志摩司令官の鎮守府に続き、浦城司令官の鎮守府の潔白も証明された。これで残すは最も疑いがかかっている阿奈波さんのいる鎮守府のみ。島風さんが反応した第十七駆逐隊も所属しており、不可解な行動もいくつか見受けられていることから、どうにか理由が聞き出したいところだった。
特に知りたいのが、何故、私が朝潮であることがすぐにわかったか。本来知り得ない情報を持っていると言っても過言ではないことである。私の姿を見て、ほぼ初見で加藤鎮守府所属の朝潮と見抜くことが出来るのは、同じ鎮守府に所属している人、あの戦いの援軍、そして、
「阿奈波君のところの調査だが、元帥閣下経由でやってもらうことにした」
「そうですね。私達が出向くのは難しい場所ですし、元帥閣下ならあちらにも行きやすいでしょうし」
深海臭気計を元帥閣下に渡し、それであちらの状況を調べてもらう。どれだけ用意周到に準備していたとしても、匂いだけは簡単には取れない。あの深海忌雷のように気配すら感じないものを出されては困るが、それでも微量の匂いは付く。本来何事もない艦娘は臭気計の値が0になることは実証済みだ。
「臭気計は秋津洲君に運んでもらう。彼女なら顔パスで他鎮守府の海域に入れるからね。元帥閣下の鎮守府にも顔が利く」
「凄いですよね……行ける場所全部に顔が利くというのは」
「ありがたい限りだよ。秋津洲君には足を向けて寝られない」
全ての物資輸送を担う秋津洲さんだからこそ出来る芸当。私達の行けない場所にも行けるというのは大きな強みだ。権利関係だけはどうしても突破できない。
「明日の朝に秋津洲君が一旦帰投するから、その時に説明しよう」
決着は明日以降となった。白なら良し。黒なら対策を考える必要がある。
翌日、秋津洲さんは臭気計を持って元帥閣下の下へ。私は相変わらずのフリー。今日は霞、春風、初霜さんが纏めて哨戒任務に出払っているので、アサに身体を渡している。向かう先は当然ジム。筋トレにハマっている感じがする。
「白兵戦が性に合っていてな。筋トレも楽しいものだ」
「そうでしょう。アサが筋肉に目覚めてくれたのは嬉しいわ」
「ヤマシロ姉さんの教えのおかげだ。これで朝潮も鍛えられるし、一石二鳥だな」
アサが勝手にやることで私の身体も鍛えられるというのは確かにありがたい事かもしれない。より健康的になれている気がする。
回避もいつもより素早く出来ているようにも思えるし、そもそも疲れにくくなった。全部アサが私の身体を使ってやる筋トレのおかげ。自分でもやることはあるが、アサは倍以上やっている。
「いやぁ、いい汗かいた。朝潮に身体を譲ってもらわないと出来ないからな」
『譲ったらここのところずっと筋トレよね』
「楽しいからな。身体と艤装が変わったおかげだ」
あまり喜べはしないが、白兵戦でも耐えられる身体と、白兵戦に使える艤装にならなかったらこんなことはしていないだろう。アサがやりたいと言っても、私が、そして司令官が許さない。
『……そろそろ秋津洲さんが元帥閣下のところに着く頃かしら』
「ん? アキツシマ? ああ、朝に来てた物資輸送の」
『ええ。あの人凄いのよ。何処の鎮守府にも顔パスで入れて』
などと話していると突如鳴り響く警報。ここ最近平和だっただけに驚いてしまった。
『緊急事態だ! 元帥閣下の下へ向かう秋津洲君が襲撃を受けた! 彼女は武器を持たない! 急ぎ救助に向かってほしい!』
噂をすればなんとやらと言うが、そういう形で名前を聞きたくはなかった。すぐに行けるのは工廠要らずの深海組。ここにいる者であれば、私と扶桑姉様。着替える暇もないのなら、着替えずに行けばいい。
「フソウ姉さん、私らが行こう!」
「ええ……すぐに出られるものね……」
ジムから大急ぎで工廠へ。既に瑞穂さんが準備完了。隣には島風さんと雪さんまで待ち構えていた。
「ユキ!? 何故出撃の準備をしてる!」
「嫌な予感がするの! わたしも行かせて!」
ちょうどそこにいたからではなく、自分の意思でここに立っている。今の姿になってからまともに戦闘訓練もしていないが、記憶がちゃんと残っている以上、あの時とは勝手が違えど戦うことが出来ると、雪さんの目は語っている。帰れと言ってもついてきそうな勢いだ。こうなってはもう仕方がない。
「わかった、ついてこい! 提督どっち方面だ!」
「若干北寄りの東だ! 朝潮君ならわかる! 哨戒中の初霜君の部隊も緊急でそちらに向かっているから、合流して秋津洲君を救出してくれ!」
「了解! 出撃する!」
そのままの勢いで海に入り艤装展開。スピードを落とさずそのまま出撃。瑞穂さんは島風さんが引っ張る形で低速をカバー。むしろ私達より速いまである。こういった救出任務では島風さんがいると迅速に対応出来ていいかもしれない。
「ユキ、ちゃんとついてこれてるか!」
「大丈夫!」
雪さんはしっかりとついてこれている。元々が扶桑姉様に追随できるほどの速さだったのだ。それを戦場に出たことで取り戻そうとしていた。今の雪さんなら後ろから撃つようなこともしない。私達のために戦ってくれる。
だが、雪さんの言っていた嫌な予感とは何だろうか。それが不安である。
東へしばらく行き、誰の管理下でもない海域から少し北。ようやく深海棲艦の気配を確認。この感覚は初霜さん達哨戒部隊の気配だ。そこに紛れて、イロハ級の気配も感じる。
「電探に反応確認! 全部見つけたぞ!」
「敵は……?」
「イロハの駆逐4と艦娘の駆逐4! 想定通り!」
イロハ級はさておき、艦娘の駆逐4となると、もう第十七駆逐隊しかありえない。海域調査の際に一度見た反応であるため確定。秋津洲さんが元帥閣下のところへ行くところを哨戒に見つかったか。
どうであれ、本性を現してきたのは確かだ。やはり予想通りだった。阿奈波さんのいる鎮守府が島風さんを襲った鎮守府であり、何かを隠蔽している。だが、海図用の海域調査の際には深海の気配も匂いも感じなかった。艦娘のままなのだろうか。それだとまた謎が増えるが。
「カスミ、合流だ!」
「ちょうどよかったわ、あれどうにかして!」
反応確認からさらに進み、初霜さん旗艦の哨戒部隊とも合流。実弾しか持っていないため、第十七駆逐隊の処理に戸惑っているようだった。イロハ級の駆逐4体は正直どうでもいい。まずは秋津洲さんの安全を確保しなくては。
『雪さんとアサで秋津洲さんの安全を確保。扶桑姉様で第十七駆逐隊を攻撃。島風さんと瑞穂さんは霞達と合流して深海の駆逐の処理』
「あいよ。ユキ、来い! アキツシマの安全確保だ! フソウ姉さん、艦娘の方を処理! シマカゼとミズホはカスミと合流!」
相手が艦娘でも関係ない。島風さんを4人がかりでどうにか出来る力はあるかもしれないが、扶桑姉様の前でなら無力だ。何も心配はしていない。その間に船の安全を確保する。
秋津洲さんの船は損傷が激しいがまだ完全に破壊されているわけではなく、秋津洲さんの奮戦がわかる。そもそも船が大分硬く作られているおかげで、駆逐主砲くらいなら防げるらしい。それでもあそこまで損傷しているということは、相当攻撃を受けている。操舵技術だけでダメージコントロールしていた。
「アキツシマ、大丈夫か!」
「た、助かったかも……」
「周辺警護します!」
雪さんと一緒に船を守りながら、状況を確認。イロハ級に関しては、霞達だけでも充分だろう。島風さんと瑞穂さんも加わり、数的有利も得た。未だ無傷で善戦出来ている。
「妹のお願いなの……貴女達を……排除するわ……」
「悪いがこちらも仕事なんだ」
磯風さんを筆頭に、4人のチームワークで扶桑姉様を押し込もうとしている。だが主砲は一切効かず、素早すぎて包囲も出来ない。
「朝潮……何処までやっていいのかしら……」
『出来ることなら無傷で』
「なるべく無傷で頼む!」
どういう状況かを調べるためには、無傷で捕縛したい。別の鎮守府の配属であろうと、こちらに砲を向けてきたのだからそれくらいはしなくては。
合間合間に霞の方にも撃ってくるため、イロハ級の処理も少し時間がかかっている。私と雪さんはとにかく秋津洲さんを安全に戦場から離さなくては。
「まだ船は動くか」
「ちょっとキツイけど大丈夫かも! って、早くここから逃げるかも!」
「当然だ。だが、あの4人は捕縛する」
こちらに向かってきそうなイロハ級は雪さんが撃破した。徐々に勘を取り戻してきている。今までは私達を殺すための攻撃も、今では私達を守るための攻撃だ。小さいながらも心強い。
「手加減が難しいわね……でも……すぐに終わらせるわ」
即座に一番近くにいた磯風さんの鳩尾に一撃。虚をついた攻撃で混乱した瞬間を狙い、次に近い谷風さんを掴みあげ、浜風さんに投げてぶつける。残った浦風さんも、一瞬で近付きデコピン。
ほんの少しの時間があれば、扶桑姉様は4人を瞬殺出来てしまう。少しだけ傷はついたもののほぼ無傷。捕縛も出来たようなもの。
「よし、フソウ姉さん、そいつらをアキツシマの船に乗せよう」
「待って待って待って! 早くここから逃げて!」
「そのためにあいつらを運ぶんだろう」
「そういうことじゃないかも!」
思った以上に秋津洲さんが混乱している。突然艦娘に攻撃されれば無理もない。
「イロハ級も終わったわ」
「よくやったカスミ、すぐに帰投しよう」
「アサちゃん! ダメ!」
秋津洲さんの様子がおかしい。混乱しているだけじゃない。
「どうした。戦闘はもう終わったぞ」
「違うの! 早く逃げてぇ!」
ふっと、私の後ろを指を指す。
「あたしの船を攻撃したの、
秋津洲さんの叫び声と同時に砲撃。初霜さんの撃った弾は、完全に
同時に春風が島風さんに砲撃。持ち前の俊敏さを活かし、ギリギリのところで回避し、船の近くまで移動。
それを見越していたかのように霞の魚雷。秋津洲さんの船を狙っていることがすぐにわかった。駆逐主砲には耐えられても、魚雷を受けてはひとたまりもない。数が多い上に船はすぐには動けない。魚雷を全て破壊するしかない。
「お任せください」
気付けば隣に瑞穂さんが立っていた。主砲と甲標的を駆使し、魚雷を破壊していく。私の艦載機と雪さんの砲撃も込みにして、どうにか全てを破壊することに成功した。が、魚雷が爆発した際の水飛沫で前が見えなくなっている隙に、哨戒部隊の3人は第十七駆逐隊を回収して間合いを取っていた。
いきなり仲間に攻撃され、島風さんは動揺で震えてしまっている。戦力として見るのは辛い。
「なんのつもりだお前ら」
「なんのつもりと言われても、これが私達の仕事ですから」
霞と春風が気を失っていた磯風さん達を乱暴に叩き起こしている。どういうことだ。わけがわからない。
「わけがわからないって顔をしてるので、私から説明しますね」
「ハツシモ、お前……」
「お姫様は内部崩壊を狙って最初から仕込んでいたんですよ。私の場合は、これ」
腕の痣を見せてくる。深海忌雷からの攻撃を受けて残ってしまったヒビ割れた痣だ。その段階からこうなるように仕組んでいたというのか。
「ここに、遠隔操作の小型艤装が埋め込まれています。体内にですよ。切除なんて出来ません。お姫様は『種子』と言っていました」
「私は背中。あれだけ鎖を繋がれたんだもの、何かされていてもおかしくないでしょ」
「わたくしは左脇腹。白い吹雪さんに撃たれた時に埋め込まれています」
ニヤニヤしながら話す3人。つまり、この3人は最初から洗脳されていたと。
第十七駆逐隊の4人も同じように『種子』が埋め込まれているのはわかった。キッカケは、私達の救出任務だ。大怪我を負っていた4人は、その時に既に埋め込まれていた。ここにいる洗脳された、霞を除く全員が、入渠必須の大怪我を負っている。
だが、それだと鎮守府で目覚めた時に暴れ出してもおかしくないのでは。
「『種子』の『発芽』には個人差はあるものの時間を使うらしくて。私が『発芽』した時には、島風さんが朝潮さんの領海に流れ着いた後でした。その後から、実はお姫様と通信してたんです」
「わたくしも初霜さんとほぼ同じくらいに。鎮守府の内情を全て報告させていただきました。哨戒の時にこっそり小型の通信機を確保していまして」
「私はつい最近ね。だから今回の作戦、全部私達がお姫様に報告済みってわけ。襲撃くらいするわ」
残り4人は外部からの干渉で『発芽』がかなり早められたらしい。島風さんを攻撃した時には『発芽』済み。
精密検査でもわからないような小型艤装が既にあったということか。それはもう艤装ではなく、因子か何か。体内に入り込み、外部からは切除不可能な状況に陥っている。洗脳は解除できない。
「それにしても不可解ですね。雪さんも『発芽』しているはずなんですが」
「別にいいでしょ。どうせ『発芽』したところでゴミみたいなもんだし。いてもいなくても変わらないわ」
またもや妹が、それに妹分と、かけがえのない仲間が、私達に反旗を翻した。お姫様と称している時点で、黒幕は北端上陸姫。第十七駆逐隊も例に漏れずだろう。そうなると、北端上陸姫のいる場所は……。
あの時の恨みと憎しみが込み上げてくる。今は思考の海にいる私にもわかる。思考の海が
「朝潮、抑えろ」
『わかってる……わかってるけど……許せない……許セナイ……』
「今はあいつらをどうにかすることが先決だ。洗脳が解除できないにしても、そのまま逃すわけにはいかない」
その通りだ。ここで逃すと、また改造されるだろう。本当に戻れないところにまで持っていかれてしまう。冷静にならないと、もっと酷いことになる。
「私達はお姫様のところに向かいます。貴女達は不始末くらいつけてください」
「アンタ達が島風をちゃんと始末しないからこんなことになったのよ。これくらい役に立ちなさいな」
霞が谷風さんを蹴り出した。霞はあんな乱暴なことをする子じゃないのに。
「ったく、クズはどこまでいってもクズね。働けない艦娘なんて、ここで解体でもいいわよ」
「わたくしが後ろから撃ってもいいのですよ。ほら、わたくし達のために働きなさい」
春風まであんなことに。古姫側に傾いてもあんな態度は取らない。それが洗脳のせいで、傲慢で、陰険な性格に変えられている。許せない。冷静になりたいのに、怒りが全く押し込められない。それどころか、沸々と沸き上がってくる。
『許セナイ……許セナイ……!』
「抑えろ朝潮! これがヤツの狙いなんだろうよ!」
アサは私が主導権を奪おうとしているのを必死に耐えてくれている。そのせいで、アサの行動を阻害してしまっている。
今私が表に出たら、また呑み込まれる。霞すら手にかけてしまうかもしれない。それだけは抑えなくてはいけない。
だが、恨みと憎しみで頭が言うことを聞かない。表に出て、何もかもを滅茶苦茶にしたい。自分が抑制できない。
「やめろ朝潮! 抑えられなくなる……!」
また身体が妙な音を立て始める。再び成長する兆し。まずいと思っていても、私はこれを受け入れてしまっている。腐った姫を殺す力を、私は欲している。
私のさらなる変化の前兆が確認できたからか、初霜さんがより嫌らしい笑みを浮かべるのが見えた。