『種子』による洗脳で敵対してしまったガングートさんとウォースパイトさんを対処することに成功。今は山城姉様の処置により気絶している状態だが、無傷ではあるため縛った状態で寝かしておけばひとまずは安心ということになった。だが、まだ洗脳を解く手段は確立されていない。誰の手も届かないところに置いておきたいくらいである。
「っはぁ〜……神経使うわこれ……」
2人の今後については司令官に任せるとして、次は佐久間さんの方。現在、霞の体内で発見された『発芽』した『種子』の摘出処置中。妖精さんに指示をしながら、背中に張り巡らされた『種子』の根を全て摘出するところまでは来たらしい。
あとはその部分を妖精さんに補ってもらうのみ。だが、身体の別の場所から摘んでもらわないといけない可能性はある。
「お疲れ様です佐久間さん。……霞の容態は」
「うん、多分洗脳は解けた。これが終わったら次は初霜ちゃん、その後は春風ちゃんだね。どちらからも『種子』が見つかったからさ、
目処がついているというだけでもありがたかった。霞が戻ってくるというだけでも嬉しかった。姿形にほんの少しだけ影響が出るかもしれないが、それでもあの敵対していた状態から回復してくれているなら些細なものだった。
「霞ちゃん達深海組は確実に治る方法でやってるからね。磯風ちゃん達艦娘組の治療法も早く調査しなくちゃ……そちらが早く終わるなら霞ちゃん達も無傷で治せるかもしれなかったのに。ごめんね……力足らずで」
「謝らないでください! 艦娘を治せる保証が無いのは私も理解してます!」
雪さんの前例があるからこそ、深海の身体を半分でも持つ霞達は確実に治せる方法が使えるのだ。深海の要素が1つも無い磯風さん達には、同じ治療法は使えない。そうなると、いつ治るかもわからない。
ただでさえドックが全て埋まっているという緊急事態だ。早急に対応出来る手段があるのなら、そちらを優先すべきだ。
「ありがとうございます佐久間さん……このご恩、一生忘れません」
「ちょっとそれを言うのは早いかな。まだ終わってないし、霞ちゃんも妖精さんの塩梅では身体が縮んじゃう可能性があるし、それ以外の何かがあるかもしれない。全部終わってから、ね」
身体が縮む現象に関しては、佐久間さんがどうこう出来る問題ではないらしい。むしろここからが一番の問題になるかもしれない。駆逐艦故に残り入渠時間も後少しというところまでは来ているようなので、私は大潮と一緒に霞の完治を待つことにした。
外が薄暗くなってきたところで、佐久間さんからお呼びがかかる。第一陣として、まず霞の入渠が完了したそうだ。初霜さんからは『種子』の摘出が完了。春風は絶賛摘出中という状態。長丁場であるため、佐久間さんも明石さんも相当消耗している。奥の方に栄養ドリンクの瓶が転がっているのを見て、余程のことなのだとわかる。
「霞のドックを開けるよ。どうなるかはわからない。何かあったら2人で止めてほしい」
「了解です」
「お任せください!」
緊張の瞬間である。気になるところはいろいろあるが、まずは洗脳が解除されているかの一点。
ドックが開き、うっすらと目を開く霞。意識が戻らないなんてことはなくてまず1つ安心する。ここからだ。
「霞……大丈夫?」
「……朝潮姉さん……大潮姉さん……」
見た感じでは身体への影響も無いように見える。傷跡があるわけでもなく、見た目から縮んでいるわけでもない。また1つ安心できた。
と、身体を起こしたことで露わになった背中。ここに大きな傷跡が出来てしまっていた。私や島風さんの持つ寄生痕とはまた違った、まるで背中の中心から根が拡がったかのような痕。『種子』が『発芽』したことを知らしめるような印。雪さんのように身体の別の部位から細胞を摘むことが難しかったようで、治療用の資材で埋めた結果である。
「……治らない大きな傷が出来ちゃったのね……」
霞の背中を撫でる。深海の要素が入ったことで良くなっていた肌艶も、背中だけは傷跡で酷いことになってしまった。縮まなかった代わりの代償だとしたら、あまりに残酷すぎる。
「わた、私、また……」
「いいの。誰も気にしてないわ……。霞は何も悪くない」
「嫌だ、嫌だ……姉さん、私、嫌、私……」
記憶は全て残っている。鎖に接続された時と同じ。今回はあの時と違い、少しの間洗脳されたまま、こちらを裏切る機会を待っていた期間がある。霞は数日かもしれないが、その間、私に対して敵対心を募らせ続けたのだろう。
「大丈夫。大丈夫だから」
「私、嫌、あんなこと、嫌だぁ……」
「私は何も気にしていないから、ね? 悪くないわ。霞は何もしてないの」
2度目の叛逆ともなると、精神的ダメージが深刻なレベルになっている。性格が変わってしまったかと思えるほど、弱気で震える霞を見ていると、あの姫への怒りと憎しみがまた燃え滾りそうになった。
だが、今私が暴走したら、本当に霞が再起不能になってしまう。ただでさえ罪悪感の塊となっているのが今の霞だ。私がキッカケで心が直らないほどに壊れると、今度は私がより深みにハマってしまう。負のスパイラルだ。霞のためにも、そして私のためにも、ここで怒りに飲まれるわけにはいかない。
「はい、ドーン!」
「大潮!?」
「霞! お姉さんは気にしてないって言ってるんだから、ウジウジ落ち込んじゃダメ! 今のままだと、お姉さんに嫌われちゃうよ?」
かなり強引な慰め方。私にはこんなこと言えない。私と霞を外から見てきた大潮の立ち位置でないと出来ない方法。今でこそ弱気になってしまったが、霞は本来強気で負けず嫌い。それに、私に対して少し違う感情を持っているのも理解しているつもりだ。
「嫌いにならないで……嫌だぁ……朝潮姉さんに嫌われたくない……」
「それならシャンとしなさい! 霞は強い子! 今まで通り、お姉さんを守るんでしょ? 今はウォースパイトさんも退場しちゃってるから、お姉さんを守れるのは霞だけだからね?」
震えが少しだけ収まった。大潮の叱咤激励は、私の言葉よりも効いている。
「霞のことを嫌うわけないじゃない。大丈夫、これからも私を守ってちょうだい」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いいの、いいのよ。憎むべきは敵の姫だもの。霞は何も悪くない」
私と大潮で支えてあげれば、すぐに元に戻ってくれるだろう。大潮の言う通り、霞は強い子だ。
落ち着くまで大分時間はかかったが泣き止んだ霞がドックから出て着替える。ここで初めて自分の身体に残った傷を理解した。背中全体に拡がる大きな傷跡。
「この傷跡も消すことが出来ればいいんだけど……」
「いい。私はこのまま生きていく」
背中を少し撫でた。
「2度も姉さんを裏切った私への罰よ。罪を背負っているって自覚出来る。むしろ背中で良かったわ」
「裏切ったなんて思わないで。2回とも霞の意思は無かったじゃない」
「私の心構えの問題なの。敵の術中とはいえ、許されないことをしたもの。全部覚えてるの。磯風を壁にしたことも、谷風を蹴り出したことも、秋津洲さんを殺そうとしたことも、雪を侮辱したことも。私の罪よ」
手が震えている。まだ立ち直れていないが、気丈に振る舞っているのはわかる。これが霞の強さ。フリだけでもいつものように戻ったように見えるだけ、私なんかより全然強い。見習いたいくらいだ。
「私は罪を背負って生きていくわ。私が弱いからこんなことになったんだもの。それに……この傷を見ればやる気も出るわよ。あのクズ姫は私が殺してやる」
「霞……ちょっと荒いわよ」
「私だって半分は深海棲艦だもの。荒っぽくだってなるわ。それに、姉さんには言われたくないわね」
人のことが言えないくらいに私も荒くなっているのは確かだ。ウォースパイトさんを水没させて見下すくらいしたので、霞のことをとやかく言えないくらいにはなっている。
「それで、次は誰が起きそうなの?」
「初霜さん。春風はかなり深いらしくて、霞みたいな傷だけじゃ終わらないかも」
などと話している内に、佐久間さんに初霜さんがそろそろ起きるとの連絡が。姉妹3人で初霜さんの下へ。
「オツカーレ……『種子』の摘出は終わったよ。じゃあ私は『種子』の研究する。第十七駆逐隊の治療が残ってるからね」
「だ、大丈夫ですか……? もう疲労困憊って感じですけど」
「だーいじょうぶ大丈夫。一周回ってなんかキマってきてるから」
目の中がぐるぐるしているように見えるが、私達は佐久間さんに頼るしかない状態。
「霞、無事でした。ありがとうございました」
「はー、よかったよかった! 頑張った甲斐があったねぇ」
「その、何かお礼をさせてください」
「じゃあおっぱい揉ませて」
ノータイムで言ってきた。疲労困憊でも佐久間さんは佐久間さんである。霞の命の恩人。そして、この成果から考えると、今から目を覚ます初霜さんと春風もきっと無事だ。それなら
「どうぞ」
佐久間さんの手を掴み、自分の胸へ。これくらいで労うことが出来るのなら安いものだ。それだけ私は感謝している。隣で霞が凄い顔をしたが、霞は添い寝で毎日胸に顔を押し付けているのだからこれくらい我慢してほしい。
一瞬思考が止まったようだが、感触を確かめるように揉みしだいてきた。この触り方が佐久間さんのよろしくないところ。
「……ふぉおおおお! 成長したことで膨よかになった朝潮っぱい! 揉み心地堪らないよぉ! やる気出たぁーっ!」
疲れがどこかに行ったように研究室に駆け込んでいった。
「姉さん、自分の身体はもっと大事にした方がいいわ」
「佐久間さんはそれだけのことをしてくれたわ」
そのまま初霜さんのドックを囲む。
「初霜の入渠が完了。開けるよ」
「はい。さっきの霞と同じように」
「万が一があったら大潮達にお任せください!」
ドックが開き、初霜さんが目を覚ます。3人の中で一番歪まさせられたのが初霜さんだろう。こちらに対して下卑た笑みで詳細を説明してきた姿は忘れたくても忘れられない。3人の中では一番最初に埋め込まれており、リーダー格にさせられていたのかもしれない。
「……おはよう……ございます」
霞と同様、記憶は全て持っている。あの時の悪態は全て覚えているわけで、さらには扶桑姉様から与えられた恐怖は他とは段違い。テンションが恐ろしく低い。
「初霜さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです……私は何てことを……」
幸い、『種子』が摘出された右腕は
「数週間……朝潮さんを騙し続けていました……仮にも愛していると宣言した貴女を謀り続けた自分が許せないんです……」
私の顔が見ることが出来ないと、手で顔を隠してしまった。泣いているのもわかる。身体を起こすことも出来ない。
「こんな気持ちなんですね……味方を裏切るって……」
「初霜さんは何も悪くないです。皆もわかっています」
「でも私のやったことは変わらないんですよ……私は朝潮さんに主砲を向けています……」
そもそも心に傷が付いていた初霜さんだが、今回の一件でより深い傷が付いてしまった。霞と同じように罪悪感に満たされてしまい、自分の存在を否定してしまっている。下手をしたら自殺すら考えかねない。それほどまでに不安定。
「私は生きている意味があるんでしょうか……愛する者を手にかけようとした愚かな私は……」
このままだとドツボにハマる。どうにか引き上げなければいけない。それが出来るのは、おそらく私だけ。
「霞、今からやることは文句を言わないこと」
「何をするつもりよ」
「大潮、霞が何かしようとしたら押さえつけて」
「了解です!」
最後の手段として取っておきたかったのだが、初霜さんが壊れるところを見たくない。半深海棲艦化により最初から心が歪んでしてしまっているのは知っているが、それによりポジティブになれたから良かったのだ。それがまたネガティブに向かうのは見過ごせない。
既に壊れる寸前のところまで来ているのもわかっている。なら、死を選ぶより、生きていたいと思わせるべきなのだ。手段を選んでいられない。初霜さん相手には、一番有効的な方法を、私はわかっている。
「……
「ふぇ……」
「私の嫁なら、こんなことで挫けちゃダメ」
自称していることを、私が認めてあげればいい。
「私が気にするなと言っているの。私の嫁なら、わかるわよね?」
「私は……私はぁ……」
「悪いのは敵の姫。初霜は悪くないの。私に主砲を突き付けたのは、敵の姫のせい。そうでしょう?」
抱き寄せた後、言い聞かせるように耳元で囁く。暗示をかけているようで申し訳ないが、初霜さん……いや、初霜は真面目な人なために思い込んだらとことん自分を追い詰めてしまうだろう。それを少しでも緩和しようと思うのなら、初霜が愛しているという私が、その罪を全て受け入れていることを教えこめばいい。
私は気にしていない。許せないのは全て北端上陸姫だ。今回裏切った全員が、利用されただけの被害者。むしろ私のせいでこうなってしまったまであるのだ。霞もそうだが、自分の罪と思ってもらいたくない。
「大丈夫、私は初霜を受け入れてるわ。もう敵では無いのでしょう? 裏切ることはないのでしょう? ならそれでいいじゃない」
「はい……はい……朝潮さんがそう言ってくれるのなら……私は」
「また前のように、一緒に戦いましょう。いいわね?」
頭を撫でて離れる。その時には自分の力で身体を支えられるほどにはなっていた。表情もいつものように穏やかに。
「はい……これからもよろしくお願いします」
いつもの調子にはまだ戻れないかもしれないが、幾分かはマシになったようだ。
「朝潮さんの気持ち、よく伝わりました。この腕の傷は罪の証と同時に、朝潮さんに嫁と認めてもらえた証として、しかと刻み込まれました。これからも愛させてくださいね」
歪みはより深く、だが罪の意識には潰されなくなってくれた。喜んでいいものかどうかはさておき、死を選ぶような精神状態で無くなったのは喜ぶべき。
「呼び捨てにするなんて……」
「霞、抑えて抑えて」
「春風みたいに頼まれてやってるんじゃなくて、自分からそうすることを選んだのよ……同格どころか初霜だけ別格じゃない……」
こうなると思っていたから大潮にお願いしておいたのだ。春風ほどではないが、霞も割と嫉妬深い。初霜の精神状態を鑑みた結果選んだ扱いなのだが、今の霞にはお気に召さない様子。瑞穂さんもそうだったが、私に呼び捨てにされるというのは1つのステータスらしい。
だが、今は春風が一番心配だ。あの子の歪みが一番酷い。それこそ、目を覚ました瞬間に死を選ぶ可能性すらある。春風のケアだけは慎重にやらなくてはいけない。霞には申し訳ないが、この件に関しては後から話をしよう。
初霜から朝潮への呼び名は『旦那様』にしてやろうかと思いましたが、嫁というより奉公人みたいになってしまいそうだったので、そこまで歪ませるのはやめておきました。