さらに数日時が経ち、静かな毎日を過ごす私、朝潮。未だに逃げた北端上陸姫の行方が知れないのは不安ではあるが、穏やかに過ごせているのはとてもいいこと。朝の会議も話題が無いくらいである。
「今は深海艦娘から2人が援軍に出ているところだね」
「うーっす。時雨と五月雨が出向中。帰投は今日って聞いてるぜぇ」
深海艦娘を運用するようになって、会議には深雪さんも出るようになった。リーダーとして、その状況の統括をすることになっている。
深海艦娘の存在が公表された今では、深海艦娘の援軍申請が少しずつ増えてきている。駆逐艦の小回りで運用できる重巡洋艦以上の火力となると、燃費以外は破格の性能。使いたくなるのもわかる。
そこまで遠くには行けないものの、秋津洲さんの案内の下、私達がまだ交流したことのない鎮守府からの増援要請に向かうこともあった。今鎮守府を離れている時雨さんと五月雨さんもその中の1つである。
「連絡を聞く限り、待遇もいいそうだ。向こうの艦娘とも上手く行っているらしいよ」
「時雨が言うなら嘘じゃないな。あいつ、本当に歯に衣着せないし」
外部との交流が上手くいっているのはいい傾向である。そういう他の鎮守府はどんどん増やしていきたいところ。
「提督、噂をすれば時雨さんからの連絡が来ました」
「ありがとう大淀君、ここに繋いでくれるかな」
朝からの定期連絡は少し珍しい。会議の時間はあちらも知っているので、この時間は避けてくるはずなのだが。
『ごめんよ提督、少し緊急の連絡が出来てしまったんだ』
「どうしたんだい?」
『こちらでの出向は今日付けで終われるんだけど、撃破した深海の姫が浄化されたんだ。それが少し……というかかなり特殊で、判断に困るんだ』
久しぶりの浄化案件。滅多にないことだが、発生した場合はその鎮守府に配属されるか、勝手を一番知る私達の鎮守府に配属するかのどちらかとなる。浦城司令官のように、自分達で運用してあげたいという親心が出るところが多いだろう。
だが、特殊な浄化というのはどういうことだろう。この鎮守府には浄化された元深海棲艦が4人配属されているが、その全てが死亡後に艦娘となったくらい。瑞穂さんは特殊な例だが、それでも皆と似たような状況だ。
『それでね……出来ることなら朝潮と霞に来てほしい』
「その2人である理由は?」
『見てもらえればわかるけど、浄化で生まれた子が朝潮型なんだ。なんだけど……僕らは深海棲艦の気配も匂いもわからない。判断に困る』
朝潮型が生まれたとなると、私も見てみたいものだ。私を姉と認識してもらえるかどうかはさておき。
「ふむ、朝潮君、大丈夫かい?」
「構いませんよ。時間はありますし。場所さえ教えていただければ、こちらで向かいます」
「わかった。時雨君、これから朝潮君と霞君をそちらに向かわせるよ」
『助かるよ。事が済んだらまた連絡して帰投するね』
ひょんな事から、別の鎮守府と交流することとなった。霞はこの鎮守府から出ることも初めてだ。遠足ではないのだが、霞にも気分転換になってくれれば嬉しい。
浦城司令官の鎮守府とは違う方向に向かい、それなりに遠い鎮守府までやってきた。秋津洲さんの案内で行くような場所だ。1人で行くには難がある。
ある程度の場所で誰かが待っていてくれると聞いていたが、海上に五月雨さんが待っていたので安心する。
「あ、こっちこっちー。来てくれて助かったよ」
「何があったんです?」
「見てくれればわかるよ。こんなの初めて」
五月雨さんも説明するより見てくれと言ってくる。そんなに珍しい艦娘なのだろうか。それが私の妹、霞の姉に当たる艦娘なのだから、余計に気になる。
「姉さん、気配……」
「うん、感じるけど、2人分……かしら」
浄化された姫は1人のはずだが、私達の感じる気配は
「白しぐ姉さん、朝潮ちゃん達来たよ」
「助かるよ。ごめんね、急に呼びつけて」
工廠では時雨さんも待っていた。白時雨呼びと言うことは、ここにも時雨さんがいるのかもしれない。
「アンタ達が加藤少将のとこの艦娘かい? 見たことのない子がいるねぇ」
その隣、ここの鎮守府を総轄する司令官、
「朝潮型駆逐艦1番艦、朝潮です」
「同10番艦、霞よ」
「朝潮……? 朝潮ってこんな子だったかい? もう少しちみっちゃい子供だと思ったんだけどね」
そういう反応になるのもわからなくもない。
「私は少し特殊でして、必要でしたら後から説明します。それよりも、私達が呼ばれた理由なんですが」
「そうだったね。こっちで待たせているんだ。ついてきな」
連れていかれたのは工廠の近くに設置された部屋。名目上尋問室なんていう物騒な部屋だが、ただの個室らしく、ドロップ艦への新人研修くらいにしか使わないらしい。
そこにいたのは2人の艦娘。片方は見ただけで私の妹であることが理解できた。時雨さんのいう通り、朝潮型である。その2人から深海棲艦の気配を感じる。さらにいえば、2人から
「アンタ達に来てもらったのは他でもない。この子達について率直な意見を聞きたいんだ。白い時雨と五月雨は、この子達が深海棲艦であるかどうかの判定も出来ないと聞いたんでね。出来る者が欲しかったのさ。そしたら縁のある者がいるっていうから、アンタ達が選ばれたってわけ」
1体倒して2人出てきたら、片方が浄化で片方はドロップと見てもおかしくはない。私達がここに来たので2人とも深海棲艦の気配がするとわかった。
そうなると、何故この2人が深海棲艦の気配を持っているのかが気になるところである。同じ気配というのも何かおかしな話である。
「私達は1体の深海棲艦を撃破したんだが、それがこの2人に
「ぶ、分裂!?」
「うん、僕らもその部隊だったから現場で見てるよ。確かに分裂した。1体から2人出てくるなんて聞いたことが無い」
その2人だが、今でもガッチリと手を繋いで離さない。落ち込んでるわけでもなく、気の持ち方は普通のようだが、この距離感は少し普通とは違う。姉妹とか仲間同士とか、そういうレベルではない親密感。初霜さんが求めてくる距離感とも違う、近いというよりは
「なるほど、だから同じ気配がしたのね」
「へぇ、同じ気配なんだ。ならどちらも元深海棲艦と見て間違いないね」
「驚いたわよ。2人分あるのに1人分の気配みたいな感じだもの」
霞も私と同じように感じていたようだ。
「ほらアンタ達、名乗んなさい」
「はいはーい。白露型駆逐艦3番艦、村雨だよ」
「朝潮型駆逐艦、8番艦の峯雲です。と言っても、ご存知ですよね。朝潮姉さん、霞ちゃん」
姉として認識してもらえてよかった。
片方は時雨さんや五月雨さんの姉妹艦である村雨さん、そしてもう片方は私の妹である峯雲。1体の深海棲艦から分裂して生まれた2人。同じ気配だったのはそういう理由があるから。2人に見えるけど、実は同一人物という感じ。
「私達は深海雨雲姫っていう深海棲艦だったの」
「その時の記憶は共有しています」
「2人で1人分としてもらえれば嬉しいかな」
「単体だと機能しないと思いますので」
だから手を離さないのだろう。話すときも同じことを考えているかのように交互に話す。2つの身体に分かれてしまったが、意思としては1つ。そういう意味では私とアサの関係とは真逆の存在である。
「1つ聞きたいんだけど、手を離すことが出来ないとかは?」
「さすがにそれは大丈夫。着替え出来ないしね」
「でも、触れ合ってないと落ち着かないんです。元々が1つだったからでしょうか」
今までにないタイプだ。分裂自体が初めてなのに、ここまでベッタリでないといけないというのは、もはや
「ちなみに艤装は」
「ちゃんと2人分。だけど、2人揃わないと出力が安定しないみたいでね」
志摩司令官も苦笑い。自分達で運用しようとは思っているようだが、ここまで特殊な艦娘は初めてだという。それはそうだろう。
「なら2人同時運用でいいのでは。出撃するときは2人一緒に。コンビプレーを訓練すれば、3人分くらい働けますよ」
「まるで見てきたような口振りだねぇ」
「見てきたどころかやってますから。ずっと手を繋いだままというのは初めてですけど」
私は龍驤さんの曳航を担っていた時期もある。今でこそ艤装の変化でそれが出来なくなってしまったが、2人で1人前の状況はそれなりにやってきた。今なら腕で担ぎ上げての出撃なんてのも考えられる。
「元深海棲艦ということは、深海棲艦の気配も読めますね。電探要らずで敵の位置が大まかにわかりますよ」
「そっか、だから誰かが近付いてきてるみたいに感じたんだね」
「外から誰かが来たって、フワッとですけど感じました。姉さん達を感じ取ったんですね」
言われて初めてわかったのだろう。艦娘として本来ならあり得ない能力である。誰か来るように思える程度には感じていたみたいだが、自覚すればそれが何かはわかるようになる。
「艤装も元の深海棲艦寄りになってしまう場合がありますが、2人に分かれているなら運用可能でしょう」
深海雨雲姫という深海棲艦がどういう深海棲艦かは知らないが、結局のところ、艦娘としては2人だ。少し運用に癖のある艦娘と思えばいいだけ。
「村雨さんと峯雲は、どういう感覚なんですかね。同じ記憶を持っている2人ということでいいんでしょうか」
「それでいいと思うよ。死ぬ瞬間も覚えてるし、ここの鎮守府の子と戦ったことも覚えてるし」
「そして、その記憶が私と村雨さんで完全に一致していますね。村雨さんが私でもあるという認識もあります」
型も見た目もまるで違うが、双子のようなものと言えるだろう。それだからか、峯雲と村雨さんは髪の色も近く、スタイルも近い。背丈は村雨さんの方が高いが、そのせいか峯雲はとある部分が少し目立つ。
「志摩司令官はどのように運用するつもりで?」
「そりゃあ、通常の艦娘と同じようにしていくつもりさ。だが基本2人セットの運用かい。今までに無かったことだねぇ。面白いじゃあないか」
豪快に笑い飛ばす志摩司令官。最初からそのようにしていきたかったかのような口振り。私達が呼ばれたのは、この場では判断付かなかったことを確認するためだけだったようだ。
「村雨、峯雲、正式に配属してもらうよ。明日から実戦訓練だ。2人でセットで使っていくから覚悟するんだね」
「はいはーい。峯雲さん共々」
「村雨さん共々、よろしくお願いします」
息がぴったりな2人。元々1人だったものが2人になったのだから、これからも2人で力を合わせていくのだろう。片方は私の妹。これは応援していきたいところだ。
「峯雲、大変かもしれないけど頑張って」
「はい、朝潮姉さん。村雨さんと一緒に頑張ります」
「村雨、峯雲姉さんをよろしく頼むわ」
「峯雲さんは私がちゃんと面倒見るから、任せてね」
この2人は上下関係も何もない。自分が目の前にいるようなものだ。お互いがお互いを助け合うことが当たり前。片時も離れず、最後まで一緒にいる。
そういう意味では、扶桑姉様……海峡夜棲姫と同じこと。姉や妹でなく、自分自身というだけ。単純だけど難しい関係である。
「元深海棲艦のことでわからないことがあれば連絡をください。何かわかることがあるかもしれません」
「ああ、頼んだよ。私らも初めてのことなんでね」
こういう形で強い縁を作っておけば、何かが起きた時にこちらからも頼らせてもらえるかもしれない。少し横着な考え方だが、打てる手段は全て打っておこう。
「ところで志摩司令官」
「ん? なんだい?」
「部屋の向こうで3人、こちらをこそこそ覗き見ている駆逐艦がいますが」
3人という時点で察したのだろう。深く溜め息をついた後、扉を思い切り叩いた。廊下でゴロゴロと転がる音が聞こえる。
「こらぁガキども! 客を覗き見たぁどういうことだい!」
「痛た……もうちょっと加減してくんない!?」
「礼儀知らずの馬鹿娘にゃあ、これで充分だよ!」
外にいたのは同じ制服の3人。同型艦なのはわかるが、私達の鎮守府にはいない制服だ。誰かの姉妹の可能性はあるが、誰のかは見当がつかない。近しいのは萩風さんだが、微妙に違う感じにも見える。
「すまないね、うちの秘書艦が」
「いえ、私達が物珍しいものであることは私達自身がよくわかっていますから」
秘書艦だというので改めて挨拶が出来るように向き直る。時雨さんと五月雨さんが苦笑しているところを見ると、この3人はこういうことをする常習犯のようだ。
「うちの秘書艦の陽炎。あと後ろのピンクが不知火、その横の髪短いのが黒潮」
「説明雑やない?」
「心外です。不知火達はこの鎮守府の精鋭駆逐艦なのですが」
「精鋭ならもう少しそれらしくしな」
陽炎型の上から3人。つまり、時津風さんと萩風さんのお姉さんに当たる。あとは以前に救出任務をした第十七駆逐隊4人も陽炎型。19人姉妹の姉なのだが、どうもそんな雰囲気がない。
陽炎型は私達朝潮型の進化改良型。ほんの少しの関係性があるが、あって無いようなもの。
「白時雨から話は聞いてたわ。貴女が加藤鎮守府の女帝ね!」
「時雨さん、どういう説明をしたんですか」
「言葉通りだよ。我が鎮守府最強の駆逐艦。姫級を
なんという説明をしてくれたのか。
「時間があるなら是非演習をしてほしいの。女帝の実力、見せてほしいなって!」
「朝潮、ここの鎮守府、配属されてる艦娘全員が神通さんだと思った方がいい」
「うわ」
素で声が出た。ということは一度実戦するまで粘り続けるくらいはされるのだろう。勝てばライバル認定されて次も狙われ、わざと負けるのも許さない。目をつけられた時点で詰んでいる。
「僕もさんざんやらされた。全部勝ってやったけど」
「なら時雨さんだけが相手してくださいよ……」
「司令、いいでしょ? 演習! 演習!」
もうやる気満々である。こちらとしては時間はまだあるが、司令官に連絡しておく必要くらいはあるだろう。時雨さんと五月雨さんの帰投もあるわけだし。
「客にこんなこという秘書艦ですまないね。嫌なら嫌とはっきり言ってやんな」
「はぁ……でも断ったら付きまとわれるんですよね……。司令官に連絡させてください。帰りが遅くなると伝えます」
ここがこんな鎮守府だと、峯雲もこんな感じになってしまうのだろうか。それだけが心配だった。
深海雨雲姫、村
今回の投稿で、100日連続投稿となりました。今後ともよろしくお願いします。