佐久間さんの研究の成果と明石さんの開発により、深海の匂いの相乗効果に耐性が付けられるようになった。これで私、朝潮の日常の安寧が確約され、島風さんのスキンシップに対しても一切の抵抗が無くなった。これにより不安要素が全て取り除かれたと言える。
あとは北端上陸姫の行方だけなのだが、撤退してそろそろ1ヶ月が経とうとしている。それだけの間こちらの捜索を掻い潜り続けているというのは恐ろしいことだ。早急に対処したいのに、うまく行かないとなると緊張感も増す。
今日は最後の海域調査。メンバーは常に変わらず、旗艦が青葉さん、海底調査のためのゴーヤさん、当事者の島風さん、安定役の私と雪さん、雪さんの保護者の叢雲さんの6人。向かう方向は、私の領海から東の方面。ポーラさんの領海や、以前に戦艦水鬼との激戦を繰り広げた、龍田さんのドロップ場所のある海域が含まれている。
「何度か来ていますけど、こういう調査はしていませんね」
「ですねぇ。なので今回はちゃんとやりましょうかぁ」
ポーラさんの領海付近に来ると、雪さんが少し俯く。こればっかりは仕方なく、叢雲さんがどうにか慰めながら通過。島に新しいワイン瓶があるところを確認し、あの後も何度も来ていることがわかる。
「ここも懐かしいです。ケッコン前の最後の戦場ですね」
「今ならあの程度なら瞬殺レベルなのが怖いですねぇ」
戦艦水鬼と戦った南東拠点跡地、ゴーヤさんが海底に造花を発見したので間違いない。それが流されていないようなので、ここの海流は安定しているのかも。
「さぁ、調査始めます。周辺警戒お願いしますねぇ」
「了解です。この辺りは誰の管轄でも無いんですか?」
「そうですねぇ。なので、定期的に付近の鎮守府が哨戒に来るんですよ。朝潮さんも来たでしょう。萩風さんの初陣で」
そういえばこちらの方に哨戒したこともあった。管轄内の海域だけでなく、誰の管轄でもない場所も見て回らなくては、深海棲艦の発生を許してしまう。
「あ、哨戒機の反応を確認しました。別の鎮守府のですかね」
「こういう場所ではそういうこともありますよ。誰の管轄でもないということは、誰が来てもおかしくないということですからねぇ」
反応を確認した通り、私達が海域調査をしている上空に1機の哨戒機が飛んでくる。私達の姿を確認すると、少し低空飛行になって、搭乗している妖精さんが敬礼をしてきた。私達もそれに対して敬礼。礼儀には礼儀を返さなくては、余計ないざこざが起きてしまうかもしれない。
「もっと東の方から飛んできましたね。何処の所属なんでしょう」
「ここから東だと……ああ、佐久間さんが元々いたところですよ。もう少し北になりますが」
ということは、私達が助けた艦娘研究者である阿奈波さん、そして第十七駆逐隊が所属している鎮守府からの哨戒機か。島風さんの一件が連絡されてから、哨戒範囲を増やすなりしているのかもしれない。不意に深海忌雷が現れても困るだろうし。
「ささ、調査を続けますよぉ」
「はい、周辺警戒も怠っていません」
ゆっくりとした海域調査。数日に一度とはいえ、この機会は有意義に使わせてもらおう。今のところ海域調査中に戦闘はなく、今のような別の鎮守府のものと出会うことも今回が初めてというくらいにはのんびりした哨戒だ。息抜きにもなる。
ゆっくり調査しつつ、出来る範囲の東端へ。これ以降は別の管轄の海域。侵入もよろしくない。
「ではここから北へ。もう少しで海図も完成ですからねぇ。張り切って行きましょう!」
北上を開始した辺りで、電探に反応が入る。今度は哨戒機ではなく、艦娘の反応。数は4つ。
「別の鎮守府の哨戒部隊らしき反応が入りました。駆逐艦4です」
「さっきの哨戒機の情報でも貰ったんですかねぇ」
駆逐艦4人と聞いて、島風さんが少し反応する。島風さんを襲ったのは同じ制服の艦娘4人と聞いている。もしかしたら自分を襲った相手と鉢合わせするかもしれないと怯え始めてしまった。薄っすらとした記憶でも、該当しそうなら恐怖は感じるものだろう。そういう時のために私と雪さんが便乗しているのだ。
「島風さん、大丈夫ですよ。私達がついてますから」
少しでも落ち着かせるために近付く。同時に雪さんも察したように島風さんに近付いた。同じ深海の匂いが2人近くにいれば落ち着く。
「そろそろ視認できます」
「了解です。ゴーヤさん、一度浮上してください」
遠くの方に駆逐艦4人が見えた。私の姿を見るや、大きく手を振ってくる。先程の哨戒機は青葉さんの予想通り阿奈波さんの鎮守府からのものであり、今来たのは第十七駆逐隊。手を振ってるのは谷風さんだ。
「久しぶりだねぇ。ちょーっと見ないうちに大きくなっちゃってまぁ!」
「谷風、艦娘が大きくなってることに疑問を覚えてください」
「へぁ! そういえばそうだねぇ! それじゃあ何かい、そういう改造でも受けちまったのかい!」
救出したときと変わらずテンションの高い谷風さんと、それを抑える浜風さん。後ろの浦風さんと磯風さんも申し訳なさそうな笑み。
「いろいろ事情がありまして。そちらは哨戒ですか?」
「哨戒機が艦娘と深海棲艦の混成部隊を見たと言っていてな、気になったので我々が探りに来たのだが、やはりお前達だったか」
「こんなところまでどうしたんじゃ? そっちからは大分遠いと思うんやけど」
話していいものか悩むところだが、ここは青葉さんに任せた方がいいだろう。私は今回旗艦ではなく随伴艦、基本的な意向は旗艦頼り。
「ちょーっとこっちの方まで海域調査してるんですよぉ。青葉達の鎮守府、ご存知の通り物騒でしょう? 広い範囲を調査して、対策が練れるようにしてるんですぅ。前回えらい目に遭いましたからねぇ」
「なるほど、確かにあの鎮守府は最前線の孤島だ。周辺の調査も多く必要だろう」
「こっちの方からも、何か流れてくかもしれんしねぇ」
一番重要なことは隠しつつ、やっていることはちゃんと伝えている。隠し過ぎると不信感も出るし、曝け出し過ぎると良くないことまで伝わりそう。艦娘に非は無いが、阿奈波さんのいる場所は、元帥閣下と上層部のどちらの息もかかっている場所だ。なるべく穏便に済ませたい。
海域調査は何処の鎮守府でもやっていること。それを海図にするまではしないものの、周辺の海域に関しては全て知っておきたい内容だ。
「かぁーっ! そっちは大変だねぇ! 大きいの終わらせたばかりだってのに!」
「その大きいのがあったから今こんなことしてるんですよぉ」
「なるほど、お疲れ様です」
不意に磯風さんが島風さんをチラリと見る。同じ制服の4人ということで萎縮している島風さんだが、その様子を見て何かを察したのか、視線を外してくれた。
「私達の知らない艦娘もいるな。あの後からまた増えたのか」
「はい、そちらには害のない深海棲艦なので、見逃してください」
「ああ、わかっている。もう何処の鎮守府も、お前達のやり方というのは理解しているだろう。仲間にしているのだから、我々には何事もないという証拠だ」
物分かりが良くて助かる。上層部の息がかかっているにしても、納得してくれる人はいるものだ。
「ほんじゃあ、こっちは哨戒続けるけぇ」
「はい。そちらも頑張ってください」
手を振って別れた。
が、島風さんは終始萎縮したままだった。いつもなら振り切れた社交性で別の鎮守府の人とも仲良くなれそうな気がしたが、そんな気配が無い。
「島風さん、どうしました?」
「……あの制服……見覚えがある気がして……」
「えっ……じゃあもしや」
「あの4人かも……私を襲ったの……」
こちらの島風さんを見て何も言わなかったが、島風さん自身には見覚えがあると言う。とはいえ艦娘であるから同じ外見の別人である可能性は充分にあり得る。陽炎型のあの4人が、島風さんを襲った最有力候補となったのは間違いないが、
「似たような制服なのは、あの4人以外にもいるわね。私以外の特型も近いわ」
「白のセーラー服ってことですよね。その線で当たっていくのもアリかもしれません」
ひとまず海域調査を終わらせ、鎮守府へ帰投することに。青葉さんの調査も今回で終了、ここからは完成した海図とも照らし合わせての調査だ。私の領海に流れ着きそうな場所を虱潰しになるだろう。
帰投後、青葉さんはいつも通り自室に篭る。私達は自由に。司令官への報告はゴーヤさんがしてくれるということで、島風さんのメンタルケアをすることとなった。第十七駆逐隊と出会ってから、いつもの元気が何処かに行ってしまったかのように暗い。自分を襲ってきたかもしれない相手と鉢合わせになったのだ。無理もない。
海域調査の後は必ず皆でお風呂に入ることになっている。その場で癒してあげるしか無さそうだ。
「大丈夫ですか?」
「落ち着いた……?」
「うん、もう大丈夫。朝潮も雪もありがとう」
両側から抱きしめて落ち着かせる。お風呂ということでお互い裸ではあるものの、裸の付き合いだからこその癒し効果。
「もしさっき会った4人が島風を襲った4人だとしたら、なんで島風を見たときに何も言わなかったかよね」
「知らぬ存ぜぬで通す必要がある状況にある……ですかね」
「艦娘の厄介なところよね。同じ外見の自分がいるってのが、こういう時に足を引っ張るわ」
私達の鎮守府にいる人達はオンリーワンな人が多いので助かるものの、それでも判断に困る人もいる。あらぬ冤罪を押し付ける可能性もあるので、無闇矢鱈に疑うのもよくない。
「まずは海図の完成を待ちましょう。そこから海流を見て、島風さんが何処から流れてきたかを判断ですね」
「もしそれが東側だった場合は、さっきの4人を疑うべきね。気は乗らないけど、疑うくらいはしないといけないわ」
あまり他人を疑いたくは無いのだが、状況が状況だ。ただ傷を負った島風さんが流れ着いていただけならまだしも、深海忌雷に寄生されているというのが大きな問題。それを撃退したことを隠す理由があまりにも無さすぎる。
「ま、今は考えないでおきましょ。小さい姉さんにストレス溜めるわけにはいかないもの」
「本当に仲がいいですね」
島風さんが落ち着いたことで、雪さんは叢雲さんに抱かれて湯船に。複雑な表情だが、嫌では無さそう。姉であり妹であるという特殊な関係だからかもしれない。
島風さんは私に抱きつきっぱなし。余程気に入った様子。今なら装置のおかげで誰にも影響が無いから離れてもらう必要もない。
「青葉さんはいつ海図が出来るって?」
「いつも通りならあと2日くらいでしょう。8割方出来ているみたいですし、今日の調査内容を反映させれば完成だそうです」
「なら小さい姉さんもお役御免ね」
海に頻繁に出ることが出来た任務だったので、ちょうどいい気晴らしにはなっていたが、今回で終了。また違う任務で海に出てもらおう。私の領海でお休みする時とか。
「普段行かないところまで行ったのは、なんだかんだ楽しかったわ。敵も出てこなかったから、小さい姉さんとのお散歩みたいなものだったもの」
「そうだね。わたしも行ったことない場所だったから、楽しかったよ」
「気分転換になったのなら幸いです。今日行った東も激戦だったんですよ」
その言葉に島風さんが食いついてくる。
「なになに? 何があったの? 知りたい知りたーい!」
「わかりました。のぼせない程度にお話ししますね。あの場所に拠点が出来たことがあって……」
まるで昔話を語るように説明していく。こういうことでも穏やかな気持ちになれた。島風さんも、私の中ではレキやクウのように娘枠に入ってしまっているのかもしれない。
お風呂から上がり、雪さんは叢雲さんに連れられていった。本当に仲のいい姉妹だ。島風さんは定期検査を受けに工廠へ向かったため、私は1人に。アサと交代して思考の海へ。
「珍しいな、代わってほしいだなんて」
『アサも羽を伸ばした方がいいわ。ちょっと考えたいこともあったし』
「そうか。ならジムにでも行くぞ」
『ええ。今の主導権はアサにあるから、自由にして』
考えたいことというのは、当然先程出会った第十七駆逐隊のこと。疑いたくはないのだが、疑いたくもなる状況もあった。
島風さんを見て、本当に何も言わなかった。磯風さんはチラリと見たが、他の3人は一切見向きもしなかった。それがどうも気になる。余計な詮索をされなかったことはとてもありがたいことなのだが、
とはいえ、面識は僅か数分。救出後、入渠完了から帰投するまでのほんの少しの間だけ。言ってしまえばそこまで仲がいいわけではない。顔見知りだから挨拶をしたまでというのもある。社交辞令みたいなものだ。
「朝潮、深く考え込むなよ。倒れたら意味がない」
『……そうね。あまり人のことを疑いたくはないんだけど』
「さっきの奴らのことか。私は疑ってるぞ」
私の中で、アサはあの4人に疑いの目を向けていたようだ。理由も私と殆ど同じ。視点があまりにブレなさすぎると。
「だが、それは今考えることじゃない。真の犯人は別にいるかもしれないしな」
『そうね。もう少し状況が整理できたら考えましょ。で、今日は筋トレ?』
「ああ。白兵戦が思ったより楽しくてな。ガキの身体じゃあ確かに危なっかしいが、今の身体は本当に都合がいい」
やんちゃで攻撃的なアサには性に合うのだろう。それに、本能の化身だからこそ攻撃の技術を求めたのかもしれない。全員の援護という戦術に辿り着いた私も、心の奥底では戦闘がしたいと思っていたのだろう。泊地棲鬼との戦いで、それはわかっていたのだ。
「お前が考え事できないくらい、私が身体を鍛えてやるよ。ヤマシロ姉さんが言っていたろう。筋肉は全てを解決するって」
『身体担当はアサだから。私は頭脳担当』
「それで構わんさ。私は筋肉で全部解決してやる」
『出来ればアレには感化されないで……』
今は疑うことは後回しにしよう。確証が持てないものを疑っても仕方ない。そもそも私はあの人達の事をほとんど知らないのだ。普段がああいう態度の人なのかもしれない。もう少し時間をかけて考えていこう。
公式四コマでもネタにされてましたが、叢雲だけ制服が違うのがいたたまれないので、そろそろ雲の特型を入れてあげてほしい。きっと同じ系統の制服のはず。