埋め込まれた『種子』を中和させる薬が完成し、ガングートさんとウォースパイトさんの『種子』も取り除かれた。これにより、私、朝潮の鎮守府に配属されている艦娘からは心配が取り除かれた。念のため全員に薬を投与することで、未だ『発芽』していない『種子』が埋め込まれていたとしても取り除ける。
その薬を5本ほど受け取り、私は海上を駆けていた。向かう先は、贔屓にさせてもらっている浦城司令官の鎮守府。つい最近調査をしたばかりだというのに、また向かっている。
今回は疑うのではなく、確定しているから向かう。『種子』の話はまだ出していない。万が一のことを考えると、あちらの鎮守府の艦娘全員が敵である可能性も考えなくてはいけない。薬は5本では足りないが、無いよりはマシだ。最悪の場合は撤退。
「こういう形で鎮守府を出るだなんてね」
「いいじゃない……姉妹で出かけるのは嬉しいわ……」
今回の随伴は最高戦力扶桑姉妹。神通さんであるということを最大限に警戒した結果である。私も含めた扶桑型
この随伴のため、私は海峡夜棲姫の服で来ている。扶桑姉様のモチベーションに繋がるのと、単純に今回は動きやすさ重視。私まで白兵戦をする必要が出てくる可能性はある。
「前に全員調べたのよね。それでも反応出なかったのよね?」
「はい。全員0でした。『種子』自体には匂いが無いです。通信機には僅かに匂いがあるはずなんですが、微量すぎて艦娘には移らなかったみたいですね」
別の鎮守府に紛れ込ませるのは、疑心暗鬼から孤立させるつもりか。そういった精神攻撃で私の心を摩耗させることが目的な気がする。援軍がいるということを考えていない無差別攻撃な気もしないでもないが。
ただ、北端上陸姫にも確実に誤算がある。それが、佐久間さんの存在だ。深海の匂いを解決し、雪さんに『発芽』していた『種子』も事前に摘出し、埋め込まれた『種子』を中和させて洗脳を消し去る手段まで作り上げてしまった。敵の手段はほぼ佐久間さんが解決している。
深海棲艦の頭脳戦を攻略するのが、深海棲艦に攻撃する手段を持たない人間だったという皮肉。
「反発されたら……皆殺しでいいのかしら……」
「扶桑姉様、さすがに抑えてください」
「殺してしまったら私達の鎮守府の印象が悪くなります。こちらに攻撃してきた艦娘だけを、最悪大破に持っていけばいいです。殺しちゃダメです」
物騒な考えの扶桑姉様はどうにか抑える。今回は確実に反発されるのとがわかっているのだから。
「お久しぶり……とは言いづらいですね。1週間も経ってません」
「まさかこんなに早く来るなんて思わなかったわ」
「何度もすみません。事態が進展したのでその話をしに」
浦城司令官にだけは真相を伝えている。叢雲さんですら知らない。
現状、艦娘全員がグレーの状態。人間に寄生するかは不明だが、今のところは信用できると考えている。
「この前調査した時に、深海の匂いが無いって言ってたわよね」
「はい。結果ですが、そういうもので計っても意味がないことがわかりました。それでですね。叢雲さんには確実に仲間でいてほしいので、薬を投与させてもらっていいでしょうか。もし『種子』が埋め込まれているのならそのまま中和できます。そうでなくても害はありません」
「それならいいわ。というか『種子』っていうの? 種が埋め込まれてるとか気持ち悪いわね……」
この反応なら埋め込まれていないだろう。演技っぽさがないように思える。突然暴れ出すにしても、艤装が無いので脅威ではない。
手早く薬を投与する。今回は注射も改良版。エゲツない注射痕が残らないように考慮され、痛みも少し緩和されたらしい。ただし、埋め込まれているのなら苦痛を味わうことになるのは変わらない。
「これでいいのね」
「苦痛を感じないのなら埋め込まれていません。安心しました」
「そうね。即効性というのなら何も無いわ」
「はい。演技で我慢出来るものではない苦痛ですから。では本題に入ります」
叢雲さんにも浦城司令官に話したことを知ってもらう。この鎮守府で『種子』を埋め込まれているのが神通さんであることを伝えると、さすがの叢雲さんも嫌そうな顔をした。やはりこの鎮守府ではエースの実力。その人が敵側になってしまっているとなると、厄介極まりないのだろう。
「神通さんは今何処に?」
「……こっちの朝潮の訓練中。ただ、思い当たる節があるわ。朝潮がね、訓練だってのに小破したのよ。神通さんの訓練はハードすぎるからそういうこともあるのかと思ったけど、今考えたらおかしいわ」
「その時に埋め込まれている可能性はあります。外部からの干渉で『発芽』を早められるらしいので、別の私も敵側かもしれません」
『発芽』した者は『種子』の生成能力を得られそうなのはわかった。初霜がそうだったのもあるが、艦娘でも可能とは。傷口に埋め込むという手段は相変わらずだが、野放しにしておくと際限無く増殖し続ける可能性がある。
「申し訳ありませんが、その2人に薬を投与します。別の私はともかく、神通さんは危険すぎるので、私の姉2人を連れてきました。大破させてでも止める可能性がありますので、それだけは許可を」
「事情が事情です。他の子達に被害が出る前に止めてください。提督である僕が許可をしましょう」
「ありがとうございます」
許可も貰えたことで、ある程度ストッパー無く戦えるようになった。
「扶桑姉様、殺しちゃいけませんからね? 霞達の時と同じで寸止めです」
「ええ……でも……朝潮に何かがあったらわからないわ……」
叢雲さんは当然、扶桑姉妹がどうして来ているかはわかっていない。私達の鎮守府で屈指の戦闘能力を持つと話して理解してくれたが、扶桑姉様の物騒な物言いには警戒している様子。
「では、本人の下へ向かいましょう。念のため、叢雲さんも同行してください」
「ええ。案内するわ」
出来ることなら何事もなく神通さんのみを相手したいところだ。それ以上が相手になると、こちらも手加減がしづらくなるし、あちらに殺意があるというだけで、戦闘が一気に面倒になってしまう。訓練の時より容赦なく攻撃してくることだろう。
叢雲さんに案内されて訓練場という名の近海へ。確かにそこでは神通さんと別の私が訓練をしていた。神通さんの砲撃を回避しながら攻撃に転ずる訓練のようだ。ダミーの弾だというのに、別の私には擦り傷がいくつも出来ている。
「弾速が通常よりも速い……?」
「神通さんの特別仕様よ。アンタ達に負けたことが余程悔しかったんでしょうね。装備のスペックをよりピーキーにして対応してるわ」
「……そうですか。だから擦り傷ができるんですね。そこから『種子』が埋め込まれてもおかしくはありません」
こちらに気付いたようで、神通さんが訓練を一時的に止める。
「おや……珍しいお客さんですね」
「あれ、また来たんですね、別の私」
見た目は何も変わっていないように見える。今は敵意も隠しているようだ。『種子』が埋め込まれていることが外見から判断出来ないのは辛いところ。深海の気配も匂いも無いので、実際に薬を投与するまでわからない。
「率直に伝えます。神通さん、大人しくこの薬を投与されてください」
「それは?」
「貴女の体内に埋め込まれた『種子』を中和させる薬です。わかっているのでしょう。春風から話は聞いています。貴女と通信をしていたと。その春風の洗脳は既に解いていますよ」
僅かにだが、顔が歪む。神通さんのそういう表情は初めて見る。
「……断ると言ったら?」
「実力行使します。貴女が黒であることはわかっているんですから」
「そうですか……」
少し目を伏せる。何かを考えている顔。そして
「やりなさい、朝潮」
「了解」
神通さんではなく、別の私がこちらに撃ってきた。訓練用のダミー弾とはいえ当たれば痛い。それに、そのダミーに何か仕込まれている可能性だってある。例えば『種子』とか。
やはり別の私にも『種子』が埋め込まれている。さらには既に『発芽』済み。外部からの干渉により、『発芽』を早められたようだ。おそらく神通さんが何かをしている。
「危ないわね。こっちの朝潮に当たったらどうするのよ。アンタ達の命が無くなるわよ」
その弾は山城姉様が弾いてくれた。扶桑姉様は今は何も動かない。私に攻撃の意思を向けた時点で敵として認識をしたようだが、少しは我慢してくれている。
「バレているのなら仕方ありませんね。まずはその薬を破壊します」
「させると思ってんの? ああ、そういえば『種子』が埋め込まれていると性格が悪くなるんだったわね。神通はどうなっているのかしら」
「朝潮、時間を稼ぎなさい。二水戦を招集します」
あの口振りからして、神通さん経由で『種子』を埋め込まれているのは別の私だけでは無い様子。叢雲さんとしてはそこもショックだったようだ。自分のあずかり知らぬところで、敵の魔の手が伸びているだなんて思っても見なかった。
「本当に神通さんが敵になってるなんてね……ショックだわ」
「すぐに洗脳を解きます。ですが、薬が足りない可能性があります。叢雲さん、浦城司令官に伝達を」
「ええ。そちらの鎮守府に連絡して、追加の薬を持ってきてもらうわ」
「お願いします。叢雲さんは今唯一信用できる人です。貴女の行動を妨害する人は全員敵です」
現状私達の手元にある薬は、先程叢雲さんに使ったため残り4本。神通さんと別の私に使うとして、残り2本。神通さんの言葉から、水雷戦隊が作れるほどに『種子』が埋め込まれているのなら、駆逐艦は追加で3人くらいいてもおかしくない。それだと薬は足りない。
「別の私は気絶させてください」
「別とはいえ……朝潮に手をあげるのは抵抗があるわ……」
「それもあって向こうの朝潮を洗脳したんでしょう。やっぱりズルいわ」
別の私の撃つ弾は、綺麗に急所を狙ってくる。さすが神通さん仕込み。その間に神通さんは叢雲さんを追うように鎮守府へ。仲間を募るためもあるだろうが、叢雲さんを止めるためもあるだろう。最低限、叢雲さんを守らなくては先が繋がらない。念のため薬を入れておいてよかった。
「叢雲を止めなさい」
「了解っぽーい!」
夕立さんが叢雲さんの前に立ちはだかる。選りに選って夕立さんとは。神通さんが訓練をつけてそうな艦娘ではあるが、しっかり『種子』まで埋め込まれているのは残念である。『発芽』の早め方はわからないが、これは結構まずい。
「夕立も敵なわけ!?」
「悪いね叢雲、援軍呼ばれるわけにはいかないっぽい。叢雲にも仲間になってもらうよ」
「やらせるわけないでしょ!」
夕立さんの装備は実弾である。それを許容するということは、この鎮守府の明石さんも敵の手中なのだろう。それなら逆に、叢雲さんの方には不利になるようにされているはす。
「嘘、弾が無い!?」
「明石さんもこっち側っぽい」
案の定である。こうなると、この鎮守府からの援軍は期待できない。工廠要らずの私と扶桑姉様、そして何があるかわからないとこの鎮守府に入ってから一度も艤装を降ろさなかった山城姉様が唯一の戦力。せめて叢雲さんが改二では無かったら白兵戦が出来たのだが。
「ズルいことしてくる! 朝潮! ヘルプ!」
「わかってます! 夕立さん、貴女の相手は私です」
叢雲さんを押し通すため、私が夕立さんに立ち塞がる。別の私は山城姉様に対応してもらい、神通さんには扶桑姉様に足止めしてもらう。まだ増えるかもしれないが、今はこの状態で維持が出来るだろう。最優先は叢雲さんが浦城司令官のところに到着すること。
「こういう形で夕立さんと戦うことになるなんて、残念ですよ」
「そうだね。でもこうなったの、全部朝潮のせいっぽい。さっさと壊れてくれれば夕立達がこうなることもなかったのに」
「聞き捨てならないわね……殺してもいいのよ……?」
この夕立さんの言葉が聞こえたのだろう、遠くからでも扶桑姉様が私の真横に跳んできた。神通さんすら無視して私との共闘を選択。私と扶桑姉様の足止めが功を奏し、叢雲さんはもう鎮守府内に入っており、神通さんももう無駄だと踏んだのだろう、こちらにやってきた。
「こんなのに時間稼ぎが出来ると思ってるわけ? 神通、洗脳されて頭が弱くなったんじゃないの?」
気絶した別の私を引きずりながら山城姉様も合流。別の私の額から煙が上がっているということは、きっちりデコピンを決めたようだ。
全員無傷のため、追加で『種子』が埋め込まれていることはない。3対2。数的優位も得ている。さらには神通さんはダミーの弾。完全に有利。だが向こうには殺意があるが、こちらは攻撃を受けてはいけない上に、なるべく相手を無傷で終わらせたい。
薬を持っているのは私。手元に4本である。今のままならここの明石さんの分も含めて全員分。これ以上増えたら薬がたりない。
「まさかこれだけとは思っていませんよね」
「でしょうね。狡猾になった神通さんとか悪夢ですよ。あと何人出てきますか」
「どれくらいでしょうね」
電探の反応の数からして、こちらに寄ってきているのは駆逐艦3人。あえて私の顔見知りを選んで仲間にしている。神通さんが訓練をつけても違和感がない人となると駆逐艦のみになるだろう。
安心できるのは、叢雲さんの方に向かう人が今はいないこと。工廠からではなく裏側から執務室に向かったおかげで無事に到着し、援軍要請が出来ていた。それまでに誰からも接触が無かったため、まだ叢雲さんは正気。
「追加、駆逐艦3人です。……敷波さん、時雨さん、長波さん。援軍に来ていた人達を優先的に洗脳してきたようです」
「顔見知りの方が戦いにくいだろうって魂胆でしょ。はぁ、堕ちたもんよね」
だが、厄介であるのは代わりない。自分を犠牲に攻撃してくることや、自爆まであり得る。深海艦娘を相手しているようだった。今更こんな戦闘はしたくなかったのだが。
「私の可愛い教え子達ですよ。朝潮も含めて、第二水雷戦隊です」
「随分と趣味が悪い。狙ってやっていますよね」
「そう見えますか? この子達は自分から私の下に来ましたよ。援軍の時に、貴女達の力に憧れて、私に教えを請ったのです。だから、その気持ちを利用させてもらいました。朝潮も似たようなものですよ」
戦いにくいのは確かである。誰も傷つかないようにするのは難しい。
「あの程度なら……すぐに終わるけれど……」
「大破はダメです。無傷で終わらせますよ」
「そう……優しいのね……可愛い妹……」
戦況を常に観察しながらの戦闘だ。今のところはこれ以上増えることはないだろう。精神攻撃もまだ耐えられる。言ってくることは大概予想できるし、今回は全員疑った状態で来ているので心積もりが出来ている。怒りによる暴走は心配していない。
「接近してくる反応追加。北上さんと大井さんです。これはどっちでしょう……」
「敵なら面倒ね……」
名前を出した時に神通さんの表情が変わった。これはこちらの味方だ。
おそらくだが、神通さんはまだ駆逐艦と明石さんにしか魔の手を伸ばしていない。その駆逐艦も慎重に自分の教え子からにしている。こんなに早く解決されると思っていなかったのだろう。毎日のように
「おーっす、朝潮。なんか面白いことになってんじゃん」
「いや、全然面白くないです。神通さんが洗脳されているのは」
「ああ、やっぱり。なんかアイツおかしいと思ったんだよね。解決案が思い付かなかったから野放しにしてたんだけど」
流石の観察力。気付いていたが気付いていないフリをしていたようだ。確証が持てるまでは放置するというのはいいことでもあり悪いことでもあるが、慎重なのは助かった。あれの解決方法は、薬が無ければ力業しかない。
「あのさ、神通はあたしがやるから、他の
「……わかりました。これを打ち込めば勝ちです」
短い付き合いではあるものの、今までに見たことのない真剣な顔に圧倒され、北上さんに薬を1本渡す。神通さんは一番理解している北上さんに任せる方がいい。
「山城姉様、明石さんの
「そうね。とりあえず明石に一発デコピンしてくるわ。ついでに叢雲とここの提督の護衛もするわ。姉様、朝潮をお願いします」
「任せて……愛しい妹だもの……無傷で終わらせてあげる……」
こちらにも薬を1本渡し、山城姉様は工廠へ。それを追ってくる者は誰もいない。明石さん救出の妨害は無理と判断したのだろう。それが正解だ。無駄な怪我をしたくなければ。
「大井さんは」
「私は、北上さんと神通の戦いを見届ける。緊急時は私が北上さんを止めないといけないもの」
「了解しました。そちらは任せます」
手元の薬は残り2本。私と扶桑姉様で相手する駆逐艦は4人。全員が神通さん指揮下で成長し、挙句殺意の塊。こちらが傷付くことなく、全員を無傷で気絶させる必要がある。
だが扶桑姉様とならやれるだろう。心配も不安もない。
「扶桑姉様、久しぶりにアレ、やりましょうか」
「アレ……そう……いいわね。そうなれば私達は……無敵よ」
私は扶桑姉様としっかりと手を繋ぐ。お互いが繋がっていくような感覚。私達は1つとなる。
「私達は……2人で1つの深海棲艦……海峡夜棲姫」
「ここは通れないし……通さないわ」
戦闘開始。
山城は別のところに行かせてしまいましたが、神通と山城にはちょっとした因縁があるんですよね。反抗戦の演習をするときにあわや正面衝突というくらいにまで接近したヤツですね。怖いわ。