私、朝潮と霞が演習している間に時雨さん達が帰投の連絡をしておいてくれたらしく、服が乾き次第帰投という運びとなった。霞が峯雲にここの鎮守府のストッパーになれとさんざん言っていたのが印象的だった。私としても好戦的な峯雲というのは出来ることなら見たくはない。
時雨さんと五月雨さんも村雨さんを説得していた。何でも、私達の演習を見てソワソワしていたらしい。さすが夕立さんの双子の姉、生まれたばかりだというのに闘争本能はバッチリ。それが峯雲に影響を与えるので、なるべく押さえ込んでほしい。
「なんかあったら私達も力になるわ」
「ありがとうございます」
「もう
陽炎さんと握手。こういう形の友情関係もいいだろう。
飛び抜けて明るい陽炎さんは、この鎮守府の秘書艦なだけありムードメーカー。一緒にいるだけで温かくなるような、そんな雰囲気。これからもいい付き合いをしていきたい。付きまとわれるようなライバル視だけは勘弁していただきたいが。
「また連絡させてもらうよ。次は合同演習なんてどうだい」
「そうですね、機会があればよろしくお願いします」
「来てもらうのもなんだし、今度はこちらからそちらに行かせてもらいたいもんだね。珍しいものが見られるんだろう?」
今まで関係が持てていなかった志摩司令官も、時雨さんと五月雨さんの運用をしたことで、こちらの特異性には興味を持った様子。ここで見せたのはほんの一部でしかない。拙い白兵戦と、全てコントロールできる魚雷程度だ。こちらの鎮守府にはそれ以上のものが山ほどある。
「その時には、こっちはもっと強くなってるよ。援軍を頼まない程度にはね」
「それは寂しいですね。また是非ともお手伝いさせてください」
「はっは、言うじゃないか。また会おう!」
志摩司令官に見送られ、私達は帰路に就く。ほんの数時間の滞在だが、この面白い鎮守府は印象に残った。こことも長い付き合いとなるだろう。
「峯雲姉さんが変わり果ててないことを祈るわ……」
「村雨にちゃんと言っておいたから、安心……は出来ないなぁ」
時雨さんも苦笑いである。
帰投後、今までに無かった元深海棲艦のことを司令官に話した。1体の深海棲艦が分裂することで生まれた2人の元深海棲艦の艦娘。深海棲艦絡みということで佐久間さんも同席。
「そんなことが起きていたんだね」
「ビックリしたよ。消滅しなかったから浄化されたんだとは思ったけど、その場で2人になったんだ」
「私と霞で確認しましたが、全く同じ気配を持つ2人でした。こんなこと今までにありません」
報告書を書きながら時雨さんも会話に参加している。現場を見ているのは時雨さんと五月雨さんだけ。どのように発生したか見たかったものである。
「深海雨雲姫はここ最近確認された新種の深海棲艦ですね。もしかしたら艦の魂を2つ使って生まれた深海棲艦なのかもしれないです。これは私の仮説なんでなんとも言えませんけど」
艦娘1人に対し、魂は1つ。これは当たり前なことである。だが深海棲艦はそんな法則すら無視している可能性が出てきた。
そもそも私達も見たことがある軽巡棲鬼は、艦娘2人の特徴を併せ持つものらしい。何処と無く那珂ちゃんさんに似ているとは思ってはいたが、そこに加えて別の軽巡洋艦の要素も加わっているのだとか。空母棲姫も、一航戦の2人を掛け合わせたような外見。そういうものだと思っていたが、複数の魂を使っているというのなら辻褄も合う。
「複数の魂を使ったんじゃないかっていう深海棲艦は、他にも何体か確認されてますねぇ。扶桑さんの中にいる海峡夜棲姫とか、深海双子棲姫なんてモロに2人ですし」
「佐久間君、その辺り詳しいね」
「研究者ですから! でも浄化されたら2人になるだなんて、これはビックリ。浄化の後は魂の数で決まるのかぁ」
佐久間さんはそういった深海棲艦も研究していくようだ。
「いやぁ見たかったなぁ! その村雨ちゃんと峯雲ちゃん!」
「また会えますよ。あちらから来てくれるかもしれませんし」
「その時は是非とも研究させてほしいね! もしかしたら、型も外見も違うけど本当に同一人物かもしれないわけだし!」
気配だけでしか見ていないためその辺りは何とも言えない。佐久間さんがよくやる、髪の毛や血液検査から調べる必要はあるかもしれない。
「峯雲君自体、今は大本営がようやく解析できた報酬艦の1人だからね。まさか深海棲艦に混ざり込んでいるだなんて想像がつかないよ」
私としては、こういう形ででもまだ見ぬ妹に出会えたのは嬉しいものである。
はちさんの管轄する資料室でも確認したが、朝潮型は10人中、私を含めて9人の存在が確認されている。その全員と出会えるかはわからないが、出来ることなら全員と会いたい。私の姿はこんなだが。
「だが……ますます謎が深まるばかりだ。浄化現象、一体どういう原理なのだろう」
「満たされれば浄化されるってのが確証が持てる状況なんですよね? 話を聞く限りでは」
「ポーラちゃんは……まぁ満たされたというよりは未練が無くなったって感じですかね」
そうなると謎なのは
「うーん、これはまた仮説なんですけど、あまりに未練がありすぎると、それはそれで艦娘になっちゃうんじゃないですかね」
「というと?」
「死にたくなさすぎて、艦娘になってでも生き延びようとするとか。事実、瑞穂ちゃんはガワが剥けたみたいに浄化されたんですよね。他の子と違って」
そうなるとそれはもう浄化ではない別の何かではなかろうか。
でも、それなら納得が出来てしまう。大本営で処分されたという浄化された元深海棲艦はどうだったかは知らないが、未練がありすぎると艦娘に変化するというのは意外とありそうな仮説。
だから、瑞穂さんは私を見た瞬間に精神が崩壊した。どうにか生き延びたところで、死の恐怖と屈辱を与えた者が目の前にいたのだから無理もない。そして防衛本能が働いて今に至る、と。
「負の感情が深海棲艦の身体を変えるのは前例があるし、割といい仮説な気がしますね。死にたくないなんて感情、怒りや憎しみ以上の力ありそうだし」
深海棲艦の感情論は私が身を以て証明しているため、仮説としては信憑性が高いものとして佐久間さんのメモに書かれることとなった。深海棲艦を浄化させるなら、満たされるまで戦うか、未練が残りすぎるくらいにするかのどちらかとなる。後者はオススメできない。
「まぁそれが浄化か浄化じゃないかなんて関係ないですね。瑞穂ちゃんは瑞穂ちゃんですし。今が良ければ全て良し」
「そうだね。思い出したくない過去を無理に思い出させるのは良くない。瑞穂君はあれが一番いい状態なんだ」
「私も助かってます。記憶障害を起こした時は特に助けられました」
今のところ、水母棲姫の記憶が戻ることはない。それならずっと今のままの方が幸せだろう。
「時雨さん、深海雨雲姫はどのパターンで浄化されたんです?」
「ガングートさんやウォースパイトさんと同じパターンだね。何度も戦って、やりきって満たされたってさ。だからこそ不安なんだ……あの鎮守府の空気に呑まれるんじゃないかって」
深海雨雲姫が武闘派な志摩司令官の艦娘と満たされるまで戦うということは、その影響を強く受ける2人も武闘派になる可能性は高め。峯雲の行く末が途端に心配になってしまった。過保護かもしれないが、定期的に様子を見たいとすら思える。
報告書をまとめ、時雨さんと佐久間さんを連れて執務室から退室。時雨さんはそのまま深海艦娘の詰所へ向かい、佐久間さんも自分の研究室へ。私はフリーになったので談話室へ向かう。
「お疲れ様です朝潮様。お茶をお淹れしますね」
「ありがとうございます。いただきます」
元深海棲艦の話をしていたものだから、瑞穂さんのことも少し気にかかっている。
瑞穂さんは自分が元深海棲艦であるという自覚がない。深海棲艦の気配が読めるということと、私がそうだと説明したことで、自分は元深海棲艦であると認識しているにすぎない。水母棲姫という名前を聞いても、それが自分であるという考えには至らない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
出されたお茶を一口。うん、美味しい。煎茶に関しては瑞穂さんと春風がツートップで美味しい。
「ふぅ……落ち着きます」
「それは良うございます。瑞穂の淹れたお茶で、穏やかな心を維持していただければ幸いです」
瑞穂さんも私の身体を気にしてくれている。一番最初に異変が起きた時、アサと共に私に忠告してくれたのは他ならぬ瑞穂さん。アサは中から、瑞穂さんは外から、私がおかしくなっているのを理解してくれている。もしかしたら、霞よりも私のことを見ているかもしれない。
「いつもありがとうございます。瑞穂さんの忠告を守れず、こんな身体になってしまいましたが……」
「良いのです。その身体となられたのは、他の者への慈悲が招いた怒りの産物。朝潮様の慈悲深さが如実に現れた結果なのですから」
光の灯っていない虚ろな瞳なのは相変わらずだが、私を見る目は同情などもなく、ただただ敬愛の意思があるのみ。気恥ずかしいが、申し訳なさもある。絶対の信頼を寄せてくれている瑞穂さんを裏切ったようにも思えた。
「朝潮様は自らへの苦痛は耐えられますが、他者への苦痛が耐えられない慈悲深きお方。敵はそれを利用してきたのです。どうか深く思い悩まぬよう。それも彼奴等の策かもしれません。心にのみ攻撃を仕掛ける卑劣な手段を、瑞穂は許せそうにありません。朝潮様、是非とも瑞穂にご指示を。朝潮様が仰ってくれれば、この瑞穂、必ずや敵の姫の首を献上いたしましょう。ですが朝潮様はどうか怒りをお抑えください。これ以上の変化は……本当に戻ってこれない気がします。次は無いと、
信頼と同時に叱咤まで。欲しいものを全てくれる。瑞穂さんには感謝しかない。その力添えに涙が出そう。
「瑞穂さん、本当にいつもありがとうございます。頼りにしています」
「罪深き瑞穂にはお声がけしか出来ません。それが朝潮様の為になるのならば何よりです」
「その、そろそろ本気で労わせてくれませんか。いつもされてばかりで申し訳なく感じます」
いくら従者だとしても、瑞穂さんだって報われるべきだ。もう長い時間私に尽くしてくれている。瑞穂さんが拒否したとしても、私が何かをしてあげたい。
「そんな、瑞穂如き罪深き者が朝潮様のお手を煩わせるなど」
「私がしてあげたいのに否定を?」
「う……朝潮様は時に狡いお方になられます。そう言われては瑞穂は拒否出来ないじゃないですか」
こうでも言わないと労わせてもくれないのだから仕方ない。私だってこんな上から目線な言い方はしたくない。
「どんなことでも構いませんよ。私に出来ることなら何でもどうぞ」
「……どんなことでも……ですか」
「はい、出来ることなら」
そんな無茶なことは言ってこないだろう。添い寝とかなら、どうにか霞を説き伏せる覚悟だ。それに、霞だって瑞穂さんのことは一目置いている。
「その、本当にどんなことでも……?」
「もしや余程のことをお望みで?」
「そのようなことはございません! う、わ、わかりました……瑞穂のはしたない欲望をお聞きください」
恥ずかしげに目を逸らす。
「今だけでいいので……その……大潮様や霞様と同じような扱いをしてもらえませんか」
「大潮や霞と同じいうことは、妹扱いということですか?」
「妹まででなく……その……敬語は無しで呼び捨てを……」
そんなことでいいのかと拍子抜け。でも瑞穂さんとしてはこれだけでも決死の如き覚悟がいるのだろう。見た目は私より歳上な瑞穂さんをそのように扱うのには抵抗があるが、本人が望んでいることだし、何よりこれは労いの1つ。私が拒否する理由はない。
「瑞穂、こっちに来なさい」
「っ、は、はい」
どうせならいろいろやってあげよう。大潮や霞にやってあげることをやってあげるのが、そういう扱いするということだろうし。
「膝枕してあげる」
「ひっ、膝枕っ、ですかっ」
いつもの瑞穂さんからは考えられない上擦った声。興奮しているのか驚いているのか。なんだかとても可愛く見える。
「ほら、ここに寝て」
「は、はぃ……」
素直に頭を膝の上へ。瑞穂さんも疲れているだろう。いつも私のために奔走して、望むタイミングで姿を現わすほどだし、下手をしたら深夜ですら呼べば来るほどである。夜に眠っているかもわからない。顔には出さないがずっと疲れているような気がする。
「いつもありがとう」
「そ、そんな、瑞穂には勿体ない……っあ……朝潮様の胸が顔に……匂いが……」
今までに見たことのない、瑞穂さんの緩み切った顔。なんだか雪さんが重なった時の初霜さんのような反応。瑞穂さんは理性があるからこの状態から襲われることが無いので安心しているが。
「瑞穂、ありがとう。貴女のおかげで私は穏やかに生きていけるわ」
「は、はぃぃ……幸せです……瑞穂すごく幸せです……」
ビクンビクン震えているのが怖いが、しばらくすると本当に眠ってしまった。やはり疲れていた様子。こんなことで労うことが出来るのなら、いくらでもやってあげよう。その度に霞筆頭の3人が嫉妬するかもしれないが、瑞穂さんは功労者だ。文句は言わないだろう。
『ここまで緩いミズホを見るのは初めてだな』
「いつも気を張ってる気がするもの。私よりも優先的に休んでほしいわ」
『私も感謝してるぞ』
眠っている瑞穂さんの頭を撫でながら、私も微睡む。最近はいつも何処かで眠っているような気がするが、それも穏やかに過ごせている証だ。
昨年の10月18日より連載を開始し、今回の投稿でちょうど連載半年となりました。半年で172話とハイペースになりましたが、これからもよろしくお願いします。朝潮はいいぞ。