欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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研究者の意地

霞、初霜、そして春風の洗脳が解かれた。埋め込まれた『種子』を取り除いた代償で、身体に消えない傷跡が残り、心にも傷が出来てしまったものの、また以前のように戻ってきてくれて嬉しい。

だが、『種子』についてはまだ終わっていない。私、朝潮が所属する鎮守府以外にも被害者がいた。浦城司令官の鎮守府におり、援軍として力を貸してくれた神通さんだ。

神通さんは、春風と同様、白吹雪さんとの戦闘で負った怪我から『種子』が埋め込まれている。神通さんの負った怪我は小破程度ではあったが、運悪くその傷口から侵入されたようだ。体内にあったせいで睦月さんが気付くことなく治療をし、今はもう『発芽』した状態だという。

 

「すぐに連絡してくれてありがとう。だが、向こうに話しても混乱するだけだろう。うまくタイミングを見た方がいいね」

「はい。少なくとも治療法が確立してからがいいと思います。よりによって神通さんですから」

 

春風の証言から、神通さんのみであることは確定している。同じタイミングで中破以上の損害を受けているのは飛龍さんと大鳳さんだが、飛龍さんは砲撃を飛行甲板で防御した後の魚雷で大破、大鳳さんは全て白兵戦で大破である。飛龍さんが危なかったが、『種子』は回避出来ていたようだ。

 

「司令官、もし治療法が確立した時……」

「わかっている。相手が神通君だというのなら、最高の戦力を向かわせる必要があるだろう。さらに最悪を想定するのなら、他にも『種子』が『発芽』したものがいると考えてもいい」

 

何らかの手段で神通さん自体が『種子』を生成できるのなら、それを埋め込まれていてもおかしくないのだ。そうなると特に危険なのは、神通さんから教育を受けているという別の私。

 

「今は佐久間君の調査結果を待とう」

「そうですね……妹達の治療に時間を使わせてしまっていますし、無理はしないでもらいたいのですが……」

 

入渠で大概のものは治る私達と違い、佐久間さんは人間だ。治療には大きな時間がかかる。司令官もそうだが、私達以上に身体を大切にしてほしい。

 

「ところで朝潮君、大丈夫かい? 少し顔が赤いようだが」

「あ、はい、大丈夫です。春風の気付けにワインを使ったからだと思います。すぐに口を漱いだので、失態を見せるほど酔いは回っていません。身体が成長して若干強くなったのかもですね」

「とはいえ弱いのは確かだろう。無理はせず、今日は早く休むんだよ」

 

匂いで酔っていた時とは身体のサイズが違う。おかげでこの程度で済んでいるが、何があるかわからない。醜態を見せる前に休ませてもらおう。

 

 

 

翌朝、皆で朝食を食べているとき、フラフラの佐久間さんが食堂に入ってきた。おそらく徹夜明け。深く刻まれたクマがその疲れを表している。

食堂をキョロキョロと見回し、私の姿を見つけるとズカズカと近付いてくる。正直怖い。だが瑞穂さんが動かない辺り、危険ではないのだろう。

 

「朝潮ちゃん、起立」

「えっ、えっ?」

 

言われるがままに立つ。食堂の視線がこちらに集中している。なんだか嫌な予感がするのでアサを表に出そうとしたが、こういう時だけは引きこもりを徹底する。

何をするのかと思いきや、倒れこむように抱きついてきた。さも当然のように顔を胸に押し付けてくる。

 

「疲れたよぉぉぉ……でも褒めて褒めて……『種子』の解析、完了しましたぁ!」

「ほ、本当ですか!?」

「おうよぉ……一晩でやってやったぜぇ……ジェバンニ佐久間と呼んでくれぇ」

 

顔面を押し付けながら匂いまで嗅いでくるのに抵抗があったが、あまりにも大きな功績。なんでも、深海の匂いの解析がこちらにも応用が利いたらしく、苦戦はしたものの、わかってしまえばこちらのものだったそうだ。

 

「ありがとうございます。さすが佐久間さんです」

「もっと褒めていいのよ……キッツイけど、朝潮っぱいで癒されてから寝る……」

 

こういう時ばかりは子供みたいだ。だからか、自然と頭を撫でるように。なんだかレキやクウにやっているような感覚。佐久間さんは大人の女性なのに。

 

「いいこいいこ」

「ふぁぁ……朝潮ママぁ……」

 

誰がママか。

 

「よし! じゃあ私寝るから! 起きたら今度は治療薬の生成! その後、ガングートさんとウォースパイトさんの治療!」

 

やることやってさっさと部屋に戻ってしまった。さりげなくパンを1つ持って行っている辺りぬかりない。

 

「ホント、嵐のような人ね……」

「でもすごいわ。もう『種子』の解析が終わったなんて。3人から摘出した『発芽』状態の『種子』があったのが良かったみたいね」

「昨日見せてもらいました。あんなものが私達の中に入っていたのかと思うと恐ろしいですね……」

 

一晩で一応気を取り直した3人。一番酷い精神状態の春風と添い寝し、霞と初霜も近くにいた方がいいということで、久しぶりに談話室の座敷のスペースを使わせてもらった。どちらが私のもう片方の隣になるかで揉めたが、最終的には霞が一歩引く形で決着。いつも添い寝されているのだから譲れで終了。

 

「そりゃこんな傷にもなるわよね」

「私は目立ちますからね。でもこれは私と朝潮さんの婚約の証ですから」

「何が婚約か。初霜やっぱりぶっ壊れてるじゃないの」

義姉(ねえ)さんでしょう?」

「誰が呼ぶか!」

 

仲が良さそうで何より。春風はまだ支えが必要ではあるが、霞と初霜は大丈夫そうだ。

 

 

 

佐久間さんが一眠りして、起きた時にはお昼過ぎ。それでも睡眠時間が足りていないように思えたが、皆を助けるためと力を振り絞っている。私もそのお手伝いをすべく、何度か研究室に出入りさせてもらった。その度に胸を触ってくるのは勘弁してもらいたい。

 

そして夜。その時は訪れる。

 

「出来たーっ! 即効性『種子』中和剤!」

 

体内に注入するため、そして一気に許容量を打ち込むため、複数の針がついた注射器のようなものが開発された。これを身体のどこにでもいいので打ち込めば、体内に埋め込まれた『種子』が消えるらしい。また、消えたことにより出来てしまう空間も、一緒に含まれた高速修復材の効果で塞がるという画期的な薬だ。

 

「これがもっと早く出来れば、霞ちゃん達の傷が出来なくてよかったんだけどね」

「本人達はあの傷を喜んでいました。視覚的に罪がわかると」

「あまり喜んじゃいけないことだよ。乙女の柔肌を……」

 

霞達は治せるとしても治さないと断固として譲らなかった。傷を背負って生きることが、私に対する贖罪だと言って聞かなかった。なら、やりたいようにやらせてあげるのが姉の務めというもの。

 

「あれが心の支えになっている部分もあるんです。そのままにしておいてあげてください」

「そだね。それじゃあ、早速これの効能を確かめなくちゃ。ガンスパコンビは何処に監禁されてるの?」

「私室の空き部屋に縛り付けてます。私達と違って艤装さえ無ければただの人ですし、ウォースパイトさんはそれに加えて動けませんしね」

 

ただし現在は物凄く態度が悪い。それだけが難点。

 

「それじゃあ、早速治してあげますか」

「そうですね。そろそろ不憫ですし、時間がかかればかかるほど戻ってきた時に辛いので」

 

ただでさえあの2人は『発芽』時期が大分前だ。今の状態になって数週間経っている。元深海棲艦であるが故に精神的には安定しているものの、今までのことがどのように影響を与えるかはわからない。

 

現在は3階の1部屋に2人とも監禁している。周りには念のため誰も入っていない部屋。扉の前には立入禁止(No entry)と記載され、近付くことも禁止されている。朝昼晩の三食を持っていくのは司令官だけ。艦娘に会わせるのは良くないと判断された。

 

「あら、私達をこんな目に遭わせた女帝様が来たわ」

「どのツラ下げてここに来れるのだ貴様は」

 

早速悪態。だがそれも今日までだ。

 

「佐久間さん、どっちからがいいですかね」

「どっちも不憫だけど、ウォースパイトさんの方が見てて痛々しいから、そっちからにしよう。朝潮ちゃん、艤装展開オッケー」

 

変に暴れられても困るため、私が艤装で押さえつけ、その間に注射を打ち込むことになる。

 

「汚い手で触らないでもらえるかしら。高貴な血が穢れるわ」

「元に戻ったら恥ずかしさで卒倒しそうですね。私はそういうことでからかいませんが、ガングートさんにはお気をつけて」

 

身動きすら取れないようにして佐久間さんに差し出す。喋れば喋るほど黒い歴史が増えそう。

 

「はーい我慢してねー」

「無礼な人間ね。私に何をしようと痛ぁっ!?」

 

割と強引に首筋に突き刺した。

 

「試作型だから治る時にどんな影響が出るかわからないんだよねぇ。凄い苦痛になるか、凄い快感になるか、何も感じないか……ま、どうなるにしろちゃんと治るから安心して」

「その辺りは調整出来なかったんですか?」

「艦娘に対する反応だけはわかんないんだよね……こればっかりは申し訳ない。何事もないことを祈ろう」

 

即効性と言っていただけあり、拘束する中、ジタバタと悶えている。意識がある状態で体内の『発芽』した『種子』が中和され消滅していく感覚というのは、苦痛以外の何物でもないようだった。ウォースパイトさんがなかなか見せない、痛みに耐える形相。それが数秒続き、力尽きたように動きが止まる。

 

「苦痛寄りかぁ……ごめんねウォースパイトさん」

「い、いえ……私の罪が痛みになったと思えばこれしき……でも身体が動かないわ……」

「正気に戻りましたか! よかったぁ……」

 

ウォースパイトさんの縄を解いてあげる。余程の消耗だったようで、息も絶え絶えだ。回復のために、このままお風呂に行ってもらう方がいいだろう。

 

「アサシオには迷惑をかけてしまったわ……何よあの物言い……」

「まったく似合っていませんでしたね。今のウォースパイトさんが一番ですよ」

「恥ずかしいわ……」

 

これはどう見ても正気。この女王の気品を持ちつつもお茶目な大人のウォースパイトさんが私たちの仲間だ。どうにかするためとはいえ、水没させたのは申し訳ない。

 

「朝潮ちゃん、あっちもやっちゃおう」

「了解です。ガングートさん、我慢してくださいね」

 

ウォースパイトさんよりも少し強めに握る。ガングートさんは艤装が無くても力が強いので、変に握りを弱めると暴れまわって注射が出来ない可能性もある。

 

「強引じゃないか。結局力ずくなのぬぁあっ!?」

「これ刺した時も結構痛いみたい。これも要改善かなぁ」

「サクマさん、私の首、痕残ってないかしら」

「あー……残ってる。入渠とかお風呂で消えると思うけど、えっぐい痕が」

 

ガングートさんがビクンビクン悶えているのすら無視してウォースパイトさんの注射痕を確認する。佐久間さんが言う通り、思ったよりエゲツない痕が出来てしまっていた。艦娘故にすぐに治せるものの、これはなかなか見るに堪えない。

 

「なぁ……私は何故無視されているのだ」

「あ、正気に戻りました?」

「扱いを良くしてもらえないか。身体が動かん」

 

ガングートさんも元に戻った。これでここの鎮守府に洗脳された者はいなくなったということだ。効果は完璧である。この薬を現在入渠中の第十七駆逐隊の4人に投与すれば、正気に戻るだろう。そうなれば後は神通さんだけだ。向こうで『種子』を埋め込まれた者が増殖していなければいいが。

 

「屈辱だ……よりによって洗脳だと。そんなものに屈する私の弱さが許せん。身体が動くようになったらとにかく訓練だ!」

「消耗が激しいようなので、ドックを使わせてもらいましょう。私が運びます」

「艤装展開したまま廊下通れるかしら」

「何とかやってみます。3階なんですよね……階段が怖いところですが」

 

なんとか2人を艤装で握ったまま1階に下りる。最近は車椅子を使うことも多いので廊下が広めに取られていたのが功を奏した。私の艤装くらいなら、蟹歩きでギリギリ通れる。度々ガングートさんの頭が壁に当たりかけて怒られたが。

 

「あら……朝潮……」

「扶桑姉様、入渠が終わったんですね」

 

そのタイミングでちょうど扶桑姉様が入渠完了していた。丸一日以上の入渠である。鎮守府でも最強と思われる力を持つ扶桑姉様が、自分でやったとはいえ大破したようなもの。そこからの入渠はほぼ2日の時間を要するということのようだ。

 

「ええ……随分長かったわ……腕を切り落としたのは失敗だったかしら……」

「いえ、あのおかげで全員元通りです。扶桑姉様のおかげです。ありがとうございました。今日は一緒に寝ましょうね」

 

空いているドックにガングートさんとウォースパイトさんを入れた。今はゆっくり休んでもらいたい。

 

「アサシオ、眠る前にいいかしら」

 

ガングートさんはさっさと蓋を閉めて眠りについたが、ウォースパイトさんから一旦蓋を閉めるのを止められる。

 

「守護者を名乗っておきながら、貴女を傷付けるようなことをしてしまって、本当にごめんなさい。I can’t tell you how sorry I am……」

「これは霞達にも言っているんですが、私は気にしていませんし、ウォースパイトさんの罪ではありません。大丈夫ですよ」

「そう言ってくれると嬉しいわ。私もアサシオのために気にしないようにする。でもね、物凄く恥ずかしい思いをしたのは確かなの」

 

確かにウォースパイトさんらしからぬ言動をやらされていたのはわかる。下賤な民だとか、高貴な血だとか、普通のウォースパイトさんなら確実に言わないことをペラペラと喋っていた。その記憶が罪悪感より羞恥心を刺激しているようだ。

それに対して私が出来ることはほとんどない。罪悪感なら慰めることは出来るのだが、羞恥心に関しては何も言えない。触れないようにするのが一番である。

 

「その……私はアレに関しては触れません。それでいいですか?」

「それでお願い。知ってる子に口止めしておいてくれると助かるわ」

「わかりました。あの時に工廠にいた人達ですね」

 

それで落ち着けるのならそれでいい。そういう意味でもウォースパイトさんは大人の女性だ。私達なら耐えられないかもしれない。

 

「あとね……恥ずかしいついでに話しておくわ。アサシオ、私のことを……その、艤装で海に沈めたじゃない」

「そうですね……あれはその方が戦意を喪失するかと思い」

「大正解よ。だってさっきの私、強がり言っていたもの。正直に言うわ。今はいいけど、あの時はアサシオに()()()()()()()()

 

目を逸らしたのはそういうことか。少しでも怯んでくれればいいかと思ったのだが、実際は効きすぎていたと。

 

「あの時だけは、私は姫級でも女王(クイーン)でもなく、ただのちっぽけな女だと自覚したわ。むしろ、女王は貴女、私が配下なんだと錯覚したほどよ」

「いや、それは言い過ぎなのでは……」

「さすが女帝ね。あの威圧感、私には真似出来ないわ」

 

褒められているように思えないが、ウォースパイトさんは笑顔で話してくるので褒めているつもりなのだろう。恥ずかしいが。

 

「アサシオ、貴女が良ければ、私は貴女を()()と呼びたい」

「本当に勘弁してください。女帝と呼ばれることすら身に余っているのに、女王から陛下と呼ばれてしまったら私はどうすればいいんですか」

「残念ね」

 

茶目っ気のある笑顔。本心なのかからかわれているのかわからないが、優しい顔をしているのは確かだ。演技していないのもわかる。

 

「私のことを陛下と言う度に、私はウォースパイトさんの高貴な発言を1つずつ暴露しますから」

「いいでしょう。あとガングートは簡単に漏らすでしょうから気をつけるわ」

 

それは私にもわかる。ガングートさんはおそらく自分の言動を棚に上げ、ウォースパイトさんをからかい続けるだろう。それは止めてあげなくては。

 

「ウォースパイトさんも眠ってください。薬の効果で辛いでしょう」

「Yes,Your Majesty. お休みなさい、アサシオ」

 

英語の意味はわからなかったが、ようやく眠りについた。

 

第十七駆逐隊の方にも薬が投与された。これで翌朝に全て解決だ。残った問題は、浦城司令官の鎮守府の神通さんと、第十七駆逐隊からの証言だけ。島風さんの謎も、ついに解ける。

だがその前に、『種子』に関しては早期に解決が必要になるため、明日は神通さんの件を片付けることになるだろう。




Yes,Your Majesty.(かしこまりました、陛下)
思いっきり陛下って呼んでるウォースパイト女王。朝潮がそれに気付くことはあるのでしょうか。
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