『種子』を埋め込まれた神通さん、そしてその教え子である第二水雷戦隊を止めることに成功。手持ちの薬では足りなかったので、現在鎮守府から追加の薬待ち。おそらく佐久間さんがフル稼働中。私達の鎮守府よりも人数がいるここの人数分作っているのだから、時間もそれなりにかかるだろう。また労う必要があるかもしれない。
「お薬をお持ちしましたー」
戦闘後、少ししてから薬が届いた。それまでは誰もここから動かさないようにしている。万が一のことを考えると、鎮守府内に入れるよりは、私達の監視下で一箇所に集めておいた方がいい。
配達人は佐久間さんの助手として行動することが多く、薬剤の取り扱いに慣れている雪さんと、雪さんの保護者の叢雲さん。
今回の仕事が仕事だからか、ほぼ確実に佐久間さんと叢雲さんの悪ノリだとは思うが、今日の雪さんは看護師の服装。お薬を持つ姿も様になっている。
「助かりました! まず5人分お願いします!」
「扶桑さんのところに積まれた5人でいいのかな……すぐに処置するね」
手早く薬を投与していく。体力の消耗と耐え難い苦痛で阿鼻叫喚となるが、それで洗脳が解かれるのなら安いものだ。見た目だけは一番小さな雪さんが、淡々と処理していった。私達とは違う方向に育っているのがよくわかる。
「はー、手際いいねぇ。そっちでは大分慣れたのかな」
「はい。佐久間さん付きの助手をやることが多くて、こういったことも手馴れています。最近は食堂とかも手伝ったりで忙しそうにしていますよ」
「そりゃあいいね。元白吹雪がどうなるもんかと思ったけど、よかったじゃん」
北上さんは消耗している神通さんを引きずりながら大井さんと工廠へ向かった。少なくとも今ここで『種子』を中和された人は入渠しておくべきなため、地獄絵図の後はそのまま工廠に連れていくことになる。
「うっ……あぅ……ごめんなさい別の私……ご迷惑を……」
「こちらこそ、こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。私達の問題だというのに……」
治療により息も絶え絶えだが、そんな状態でも謝罪をしてくる別の私。今回の件も艦娘に罪はない。何もかもが敵の姫のせい。一瞬憎しみが再燃しそうになったが、すぐに抑え込む。
「今は休んで。『種子』の治療は物凄く負担がかかったでしょう」
「はい……身体が動きません……」
「戦艦の人でもそうだったもの。運んであげるわ」
せっかく別の私なので、特別に抱きかかえる形で持ち上げる。自分が特殊なのはわかっているが、本来この形である小さな私を見ていると、妹を見ているような、娘を見ているような、そんな感覚に。別の私もなんだか興奮しているように見える。
「全員の治療が終わるまではここに居させてもらうから」
「はい……また入渠が終わったらお話しさせてください……」
少なくとも全員の入渠が終わるまではこの鎮守府に滞在させてもらうつもりだ。他にも『種子』が埋め込まれた艦娘がいるかもしれないため、全員に薬を投与することも必要。雪さんが来たのはそれもあるため。
私と扶桑姉様で苦痛の中目を覚ました駆逐艦5人を担ぎ上げ、工廠へと向かった。艤装のお陰で、別の私以外に2人運べるので、そういう意味でも便利。
ここの鎮守府は私達の鎮守府よりも大きいため、入渠ドックも多かった。現在治療により入渠が必要な人は8人。明石さんまで入渠が必要というとんでもない状況ではあるが、これで洗脳が全て解けているのだから良しとするべき。
「助かったわ。神通さんを野放しにしていたら、鎮守府全体が支配されていたかもしれないのよね」
「はい……援軍に来てもらったばっかりに、多大なご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、これは誰もが想定外ですよ。時限式の洗脳装置を使う敵なんて、今までに見たことも聞いたこともありません。なので、お互いに気にしないでいきましょう」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
恨みを買ってもおかしくない事態だとは思ったが、こちらの司令官も優しい方で良かった。
「念のため全員分の薬を調達しました。予防接種にもなりますので、全員に投与させてください」
「是非とも。まだ隠れて洗脳されている者がいるかもしれません。予防接種を拒んだ者がいたら教えてください」
「ありがとうございます。ではこちらで準備しますので」
許可が貰えたので、前回の深海臭気計の時と同様、別室で浦城司令官と叢雲さんの監視の下、雪さんによる薬の投与が始まる。その雪さんの姿を叢雲さんがしげしげと眺めていた。
「これが吹雪……海防艦並に小さいじゃない」
「犯した罪の代償で2割縮んだのよ」
「ああ、これが長波の言ってたやつね」
叢雲さんに対して保護者の叢雲さんが説明している。すごくややこしい。
「艦娘としてはどうなの?」
「戦闘には殆ど出てないわ。この前は緊急事態だったから戦闘したみたいだけど、しっかり無傷で戦果を上げてきたわ」
「ふぅん……ちびっこだけど深海棲艦って言ってたものね……」
そんな話をされながらも、雪さんは淡々と治療を進める。手慣れた手つきで薬を注射器に入れ、そのまま投与。受けている人も激痛を訴えるなどもせず、本当にただの予防接種となっている。
「すごい手際ね……」
「1ヶ月以上研究者の助手やってるんだもの。あれくらい出来て当然よ。それに小さい姉さんは出来がいいの。すぐにいろんなこと覚えたわ」
褒められて恥ずかしそうな雪さんだが、注射の手際は変わらずいいまま。惚れ惚れするほど上手な処置。
「む、叢雲、あんまりそういうこと言わないでほしいなぁ」
「真実なんだからいいでしょう。小さい姉さんはむしろ大きい姉さんより働いてるじゃない。休みが少ない方が心配よ。また朝潮の領海に行った方がいいんじゃないの?」
「たまに行かせてもらってるから。それに、朝潮ちゃんが近くにいるだけで落ち着けるし、今は島風ちゃんもいるから大丈夫」
照れながら処置を続けている。ここまでの作業が出来るのは私達の鎮守府にはいないと思う。佐久間さんは専門的にやっているので手慣れているが、それ以外となると誰も思い浮かばないレベル。
「はい、これで終了です。司令官、全員ですか?」
「ええ、これでこの鎮守府に配属された艦娘全員に薬が投与されました。誰も苦しまずに済みましたね」
これでこの鎮守府から『種子』の魔の手は去ったと考えればいいだろう。あとは、目を覚ました神通さんから話を聞くことで情報を補っていこう。
一番ダメージが大きかったのは、長く『発芽』状態でいた神通さんだった。入渠もそれに比例して長く、駆逐艦や『種子』が埋め込まれて間もないタイミングで中和出来た大井さんが全員終わっても、まだ終わらないというほど。
結局、神通さんだけは他の人より小一時間ほど後に目を覚ました。その時は、教え子の駆逐艦達が周りを囲んでいる状態。それを遠目に北上さんが眺めている。
「あいつさ、吐くほどの訓練する割には
「強くなれる実感があるからでしょう。別の私もそうですが、精度や回避速度が段違いですし」
「それを片手で捻るように倒すアンタら何なのさ」
今回は扶桑姉様との連携、海峡夜棲姫としての戦闘だったため、全て呆気なく終わらせてしまったが、実際は大分苦戦するほどの実力。特に夕立さんは、いの一番に処理しないとまずいと思えるほど。結果的に今回はノーダメージで終わったが、1対1で戦っていた場合、無傷で終わらせることはかなり難しかっただろう。
「神通も言ってたと思うけどさ、アンタ達のとこに援軍行ったじゃん。それが終わって帰ってきた時から、アイツら神通の教え子になったんだよ。無茶苦茶な訓練でも耐えてさ。特に朝潮なんて、吐きながら人一倍やってたね」
「あまり褒められることじゃないですね」
「結果が出てるから、余計にのめり込んで、今やアレだよ。周りの連中も同じ感じ」
その教え子達を利用して悪事を働いていたというのが、神通さんのプライドをズタズタにしていた。浮かない顔で起き上がり、別の私の持つ着替えに袖を通す。いつもの調子ではないことは確かだ。
「貴女達には迷惑をかけてしまいました……私のようなものが教鞭をとる資格があるのでしょうか……」
「神通先生、今回の件は我々の意思に関係ない問題だったと聞きました。私達は何も気にしてません」
教え子の中では一番新人であろう別の私が筆頭となって、神通さんの気持ちを整理させていた。私が事前にいろいろと話しておいたのが効いている。
今回の入渠組の中では一番最初に目を覚ましたのが別の私だ。全員が起きるまでの時間に、簡単ではあるがアドバイスをしておいた。それが、今回は完全に外部の者が主犯であり、誰にも罪がない事。ただただ罪悪感だけを積み上げて、精神的にダメージを与える攻撃であることを伝えた。
それだけやって最終的な目的が私への精神攻撃であるということも伝えてはおいたが、そこは理解出来なかったらしく、首を傾げるのみだったので、それ以上の説明はやめておいた。
「何やら別の私への回りくどい攻撃らしいんですが、私にはよくわからず……。とはいえ、今回の戦いは誰にも罪はないんです。神通先生は何も悪くないです」
「そうだぞー。悪いのはこの前のアイツ、北端なんちゃら姫なんだってさ」
北上さんが神通さんのドックの場所に移動していた。また瑞穂さんの移動方法を実践したのかと思ったが、身体への負荷に懲りたのか普通に向かった様子。
「あたしもあっちの朝潮からちょいちょい聞いた。ほら、あたしらの目の前で朝潮が成長したの覚えてる?」
「勿論……あんなの初めて見ましたから。艦娘が、いえ、あの子は深海棲艦でしたね、それが成長するなんてあり得ないことです」
「敵の目的はアレなんだと。朝潮を成長させて何かしたいみたいなんだよ。で、そのキッカケが怒りと憎しみなんだってさ。神通が洗脳されたのは、間接的に朝潮にそういうのを与えるため。さすがに修羅場をくぐり倒しているアイツにはダメージにならなかったみたいだけど」
北上さんの話を聞いてもあまり理解が出来ていない教え子達。だが、神通さんは理解出来た様子。
「……艦娘や深海棲艦を成長させて何を考えているのか……」
「んなこたぁ知らん。あたしらが考えることでもない。とにかく、少なくとも神通が罪悪感感じる必要は無いってことだよ。ウジウジしてたらまた勝ち数増やすぞ」
北上さんの慰め方は凄く不器用。わざと違うところに思考が向くように話をして、ほんの少しでも気分転換出来るように仕向けている。
「……まったく、天才様は考えることが違いますね」
「うっさい真面目ちゃんめ」
なんだか以前に比べて柔らかくなったように思える。洗脳されていた記憶があるからか、今までに無かった皮肉を北上さんにだけ言うようになったようだ。より喧嘩腰に見えなくも無いが、お互い楽しんでいるのなら問題ないだろう。
「ところで、あの動き、いつの間に覚えていたんですか」
「んー? あの動きって?」
「しらばっくれないでください。あちらの瑞穂さんの瞬間移動のような移動方法と、朝潮さんの未来を視るような行動予測、あと天龍さんの関節技ですよ」
そこはちゃんと追求するのか。好戦的な部分も戻ってきたのかと思うと、頭を抱えることも多くなりそう。北上さんが見せたくないと言ったのはそういうことなのだろう。
「見て覚えた。それだけ」
「もう一度私に見せなさい」
「誰がやってやるかよ。瑞穂移動は身体がギシギシ言うし、行動予測は酷い頭痛になるんだよ。あんなの緊急時にしかやらないね」
いつもの言い合いに発展していくが、誰も心配していない。教え子達も止めようとせず、その光景を微笑ましく見ている。この2人の
「あっちに朝潮いるから、行動予測については本人に聞けばいいっしょ」
北上さんがこっちを指差した。ターゲットを自分から私に移そうとしている。教え子達すらもこちらに視線が移る。ただ、今から問い詰められても困る。こちらには別件で鎮守府に戻りたい理由もある。
それなら神通さんも連れて行けばいいか。私達の鎮守府で話を聞けば、私は帰投出来て、神通さんは学べて、さらには洗脳中に何をしていたか聞ける。
「朝潮さん」
「その前に。神通さんには聞きたいことがいっぱいあります。今からこちらの鎮守府に出向してもらいたいくらいなんですが」
「構いません。せっかくですので、そちらに訓練がてら、私が話せることを全てお話ししましょう。そちらの提督に直接話した方がいいですよね」
これで真相に一気に近付く。今頃、第十七駆逐隊の4人も目覚めており、真相を話している頃だろう。合わせて話を聞きたいところ。
被害者全員が目覚め、他の艦娘への薬の投与も完了したことで、この鎮守府への用も全て完了。帰投を連絡した後、鎮守府を離れることとなった。
北上にのみ悪態をつく神通という珍しいタイプに変化しました。ここまで来ると、ライバルとかそういうのも超えて大親友な気がします。