れる。お前の中にあるものは、黒だ。どうにか抑え込んでほしい」
深海棲艦直々の忠告。私の中の爆弾は本当にまずいものらしい。
「はい。皆さんに再三注意されています。その言葉、忘れません」
「それでいい。ではな、ガングートによろしく伝えてくれ」
「またな、アサ! 必ず来い!」
陣地が地響きを立てて沈んでいく。前と同じ場所に帰ると言っていたので、会いに行こうと思えばいくらでも行ける。帰れと言われるほど押しかけてあげよう。
最後まで手を振った後、ギリギリで岩場の陰に入った。途端に沈む速度が上がり、瞬く間に陣地が消えた。
「また会いに行きますよ。何度でも」
北への哨戒任務もこれで楽しくなる。遊びに行くわけではないのだが、顔を見せるだけでも喜んでくれるだろう。当然私達も嬉しい。
「……あ」
「どうしました、雲龍さん」
「これ、ミナトに返すの忘れてたわ」
深海の艦載機の式神を持っていた。あまり表情を変えない雲龍さんが、薄く微笑んでいた。なるほど、わざとか。
「また、会いに行かないとね」
「そうですね。ちゃんと返さないと」
会いに行く理由も出来た。今生の別れではない。
鎮守府に戻ると、何故だか広く思えた。今までここにいた約20人が、たった今居なくなった。近くにあった陸上型深海棲艦の陣地も、今ではセキさんのものだけに。騒がしかった場所も、少し静かになったように思えた。
「長かった戦いもこれで一旦終わりだ。北端上陸姫の行方はわからないが、これはあの爺さんに任せよう。ようやく我々は通常運用に戻れる」
「事後処理がありますからね。提督はこれから書類の波という地獄を味わうことになります」
「忘れていたかったんだがね。君達が頑張ったんだ。次は私の番だよ」
機密事項も多く、私達が手伝うことは出来ないそうだ。それに、元帥閣下からも許可を貰い隠蔽事項も多い。私に関しては、機密事項、隠蔽事項のオンパレードだ。いくつかは公表はされるだろうが、私の抱える爆弾については確実に隠蔽である。
「よく頑張ってくれた。昨日祝勝会はやったが、稼働は明日からにしよう。今日は皆、非番だ。好きに休んでくれ」
ここで解散となった。訓練も任務も無し、本当に自由な時間。司令官はこれから数日執務室に篭ることになるらしい。お手伝いすることが出来ないのは少し心苦しいが、これはもう仕方ない。
私は当然何もすることがないため、談話室に向かった。そこにいれば大体誰か来るので暇が潰せる。
『穏やかに過ごすなら領海』
「今日は外に出ちゃダメよ。司令官が執務室に篭るんだし、さっき哨戒行ってるし」
『なら明日行こう。今の身体で領海の景色が見たくてな』
「そうね。違った視線で見られるかも」
爆弾を抱えたものの、私はもう自分の身体を受け入れている。どうせ元に戻れないのだから、この身体を楽しむべきだろう。ある意味姉の威厳が示せるようにはなったが、あまり誇れることでもないか。スタイルが良くなったのは地味に嬉しい。
『ヒメ達のところにも行かないとな』
「そうね。行くついでの哨戒任務をやらせてもらいましょう。それに、敷波さんの鎮守府にもね。あっちにも叢雲さんがいるの」
『へぇ、そいつとも会ってみたいな』
アサも今の身体を満喫しようとしている。私と同じで、もう戻らないのなら受け入れる。駆逐艦らしからぬ形になってしまい、以前言われた艦種『朝潮』がより一層強化された。
「……常に冷静に、か」
『少しでも危ないと思ったらすぐに交代するからな。突っ撥ねられてもどうにか交代してやる』
「うん、お願い。私、思ったより自分がコントロール出来ないみたい」
それすらも深海棲艦化の効果なのではと思える。こうすることがあちらの狙いなら、心のコントロールを難しくする効果くらい付けてきそうだ。
『今は大丈夫だから気にするな。またストレスで倒れるぞ』
「それは嫌ね。気楽にいるわ」
『それがいい。それに、今からそんなこと言ってられなくなる』
いくつかの反応がこちらに向かってくるのがわかる。霞を筆頭に、私のことを守ってくれる人達の反応だ。霞まで私の気配がわかるようになってしまったため、姿をくらます事はもう出来ない。それこそ、アサの領海くらいにしか1人で安らげる場所は無いのかも。
「瑞穂さん」
「今回は騒動は起きそうにありません。ただお茶会をしようとのお誘いでしょう」
「わかりました。では瑞穂さんも一緒に」
でも、私はこの騒がしい鎮守府が好きだ。やっと戻ってきたこの日常を、ずっと維持していきたい。
北の大拠点編、これにて終了。それでも、まだ完全な決着はついていません。謎はまだ残っているので、今後はそれを解決する話になります。次回からは少し平和なお話が続くでしょう。