扶桑姉様の活躍により、洗脳された妹達は鎮圧され、今は入渠ドックで眠っている状態。だが、深海艦娘のときとは違い、今のままではどうやっても洗脳が解けない。起きたらまた敵対し、この場で暴れ出すだろう。私、朝潮としてもそれは避けたい。
あの後、春風と初霜さんの部屋が捜索された。あの時の発言通り、ポケットに入るほどの超小型の通信機が発見された。微量だが深海の匂いも発しており、これを使って密告していたというのがわかる。こうなることも予想してか、本人にしか使えないような細工がしてある辺り、用意周到である。
帰投後から数時間後、まだ日が沈んでいないくらいの時間。司令官を始め、あの場にいたものが研究室に集められていた。扶桑姉様は当然入渠中。また、私と痛みを分かち合うと宣言した大潮が参加。私は念のためまだ思考の海にいるが、先程より沈んではいない。大潮の励ましは大きく効いている。
「扶桑さんの腕……大事に使わせていただきました。半深海棲艦の生の腕なんてさすがに驚いたけど、洗脳を解くために解剖しました」
半深海棲艦は誰の管轄でもない。つまり、誰が触ってもいい。明石さんやセキさんは、艤装の解析などには詳しいが、生身の解剖に関してはとんと素人。こういう作業は佐久間さんが一任されている。
熟れているのか、手早く解剖をしてくれたおかげで、日も変わらぬ内から成果か発表された。
「『種子』らしきもの、見つかりました。これですね」
試験管に入れられた黒い塊。深海艦娘の小型艤装よりも小さく、だが深海
「実はこれ、ここにもう1つあります」
奥から似たような塊が持ってこられた。だが、扶桑姉様の左腕から出てきたものとはかなり形が変化していた。色合いは同じように見えるが、根のようなものが生えている。そのせいで、大きさが数十倍に膨れ上がっているように見えた。
「加藤少将には伝えていますが、これは雪ちゃんの中から発見されたものです。白い吹雪ちゃんから雪ちゃんに生まれ変わったとき、入渠ドックを操作したの私じゃないですか。その時に、妖精さんがこれを発見したんです。奥深くにあったらしいですが、身体の各所を修復するために摘んでる時に見つけたそうで」
何かはよくわからないが、深海忌雷の寄生の痕跡か何かだと考え、貴重な深海の資源であるため保管していたらしい。これが摘出されたおかげで、雪さんは今も正常、正気のまま。今の姿になる前に『発芽』していたものが、今の姿になると同時に取り除かれたわけだ。
あちらも細胞を別のところに移動させるという治療をするなんて思っていなかったのだろう。佐久間さんの閃きが、こんなところでも役に立った。
「もっと早く解析してればこんなことにはならなかったかも……ごめんなさい」
「仕方ないさ。これだけを見ても何かわからなかったんだからね」
こればかりは仕方あるまい。この塊を見ても、下手をしたら調査したところで何かわからなかっただろう。今でこそこれが『種子』であることはわかったが、見ただけでは佐久間さんが考えたように、寄生の痕跡くらいにしか思えない。
現に、初霜さんは深海忌雷に寄生されかけたときに『種子』を植え付けられているが、妖精さんはスルーしている。おそらくだが、妖精さんは私達の身体を修復するとき、傷口の中までは確認しない。空いた穴を資材で塞ぐように傷を治している。失ったものも、同じ形に作るのみ。
「現在治療中の7人ですが、扶桑さんが轟沈寸前の大破状態にしてくれたおかげで、今なら『発芽』した状態の『種子』が取り除けるかもしれません。ただし……」
「雪君と同じことが起こる可能性がある、ということか」
『発芽』した『種子』を妖精さんに取り除いてもらって治療するということ。患部を取り除いた上で、それを無かったことにする。
ただし、それも難しいような状態なら、以前に雪さんが施された、別の部位から細胞を持ってくる治療をする必要があるかもしれない。半分でも身体が深海棲艦であるが故に出来る裏技である。代償は身体が縮むことではあるが、敵対するより、死ぬよりマシだ。
「第十七駆逐隊の子達は純粋な艦娘だ。その治療法は使えない」
「はい。そのためにも、私が速攻で解析します。『種子』の状態と『発芽』した状態が揃ってるんです。今日中に終わらせてやりますよ」
自信満々に宣言する。佐久間さんには深海の匂いの解析という大きな功績がある。私達は佐久間さんに期待するしかなかった。
「佐久間さん! 佐久間さーん! ちょっと来て!」
工廠の方から明石さんの声。今は入渠の管理をしているはずだ。その明石さんが叫ぶくらいだから、一大事が起こったとしか思えない。
「なになに、どうしたの明石さん」
「妖精さんから伝言! 霞の背中から、雪の身体で見つかったよくわかんないものが見つかったって!」
「明石さん、雪ちゃんの時と同じように入渠の管理やる! それ全部摘出するよ!」
事態が急速に動き出した。うまくいけば、まずは霞が助かる。
霞の『種子』は大破をしたときに埋め込まれたのではなく、鎖に接続されたときに埋め込まれている。他の人よりも浅い位置だったのかもしれない。扶桑姉様がうまくその場所を攻撃してくれたのも功を奏した。
「あとはそのまま回復してくれればいいんだがね」
「ああ。縮まなきゃいいが」
佐久間さんが研究室から出て行ってしまったので、研究成果の発表はお開き。たったこれだけでも光明が差した。
霞達の治療が進む中、私は談話室で雪さんと島風さんに抱きつかれている。チョーカーを外したら即襲われるような状態。それもこれも、私の崩れた心の均衡を癒すためである。領海に行くよりは急速に落ち着くことが出来る。
「朝潮ちゃん、どうかな」
「すごく落ち着きます。ご迷惑おかけします」
「いいのいいの! 私も雪も、朝潮に抱きつきたくてやってるんだから!」
気持ちが落ち着いてきたおかげで、今は表に出ている。アサから無理矢理表に出されたというのもあるが、怖がって表に出ないとなると何も進展しないというのもある。痛みを分かち合おうと言ってくれた大潮にも面目が保てない。勇気を振り絞る。
「お姉さん、何かあるなら大潮に言ってくださいね」
「ええ、共有しましょ。今は大潮が一番頼りになるものね」
「はい! 大潮とアゲアゲになりましょう!」
心強い妹だ。そういえば春風と初霜さんをふん縛ったのも大潮だった。私達朝潮型の中ではフィジカルタイプだ。頭を使うのは苦手だから全部私に任せるとは本人の談。
「でも、霞が何とかなるっぽくてよかったです。佐久間さんに感謝ですね〜♪」
「そうね。この調子なら春風と初霜さんもうまく行くわ」
身体がまた変化してしまう可能性はあるものの、治療できる見込みがあるというだけでも安心できるというものだ。2度も霞が敵対するところを見せられ、私のメンタルはボロボロ。今までで一番堪えた。
「霞が敵対するのを見るのは辛いわね……あれだけ懐いてくれているのに、私に殺意を向けてくるのは」
「お姉さん……大丈夫です! 霞は戻ってきますから!」
「ええ、霞は必ず戻ってくる。でもあの時の記憶があったら……立ち直らせないといけないわね」
私もだが、霞だって精神攻撃を受けていることになる。2度も私と敵対させられたのだから、メンタルケアが必須なレベルになっているだろう。1回目の敵対だけでも、睡眠障害になるほどのダメージを受けているのだ。2回目は致命傷になりかねない。
『朝潮、お前今、イラついただろ』
「……わかる?」
『本能の化身を嘗めるな。ほら、オオシオがいるんだ、頼れ頼れ』
こういう負の感情を引き受けてくれると大潮は言ってくれたのだ。自分の中に押し留めず、素直に話すことで共有し、鬱屈した感情をさらけ出すことで、理性を失わせる怒りと憎しみを発散させていきたい。
「霞ばかり狙うのがホント気に入らない。無差別ならまだしも、私の周りを優先的に狙うだなんて」
「そうですね……春風ちゃんや初霜ちゃんは流れでやられたって感じですけど、霞は完全に狙われてますもんね」
「私をどうこうしたいなら私に直接来てほしいものよ」
口に出すとイライラは顔に出るようになってしまう。雪さんと島風さんが心配そうな顔をしたのがわかったが、私に溜まっている鬱憤のことを察してくれたか、何も言わないでくれた。
「そもそも巻き込まれた人が不憫すぎるわ。私を壊したいがために鎮守府を内部崩壊させようとしてるわけでしょ」
「ズルイやり方ですよね」
「本当よ。自分の手を下さずに終わらせようとしてくるのは卑怯極まりないわ。あの姫が外道なやり方してるのに、なんで私が罪悪感を感じないといけないのよ。全部あの姫のせいなのに」
自分では考えられないほど悪態をついている気がする。私であるのにアサが表に出ているような、そんな感じになってしまっている。
「お姉さん、溜まってますねぇ……」
「あの腐った姫には何度も何度もイラつかされてるんだもの。結果的に身体を3回も書き換えられて、理性も飛びやすくなったし。あのニヤニヤ笑い、思い出しただけでも腹が立つわ……」
島風さんはその話に興味を持ったようだが、ほぼ誰にも見せたことのない私の悪態で若干怯んでしまっているのがわかった。抑え込むことはやめようと思うが、あまり酷い仕草は控えたい。私のキャラが余計に壊れる。もう少し、意識しなくてもお上品に。そういうところは春風や瑞穂さんを見習いたいところだ。
「朝潮、いろいろあったんだねぇ」
「それはもう。最初は大潮も雪さんも敵でした。それを全部仕向けてきたのが、あのいけすかない腐った姫です。死んで償ってもらいたいですね」
「朝潮、怖い怖い」
一度ストッパーが外れると、悪態が止まらなくなってしまう。我慢は良くないが、これもあまりよろしくない。冷静に、冷静に。
「敵同士で思い出したんだけど、春風は白い吹雪さんに撃たれた時に『種子』を埋め込まれたって言ってたわよね」
「言ってましたね」
「ふと思ったんだけど……あの時の戦闘で白い吹雪さんに撃たれたの、春風だけじゃないわよね」
嫌な予感が頭をよぎった。あの時の戦闘で中破以上の怪我を負った人は春風の他にもいる。援軍の方々にも被害があったほどだ。
「えーっと、これは司令官に聞いた方がいいかもです」
「そうね。これは早く知っておいた方がいいわ。直ぐにでも聞きに行きましょう」
春風と同じタイミングで『種子』を埋め込まれているのなら、すでに『発芽』していてもおかしくない。いくら時間差があるとしても、あれから1ヶ月以上経っている。
これはもう私達の鎮守府だけの問題では無くなってしまった。早急に対処しなくてはいけない。
雪さんが少し悲しそうな顔をしたのは見逃していない。これは白い吹雪さんが知らずに撒いた種だ。今更になって自分の新たな罪が明るみになってしまい、罪悪感が膨れ上がってしまったのだろう。
長く罪と向かい合ってきた雪さんだが、新しい罪にはまた一から向かい合わなくてはいけない。そのためには一旦心を落ち着かせなくては。
「雪さん、嫌なことを思い出させてごめんなさい。今は私よりも雪さんを癒さなくちゃいけませんね」
私に抱きついている雪さんを持ち上げ、膝の上に。なんて軽い。私自身の膂力も上がったとしても、こんなにも軽いだなんて。
「雪、悲しいことあった? なら癒されないと!」
そして前から島風さんが抱きつく。相乗効果ですぐに落ち着いてくるはずだ。
「私にはよくわかんないけど、雪はもっと笑お! 可愛いんだから!」
「島風ちゃん……うん、ありがと」
雪さんはもう強い人だ。少しだけキッカケを作れば、心も落ち着くだろう。今の私より、全然安定している。
雪さんはある程度落ち着いたら眠ってしまった。起こすのも悪いので、島風さんに託し、私と大潮で執務室へ。今回の件はもう動き出している可能性が高い。
司令官に話し、大分前ではあるが当時の入渠データを確認してもらう。おそらくだが、あの時の白吹雪さんから砲撃を受けた者全員が『種子』を埋め込まれた対象になる。
「春風君の他だったね」
「はい。白吹雪さんとの戦いで砲撃を受けた人です」
残っていたデータを見直していく内に司令官の顔が曇っていく。相当にまずいということだろう。
「朝潮君、よく気付いてくれた」
「思い出してよかったです」
「状況的に、今が一番まずいかもしれない。入渠している8人全員が被害に遭う可能性もあるからね」
そうだ、治療が出来る可能性があると知ったら、その場で暴れ出して入渠中の8人を殺してしまうかもしれない。そこには霞がいる。そうなったら私は、また戻ることが出来ないところに行ってしまう。
むしろ、さらに危険なのは生身の人間である佐久間さんだ。入渠ドックを直接触っているのだから、何をされても死と隣り合わせ。工廠で戦うことにならないことを祈るしかない。
「データを確認した。この鎮守府で砲撃を受けたのはーーー」
工廠。司令官からそろそろ哨戒部隊が帰ってくると聞いているため、それを待ち構えることに。その部隊こそ、今回の黒になり得る艦娘が含まれている。
念のため大潮にも艤装を装備してもらった。そのついでに睦月さんにも事情を説明し、戦闘態勢がすぐ取れるように準備しておいてもらう。
「
旗艦はポーラさん。つまり、この哨戒部隊はポーラさんの領海に向かう部隊。部隊の艦種などは気にせず、行きたいものが行くだけ。いつもなら雪さんが連れていかれるところなのだが、今回は私の件があったので他の人を連れていった様子。
「お疲れ様です、ポーラさん」
「お〜アサシオ〜。出迎えありがと〜」
「同行者はどうしました?」
「もうすぐ戻るよ〜。気になることがあったから、調べてから後から追うって〜」
なるほど、その間に。気になることなどと言いながら、ポーラさんと離れたわけだ。その間に、北端上陸姫と通信をしていたのが妥当。やはり『発芽』している。
「戻ってきましたね。電探に2人の反応が入りました」
「ちょ~っと遅かったね~。何があったんだろ~」
こっそり、ポーラさんにも戦闘準備だけしてもらう。かなり危険なのは確かだ。
「すまんなポーラ、気のせいだった」
「アサシオがお出迎え? 嬉しいわ」
さて、この2人が『発芽』済みの敵だ。北端上陸姫とは連絡を取り合い、霞達7人がこの鎮守府に捕らえられていることは知っているだろう。ならば、隙を見て破壊してくるはずだ。入渠ドックごと殺してくる可能性は大いにある。洗脳されているとはいえ、仲間殺しだけはさせられない。
「帰投直後で申し訳ないですが、艤装と身なりを調べさせてください。構いませんよね。ガングートさん、ウォースパイトさん」
この2人は疑いたくなかった。特にウォースパイトさんは私の守護者を名乗ってくれる人だ。霞に続き、2人目の守護者も私から離れてしまうのかもしれない。それが一番辛い
ポーラとウォースパイトは艦の魂から因縁があるんですが、ここのポーラは重巡棲姫が浄化された存在なので、その辺りは若干薄れています。