「本日は全ての戦闘訓練、哨戒任務を休みとする」
朝食の場、全員が集まっているということで司令官が前に出て伝える。こんなことは私、朝潮が配属してから初めての事だった。毎日何かしらの戦闘訓練が行われているし、哨戒任務は誰かが必ず出ている。
それを全て休みにするということは、大きな事情があるのだろう。
「私が今日1日鎮守府を離れる事になったんだ。戻るのは夜になる」
「空母の哨戒機はどないするん?」
「すまないがそれだけは頼みたい。手薄すぎてもいけないからね」
「りょーかい。今日はうちやから、安心しとって」
なんでも大本営への出向なのだそうだ。司令官1人で行くわけではなく、明石さんも連れて行く必要があるとのこと。
明石さんが工廠からいなくなるということは、万が一の事があったときに修理ができないということである。妖精さんだけではできないことも多い。そのために訓練と任務を無くしたようだ。
「あと、ガングート君、君にもついてきてもらいたい」
「む、私が関係するということは、経過観察の結果だな」
「そういうことになる。何、心配いらない。何も無いことを見せに行くだけだよ」
鎮守府設立のきっかけとなった吹雪さんの一件以来、司令官は大本営と仲が良くなかった。司令官の努力とその成果により、今でこそ友好的に扱われるようにはなったが、それでも後ろ指を指すような上層部もまだいる状態だ。
だが当然理解者も少なからずいる。今回の出向は、その理解者筆頭である元帥閣下の元へ行くらしい。成果を見た元帥閣下が直々に頭を下げたというのだから、司令官からの信頼も厚い。
「私がいない間、提督代理を大淀君に任せる事とする。とはいえ、大淀君も今日は業務がないはずだね?」
「私は事前に聞いていましたから、昨日の内に全て終わらせました。問題ありません」
「皆、今日は身体を休め、明日からの活動への英気を養ってほしい」
万が一のことがあった場合は大淀さんが指揮を執るということだ。艦娘が艦娘の指揮を執るとはおかしな話だが、今ならそこまでの緊急事態もない。
少しして、元帥閣下からの迎えが鎮守府にやってきた。最前線の人工島に来るだけあり、司令官が乗るための船に護衛の艦娘が4人。大戦艦の大和さんと武蔵さん、さらに一航戦の赤城さんと加賀さん。私達とは練度がまるで違う。大本営は部隊を持たないが、元帥閣下はそれとは別に艦娘を手元に置いているらしい。大本営直属の護衛艦隊、その内の4人なのだろう。
「はぁ〜、あれが大戦艦。カッコいいな〜。お話ししたいな〜」
去っていく後ろ姿を見ながら清霜さんがうっとりしていた。
「帰ってきたらここで補給受けて泊まってくらしいで。そん時に話させてもらい」
「龍驤さんそれホント!? 絶対会う!」
飛び上がるほど喜んでいる。やはり憧れの人と話せるというのは嬉しいことだろう。
どんな人たちなのだろうか。司令官の理解者の艦娘とはいえ、
訓練も任務も無くなり、急な暇になってしまった。それは誰もが同じことで、どう暇を潰そうかと悩んでいる始末である。
「姉さん、今日はどうするの?」
水上訓練もなるべくならやらないでほしいと司令官に言われた霞も、暇を持て余していた。まだここに来て数日しか経っていないわけだし、暇の潰し方もわからないだろう。
「普段ならジムに行ったりしてるけど、身体を休めることが目的になっているし……どうしよう」
「姉さんも暇なのね」
即座にやる事を決めたのは、哨戒機の発着艦だけはする必要のある龍驤さん、暇潰しに筋トレをすると言っている白兵戦組、眠り続けるであろう時津風さんくらいだ。あの大淀さんですら暇になっている。
そういえば、私もそれなりにここでの生活が慣れてきたが、大淀さんのことはあまり知らない。いつも執務室にいて、司令官の補佐をしている。いわゆる秘書艦というものなのだろうが、艦娘ではあるはずだ。
「大淀さん、今どうしてるのかしら。いつも執務してるけど、今日は仕事もないって言っていたし」
「確かに。執務室以外にいるところほとんど見たことない」
こういう機会にあまり話さない人と話すのもいいだろう。少し探してみることにした。
大淀さんは執務室にはおらず、珍しく談話室にいた。提督代理とはいえ、執務室ではやる事がない。久々のフリーということで休みを満喫しているように見える。
「珍しい集まりですね」
「うん、ホント珍しいわ。はちさんが資料室の外に出てるの初めて見たかも」
そこには大淀さんの他にも、はちさん、そしてなかなかお目にかかれない水上機母艦、秋津洲さんがいた。
秋津洲さんははちさんと同様、
そんな状態でやっている仕事というのが、陸との交流である。私達の島に生活用品や食糧を輸送してくれているのは全て秋津洲さんだ。二式大艇という専用装備の他、艦娘には本来必要ない船舶免許なども取得して輸送隊の隊長を受け持っている。
「今日は臨時で開いた非戦闘艦娘の集いなの」
「駆逐艦定例会みたいなものかも!」
「そういう集まりもあるのね」
いつも誰かしら忙しくなかなか開けないそうだ。一番忙しいのが秋津洲さん。私ですら姿を見たのが数度しかない。もちろん霞は初顔合わせ。
「あれ、大淀さんって非戦闘艦娘だったんですか?」
「言ってませんでしたっけ。私も脚部艤装装着不可の
大淀さんの艤装を見た事がないのはそういう理由。秋津洲さんと同様、海上に立つ事ができないため、できても島からの対空砲火程度となる。ただし、大淀さんは切り札中の切り札、出すときは本土決戦も視野に入るレベルなので、これだけは避けなければならない。
「じゃあ非戦闘艦娘はこの3人だけ? あ、明石さんもいるか」
「明石は戦闘できないわけじゃないですよ。
大淀さんは明石さんのことだけは親しみを込めて話す。吹雪さんと同時に運営として派遣された艦娘だからだろう。大淀さんと明石さんは欠陥があっても無くても運営に支障はないため大本営も解体しなかったようだ。
明石さんはともかく、大淀さんは軽巡洋艦としてもスペックは高い。戦闘に出られないのは少し残念だ。
「そうかも? 明石さんの
「はっちゃんもナイーブな事かと思って聞いてない」
「明石は片足だけなんですよ。脚部艤装装着不可の
面倒な
「明石さんもいれば勢揃いの集いだったのにね」
「仕方ないかも。あたし達はいつも忙しいかも」
秋津洲さんはそもそも鎮守府にいる事がなかなか無く、はちさんは随時更新される艦娘のデータを資料に反映させる仕事がある。大淀さんは秘書艦の仕事が、明石さんは工廠の仕事が毎日ある。
縁の下の力持ちな非戦闘艦娘の方々は、今日くらいはしっかり休んでもらおう。
「ふぅ、こんなにゆっくりするのはどれくらいぶりですかね」
「大淀さんはいつも仕事してるじゃない。休んでるの?」
「休んでますよ。書類整理自体は提督のおかげですぐに終わりますから」
ただし、秘書艦業務以外の事で奔走している。祝い癖のある司令官のブレーキ役や、戦闘訓練、哨戒任務の時間管理、秋津洲さんの輸送した荷物の管理もあるだろう。おそらく一番仕事をしている。
体力仕事をしない代わりに頭を使っていると思うと、大淀さんの方が私達より疲れていそうだ。
「一番大変なのは秋津洲さんです」
「あたし陸で休む事あるから、大淀さんには負けるかも」
毎日ある程度保障された食事が摂れるのは、ひとえに秋津洲さんのおかげだ。稀に司令官が宴を開いてしまうが、それでもなんら変わらなく運営できているのだから、感謝しかない。
「はっちゃんが一番楽かな……好きでやってるし」
「そんな事ないかも! 本の整理ははっちゃんしかできないよ」
「そうですね。私の書類仕事もはちさんのおかげで捗ってます。それに水上機での近海監視もしてますよね」
「そっちが本当のお仕事なんだけど、資料室の管理の方が多くなってきちゃった」
私が見に行ったときも綺麗に整理されたデータでとても見やすかった。あれは全てはちさんが整理したものなのだろう。あれだけのことをしようとすると、1日仕事では収まらない。
近海監視も重要な仕事だが、はちさんがそれをしているのはあまり見た事がない。実際は私達が活動を始めるより少し前の早朝に飛ばしているそうだ。
「皆さんのおかげで、私達が安心して生活できるんですね」
「ホント感心したわ」
ここにいない明石さんも含めて、非戦闘艦娘のおかげで私達は支障なく任務を遂行できる。皆の力を合わせないとできないと、改めて理解した。
午後は皆がさらに暇を持て余していた。今は自主練も憚られる状態。艤装も触らない方がいい。そうなると、することが散歩くらいしか無かった。
「あれ、天龍さん筋トレはもういいんですか?」
主砲訓練の時の桟橋まで来てみると、そこでは天龍さんが釣りをしていた。釣果はそこそこのようだ。
「今ジムに行くのはダメだ。姐さんがヤベェ」
「どういうことでしょう……」
「さっき白露と皐月が捕まった」
察した。今は近づけない。
「オレは暇なときはこうやって釣りしてんだよ」
「そういえば、たまに食堂で魚を捌いてましたね」
人工島だからか、どこで釣りをしてもそれなりに当たりはあるらしい。とはいえ人数分釣れることは稀なので、釣った天龍さんが適当に見繕って振る舞うのだとか。今日も釣果的に数人程度だろう。
天龍さんは鎮守府の中でも料理が上手な方に入り、食堂当番のときも人気がある。天龍さんに教えを請う人もいるほど。
「霞はどうした?」
「今ははちさんと資料室です。自分のデータを見ると」
まだ水上移動もままならない状態だが、今後の自分を見据えるのは早い内でも悪くない。私のように目指す先が決まればいいのだが。
天龍さんの隣に座り、海を眺めた。戦場として立つのとはまるで違う平和な海。風も気持ちいい。
「やっぱり、こういう海がいいですね。この前の初陣では、空気が熱く感じました」
「だよな。オレも最初は戦闘が生き甲斐だと思ってたけど、提督のおかげでこんなにのんびりだ。海はこの方がいい」
生まれたばかりの天龍さんは、それはもう好戦的で、怪我をしても突撃するような人だった。自分が死んだところで、別の自分がいるからと、命を軽んじていた。
司令官に説教され、説得され、今の天龍さんになったそうだ。人一倍私達の事を気遣ってくれる。旗艦としてもすごく頼りになる。
「戦うよりも、ここで生きていく方が楽しくなっちまった」
「わかります。こんな平和な日が続けばいいのにって思います」
「誰も死なずにこの海を取り返さないとな。っと、当たりだ当たり」
まだ海は深海棲艦が制圧している状態だ。今は一時的な平穏。この海を維持するためにも、もっと頑張らなくては。
大淀と明石は腐れ縁みたいな付き合い方で仲が良さそう。ここの鎮守府でもそんな感じ。大淀が唯一緩い姿を見せる相手。