阿奈波さんの調査をするため、元帥閣下に臭気計を送る秋津洲さんの船が襲撃を受けた。その犯人は阿奈波さんが管轄する第十七駆逐艦。それを救出するために出撃した私、朝潮だったが、それすらも罠だった。内部崩壊を狙うために、『種子』を埋め込まれ既に洗脳済みだった初霜さん、春風、そして霞が、私達に反旗を翻し、こちらを攻撃してきたのだ。
黒幕が北端上陸姫であることがわかり、思考の海の中でも恨みと憎しみに呑み込まれる私。身体が成長した時と同じ、煮えたぎるような怒りに理性を削り取られ、表に出ているアサの行動を阻害してしまうほどになっていた。私が思考の海にいるにも関わらず、身体に再びの成長の前兆が現れ始めてしまった。
また骨が軋み出す。初霜さんがより嫌らしい笑みを浮かべるのが見えた。目論見通りということだろう。気に入らない。あの顔ごと壊してやろうか。
「朝潮……抑えなさい……姉様が全部どうにかしてあげる……」
気付けば扶桑姉様が私の隣に。3人の話を聞く間はジッとしていた。何も聞かずに攻撃することも出来ただろう。それでも何もしなかったのは、真相をある程度知ることで今後の解決に繋がるから。私より、扶桑姉様の方が余程冷静だ。
「島風……雪……朝潮を抱いてあげなさい……」
「はい! 島風ちゃん!」
「お、おうっ!?」
扶桑姉様に言われるがままに抱きついてくる。深海の匂いの相乗効果で、気分が落ち着いてくる。煮えたぎるような怒りが少し冷え、思考の海の熱も引いていくように思えた。骨の軋みも止まる。
雪さんが嫌な予感がするとついてきてくれていなかったら、相乗効果で落ち着くこともできなかった。島風さんだけでは安定しなかっただろう。雪さんの直感に感謝する。
「助かった……朝潮、冷静になれ」
『……ごめん……私やっぱりどうかしてる』
「わかってるならもう少しちゃんとしろ」
完全に立場が逆だった。深海棲艦にたしなめられる艦娘とか、やはり私は何処かがおかしい。
「残念、目論見通りには行きませんね」
「扶桑さんがあんなに冷静だとは思わなかったわ。もっと狂ってるのかと」
私の変化が止まったことを残念そうに話している。また怒りが込み上げそうだったが、2人の元艦娘のおかげで冷静に状況が観察できた。
私達に意気揚々と説明する間、第十七駆逐隊も回復している。乱暴に扱われてはいたが、自分達が逃げるための盾にくらいは考えているのだろう。とことん下衆にされている。
瑞穂さんは秋津洲さんの船を警護、私の周りに島風さんと雪さん、そしてそれを守るように立つ扶桑姉様。私のせいでアサは現在戦闘不能。それを抑えている島風さんと雪さんも援護射撃くらい。島風さんの連装砲ちゃんはまだピンピンしているが、船の警護に回っている。
「無傷はもう無理ね……貴女達は妹を傷付けたわ……」
扶桑姉様が初霜さんを睨め付けた。その後ろ姿を見て、アサですら恐怖で慄いた。1人で7人を相手しようとしている。その中の3人は、つい先程まで仲間だったもの。
無傷で捕らえて治療がしたかったが、もう扶桑姉様にはその気持ちも無くなってしまった。私の心が大きく傷付いたというだけで、狂気に呑み込まれている扶桑姉様は、冷静でいながらも私以上に憎しみを抱いている。
「私は再び……厄災へと戻りましょう……」
刹那、浜風さんが宙を舞った。
今までは本当に手加減していた。一切脚を使わずに攻撃していた。それを解禁したということは、ここからは本気。殺しはしないが、半殺しまでは持っていくつもりで攻撃している。現に、この一撃で浜風さんは大破。
「霞……貴女が一番罪深いわ……」
霞を見据えながらも、真横の浦風さんが蹴り飛ばされた。当然大破。
「妹である貴女が……一番心を抉っているの……」
谷風さんが吹き飛ぶ。勿論大破。
「い、磯風! 壁になりなさい!」
「壁……? こんな脆いものが……私の壁になるとでも……?」
即座に薙ぎ倒される。壁どころか、盾にすらならない。そこにあってないようなものとして見られている。
「霞……いくら洗脳されていようが……やっていいことと悪いことがあるの……」
「はっ、知ったこっちゃ無いわよ! 主砲は効かなくても、魚雷は効くでしょうが!」
霞の全力の雷撃。全てが扶桑姉様に集中する、十数本の魚雷。艦載機も主砲も持たない扶桑姉様には、回避以外の選択肢がない。
はずだった。
「
強烈な踏み込みで海が津波の如く波打った。深く潜行していた魚雷すら、その一撃で全て海上に打ち上げられる。その全てを蹴りの風圧だけで爆破。
扶桑姉様の戦術は常軌を逸している。唯一効くのではないかと思われていた魚雷すら、こんな無茶な方法で対処してしまった。
「嘘でしょ……!?」
「波と水飛沫と爆炎が目眩しにはなってます。今のうちにお姫様のところに撤退しますよ」
確かにこちらからは3人の姿は見えない。盾にもならなかった第十七駆逐隊は放置して、さっさと逃げようという魂胆だった。
「逃 げ ら れ る と 思 っ て い る の ?」
御構い無しに突っ込み、霞の顔面を鷲掴みにして持ち上げていた。ここまで来ると洗脳など関係ない。本能的に恐怖しか感じない。半分でも深海棲艦なのだから、本能はより強くなっている。あまりの事で、初霜さんと春風も動けないでいる。
「はっ、離せ……!」
「霞は背中と言ったわね……」
軽く放り投げたかと思うと、艤装諸共背中を蹴り飛ばした。機関部艤装が全損するほどの威力で、背中が大きく晒されるほどの大破。血を吐きながら気絶。いくら私の妹だからと言っても、一切の容赦なく、殺すほどの攻撃で倒してしまった。
「次は春風……左脇腹だったわね……」
「や、やめっ……」
恐怖に駆られて主砲を乱射するが、御構い無しに真っ直ぐ突き進み、艤装を粉々に破壊。霞と同様に頭を掴んで持ち上げる。
「春風には個人的にも思うところがあるの……私……思ったより根に持つタイプかもしれないわね……」
言い訳もさせず、宣言通り左の脇腹を抉るように蹴り飛ばした。いろいろと折れる音が私の下にまで聞こえるほどの衝撃で吹き飛ばされ、倒れている霞に激突。機関部も破壊され再起不能。
「あとは……初霜だけよ……右腕ね……」
「元々仲間である私達になんてことを……」
「立場を笠に着るようなことはやめなさい……これ以上私を苛立たせないでもらえるかしら……私が容赦しないこと……もうわかっているでしょう……」
他の2人と同じように頭を掴んで持ち上げる。
「隙だらけじゃないですか」
頭を潰される覚悟で主砲を腹に突きつけ砲撃。それを読んでいたのか、扶桑姉様は撃たれる前に左手で主砲を握り潰していた。砲撃の直前に握ったため、扶桑姉様の左手はグチャグチャに。身体も爆風で怪我を負ってしまう。
「っはは、砲弾を受けましたね。そこにも『種子』は入ってますよ。扶桑さんの左手から『発芽』を待つことになるでしょうね」
「……そう」
初霜さんを海面に叩きつけ、動けないように踏みつけた後、事もあろうか、自ら左腕の肘から下を手刀で切り落としてしまった。思い切り踏みつけながら落とした左腕を拾い上げる。
「『種子』が……なんですって……?」
「しょ、正気ですか!? 自分で腕を落とすだなんて!?」
「妹と敵対する方が……億倍痛いもの……この程度、痛みも感じないわ……」
血の滴る腕を初霜さんに晒しながら、狂気に染まった目で見下す。痛みすら感じていない冷たい瞳に見据えられ、さらには溢れる血が初霜さんの顔にかかり、あまりの恐怖にガタガタ震え出してしまった。
「右腕……だったわね……」
「ひっ」
「殺さないわ……死ぬほど痛いだけ」
蹴り上げた後、右腕を強引に蹴り込んだ。艤装があるおかげで捥げはしないものの、艤装ごとバキバキに折れたのは視認できた。初霜さんも積み重なった霞と春風と同じところに飛ばされ激突。洗脳された3人は山になって気絶している状態。全員が全員重傷、轟沈一歩手前で寸止めされている。
「終わったわ……全員運んでちょうだい……」
「ふ、フソウ姉さん、左腕は……」
「ああ……大丈夫よ……この左腕は佐久間さんに渡すわ……」
『種子』が入った左腕だ。解析すれば、全員の洗脳も解けるかもしれない。
これまでの戦いを間近に見て、雪さんも島風さんも、私に抱きつきながら怯えきってしまっていた。あんな滅茶苦茶な戦闘を見るのは初めてだろう。雪さんは似たような状態の扶桑姉様の相手をした経験があるにも関わらずだ。まさか自分で腕を切り落とすまでするなんて到底思えない。
この戦闘で、また一つ謎が生まれる。あくまでもこちらの内情を報告していただけの初霜さんの主砲から何故『種子』の含まれた砲弾が放てたのか。入っているということすらも嘘なのかもしれないが、扶桑姉様の英断で、今後何かが動き出す。
秋津洲さんの船に7人を乗せ、どうにか帰投。私はまだ今後が心配であるため、少しの間、行動はアサにやってもらうことにした。なんの拍子にまた先程と同じことが起きるかわからない。少なくとも今、北端上陸姫の顔を見たら、また同じことが起こる。表に出ていなくてもこれなのがタチが悪い。思考の海で頭を冷やすことに専念しようと思った。
「……カスミ、ハルカゼ、ハツシモは洗脳されていた。今のままだとまだ敵対したままだ」
アサに報告をしてもらう。洗脳はされているが、大破は大破だ。扶桑姉様含む全員に入渠してもらうことになった。私達の鎮守府の入渠ドックは8つ。ギリギリ全員分だ。
「どうしたものか……怪我を治すのはいいが、敵対しているのなら目覚めた直後に攻撃してきてもおかしくない」
「私としては朝潮が心配なんだ。そちらのことは提督に任せる」
私は少しの間表に出ないということも伝えてもらった。人と話が出来ないのは悲しいが、表に出て暴走したらもっと悲しいことが起きる。
「朝潮君、また成長しそうになったのかい?」
「ああ。カスミ達がまたやられたことで、怒りと憎しみに囚われた。私が表だったからこれで済んでいるが、無理に主導権を奪おうとしてきたんだ。抑え込むのも難しかった」
骨が軋む音はしたものの、外見に変化は無い。アサがどうにか食い止めてくれたおかげで、敵の目論見を外すことが出来た。
私ではなく、周りばかりを狙うようになっている。それが私には一番辛い。私のせいで皆が傷付く。今回はわかりやすく親密な仲の3人だ。たまたまかもしれないが、一番効果的な精神的ダメージが入った。結果私は引きこもることになったのだし。
「頭を冷やすと言って出てこない。今はそっとしておいてやってほしい」
「そうか……表に出られるようになったら教えてほしい。朝潮君は強い子だが、今は心に傷を負ってしまっている。今はアサ君に任せるよ」
「わかってるさ。あいつは私なんだ。どうにかする」
今は正直、人前に顔を出せない。一番冷静に物事を判断しなくてはいけない立場にあるのに、一番熱くなって暴走してしまう。爆弾に火がつきかけたのだと思うと、怖くて仕方がない。
この心の変化も敵の思惑の内であり、今まで敵から処置されたものの合併症だったとしたら、私は深海棲艦である限り、常にこの爆弾を抱えて生きていくことになる。それなら、自ら
「朝潮君、君は以前にも心に傷を負ったことがあったね。その時と同じことを言わせてもらうよ。私は君のことを大切に思っている。君のやりたい事をやれるように、私は全力で支援する」
アサ越しではあるが、やんわりと頭を撫でられた。感覚が無いはずなのに、撫でられていると実感出来る温もりを感じたように思えた。
ほんの少しだけ頭が冷えた。司令官のおかげかもしれない。
『……アサ』
「どうした」
『ごめん……あと……ありがと』
「構わん」
二言三言だが、それだけでも少し心が楽になれた気がした。
お風呂の後、アサに頼んで工廠に行ってもらった。8人全員が入渠中。扶桑姉様以外は入渠が終わったとしても開けないつもりらしい。開けなければ眠ったままにしておけるため、暴れることはないとの事。今は得策だと思う。
「朝潮」
『何?』
「代わるか?」
無言。今は表に出るのが怖い。
「すぐに立ち直れとは言わん。合わせる顔が無いとでも思ってるんだろう。気持ちはわかる。私はお前の本能の化身だからな」
無言が続く。
「ゆっくり休め」
工廠を歩いてくれた。辿り着く先は、霞の入ったドック。まだ傷だらけで、ドックの中は見えなくされている。現在身体の治療中ということだ。他のドックも同様。
私に攻撃をしてくるのならまだいい。だが、何故選りに選って霞なのだ。いや、選りに選った結果が霞なのだろう。私を最も効率良く壊すことが出来る。誰よりも身近で、誰よりも通じ合い、誰よりも信頼している仲間だ。それが一番辛い。
「お姉さん」
大潮の声。私がここにいると知ってやってきたのだろうか。
「すまん、今はアサだ」
「お姉さんは閉じこもっちゃってますか?」
「ああ。また目の前で霞に裏切られたんだ。それに、また暴走しかけた。ショックが大きい」
隣に立つ。大潮も朝潮型の例に漏れず小柄だが、霞よりも少し小さい。今の私と比べたら頭1つ以上の差になってしまっている。
「お姉さんには声は聞こえてるんですよね」
「ああ」
「じゃあ、独り言ですから聞き流してください」
こちらに視線を向けることはない。霞の入ったドックをジッと見ながら、大潮がポツリと呟き始める。
「大潮、霞がこんなことされて悔しいです。はらわたが煮えくりかえるくらい怒ってます」
表情にはあまり出していないが、大潮も私と同じ気持ち。
「お姉さんも同じ気持ちだと思います。だけど、お姉さんが怒っちゃうと暴走しちゃう。お姉さんもここから離れることになっちゃいます。大潮はそれが一番嫌です。お姉さんも、霞も、ここで一緒にいてほしいです」
目の端から涙が溢れている。私はそれを拭いてあげる勇気もない。こんな独白を聞きながらも、表に出ることが怖い。
「だから、大潮がお姉さんの分まで怒ってあげます。お姉さんの分まで、敵を憎んであげます。そういうダメダメな考え方は、大潮と分け合いましょう。大潮が物凄く痛いことになったとき、お姉さんも一緒に痛くなってくれたんですから」
グスッと鼻水をすする音。
「だから、お姉さんも大潮を頼ってください。霞よりは頼りないかも知れませんけど、深海艦娘の端くれとして、力になれます。それに、大潮だって朝潮型、姉妹で力を合わせましょう」
いつも私の周りには誰かしらがいた。その筆頭が霞だ。それに、今ここで眠っており、霞と同じように今は敵対している春風と初霜さんも。大潮は元気いっぱいだが一歩引いていたような気がする。深海艦娘として深雪さん達と行動を共にすることは多いが、私に付き従うことはあまりない。
頼りないなんて一度も思っていないが、それでも、妹なのに、こういう場面では頼っていなかった。大潮には悪いことをした。申し訳ない気分でいっぱいになる。
『アサ、代わってもらえる?』
「いいのか?」
『自分の口で言いたい』
「そうか」
主導権を貰う。途端に涙が溢れてきた。
「大潮……ありがとう」
「お姉さん、出てきたんですね」
「頼らせてもらうわ。一緒に……行きましょう」
「はい! アゲアゲで行きましょう!」
今は大潮のハイテンションが心強い。
私にも心の支えが必要だ。大潮はその一本である。
大潮も朝潮型では上の方の姉。朝潮の1つ下。元気いっぱいハイテンションでも、姉。