佐久間さんの健闘で、霞、春風、そして初霜に埋め込まれた『種子』が摘出された。代償として身体に傷が残るようになってしまったものの、霞と初霜は目を覚まし、残るは春風のみ。もう外は暗くなっているが、私達は目を覚ますのを待つことに。夕飯は春風と一緒に食べよう。
「春風が一番不安ね……今までいろいろあったけど、ここまでのものは無かったもの」
「出会いからしてアレだものね」
春風の精神が不安定なのは周知の事実。今でこそ私の妹分として落ち着いているものの、今回の事件で、この鎮守府に来た当初の自分に自信のない春風に戻ってしまうかもしれない。メンタルケアが必須である。
「春風さんは……立ち直れるでしょうか……」
「春風だってここは長いわ。心だって強くなってる。きっと大丈夫よ」
そう話したものの、私は内心不安である。春風としては怪我よりも重い叛逆行為。私が気にしていないと言っても、重く重く考えすぎる可能性はある。
初霜さんが私を
「お待たせ。春風の入渠、完了したよ」
「ありがとうございます、明石さん。先程と同じように、万が一のために待機しています」
「うん、お願いね。じゃあ、開けるよ」
春風の入ったドックが開いた。春風が『種子』を埋め込まれたのは左脇腹。霞と初霜より後になったということは、相当深いところに埋め込まれていたのだと思う。
「……やっぱり傷跡が残ってるわね」
「気持ち胸が小さくなったんじゃない? ここから細胞を摘んだのかしら」
霞が言う通り、以前見た時から胸が少し小さくなったように見える。元々それなりのものをお持ちだったので、縮んでもまだ霞や初霜以上ではあるのだが。細胞を摘んでも傷跡が残ってしまっているということは、足りなかった、ないし、半深海棲艦であるために細胞の移動が難しかったか。
「んん……」
「春風……大丈夫……?」
うっすらと目が開く。その瞳が私の方を向いた瞬間、すぐに顔を背けた。初霜と同じで、私の顔が見られないということだろう。
「御姉様……わたくしは……親愛なる御姉様を……敵と、敵として……嫌ぁ……嫌ぁぁぁ!?」
錯乱してしまっている。私の顔を見て錯乱、瑞穂さんと同じ症状。現実を受け止められずに壊れてしまう可能性が出ている。いくら半深海棲艦化で最初から歪んでいたとしても、耐えられない精神ダメージを受けたら、春風が春風で無くなってしまう。
「春風! 落ち着いて!」
「嫌ぁぁっ!? ごめんなさい! ごめんなさぃぃ!?」
2人と違い、まずい方向に傾いている。同じネガティブでも、向かってはいけない方を見てしまっている。無理にでも抱き寄せ、私を感じさせないとどうにもならない。
「大丈夫、大丈夫だから!」
「わたくしはっ、わたくしはぁぁ!?」
出会った直後にやらかして塞ぎ込んだ春風とはもう違う。ただただ自分が怖く、死でそれから逃げようとしたあの時とは、心持ちも経験も変わっている。心の支柱の中でも最も太い私を裏切る行為は、春風にとって最も忌むべき行為。頭がおかしくなりそうなほどの罪悪感で、のたうつほどに苦しんでしまっている。
「朝潮! もう一度ドックに!」
「それじゃあダメです! それだと春風が春風じゃなくなります! このまま私達が!」
明石さんに言われるが、私が拒否する。瑞穂さんと同じようにしたら、間違いなく春風は防衛本能で精神が壊れる。それではダメだ。支柱である私達が、壊れる前に繋ぎ止めなくては。
もっと私達を感じられるようにするにはどうすればいい。落ち着かせるためには、温もりを与えるのが一番いいだろう。ただ抱き寄せるだけじゃ足りない。
「春風! こっちを向きなさい!」
無理矢理身体を起こし、錯乱する春風を頭を掴む。しっかりと目を見据え、話が出来る状態に。錯乱しすぎて目も虚ろ。あちら側に倒れているように炎が灯り、人格がどちらかもわからない状態。
「貴女は悪くないの! 全部敵のせいなの!」
泣きじゃくりながら首を横に振る。洗脳されていた時の記憶がある分、自分が選択してしでかしたことと思い込んでしまう。それも敵の思惑なのだろう。春風のように不安定な者には過剰に効きすぎる。
「嫌ぁっ、嫌ぁぁぁっ!? ぁっ……」
ひときわ大きく叫んだ後、プツンと糸が切れたように、白眼を剥いて気を失った。ここで気を失ったということは、心が罪悪感に耐え切れずに壊れようとしていることを意味する。記憶障害を起こす程度ならまだマシ。最悪な場合、人格すら変わってしまう。
「春風!?」
頰を軽く叩き、壊れるのを阻止するためにも気付けをする。なんでもいい、刺激を与えてやれば多少は変わるはずだ。
「なんでもいい、水持ってきて!」
「水!? 修復材とか……」
「それは逆影響! 気付け薬の代わりに!」
「朝潮様、こちらを」
緊急時のために動いていた瑞穂さんが隣に現れた。驚いている余裕もない。
差し出してきたのは赤ワイン。アルコールの刺激で気付け薬代わりにしようという判断。私にアルコールは厳禁だが、春風のためだ。背に腹はかえられない。
「霞、今からやることに」
「わかってるわよ! 春風が壊れる前にやんなさいよ!」
さすがに察したのだろう。今回ばかりは仕方ないのだ。
瑞穂さんに差し出されたワインを口に含み、気を失った春風に口移しで飲ませる。そのままかけても飲めないだろう。口移しはもう仕方ないことである。
それなりの量を口に含ませたことで、ゴクリと喉が鳴る音。ちゃんと飲み込んだ様子。そしてそのまま、
「げほっ!?」
「よし、起きた! 春風、大丈夫!?」
咳き込んで目を覚ました。お酒に強かろうが弱かろうが、ああされれば目を覚ますだろう。瑞穂さんが水も用意してくれていたおかげで、口移ししてワインは飲み込むことなく吐き出して漱ぐ事が出来、酔いがまわる事はなさそう。
「春風!」
「うぁ、わ、わたくし、御姉様……わたくしぃ……」
一瞬でも気を失ったからか、錯乱度合いが少し落ち着いたように見えた。私の顔も見られるようになっている。初霜さんと同程度の落ち込み具合にまでは回復した。これなら突然心が壊れることは無いだろう。だが、落ち込んでいるのは確かだ。
「御姉様……わたくしにはもう、名誉朝潮型を名乗る資格はございません……」
「春風、大丈夫。私は気にしてないし、皆も気にしてない。敵のせい。全部、敵の姫のせいなの。春風が悔やむ必要は無いのよ」
「それでも……わたくしは御姉様を長い時間謀り……騙されている御姉様を見てほくそ笑むような行為をしていたのです……そんな自分が許せません……」
初霜と同じような独白。霞にも初霜にも言っていることを、春風にも伝えている。これは全て敵の姫のせいだ。貴女達は悪くないのだと。それでもまだ納得していないのがこの3人だ。制裁を受けないと気が済まない。
「わたくしに罰を……罰を与えてください。怒りをぶつけてください。姫に向けた憎しみを、どうかわたくしにも。それほどのことをわたくしはしてしまったのです。簡単にお許しにならないでください」
涙ながらの訴えだが、そんなことを私が聞くと思っているのだろうか。そもそも私にだって罰を与える資格などないのだ。あの戦闘で私は、暴走していろんな人に迷惑をかけている。その筆頭が扶桑姉様だ。腕を切り落とすという無茶をしているせいで、未だに入渠が終わらない。そんな私に罰など与えられようか。
「私にそんな権限も資格も無いわ……私が罰を受けたいくらいよ」
「御姉様を踏み躙ったのは紛れもなくわたくし達です。お願いです。どうか罰を。そうでなければ、わたくしは立ち直ることが出来ません。また罪の意識に押し潰されてしまいます。御姉様の顔を見るだけで、罪悪感で壊れてしまいそうになるのです」
どうしてもと、何度も願い出てくる。それは初霜も同じ気持ちだったらしく、春風と一緒に罰を望み始めてしまった。
何度も言うが、私にそんな資格はない。私に逆らったから罰を与えるなど、それこそ本物の女帝じゃないか。私はそうはなりたくない。
「……朝潮姉さん、ごめん、私も一発ビンタくらいしてもらいたいわ」
「霞まで……」
「それで無しに出来るの。傷は背負うわ。でもね、姉さんに裁いてもらいたいのよ。痛みで。それで私達は許されたことになるの」
私はどれほどのことをされても罰など与えるつもりは無いのだ。私の身体を変えた扶桑姉様にも雪さんにも、暴力で罪を裁いてやろうだなんて考えたこともない。
それでも、霞まで加わり、私からの痛みを望む。私の方が泣きそうだった。
「私は……私にはそんなこと出来ないわ……」
「姉さん、私達はケジメをつけてもらいたいのよ。一発でいい。それで立ち直れるの。そうでないと、姉さんに顔向けも出来ないわ」
そんなこと言われても、私には無理だ。
「私達を許してくれるのなら、お願い。私達のために殴ってちょうだい」
「朝潮さん……お願いします。立ち直れないんです。罪悪感を払拭するために、是非」
「御姉様……わたくしからもお願いいたします。どうかお慈悲を」
何度も何度も懇願され、私は1つ結論を出す。逃げても良かった。アサに頼んでもよかったが、それだと3人の罪悪感はそのままだ。だから、私はこうする。
「3人とも、ここに並びなさい。春風は服を着て」
「はい……」
春風が用意された服を着ていく。いつもなら何も考えず朝潮型の制服を着ていただろうが、今は神風型の着物。そういうところから反省の心を見せていきたいと。
「目を瞑って」
3人が目を瞑って正座で並ぶ。硬い床だ。さぞ痛いだろう。だから早く終わらせる。
「名誉扶桑型として、私が出来ることはこれだけ」
霞にデコピン。扶桑姉様や山城姉様ほど強い力は出ない。だから痛みなど無いだろう。それでも、今の霞には効くはずだ。続けて初霜、春風にも。
『まぁ、その程度だよな』
「ええ……罪の無い者を裁くなんて出来ない。それでも罰を受けたいというのなら、これが精一杯よ」
『本当にビンタしていたら幻滅していたぞ。しないことなぞわかっていたがな』
私に出来ることはこの程度だ。私は3人に対して怒りも憎しみも無いのだから。それでもケジメがつけたいと言うのなら、これが限界。
「……御姉様は優しすぎます」
「文句は無いでしょう」
「……はい。罰を……ありがとうございます」
これで吹っ切れてくれればいい。春風は特にメンタルケアが必要だ。少しの間は注意しておいた方がいいだろう。私の手が回らない時は、大潮や瑞穂さんにもお願いした方がいいか。
少し遅めの夕飯を終え、お風呂に入る。今日だけは皆一緒に。3人に出来てしまった傷が目立ち、痛々しい。
本来傷を持つ艦娘というもの自体が少ない。入渠してしまえば全て治るのだから、最初からそういう身体であること以外で傷跡が出来ることはない。
「霞さんは派手ですね……痛々しい」
「春風の方が相当でしょうに。左の脇腹全域だもの。胸にまでかかっちゃってる」
「そう考えると私が一番控えめですね。元々痣がありましたし」
残された傷跡を見ながら話す3人。一番酷く見えるのはやはり春風だろう。上半身の左側を埋め尽くすように根を張った傷跡。脇腹を中心に、胸や背中にも根を伸ばしているため、最も痛々しく見える。『種子』が深くに埋め込まれていたために傷跡も激しくなったようだ。
ただ、場所が良かったために服さえ着れば見えないのが幸いしている。そういう意味では初霜の腕の傷跡の方が目立つかもしれない。制服が袖を捲っている状態のために、常に見えたまま。
「湯船の中なら逃げられないわね。大潮姉さん、朝潮姉さんを押さえつけといてもらえるかしら」
「ん、一応押さえておきます。お姉さん、霞のやる事なので、一応見ておいてあげてください」
何をするのだろうか。逃げる気など無いのだが。
「まず初霜」
「なんでしょう」
「姉さんに呼び捨てにされるっていうのがどれほどのものか、ちゃんと肝に銘じておきなさいよ。お願いして呼び捨てしてもらうのと、姉さんが選んで呼び捨てしてもらえるのは格が違うの」
ああ、これは本当にくだらない内容だ。湯船から出ようと思ったが、大潮にしっかり押さえつけられている。笑顔だが申し訳なさが滲み出ていた。見逃してほしい。
「わかっていますよ。これは朝潮さんが私を嫁と認めてくれた証。つまりは霞さんも大潮さんも私の義理の妹ということになりますね。私のことは
「うわぁいきなり手のひら返して来た。絶対呼ばないから」
「うーん、大潮も抵抗があるなぁ」
大潮ですら引くというのはなかなか無い。
「春風、アンタは大罪を背負ってしまったわね……。姉さんの唇の初めてを奪うだなんて!」
「ふ、ふふふ、皆様から一歩前進ですね。わたくしは御姉様と
「口移しはノーカンです。ああしなければ春風さんが壊れていましたから、苦肉の策です。愛がありません。従ってノーカン。はい論破」
こういう会話を聞くと、ワイン瓶を無理矢理口に突っ込んだ方が良かったのではないかと思えてしまう。目を覚まさせるための口移しだったのだから、仕方あるまい。
「大潮姉さん、なんか朝潮姉さんと距離近くないかしら」
「大潮はお姉さんと痛みを分け合うことにしたからねー。3人が眠っている間、本当に大変だったんですから!」
「他にも『種子』が『発芽』してる人がいたから拘束するためにね。私と大潮と、あと睦月さんでウォースパイトさんを倒したのよ」
ウォースパイトさんの名前が出て、春風の顔が歪む。同じタイミングで埋め込まれていたのだから、『発芽』のタイミングも近しいだろう。ということは、この鎮守府内でも既にお互いを確認しあっていたのかも。
「……ウォースパイトさんとガングートさん、ですよね。その時の記憶も残ってますから……」
「私もその件で話をしています。今考えると、ウォースパイトさんの変貌ぶりは恐ろしいですね……」
「そのウォースパイトさん、お姉さんが海中に沈めましたよ」
流石、という顔をされた。私はそういうことしそうなキャラなのだろうか。
「……御姉様、わたくしの懺悔を1つ、お聞きください」
「何かあるの?」
「わたくし、ここではない鎮守府とも連絡を取っていたのです。北端上陸姫とも違う場所です」
これについては大方見当がついていた。春風と同時に砲撃を受けていた人を、私は知っている。
「浦城司令官の鎮守府ね?」
「はい……私が連絡を取っていたのは……」
出来ればあの人だけは敵に回ってほしくなかった。だから、春風から別の人の名前が聞ければと思っていた。だが、その望みもすぐに打ち砕かれる。
「神通さんです」
扶桑型伝家の宝刀デコピン。名誉扶桑型である朝潮も、ついに披露。痛みは無いけど、わだかまりだけを吹き飛ばす癒しの技。